2026年2月時点の日本政治において、衆議院3分の2確保を背景に改憲議論は新たな段階に入っている。
高市首相(AP通信)現状(2026年2月時点)
2026年2月8日に実施された第51回衆議院議員総選挙において、自由民主党(自民党/LDP)は戦後初となる単独での衆議院3分の2(310議席)超え、316議席を確保する圧勝を達成した。これに日本維新の会を加えた与党勢力は、衆議院で合計352議席を占める構図となった。これにより、憲法改正の発議要件である衆議院3分の2以上の議席確保は実現可能な情勢になった。ただし、参議院では依然として改憲発議に必要な3分の2には届いていないため、両院の合意形成が今後の最大の障壁となる現状である。さらに世論では改憲に対して意見が二分しており、国民的な合意は必ずしも形成されていない。
高市首相は2025年10月に自民党総裁選で勝利し、女性として初の総理大臣に就任した後、維新との連立政権を構築、発足に至った。首相はこれまでの内閣運営において憲法改正を党是として掲げ、改正議論の推進を明確な政策目標としている。衆議院での圧勝を受けて、改憲実現に向けた具体的な議論・戦略構築が本格化しつつある。
第51回衆議院議員総選挙の結果
2026年2月8日実施の衆院選は、自民党が単独で316議席を得て、憲法改正発議に必要な衆議院3分の2超を確保した。これは戦後政治史上初の出来事であり、自民党単独で発議可能性が見える選挙結果であった。加えて維新を含む与党勢力全体では352議席を占め、議会運営の主導権を与党が一層強固に掌握する構図となった。
この結果は、与党側の主要政策である安全保障、経済政策、社会政策への支持基盤が一定程度堅固であることを示すと同時に、改憲議論を推進するための政治的基盤形成を与党内で加速させる契機となった。ただし、参議院では改憲発議に必要な3分の2乗には達していないため、上院での合意形成が不可欠である。
高市一強時代へ
衆院選後の政治状況は、多くの専門家によって「高市一強時代の到来」として分析されている。この背景には、国民の安全保障意識の高まり、与党の政策基盤の強化、また主要野党の弱体化があるとされる。高市政権は選挙を通じて、憲法改正議論を国政の中心テーマとして位置付けることに成功し、改憲推進派の勢力増大が与党内外で認識されている。
加えて、維新との連立関係の強化が進んでいることも、政権基盤を安定させる要因となっている。維新は当初から改革志向の強い政策を掲げており、自民党との政策合意を通じて憲法改正を含む政策課題で協力していく姿勢である。
第2次高市政権(自民・維新)の憲法改正案
高市政権では、自民党が掲げてきた4つの憲法改正項目を中心に議論を推進する構えである。それは以下の4点である。
自衛隊の明記(9条改正)
緊急事態条項の創設
合区解消・参議院の役割明確化
教育の充実
これらは自民党が長年にわたって提唱してきた改憲論点であり、安倍政権下でも議論の対象となってきたテーマだ。高市政権はこれを継承する形で、国会論議の再始動を図ろうとしている。
政治的背景:改憲発議に向けた「歴史的環境」の整備
改憲議論を推進するための条件整備として、2026年総選挙の結果が歴史的役割を果たしたと評価される。憲法改正には両院での3分の2以上の賛同が必要であるが、衆議院ではこの要件が満たされたことで、論議が本格化する素地が整った。他方、参議院では与党が必要議席に至っていないため、今後の上院選挙を含む政治戦略が不可欠である。
さらに、国民世論の動向も改憲環境に影響を与えている。改憲支持派・反対派の対立が依然として存在する中で、与党・政府は国民的合意形成をいかに進めるかが戦略上の重要課題となっている。また、外交安全保障環境の変化も改憲論議推進の政治的動機を強めている。
発議要件の充足
憲法改正を国会で発議するには、両院の3分の2以上の賛成が必要である。2026年2月時点では衆議院の要件は満たされているが、参議院では与党単独ではこれを満たせない状況である。したがって、与党が参議院議員選挙(2028年予定)までに議席を伸ばすこと、あるいは他党との合意形成を図ることが不可欠である。
政権の優先順位
高市政権は憲法改正を優先課題のひとつとして明言しているが、同時に経済、社会保障など他の主要政策との兼ね合いで優先順位付けを調整する必要がある。与党内には改憲推進派と慎重派が混在しており、政権は内部調整も含めた戦略的判断を迫られている。
議論の核心:高市首相が掲げる「4つの改憲項目」
自衛隊の明記(9条改正)
自民党は憲法9条に自衛隊を明記する案を長年掲げている。高市首相もこれを最重要課題のひとつとしている。自衛隊を明記することで、日本の安全保障体制を憲法上で明確化し、国際的な軍事協力や防衛政策の正当性を強化するとする立場がある。他方で、これが海外での武力行使につながる可能性を懸念する声や、人権・平和主義から反対する意見も強い。
緊急事態条項の創設
大規模災害や武力攻撃などに迅速に対応するため、憲法に緊急事態条項を設けて内閣の権限を強化する案がある。政府・与党はこの条項を安全保障・災害対応強化の観点から支持するが、権力集中や民主主義手続きの制約につながる可能性が指摘されるなど、慎重論も根強い。
合区解消・参議院の役割
人口減少地域の合区問題を解消し、参議院の役割を明確化することも改憲テーマとなっている。これにより、地方代表制の見直しや参議院の機能強化を図る。維新は行政改革や議会改革に強い関心を持っており、この点で自民党と一定の合意が形成されている。
教育の充実
憲法に教育の意義を明文化し、教育の充実を図る条項を設ける案も提案されている。教育基本法改正とも絡み、国家として教育の役割と義務をより明確にする動きとされる。
体系的分析:改憲プロセスと戦略的課題
フェーズ
憲法改正のプロセスは一般に次のフェーズに分けられる。
国会論議の再始動
国会発議
国民投票の実施
施行
国会論議の再始動
与党はまず憲法審査会等において具体的な改正条文案の検討を進める必要がある。これには与党内調整、他党との交渉、国民的コンセンサス形成を伴う。特に参議院で2/3超を目指すためには、改選を見据えた議席戦略や共同提案の可能性の模索が必須である。
国会発議
衆議院での3分の2超は達成したが、参議院における発議要件満足が未達であることから、現在は発議準備段階にある。与党は参議院選挙に向けて議席拡大を図る戦略を立案しながら、野党との交渉により部分的合意形成を目指す可能性もある。
国民投票の実施
発議後の国民投票では、有権者の理解と支持を得るための説明責任の履行と社会的合意形成が必要である。憲法改正は感情的・価値観的な争点になりやすく、世論戦略が成否を左右する。
リスクと論点の検証
国論の二分
改憲議論は国民を強く二分する可能性がある。世論調査では憲法改正に対して慎重な意見も多数存在し、与党の一方的推進は社会的な対立を深めかねない。このため、対話的プロセスと説明責任が必要条件として浮上している。
「霞ヶ関文学」への懸念
改憲論議を進める中で、専門官僚や政治学者による難解な政治用語や理想論の多用が一般国民の理解を阻むリスクが指摘されている。これにより現実的な政治対話が阻害される懸念がある。
参議院の構成
参議院では与党が改憲発議要件を満たしていない現状が最大の戦略的課題である。2028年参議院選挙に向けた与党の議席拡大策・野党との協調策が成否を分ける。
今後の展望
改憲議論は今後数年間にわたって継続し、国会内外での合意形成・政治的駆け引きが続く。与党は2028年参議院選挙での議席拡大を目指すと同時に、国民投票に向けた理解醸成を図る戦略を進める必要がある。一方で、野党勢力や市民社会がどのように改憲議論に関与し、対抗軸を形成するかも注目される。
まとめ
2026年2月時点の日本政治において、衆議院3分の2確保を背景に改憲議論は新たな段階に入っている。高市政権は自民・維新連立を主導し、自衛隊の明記、緊急事態条項、合区解消・参議院の役割、教育の充実を中心に据えた改憲案を進める構えだ。しかし、参議院での合意形成、国民的合意の醸成、国論二分の回避など多くの課題を抱えており、これらを克服するための戦略的議論と政治過程の深化が不可欠である。
参考・引用リスト
自民単独で衆院3分の2確保、総選挙結果分析(Reuters)
高市首相の憲法改正意欲と政権方針(The Japan Times)
自民・維新与党で衆院4分の3に到達(Mainichi)
高市政権の改憲推進宣言(FT)
自民党改憲争点の報道(Reuters Editorial)
国際報道:改憲議論の活性化(Korea Times)
高市政権の陣容と維新との連立(テレビ朝日)
高市首相会見と改憲発議意欲(Sponichi)
赤旗による改憲発言報道(しんぶん赤旗)
MXテレビ報道:自民圧勝と高市憲法改正意欲
追記:改憲を「具体的政治日程」に載せる意志
1.象徴的公約から実行課題への転換
戦後日本政治において、憲法改正は長らく「理念的目標」あるいは「党是」として掲げられてきた側面が強い。とりわけ自民党は1955年の結党以来、改憲を綱領に明記してきたが、実際に具体的政治日程として本格的に動かした局面は限定的であった。
第2次高市政権の特徴は、改憲を抽象的理念ではなく「任期内達成目標」として工程表に組み込む姿勢を示している点にある。これは単なる政策優先順位の問題ではなく、改憲を政治的レガシー形成の中心に据えるという強い意志表明である。
政治学的にみれば、これは「アジェンダ・セッティング段階」から「制度設計段階」への移行を意味する。すなわち、憲法改正が争点化される段階を超え、具体的条文案、国会審査日程、発議時期、国民投票実施時期といった工程管理の局面に入ることを意味する。
2.工程表化の戦略的意味
改憲を政治日程に載せるためには、以下の条件が必要である。
与党内の統一見解形成
連立与党間の合意文書化
参議院での議席戦略
国民投票法関連制度の整備
世論形成のための広報戦略
第2次高市政権は、衆議院での3分の2超という政治的資源を背景に、「まず9条明記と緊急事態条項を優先し、他項目は段階的に検討する」という段階的改憲戦略を採る可能性が高いと分析される。
工程表を提示することは、支持層の結集効果を持つ一方で、反対勢力の動員をも促進する。したがって、改憲日程の公表は政治的リスクを伴う決断でもある。
3.高市首相の政治的動機
高市首相は保守思想を明確に掲げる政治家であり、国家観・安全保障観において憲法改正を「国家正常化の完成」と位置づけてきた。改憲を実行段階に移すことは、個人の政治信念と政権レガシーの双方に直結する。
加えて、長期政権化を視野に入れる場合、任期前半で発議まで進め、後半で国民投票を実施するという時間戦略が合理的とされる。したがって、2026~2028年は改憲準備期間として極めて重要な局面となる。
戦後憲法秩序の再定義という「歴史的転換点」
1.戦後憲法秩序の構造
日本国憲法は1947年施行以来、一度も改正されていない。この点において、世界でも例外的な「硬性憲法」の安定性を維持してきた国家である。
戦後憲法秩序は、以下の三原則によって構成されてきた。
特に第9条は、戦後日本の国際的アイデンティティと密接に結びついてきた象徴的条項である。
2.改憲が意味する「再定義」
仮に9条への自衛隊明記や緊急事態条項が創設された場合、それは単なる条文修正ではなく、戦後憲法秩序の運用原理を再定義する可能性を持つ。
安全保障政策の憲法上の位置づけ明確化
行政府権限の非常時拡張
国家と個人の関係の再調整
この意味で、第2次高市政権下の改憲は「制度的微修正」ではなく、「戦後体制の再構築」に近い政治的意味を持つ。
3.歴史的比較視点
比較憲法学の観点では、憲法改正は以下の三類型に分かれる。
技術的修正型
政策適応型
体制転換型
日本の今回の議論は、内容次第では③体制転換型に接近する可能性がある。とりわけ9条の象徴性を考慮すると、その歴史的インパクトは極めて大きい。
この点において、2026年以降は「戦後レジームの終焉か継続か」という歴史的分岐点として位置付けられる可能性がある。
国民投票の実現可能性
1.法制度上の条件
憲法改正国民投票法は既に整備されており、発議後60日から180日以内に実施される。法的障壁は存在しない。
問題は以下の三点である。
国民投票は有効投票の過半数で成立するため、政治的には「反対票の結集」が改正阻止の主要戦略となる。
2.世論動向の分析
各種世論調査では、「改憲そのものへの賛否」と「具体的項目への賛否」が必ずしも一致しない傾向がある。
9条改正:賛否が拮抗
緊急事態条項:条件付き賛成が多数
教育条項:比較的賛成が多い
したがって、包括的一括改憲よりも、個別項目ごとの段階的発議の方が可決可能性は高いと考えられる。
3.投票結果を左右する要因
国民投票の成否を左右するのは以下である。
経済状況
国際安全保障環境
政権支持率
メディア報道のフレーミング
政権支持率が安定していれば可決確率は上昇するが、経済停滞や不祥事が発生すれば否決リスクは急上昇する。
4.実現可能性の総合評価
現時点での総合評価は以下の通りである。
衆議院発議:可能
参議院発議:未確定
国民投票可決:五分五分
最大の不確実性は参議院構成と世論動向である。したがって、改憲は「制度的に可能」だが「政治的に高リスク」な政策課題と位置付けられる。
追記まとめ
第2次高市政権が改憲を具体的政治日程に載せる意志を明確化したことは、日本政治における重大な転換点である。衆議院3分の2超という歴史的条件は整ったが、参議院要件、国民世論、国民投票の可決可能性など多くの不確定要素が残る。
改憲が実現すれば、それは戦後日本が保持してきた憲法秩序の根本的再定義となりうる。一方で、否決された場合には政権の政治的打撃は大きく、長期政権構想にも影響を与える。
したがって、第2次高市政権下の改憲は、単なる政策課題ではなく、戦後政治の帰趨を決定づける「歴史的実験」の段階に入ったと評価できる。
政治的アイデンティティの完遂
1.保守政治の自己定義
第2次高市政権の改憲構想は、単なる制度改正ではなく、戦後保守政治の自己定義の完遂という側面を持つ。自民党は長年、戦後体制を「占領体制の延長」と位置付ける保守思想の系譜を内部に抱えてきた。高市首相はその思想的系譜を明確に継承する政治家であり、改憲はその思想的到達点と位置付けられる。
ここで重要なのは、改憲が政策課題というよりも「歴史観」「国家観」の表明である点である。改憲の実現は、保守勢力にとって戦後政治的制約からの脱却を意味し、国家の自己決定権の完全化という象徴的意味を持つ。
2.レガシー政治としての改憲
政治指導者にとって、憲法改正は最大級のレガシー形成手段である。高度成長期の経済政策、バブル崩壊後の構造改革、安全保障法制などと比較しても、憲法改正は制度の最上位に位置する。高市首相にとって改憲は、個人の政治的アイデンティティと不可分であり、政権の歴史的位置付けを決定づける要素である。
「戦後政治の総決算」の継承
1.安倍路線の延長線
改憲論は過去の保守政権、とりわけ安倍政権期において「戦後レジームからの脱却」という言葉で表現された。第2次高市政権は、この理念を継承しつつ、より明確に制度化段階へ進める試みと評価できる。
ここでの「総決算」とは、以下を意味する。
安全保障政策の明文化
行政権限の再設計
国家観の再定義
これは戦後政治の継続ではなく、再構築を意味する。
2.連続性と断絶性
ただし、完全な断絶ではない。国民主権・基本的人権の尊重は維持される前提で議論が進んでいる。したがって、改憲は革命的転換ではなく、「保守的修正による秩序再構築」という性格を持つ。
「平和主義」から「能動的防衛」へ
1.従来の平和主義の枠組み
戦後日本の平和主義は、専守防衛・集団的自衛権の限定解釈・軍事力行使の厳格制限という枠組みによって支えられてきた。これは国際社会における日本の信頼構築に寄与してきた。
2.能動的防衛の概念
高市政権の安全保障観は、受動的抑止から能動的抑止への転換を含意する。具体的には、
反撃能力の憲法上の位置付け明確化
同盟強化の制度的裏付け
非常時における迅速な意思決定
この転換は、憲法上の自衛隊明記と緊急事態条項創設によって象徴される。
3.国内外への影響
国内では安全保障意識の変化を促進する一方、近隣諸国との関係では慎重な外交配慮が必要となる。国際社会に対しては、「責任ある安全保障主体」としての明確な意思表示となる可能性がある。
「個人」と「公」の再均衡
1.戦後憲法の個人中心主義
日本国憲法は個人の尊厳を基軸に設計されている。国家権力の制限が主眼であり、「公」の役割は抑制的に規定されてきた。
2.改憲論における国家観
緊急事態条項や教育条項の議論は、「公」の役割を強化する方向性を含む。これは個人の権利制限を恒常化するものではないが、非常時における国家権限の拡張を制度化する可能性を持つ。
3.均衡の再設計
ここでの核心は、個人の自由と国家の安全保障責任の均衡点をどこに置くかである。改憲はこの均衡を再設計する試みであり、政治哲学的論争を伴う。
国際社会における役割の変化
1.同盟構造の再強化
自衛隊明記は、日米同盟の制度的安定性を高める可能性がある。憲法上の曖昧性が減少すれば、同盟運用の法的安定性は向上する。
2.多国間安全保障への関与
国連平和維持活動や地域安全保障枠組みにおける役割拡大も視野に入る。これは国際的責任分担の文脈で評価されうる。
3.外交的リスク
一方で、改憲が軍事的拡張と誤認されれば、地域緊張を高める可能性もある。したがって、外交戦略との一体的設計が不可欠である。
国民投票の実現可能性:ハードルとシナリオ
1.制度的ハードル
両院3分の2
発議後60~180日以内の実施
有効投票の過半数
制度上の障壁は明確であるが、最大の不確実性は参議院構成である。
2.政治的ハードル
特に無党派層の動向が決定的要因となる。
3.三つの主要シナリオ
シナリオA:段階的可決
教育条項や合区解消など比較的合意形成しやすい項目から発議し、成功体験を積み重ねる。
シナリオB:安全保障一括改正
9条と緊急事態条項を同時発議し、国家安全保障を前面に出す。可決すれば歴史的転換だが、否決リスクも高い。
シナリオC:発議未達
参議院で3分の2を確保できず、発議自体が困難となる。
4.総合評価
現段階では、
発議実現可能性:中程度
国民投票可決可能性:五分前後
政治的リスク:高
改憲は理論上実行可能だが、政治的成功確率は流動的である。
最後に
第2次高市政権下の改憲構想は、政策課題を超えた国家アイデンティティの再構築という意味を持つ。それは戦後政治の総決算であり、平和主義の運用を能動的防衛へと再定義し、個人と公の均衡を再設計し、国際社会における日本の役割を再定位する試みである。
しかし、制度的ハードル、参議院構成、世論動向、経済環境など複合的要因が絡み合うため、その実現は決して自動的ではない。改憲は可能性の段階にあるが、同時に高度な政治的技術と国民的合意形成能力を要求する「歴史的試練」の局面に入ったと評価できる。
日本国憲法 第9条(全文)
第9条
① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
解説
Ⅰ.条文構造の理解
第9条は大きく*つの段落(1項・2項)から構成される。
第1項:戦争放棄と武力行使の否定
第2項:戦力不保持と交戦権の否認
第1項は「戦争という行為」を否定し、第2項は「戦争を遂行する制度的装置」を否定する構造になっている。
Ⅱ.第1項の解釈
1.「国権の発動たる戦争」とは何か
これは国家が主権の行使として行う戦争、すなわち国家間戦争を意味する。侵略戦争のみならず、国際紛争を解決する手段としての戦争一般を含むと解される。
2.「武力による威嚇又は武力の行使」
ここでは実際の武力行使だけでなく、武力行使を示唆する威嚇も禁止対象となる。これは国連憲章第2条4項の理念と整合的である。
3.「国際紛争を解決する手段としては」
この文言が重要である。すべての武力行使を無条件に否定しているのではなく、「国際紛争解決の手段」としての武力行使を禁止している。
この文言の存在が、自衛権の余地を残す解釈の根拠となってきた。
Ⅲ.第2項の解釈
1.「戦力は、これを保持しない」
「戦力」とは何かが最大の論点である。政府解釈では、「自衛のための必要最小限度の実力」は戦力に当たらないとされる。この解釈の下で自衛隊が合憲とされてきた。
一方、学説上は自衛隊を実質的な戦力とみなす見解も存在する。
2.「国の交戦権は、これを認めない」
交戦権とは、戦時国際法上の権利(捕虜取扱い、臨検権、占領統治など)を指すと解される。日本は戦争をしないため、その権利も持たないという構造である。
Ⅳ.自衛隊との関係
1.政府解釈の展開
戦後政府は一貫して以下の立場をとってきた。
自衛権は主権国家固有の権利
自衛のための必要最小限度の実力は合憲
それを超える戦力は違憲
この枠組みにより、自衛隊は「戦力ではなく実力組織」と位置付けられている。
2.集団的自衛権
2014年の閣議決定および2015年の安全保障法制により、限定的な集団的自衛権の行使が容認された。これは第9条解釈の拡張として議論を呼んだ。
Ⅴ.9条の歴史的意義
1.戦後平和主義の象徴
第9条は戦後日本の国際的アイデンティティを象徴する条文であり、「専守防衛」「非軍事国家」というイメージの基盤となってきた。
2.国際社会における評価
国際的には、軍備抑制の象徴として評価される一方、同盟依存体制の根拠とも指摘される。
Ⅵ.主要な論争点
自衛隊は戦力か否か
集団的自衛権は許容されるか
反撃能力は9条と整合するか
9条改正の必要性
改憲派は、自衛隊の存在を明記することで「違憲論争を終結させる」と主張する。一方、護憲派は現行解釈で十分対応可能であり、改正は不要とする。
Ⅶ.比較憲法的視点
他国憲法にも平和条項は存在するが、日本の9条は戦力不保持と交戦権否認を明記している点で極めて特異である。改正の有無は、日本の憲法史のみならず、比較憲法史的にも重要な意味を持つ。
まとめ
日本国憲法第9条は、
という四つの柱から成る条文である。
その解釈は戦後日本の安全保障政策を規定してきた。9条をめぐる議論は、単なる法技術論ではなく、日本の国家観・国際関係観・歴史認識と密接に結びつく問題である。したがって、その評価は法学・政治学・国際関係論の交差点に位置するテーマであり続けている。