コラム:ロシアの核戦力、開発遅延や信頼性の問題も
ロシアは依然として世界有数の核保有国であり、数千発規模の核弾頭を保有しているとの国際的推定がある。
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現状
ロシアは冷戦後も米国と並ぶ世界最大級の核保有国であり、核弾頭・核運搬手段の両面で強力な戦力を保持している。国際的な年次報告では、世界全体の核弾頭在庫の大半がロシアと米国に存在すると指摘されており、ロシアの軍事的・政治的地位は核戦力に大きく依存している。近年は核戦力の近代化を進める一方、ウクライナ侵攻以降は核リスクの増大、軍事ドクトリンの曖昧化、及び米露間の軍縮枠組みの不確実性が顕著になっている。
戦略核兵器と戦術核兵器の区分
核兵器は一般に「戦略核(strategic)」と「戦術核(non-strategic / tactical)」に区分される。戦略核は国家の核抑止の中心であり大規模な破壊能力を持つ長距離弾頭(大陸間弾道ミサイル=ICBM、潜水艦発射弾道ミサイル=SLBM、戦略爆撃機搭載の核兵器)が含まれる。戦術核は戦域レベルの使用を想定した短距離・小威力の核兵器を指し、使用の閾値や配備状況により抑止・威嚇の手段として戦略上重要である。ロシアは戦略/戦術のいずれも多数保有しており、特に戦術核(非戦略核)の数は欧米の注目の的になっている。
核弾頭の保有数(推定)
核弾頭数の公式な公開は限定的であるため、国際研究機関や諜報・開示資料に基づく推定値が用いられる。主要な推定は概ね次のレンジに収束する。
SIPRI(2025年年報)および同年の総括では、世界の核弾頭総数は1万強、うち多数が米露に属すると報告している。
米国のシンクタンク(Federation of American Scientists:FAS)や『Bulletin of the Atomic Scientists』の推定では、ロシアの配備可能な核弾頭や保有総数は数千発規模であり、2025年時点の推計では総保有数のオーダーが約4000〜5500発という幅を示す報告がある(資料により評価法が異なるため差異がある)。具体的には、ある分析は「ロシアの総保有は約5459発で、そのうち約1700発が配備中」と推定している報告もある一方、別の集計は戦略・非戦略を合わせた使用可能弾頭を約4300発と見積もっている。これらの差は、退役待ちの弾頭や貯蔵弾頭の扱い、戦術核の分類など評価基準の違いに由来する。
(要点)核弾頭数については「数千発規模」であることが国際的な一致点であり、詳細は推定に依存する。
核戦力の三本柱(陸・海・空)
ロシアの核抑止は「三本柱」で構成される。各柱の現状を整理する。
1) 陸上ICBM(戦略ミサイル部隊:RVSN)
ロシアの戦略ミサイル部隊は旧ソ連由来の固体・液体燃料ICBMの更新を進めている。「ヤールス(RS-24 Yars)」などの固体燃料大陸間弾道ミサイルや、新型大型ICBM「サルマート(RS-28 Sarmat)」の配備が近年の焦点である。ロシア当局は一定数のサルマートを配備・試験中であると主張しているが、配備速度は計画どおりとは言えない面もある。なお、ICBMに搭載される高機動再突入体(MaRV)や超音速滑空体(Avangard)等の先端技術搭載を巡る開発も継続されている。
2) 海基SLBM(原潜搭載)
ロシアの海軍戦力は新型原子力潜水艦(特に弾道ミサイル原潜=SSBN)の建造・整備で近代化を図っている。新型SLBM「ブラーヴァ(Bulava)」は北方艦隊の新型SSBNに搭載されているが、試験や信頼性の問題が過去に指摘されている。海基抑止は隠密性により第二撃能力を担保するため、ロシアにとって極めて重要である。
3) 空中発射(戦略爆撃機)
ロシア空軍の戦略爆撃機にはTu-160(Blackjack)、Tu-95MS(Bear)、Tu-22M3(Backfire)などがあり、これらは巡航ミサイル(長射程)を運用して戦略打撃を担う。ロシアはTu-160の近代化(Tu-160M/Tu-160M2生産再開)や次世代戦略爆撃機PAK DAの開発を進めているが、生産・近代化の速度は限られており、供給線や経済制裁、施設への攻撃等が影響していると複数報道で指摘されている。
戦略爆撃機(詳細)
戦略爆撃機は核運搬手段としても通常兵器での長距離打撃手段としても使用される。Tu-160Mの近代化は進むものの、機数や整備体制には制約があり、「PAK DA」など次世代機は遅延が続いている。2020年代中盤以降、ウクライナ情勢を背景に長距離爆撃機の訓練や巡航ミサイル発射訓練が増加しており、西側はこれを核・常規の威嚇混合戦術の一環と評価している。
核戦力の近代化と現状(進捗と限界)
ロシアは2000年代以降、核三本柱の近代化を重要課題と位置づけて投資してきた。ICBMの世代交代(Yars→Sarmat)、海基のBulava搭載SSBN建造、空中のTu-160再生産・PAK DA計画、さらには極超音速兵器や新型再突入体の開発が注目点である。しかし、次のような限界と課題がある。
予算・産業上の制約、国際制裁の影響で開発・生産が遅延している。
新兵器の試験・信頼性問題があり、特にSLBMや超大型ICBMでは初期故障・遅延が報告された。
戦略爆撃機の近代化は進むが機数の増加は限定的で、空中戦力の即応性・持続性に疑問が残る。
これらを踏まえ、ロシアは「質の向上」を掲げつつも、スピード面では期待どおりでないとの専門家評価がある。
軍事ドクトリン(核使用の閾値と抑止)
ロシアの軍事ドクトリンは核抑止を中心に据えており、核の使用条件や抑止政策は時代・情勢に応じて調整されてきた。近年の文書・公式発言では「国家の存亡が脅かされる場合に核を含むあらゆる手段を用いる可能性」が明記される傾向があり、ウクライナ侵攻以降は「核をちらつかせる」発言が国際社会の不安を増幅させた。公式には限定的・抑止的使用を主張するが、発言・演習の頻度増加は心理的・戦術的効果を狙ったものと解釈される。米欧の評価では、ロシアは核の「曖昧な抑止」的な戦術を保持している可能性があると指摘される。
ウクライナ侵攻と核の関係
2022年の大規模侵攻以降、ロシア指導部からの挑発的な核関連発言や、核演習・動員の示威が繰り返された。これにより西側はロシアの核抑止論理を再評価し、軍事支援の範囲や核リスク管理の必要性が高まった。またロシアはウクライナ戦域における局地戦や長距離兵器使用と核戦力の関係を戦略的に利用し、相手の行動抑止を図る戦術をとる場面があった。こうした事態は地域的な核危機管理メカニズムの欠如を露呈した。
近年の動向(2022年以降〜2025年)
ロシアはウクライナ侵攻後に核関連の発言や演習を増加させ、核威嚇と抑止のミックスを行っている。
米露の最後の主要な軍縮条約である新START(新戦略核削減条約)は延長の期限や遵守問題で不確実性を抱えている。2025年に向けても延長問題は継続的に議論されており、ロシアは一時的な延長提案を示す一方で交渉の難航も指摘されている。
国際機関やシンクタンクの年次報告は、世界全体の核在庫が依然として高水準であり、近代化競争が継続していることを警告している。
ベラルーシへの戦術核兵器配備(配備問題と国際反応)
2023年以降、ロシアは同盟国ベラルーシへ戦術核兵器を配備する方針を明らかにし、実際に配備や移転が行われたとの発表があった。これによりNATO諸国や近隣諸国は安全保障上の懸念を表明し、欧州の核配置問題が再び注目を浴びた。米国議会や分析機関の報告は、ベラルーシ配備は条約上の問題や地域的緊張を高めると評価している。配備の実態や運用ルールは不透明であり、監視と外交的対応が続いている。
問題点(リスクと脆弱性)
透明性の欠如:弾頭数・配備状況・運用規則の不透明性が誤算・誤認を引き起こすリスクを高める。
軍縮枠組みの弱体化:新STARTをはじめとする米露間の軍縮協議の不確実化は抑止の安定性を損なう。
近代化の遅延と信頼性問題:新兵器(Sarmat、Bulava、PAK DA等)の開発・生産は計画通り進まず、信頼性の懸念が運用面でのリスクとなる。
核エスカレーションの危険:戦術核の配備や「曖昧な抑止」論は局地紛争から核使用までの閾値を不明瞭にし、危機管理を困難にする。
今後の展望(短中期)
軍縮交渉の行方:新STARTの期限や延長交渉が国際的焦点であり、合意の有無が戦略安定性に直結する。ロシアは時に一時的延長を表明するが、条約全体の枠組みや検証メカニズムの再構築は容易ではない。
近代化の継続:資源と技術的課題があるものの、ロシアは生存性・打撃力を高めるための計画を継続する意向を示している。実際の配備速度は国内経済、産業能力、戦争経費に左右される。
地域的緊張の深化:ベラルーシ配備やウクライナ紛争の長期化は欧州における核/常規の安全保障環境を複雑化させる。欧州諸国・NATOは抑止と防御の強化を続ける可能性が高い。
政府・国際機関・メディアのデータの扱い方(注意点)
引用したデータはストックホルム国際平和研究所(SIPRI)、FAS、Bulletin、NTI、Arms Control等の公刊資料・解析と主要報道を基礎にしている。これらは公開情報や推定に基づき、推計方法の違いにより数値が異なることがある。したがって、核弾頭数の断定的な数字は慎重に扱う必要がある。主要な学術機関は複数の指標(配備中、保管中、退役待ち等)を区別して公表しているため、比較時には定義を合わせることが重要である。
総括(要点整理)
ロシアは依然として世界有数の核保有国であり、数千発規模の核弾頭を保有しているとの国際的推定がある。
抑止は三本柱(ICBM・SLBM・戦略爆撃機)で構成され、各分野で近代化が進むが、遅延や信頼性問題が指摘される。
ウクライナ侵攻以降、核関連の発言・演習・戦術核の展開(ベラルーシ配備など)により地域の核リスクが高まった。
軍縮枠組み(新STARTなど)の不確実性、透明性欠如、近代化競争は今後の主要な不安定要因である。
参考(主要出典)
SIPRI, Yearbook 2025(世界の核兵器在庫・傾向)。
Federation of American Scientists (FAS), Nuclear Notebook / Status of World Nuclear Forces(ロシアの核兵器推定)。
The Bulletin of the Atomic Scientists, “Russian nuclear weapons 2025” 等(ロシア保有数の分析)。
- NTI/米国議会・研究機関の報告(ベラルーシ配備、軍事ドクトリンに関する文脈)。
Carnegie, Defensa(ロシアの近代化進捗・課題に関する分析)。