コラム:高血圧、放置しないで「有病率の高い慢性疾患」
高血圧は有病率の高い慢性疾患であり、無症状で進行して重大な臓器障害を引き起こす「サイレントキラー」である。
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日本では高血圧は極めて頻度の高い慢性疾患であり、治療を受けている患者数は多い。厚生労働省の患者調査や国民健康・栄養調査によると、高血圧性疾患で治療を受けている総患者数は1千万人を超え、国民の血圧管理は主要先進国と比べて必ずしも良好とは言えない状況である。実際、令和5年(2023年)の患者調査および国民健康・栄養調査の報告では、高血圧関連の受療者・有病者の数が大きいことが示されている。これらの統計から、日本における高血圧対策は重要な公衆衛生課題であることが明白である(厚生労働省「令和5年患者調査の概況」、国民健康・栄養調査)。
高血圧とは
高血圧は動脈内の圧力が持続的に高い状態を指す。一般に診療で用いられる診断基準は外来で測定した安静時の収縮期血圧(上の血圧)と拡張期血圧(下の血圧)に基づき決められるが、家庭での血圧や24時間血圧測定も診断や管理に重要である。高血圧は一次性(本態性)高血圧が多く、遺伝的素因、加齢、食塩摂取過多、肥満、運動不足、飲酒、喫煙、ストレスなど生活習慣が寄与する。診療の指針や管理目標は日本高血圧学会のガイドラインに基づいており、診療現場でのエビデンスに基づく治療方針が提示されている。
自覚症状がほとんどないまま進行
高血圧は多くの場合、自覚症状が乏しいかほとんどないまま長期間進行する性質がある。頭痛・動悸・めまいなどを自覚する場合もあるが、無症状のことが多く、血圧が高い状態が続いて初めて合併症が発症することが少なくない。したがって、血圧は「症状が出る前」に発見・管理することが重要である。定期的な健康診断や家庭血圧測定が重要なのはこのためである。
サイレントキラー(静かなる殺し屋)
高血圧は「サイレントキラー(静かなる殺し屋)」と呼ばれることがある。これは無症状で進行し、脳卒中や心臓病、腎不全など重大な合併症を突然引き起こし得るためである。無症状のまま蓄積した血管・臓器障害がある日突然致命的な事態を招く点で、この呼称は適切である。医療者や国民が早期発見・早期介入の重要性を十分に認識することが求められる。
主な危険性(概説)
高血圧が長期化すると、血管壁や臓器に慢性的な負荷がかかり、以下のような主要な危険性が高まる。
脳血管障害(脳出血、脳梗塞):血管障害により脳の血流が阻害あるいは出血を生じ、麻痺や言語障害、急性死亡の原因となる。
心血管疾患(狭心症、心筋梗塞、心不全、心肥大):高血圧により心臓に負荷がかかり、冠動脈疾患や左室肥大、心不全につながる。
腎臓病(腎硬化症、慢性腎不全):糸球体や血管が障害され、腎機能低下を招く。
眼底網膜病変:高血圧により網膜血管に障害が生じ、視力障害や失明の一因となる。
大動脈瘤や末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症):血管の脆弱化や動脈硬化が進行し、破裂や下肢虚血を招く可能性がある。
これらは相互に関連し、ひとつの合併症が別の臓器障害を誘発することもある。
以下、主要な合併症を個別に詳述する。
脳血管障害
高血圧は脳血管障害の最大の可変リスク要因である。慢性的な高血圧は脳の小・中血管に変性を生じ、小血管病変やラクナ梗塞、そして高血圧性の脳出血(特に深部出血)を引き起こしやすい。脳梗塞と脳出血はいずれも致命的であり、生存しても麻痺や高次脳機能障害など重大な後遺症を残すことが多い。脳卒中の予防において血圧管理は中心的役割を果たす。京都大学の脳卒中支援資料なども、高血圧が脳卒中の主要原因であり、生活習慣病が無自覚に進行し「サイレントキラー」となる旨を指摘している。
脳出血
脳出血は高血圧が引き金となりやすい。特に長期の高血圧は深部脳の小血管(穿通枝)を脆弱化し、微小な動脈膨隆や裂傷で出血を起こす。出血の部位や量により急速に意識障害や局所神経症状が出現し、救命は可能でも重い後遺症を残すことがある。
脳梗塞
高血圧はアテローム性動脈硬化や小血管病変を進行させ、脳梗塞(ラクナ梗塞、大脳皮質のアテローム性梗塞など)のリスクを増大させる。さらに高血圧は心房細動と併存することがあり、心原性脳塞栓の危険も高める。
これらの結果、心臓病
高血圧は心臓に対する持続的な後負荷を生じさせ、左心室が圧負荷に適応して肥大する(左室肥大)。左室肥大はやがて心不全の素因となる。さらに動脈硬化が冠動脈にも進行すると狭心症や心筋梗塞を発症しやすくなる。心血管イベントの発生は死亡率・罹患率を大きく上昇させるため、降圧によるリスク低減は臨床的に重要である。メタ解析などのエビデンスは、血圧を下げる介入が心血管リスクを有意に低下させることを示している。
心肥大・心不全
長期高血圧による左心室肥大は心機能低下を招き、やがて心不全へと進展する。心不全になると日常生活動作や労働能力が著しく低下し、入院や在宅医療が必要になる場合が多い。心不全は頻繁な再入院と高い医療コストを伴う。
狭心症・心筋梗塞
動脈硬化が進行すると冠動脈狭窄が生じ、狭心症や急性心筋梗塞が発症する。これらは突然の胸痛、ショック、心停止を伴うことがあるため迅速な治療が必要である。高血圧管理はこれらの予防に寄与する。
腎臓病
高血圧は腎臓の血管にダメージを与え、腎硬化症や慢性腎不全を引き起こす。腎機能が低下すると体内の水分・電解質調節や老廃物除去が障害され、高血圧自体がさらに悪化するという悪循環に陥る。慢性腎臓病(CKD)は透析導入や心血管疾患リスク増大と関連するため、血圧管理は腎機能保護の観点からも重要である。
腎硬化症・腎不全
腎硬化症は高血圧による腎小動脈・糸球体の硬化を指し、進行すると尿蛋白の増加、GFR低下を生じる。末期腎不全に至ると透析や腎移植が必要になる。
その他の合併症
高血圧は眼底の網膜血管障害を招き、網膜出血や硝子体出血、視神経障害を引き起こすことがある。さらに高血圧は大動脈壁に負担をかけるため大動脈瘤形成や破裂のリスクを高め、末梢動脈の動脈硬化を悪化させ閉塞性動脈硬化症(PAD)を促進する。これらは肢の虚血や壊死、場合によっては救命困難な事態を引き起こす。
問題点(総括)
高血圧管理の主な問題点は以下の通りである。
無症状で進行するため早期発見が難しいこと。
受療・治療率や血圧コントロール率が十分でないこと(診療ガイドラインが存在しても実践されていないギャップ)。
食生活や運動習慣など生活習慣要因が広く存在し、個人だけで改善が難しい社会的要因があること。
塩分摂取量や肥満、飲酒、喫煙などの修正可能な危険因子が高頻度で残存していること。
これらの問題点を解決するには一次予防(生活習慣改善)、二次予防(早期診断・治療)、地域や公衆衛生レベルでの介入が必要である。日本高血圧学会も国民・医療者双方の行動変容を促す必要性を指摘している。
対策は?
対策は大きく「生活習慣の改善(非薬物療法)」と「薬物療法(降圧薬治療)」に分かれる。個々の患者のリスクプロファイルに応じて両者を組み合わせることが基本戦略である。
生活習慣の改善(非薬物療法)
生活習慣改善は高血圧治療の基礎であり、薬物療法の補完または一部の軽度高血圧症例では第一選択となる。以下の要素ごとに説明する。
食事療法
食事療法は降圧に極めて効果的な介入であり、特に減塩は直接的かつ強力な効果を持つ。日本人の平均的な食塩摂取量は依然として国際推奨を上回っており、減塩は心血管疾患の負担軽減に寄与する。WHOは成人のナトリウム摂取量を2000mg/日未満(食塩相当約5 g/日未満)を推奨しており、日本国内でも高血圧やCKD予防の観点から1日6g未満を目標とすることが推奨されることが多い。一方で現実の日本人の平均摂取はこれを上回っているため、社会的な食品改革や個人の食生活改善が必要である。
減塩
減塩は最も基本的で重要な介入である。加工食品や外食に含まれる塩分を減らすこと、調味料の使い方を工夫すること、食品ラベルを確認することなどが実践ポイントである。家庭での減塩は出汁や香辛料で味にアクセントをつける、薄味に慣れるなどの工夫が有効である。
野菜・果物の積極的摂取
DASH食(高カリウム・高カルシウム・低脂肪の食事パターン)や野菜・果物の積極的摂取は血圧低下に有利である。カリウムはナトリウム排泄を促し血圧に良い影響を与えるが、腎機能が低下している場合はカリウム制限が必要なこともあるため医師と相談することが重要である。
飽和脂肪酸・コレステロールの制限
動脈硬化の進行を抑えるため、飽和脂肪酸や過剰なコレステロール摂取を控えることが推奨される。これは心血管疾患の二次予防に特に重要である。
運動療法
運動は血圧を下げる効果があり、心血管予後改善につながる。運動療法は有酸素運動と筋力トレーニングの両方を適度に組み合わせることが推奨される。
有酸素運動
ウォーキング・ジョギング・サイクリング・水泳など中等度の有酸素運動を週に合計150分程度(例えば30分×5日)行うことが一般的に推奨される。運動は持続が重要であり、無理なく継続できる強度を選ぶことが肝要である。
筋力トレーニング
筋力トレーニングは基礎代謝を高め、体組成改善に寄与する。週に2回程度、主要な筋群を使ったトレーニングを行うことが望ましい。ただし、激しい筋トレでの一時的な血圧上昇が心血管リスク者に問題を生じ得るため、心血管疾患リスクが高い人は医師の指示に従うべきである。
注意点(運動時)
運動開始前に既往症や心血管リスクの評価を受けること、特に胸痛既往や高度な動脈狭窄の疑いがある場合は無闇に激しい運動を行わないこと。運動中に胸痛・強い息切れ・めまいや失神感が出た場合は直ちに中止し医療機関を受診すること。
適正体重の維持
肥満は高血圧の重要な可変リスク因子であり、体重減少は血圧低下に直結する。BMIの適正化(一般に日本人ではBMI 18.5〜24.9が目安)や腹囲の減少を目標に生活習慣を調整することが望ましい。
節酒・禁煙
過度の飲酒は血圧を上昇させるため節酒が重要である。喫煙は直接的に血圧を上げるとは限らないが、動脈硬化や冠動脈疾患のリスクを大きく増やすため、禁煙は必須の予防策である。
ストレス管理と睡眠
慢性ストレスや睡眠不足は交感神経活動を高め血圧に悪影響を与える。適切なストレス管理法(認知行動療法的アプローチ、マインドフルネス、趣味や運動)と十分な睡眠(睡眠障害がある場合は専門治療)を確保することが望ましい。
薬物療法(降圧薬治療)
生活習慣の改善だけで十分なコントロールが得られない場合、または高リスク者では一次から薬物療法を行うべきである。降圧薬治療は心血管イベントを予防する有力な手段である。複数の薬剤クラス(ACE阻害薬、ARB、カルシウム拮抗薬、利尿薬、β遮断薬など)があり、患者の合併症や副作用プロファイルに応じて選択される。薬剤は単剤で効果不十分な場合は併用療法が行われることが多い。
医師の指示に従う
降圧薬は医師の指示どおり継続的に服用することが重要であり、自己判断で中断・増減してはならない。副作用や効果不十分な場合は主治医と相談して薬剤調整を行うべきである。降圧目標は年齢・合併症によって異なるが、日本高血圧学会のガイドラインに従って個別に設定する。
様々な種類の薬
ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬):血管拡張作用により降圧する。咳の副作用が出ることがある。
ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬):ACE阻害薬と類似の効果を持ち、咳の副作用が少ない。腎保護効果が期待される場面もある。
カルシウム拮抗薬:血管拡張作用が強く、特に高齢者やアジア人に有効なことが多い。足の浮腫などの副作用が出る場合がある。
利尿薬:体内の余分な塩分・水分を排出し降圧する。電解質異常のリスクを監視する必要がある。
β遮断薬:心拍数を下げる作用があり、狭心症や不整脈を合併する場合に有用。ただし、代謝に影響するため肥満や糖代謝異常に注意が必要。
これらを単剤あるいは併用して個別化治療を行う。
今後の展望
高血圧対策の今後の展望として以下の点が重要である。
個別化医療の進展:遺伝学的情報や長期家庭血圧データの活用により、より個別化された治療目標・薬剤選択が可能になる。
デジタルヘルスの活用:家庭血圧計とスマートフォン連携、テレメディシン、リモートモニタリングにより患者の自己管理が向上し、医師との双方向コミュニケーションが増えることでコントロール率が改善される可能性がある。
公衆衛生的介入の強化:食品産業や外食の減塩化、地域レベルの生活習慣改善プログラム、職場での健康支援など政策的介入により集団レベルでのリスク低減が期待される。
新規薬剤・治療法:RAAS系以外の新規作用機序を持つ薬剤や、組み合わせ療法の最適化、デバイスベースの治療(現行では限定的だが研究中)などが将来的に選択肢を広げる可能性がある。
まとめ
高血圧は有病率の高い慢性疾患であり、無症状で進行して重大な臓器障害を引き起こす「サイレントキラー」である。脳卒中、心筋梗塞、心不全、腎不全、網膜障害、大動脈疾患など多岐にわたる合併症を招くため、早期発見と適切な管理が極めて重要である。生活習慣改善(特に減塩、適正体重の維持、運動、節酒・禁煙、ストレス管理)と必要に応じた薬物療法を組み合わせることで、血圧を効果的に管理し、心血管イベントや死亡を減らすことが可能である。日本においては、国民レベルでの塩分摂取量の高止まりや血圧管理の実践ギャップが問題であり、個人と医療・行政が協力して対策を進める必要がある。日本高血圧学会や公衆衛生機関のガイドライン・勧告に従い、定期的な血圧測定と生活習慣の見直し、必要な場合は医師による薬物治療を受けることが最も現実的かつ有効な戦略である。
参考・出典(本文で参照した主要ソース)
厚生労働省「令和5年(2023)患者調査の概況」「国民健康・栄養調査報告」など(日本における高血圧関連の有病率・受療状況)。
日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン(管理・治療の推奨)。
WHO/日本WHO協会:塩分削減に関する勧告(ナトリウム摂取量の国際的推奨)。
メタ解析・エビデンスレビュー:降圧治療による心血管リスク低下の示唆。
京都大学などの脳卒中関連資料:高血圧はサイレントキラーであり脳卒中予防が重要である旨の説明。
