コラム:東京電力の原発再稼働、つな渡り続く
柏崎刈羽原子力発電所6号機の再稼働は、電力安定供給と脱炭素政策の観点から一定の合理性を有する一方、福島事故の巨額費用と社会的信頼の問題を依然として抱えている。
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現状(2026年1月時点)
2026年1月時点において、東京電力ホールディングス(以下、東電)は、柏崎刈羽原子力発電所6号機の再稼働を目前に控えた最終局面にある。福島第一原子力発電所事故(2011年)以降、東電が管理する原子炉が商業運転に復帰するのは初の事例であり、日本の原子力政策および電力事業の再建において象徴的な意味を持つ。
経済産業省資源エネルギー庁によると、日本の電源構成における原子力の比率は、2010年度の約30%から2023年度には約8%程度まで低下した。これにより、火力発電、とりわけLNGおよび石炭火力への依存が高まり、燃料輸入費の増大や電力価格の上昇、CO₂排出量の増加が顕在化した(資源エネルギー庁「エネルギー白書2024」)。
このような背景のもと、政府は「原子力を最大限活用する」とする方針を明確化し、既設原発の再稼働と運転期間の延長を政策的に後押ししている。東電の柏崎刈羽再稼働は、この国策の中核的案件として位置づけられる。
柏崎刈羽原子力発電所6号機の再稼働に向けた最終段階
柏崎刈羽原子力発電所は、7基合計約821万kWという世界最大級の原子力発電所である。6号機は改良型沸騰水型原子炉(ABWR)であり、定格出力は約135.6万kWとされる。
原子力規制委員会は2017年12月、6・7号機が新規制基準に適合すると判断した(原子力規制委員会「審査書」)。新規制基準では、最大基準地震動の引き上げ、津波対策、全電源喪失(SBO)対策、重大事故(シビアアクシデント)対策が義務付けられており、福島事故前と比較して安全要求は大幅に厳格化されている。
東電はこれに対応するため、総額約1兆円規模とされる安全対策投資を実施した。具体的には、防潮堤のかさ上げ、非常用ディーゼル発電機の多重化、免震重要棟の整備、フィルタベント設備の設置などが含まれる(東電「柏崎刈羽原子力発電所 安全対策の概要」)。
再稼働の最新スケジュール
東電および関連報道によれば、6号機の再稼働工程は以下の通り整理されている。
原子炉起動(再稼働):2026年1月20日(予定)
段階的出力上昇・性能試験:1月下旬~2月中旬
営業運転開始:2026年2月26日(予定)
原子炉起動後は、臨界到達、低出力運転、高出力運転と段階的に出力を上げ、タービン・発電機・安全系の動作を確認する。これらは原子力規制委員会の立会検査対象であり、不具合が確認された場合は工程が停止・修正される。
現状と手続きの進捗
地元同意
日本の原子力行政において、再稼働の法的要件は原子力規制委員会の許認可であるが、実務上は立地自治体の同意が不可欠である。新潟県は特に慎重な姿勢を示してきた自治体であり、福島事故の検証を独自に進めてきた。
2025年後半、新潟県知事は「技術的安全性および国の責任体制が一定程度確認された」として、条件付きで再稼働に同意した(全国紙報道)。この判断は、県内経済への影響、雇用維持、電力安定供給を総合的に考慮した結果とされる。
最終検査
最終検査では、運転管理体制、テロ対策、保安規定の遵守状況が重点的に確認される。柏崎刈羽では過去にIDカード不正使用問題が発覚し、規制委員会から事実上の運転禁止措置を受けた経緯がある。このため、今回は組織風土改革や内部統制の実効性が特に厳しく検証されている。
再稼働の背景と目的
電力の安定供給
6号機がフル稼働した場合、年間発電量は約90億kWhに達し、これは一般家庭約300万世帯分の年間消費電力量に相当する。資源エネルギー庁は、これにより首都圏の需給逼迫リスクが大幅に低下すると試算している。
経済的影響
原子力発電の発電コストは、政府試算で約11円/kWh程度とされ、LNG火力(約14~18円/kWh)より低廉である(発電コスト検証ワーキンググループ、2024年)。再稼働により、東電の燃料費負担は年間数千億円規模で軽減される可能性がある。
主な課題
綱渡りの経営続く
東電は依然として財務基盤が脆弱であり、自己資本比率は主要電力会社の中で低水準にある。再稼働は収益改善に寄与するが、福島事故関連費用を考慮すると、抜本的な経営再建には至らないとの見方が専門家の間で多い。
福島第一原発事故に関連する費用:政府試算で約23.4兆円
政府の最新試算では、事故対応総額は約23.4兆円とされる(経済産業省・環境省合同資料)。内訳は以下の通りである。
賠償費用:10兆円超
廃炉・汚染水対策:約8兆円
除染・中間貯蔵:約5~6兆円
費用の負担の仕組み
これら費用は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じ、政府が交付国債で立て替え、将来的に東電および他電力会社の負担金、電気料金への上乗せ、国費で回収する仕組みとなっている。この構造は「事故リスクの社会化」とも批判されており、制度の妥当性が問われている。
今後の展望と政策提言
第一に、原発再稼働を進める以上、事故リスクと費用負担の透明化が不可欠である。政府は、事故関連費用の最新推計と回収状況を定期的に国民へ公開すべきである。
第二に、原子力を「安定電源」と位置づける一方で、再生可能エネルギーや蓄電技術への投資を並行して拡大し、原子力依存を固定化しないエネルギー戦略が求められる。
第三に、東電に対しては、再稼働を単なる延命策とせず、ガバナンス改革と事業構造転換を伴う再建計画の実行を強く求める必要がある。
まとめ
柏崎刈羽原子力発電所6号機の再稼働は、電力安定供給と脱炭素政策の観点から一定の合理性を有する一方、福島事故の巨額費用と社会的信頼の問題を依然として抱えている。再稼働はゴールではなく、日本のエネルギー政策と電力事業の持続可能性を問い続ける出発点である。
参考・引用(主要)
資源エネルギー庁『エネルギー白書2024』
原子力規制委員会「柏崎刈羽原子力発電所 審査書」
発電コスト検証ワーキンググループ報告書(2024年)
経済産業省・環境省「福島第一原発事故対応費用試算資料」
東京電力ホールディングス「柏崎刈羽原子力発電所 安全対策の概要」
以下では、前稿に追補する形で、日本における原子力政策の現状を俯瞰し、国際社会との比較、構造的課題、原子力事故時の対応体制を体系的に整理する。
日本における原子力政策の現状
エネルギー政策上の位置づけ
日本の原子力政策は、福島第一原子力発電所事故(2011年)を境に大きく転換した。事故以前は「原子力を基幹電源とするエネルギー政策」が採られ、2030年時点で原子力比率40%以上を目標としていた。しかし事故後は一時的に「原子力依存度の低減」が掲げられ、全原発が停止する事態に至った。
その後、地政学的リスクの高まり、化石燃料価格の高騰、脱炭素政策の国際的要請を背景として、政府は再び原子力を重要電源として位置づける方針へと舵を切った。第7次エネルギー基本計画(2024年改定)では、2030年度の電源構成として、原子力を20〜22%程度確保する方針が明記されている。
この数値は、既設原発の再稼働と長期運転(60年運転)の活用を前提としており、新増設は「検討対象」としつつも、社会的合意の難しさから限定的である。
規制と推進の分離体制
福島事故後、日本では「規制と推進の分離」が制度的に強化された。原子力規制委員会は環境省外局として設置され、経済産業省(推進側)から独立した組織として安全規制を担っている。これは国際原子力機関(IAEA)が求める国際基準に沿った体制であり、制度設計上は事故前よりも厳格である。
一方で、規制基準の高度化により審査期間が長期化し、再稼働に10年以上を要するケースも生じている。この点は、事業者側の予見可能性を低下させ、電源投資判断を難しくしている。
国際社会との比較
原子力利用国との比較
フランスは電源構成の約65〜70%を原子力が占めており、原子力を脱炭素の中核電源として明確に位置づけている。政府主導で新型炉(EPR2)の建設計画を進め、老朽炉の更新を進行中である。
米国では、電源構成に占める原子力比率は約20%で安定しており、新規建設は限定的であるものの、小型モジュール炉(SMR)への研究投資が活発である。インフレ抑制法(IRA)では、既存原発の維持を支援する補助制度が導入され、経済性確保を政策的に下支えしている。
脱原子力国との比較
ドイツは2023年に全原発を停止し、脱原子力を完遂した。再生可能エネルギー比率は高いものの、ロシア産ガス依存からの転換過程で石炭火力の再稼働を余儀なくされ、CO₂排出増加や電力価格高騰が問題化した。
この比較から、日本の原子力政策は「フランス型の積極活用」と「ドイツ型の脱原子力」の中間に位置し、現実的制約の中で既存原発を活用する折衷モデルであると評価できる。
日本の原子力政策が抱える課題
社会的信頼の欠如
最大の課題は、国民的信頼の回復が十分に達成されていない点である。世論調査では、原子力再稼働に「不安を感じる」と回答する層が依然として多数派であり、特に事故時の情報公開や責任所在への不信が根強い。
福島事故では、初動対応の混乱、情報の遅延、政府と事業者の責任分担の不明確さが批判された。この経験が、政策全体への不信として残存している。
使用済燃料・最終処分問題
日本では高レベル放射性廃棄物の最終処分場が未決定であり、原子力利用の「出口」が確立されていない。これは国際的にも日本特有の深刻な課題であり、フィンランドやスウェーデンのように処分地を決定している国と対照的である。
最終処分問題の先送りは、原子力政策の正当性を根本から揺るがす要因となっている。
経済性と競争力
原子力は運転中の発電コストは低いが、安全対策費、廃炉費、事故リスク対応費を含めると、必ずしも安価とは言い切れない。特に日本では、福島事故後の追加コストが顕在化し、原子力の「安さ」に対する評価は不安定である。
原子力事故時の対応体制
法制度と責任構造
日本では原子力損害賠償法により、「無限責任・無過失責任」が事業者に課されている。これは被害者救済を重視した制度であり、国際的にも厳格な枠組みである。
しかし、福島事故では事業者単独での賠償が不可能となり、結果として国が前面に出て支援する形となった。この事実は、制度上の責任構造と現実との乖離を示している。
防災・避難体制
原発立地自治体では、原子力災害対策指針に基づき、UPZ(半径30km圏)を含む広域避難計画が策定されている。しかし、複合災害(地震・津波・豪雪等)時に実効性が確保されるかについては、専門家から懸念が示されている。
避難計画の実効性検証は自治体任せの側面が強く、国の関与が十分とは言えない。
情報公開とリスクコミュニケーション
事故時の情報公開の迅速性と一貫性は、被害の拡大防止と社会的混乱の抑制に直結する。福島事故の教訓を踏まえ、SPEEDI情報の扱い、会見体制、専門家の関与方法について、制度的改善は行われたが、完全とは言い難い。
考察と政策提言(追補)
第一に、日本の原子力政策は「安全性・経済性・社会的受容性」の三要素の均衡をいまだ確立できていない。再稼働を進めるのであれば、事故時対応と費用負担の全体像を、平時から明確に提示する必要がある。
第二に、国際比較の観点からは、日本は原子力を完全に放棄する現実的条件を持たない一方で、無制限に依存する選択肢も取り得ない。したがって、既存炉の限定的活用と再エネ・蓄電技術の加速的導入を組み合わせる「移行型原子力政策」が妥当である。
第三に、事故時対応については、事業者責任を前提としつつも、国家がどの段階でどのように介入するのかを事前に制度化し、曖昧さを排除すべきである。
補論
柏崎刈羽原子力発電所6号機の再稼働は、日本の原子力政策が「事故後の暫定状態」から「再定義の段階」へ移行しつつあることを象徴している。しかし、それは過去の問題が解決されたことを意味しない。原子力を選択する以上、そのリスク、費用、責任を社会全体でどのように引き受けるのかを、政策として明示することが不可欠である。
原子力政策の核心は技術ではなく、統治と信頼である。
国際条約・国際基準との比較
IAEA安全基準との整合性
国際原子力機関(IAEA)は、加盟国に対し「IAEA安全基準(Safety Standards)」を策定・提示している。これらは法的拘束力を持たないものの、国際的な事実上の共通基準として機能している。福島第一原発事故後、IAEAは「深層防護(Defense in Depth)の強化」「重大事故対策の義務化」「規制機関の独立性確保」を中核とする勧告を明確化した。
日本の原子力規制制度は、2012年に原子力規制委員会を設置し、推進官庁である経済産業省から分離した点で、IAEAの勧告と形式上は整合している。新規制基準では、
・想定外事象を排除しないリスク評価
・フィルタベント設備の設置
・全電源喪失時の対応強化
が義務付けられており、設計思想としてはIAEA基準を概ね満たす。
一方、IAEAの総合規制評価(IRRS)ミッションでは、日本に対して「規制判断の透明性向上」「事業者の安全文化の継続的監督」「緊急時対応における政府関与の明確化」が課題として指摘されている。これは、制度設計と運用実態の乖離が残っていることを示す。
原子力損害補完条約(CSC)との比較
原子力事故時の国際的な損害賠償枠組みとしては、「原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC:Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage)」が存在する。CSCは、
・第一段階:事故国の事業者責任
・第二段階:国際基金による補完的補償
という二層構造を採用している。
日本は2015年にCSCへ加盟したが、実際の福島事故対応では、CSCが想定する国際補完メカニズムはほとんど機能しなかった。理由として、
・事故当時、日本は未加盟であった
・被害の大部分が国内に集中していた
点が挙げられる。
日本の原子力損害賠償法は「無限責任・無過失責任」という世界的にも極めて厳格な制度であるが、福島事故では事業者単独での賠償が不可能となり、国が事実上の最終責任を負う構造となった。この点で、日本の制度は理念的には被害者保護を重視する一方、実務的には国家責任を曖昧にしたまま巨大リスクを内包している。
国際比較の観点では、フランスや米国は賠償責任に上限を設け、国家が明示的に関与する枠組みを採用している。日本の制度は「事業者責任を強調しつつ、最終的には国が救済する」という二重構造を持ち、制度的再整理が求められる。
再生可能エネルギー政策との定量比較
CO₂削減効果の比較
発電時CO₂排出量について、IPCCおよび政府資料では以下のようなライフサイクル排出原単位が示されている。
原子力発電:約10~15 g-CO₂/kWh
太陽光発電:約40~50 g-CO₂/kWh
風力発電:約10~20 g-CO₂/kWh
LNG火力:約450 g-CO₂/kWh
石炭火力:約800 g-CO₂/kWh
この数値から、原子力は再生可能エネルギーと同等、もしくはそれ以下のCO₂排出水準を持つことが分かる。柏崎刈羽6号機(年間発電量約90億kWh)がフル稼働した場合、LNG火力代替で年間約3,500~4,000万トンのCO₂排出削減効果があると試算される。
一方、同等量を太陽光発電で代替する場合、設備利用率(約14%)を考慮すると、数千万kW規模の設備が必要となり、土地制約や系統安定性の問題が顕在化する。
発電コストの比較(LCOE)
発電コスト(LCOE:均等化発電原価)について、発電コスト検証ワーキンググループ(2024年)は以下の試算を示している。
原子力:おおむね11~12円/kWh
太陽光(事業用):8~16円/kWh
風力(陸上):9~17円/kWh
風力(洋上):16~25円/kWh
LNG火力:14~18円/kWh
表面的には再エネの一部は原子力より安価に見えるが、再エネは出力変動への対応として、蓄電池や火力バックアップ、送電網増強が不可欠であり、これらの系統統合コストを含めると実質コストは上昇する。
原子力は初期投資と安全対策費が大きい一方、運転期間中の燃料費が低く、長期安定運転が前提となればコストは安定する。この違いは、短期的価格比較では捉えにくい構造的特性である。
総合考察:原子力・再エネ・国際制度の位置づけ
国際条約・IAEA基準との比較から、日本の原子力政策は制度上は国際水準に達しているが、事故時責任の最終帰属と費用回収の透明性に課題を残していることが明らかである。
再生可能エネルギーとの定量比較では、原子力はCO₂削減効果と安定供給の面で優位性を持つ一方、事故リスクと社会的受容性という固有の制約を抱える。再エネは安全性と社会的支持で優位だが、系統制約と不安定性という技術的課題が残る。
したがって、日本にとって合理的なのは、
・既存原発を限定的かつ厳格な安全条件下で活用
・再生可能エネルギーと蓄電・系統強化への継続投資
・事故時責任と費用負担の国際水準に沿った制度明確化
を組み合わせた「移行期型エネルギーミックス」である。
結論
国際基準との比較および定量分析を通じて明らかになるのは、原子力は単独で是非を判断すべき技術ではなく、制度・経済・社会的信頼を含む統治の問題であるという点である。柏崎刈羽原子力発電所の再稼働は、日本がその統治能力を国際社会と国民の双方から問われる試金石である。
