コラム:とりあえずスクワットと腕立てしとけ、最強の筋トレ
「最強」といわれる所以は、スクワットと腕立て伏せが持つ実用性・経済性・効果のバランスにある。
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近年、生活様式の変化やデジタル化によって身体活動量が減少し、筋力低下(サルコペニア)や生活習慣病のリスクが世界的に注目されている。世界保健機関(WHO)は成人に対して週150分の中等度有酸素運動または75分の高強度有酸素運動と、主要な筋群を用いた筋力強化運動を週2回以上行うことを推奨している。にもかかわらず、世界では運動不足の割合が増加しており、成人の多くがWHOの基準を満たしていない。こうした背景があるため、「効率的に、どこでもできて有効性が高い」自重トレーニング――特にスクワットと腕立て伏せ――の重要性が高まっている。
スクワットとは
スクワットは下半身を中心とする複合関節運動で、大腿四頭筋、ハムストリング、臀筋、内転筋、さらには体幹(腹筋・背筋)まで広範な筋群を同時に使う運動である。膝と股関節の屈伸を含み、立ち上がる/座るという日常動作と同じ運動パターンを負荷付きで行うので、機能的な筋力と日常生活能力(立ち上がり、階段昇降、バランスなど)を高める効果がある。負荷は自重のみでも十分に得られるが、慣れてきたらダンベルやバーベルを用いることで筋肥大や筋力向上をさらに促進できる。
腕立て伏せとは
腕立て伏せ(プッシュアップ)は上半身の押す動作を中心に鍛える自重トレーニングで、主に大胸筋、三角筋前部、上腕三頭筋、さらに体幹の安定を担う腹筋群や脊柱起立筋も同時に働く複合運動である。手幅や身体角度を変えることで負荷の方向や強度を簡単に調整でき、初心者から上級者まで幅広く対応できる。壁や膝つき、斜めの台を使うなどして負荷を段階的に増減できるため、器具なしで継続しやすい運動である。
スクワットの効果
全身代謝の向上と脂肪燃焼:下半身は身体で最大の筋群群を含むため、スクワットで大きな筋量を刺激すると基礎代謝や運動時のエネルギー消費が増える。
動的な筋力向上と機能改善:立ち上がりや階段昇降など日常生活に直結する力を高め、転倒予防や生活の自立度維持に寄与する。高齢者のQOL向上にも直結する。
骨密度の維持・向上:荷重と筋収縮の刺激は骨に対する有益な負荷となり、骨粗しょう症の予防に役立つ可能性がある。
ホルモン分泌と全身効果:大きな筋群を動かすことで成長ホルモンやテストステロンの分泌が促されやすく、筋タンパク合成や代謝改善に寄与する。これにより有酸素運動と組み合わせたときの健康効果が相乗的に出る。
これらの効果は、自重スクワットでも十分に得られるが、強度・回数・セットの管理により目的(筋持久力、筋肥大、筋力向上)に合わせた最適化が可能である。
腕立て伏せの効果
上半身の筋力と姿勢改善:胸・肩・腕の筋力が向上することで、前傾姿勢の改善や肩関節周囲の安定が期待できる。姿勢改善は慢性的な首・肩の痛み軽減にもつながる。
体幹の安定性強化:腕立て伏せはプランクに近い体幹保持を必要とし、腹直筋・腹斜筋・腰背筋の協調的な活動を促す。これにより腰痛予防や運動効率の改善につながる。
心血管系への軽度刺激と代謝効果:高回数やインターバルトレーニングとして実施すると心拍数上昇が得られ、心肺機能向上と脂肪燃焼にも寄与する。
可変性と普及性:様々な負荷調整(傾斜、手幅、片手など)が可能で、器具不要で始められる点が継続性を高める。
どこでもできる筋トレ
スクワットと腕立て伏せは場所や設備の制約が少ない代表的な自重トレである。自宅、オフィス、宿泊先のホテル、公園など、わずかなスペースがあれば実施可能で、移動時間やジム代がネックになる人にも最適である。道具をほとんど要さないため、初期投資がほぼゼロで始められる点が大きな利点である。
ジムは敷居が高い?
ジムには専門器具や重いバーベル、マシンがあり効率的に高負荷トレーニングを行えるメリットがあるが、次の理由で敷居が高く感じられることがある。費用(入会金や月会費)、通う手間、機器の使い方への不安、人目が気になるという心理的障壁、時間帯による混雑などである。一方で、指導者がいるとフォームやプログラム設計で効果的に進めやすい利点もある。だが、スクワットや腕立て伏せは最低限の知識で安全に始められ、まずは自重で基礎を作ることでジム利用の必要性は必ずしも高くない。
無料で筋トレし放題
公園や自宅、階段、ベンチ、壁などを活用すれば金銭的負担なしで筋力トレーニングが可能である。自重種目の長所は負荷調整やバリエーションが多い点で、負荷を増やしたければ片脚スクワット、片手腕立て伏せ、スロートレーニングなどの工夫で対応できる。加えて、WHOや各国の健康ガイドラインは「筋力向上活動を週2回以上行うこと」を推奨しており、必ずしも有料サービスを使う必要はないと示している。
日本人はもっと筋トレすべき
日本においても身体活動不足や筋力低下は無視できない課題である。国の健康指針や最新の「Physical Activity Guide for Health Promotion 2023」でも運動習慣の推進、歩数目標、筋力トレーニングの重要性が強調されている。高齢化が進む日本では筋力・バランスの維持は要介護予防に直結し、社会的コストの抑制にも寄与する。実際、OECDや国際機関の報告は身体活動水準の変化を指摘しており、政策的介入と個人レベルでの行動変容が求められている。
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とりあえずスクワットしとけ
冗談めいた表現だが、実際に「まずスクワットを習慣化する」ことは合理的である。理由は次のとおり。下半身は全身の土台であり、スクワットで下肢筋力と体幹を同時に鍛えることで日常動作の基礎体力が上がる。忙しい日でも数分で始められ、回数や深さを調整できるため継続性が高い。初心者はフォーム(膝がつま先より前に出すぎない、腰を丸めない、膝を内側に入れない)をまず習得し、痛みや違和感がなければ回数を徐々に増やしていけば良い。
筋肉は裏切らない
筋トレは「やった分だけ(一定の範囲で)成果が返ってくる」性質がある。筋力・筋量は減るのが比較的速く、回復(筋肥大)は時間がかかるが、定期的な刺激は確実に機能的利益をもたらす。特に中高年以降は筋力の低下が日常生活の自立性に直結しやすいので、継続的な筋力保持が重要である。WHOも筋力活動を健康長寿・機能維持の重要施策として位置づけている。
さあ始めよう(実践プラン)
初級〜中級者向けのシンプルな週プラン例を示す(目安)。個人差があるため、体調や既往症を考慮して調整する。
週3回(例:月・水・金)に下記サイクルを行う。
スクワット:自重で10〜15回×3セット(休憩60〜90秒)→ 慣れたら回数増/片脚化/ウエイト追加
腕立て伏せ:膝つきで8〜12回×3セット→ 慣れたら通常腕立て/傾斜を下げる/片手変法
プランク:30〜60秒×2セット(体幹強化)
軽い有酸素:ウォーキング20分〜30分(心肺の基礎を保つため)
補足:フォームを守ることが最優先で、痛み(鋭い痛み)が出たら中止して専門家に相談する。負荷は漸進性を保つ。
継続は力なり
運動効果の鍵は継続である。短期的な高強度より中長期の継続が健康指標や生活機能を改善する。習慣化のコツとしては「小さく始めて毎日少しずつ」「行動環境(時間・スペース)を固定する」「仲間や記録でモチベーションを保つ」などが有効である。公衆衛生的にも、WHOや国のガイドラインは日常に組み込みやすい活動の推進を提言している。
注意点
フォームの重要性:誤ったフォームは関節や腰への負担増加を引き起こすため、鏡やスマホで自分のフォームを確認したり、可能なら専門家に一度チェックしてもらう。
既往症・痛みがある場合:重度の心疾患、急性の関節炎、腰椎ヘルニアなどの疑いがある場合は医師に相談してから開始する。特に急性の腰痛や膝痛があるときは安易に負荷をかけない。
ウォームアップとクールダウン:筋温を上げる軽い有酸素や動的ストレッチを行ってから取り組む。トレーニング後は静的ストレッチで筋の柔軟性を保つ。
過労とオーバートレーニング:筋肉痛がひどいときは休息日を設ける。筋肉の回復には睡眠と栄養(たんぱく質)が重要である。
年齢・性別差の配慮:高齢者や女性でも適切な負荷設定で大きな利益が得られる一方、骨粗しょう症リスクがある場合は落下や過度の脊柱屈曲を避ける配慮が必要である。
今後の展望(政策・個人レベル)
国際機関や研究は、身体活動不足の増加が非感染性疾患や認知機能低下のリスクを高め、医療費増大の要因になることを示唆している。WHOの長期的な目標には、身体活動不足の削減と生涯にわたる機能維持が含まれる。各国・地域レベルでは、歩行促進、公共空間の整備、学校の体育強化、就労環境での活動促進、そして高齢者向けの筋力保持プログラムの普及が政策課題となっている。個人レベルでは、ジムに行かなくてもできるスクワットや腕立て伏せのような実践可能な運動を普及させることが重要である。最新の研究でも、筋力活動が認知症や心血管疾患のリスク低減に寄与する可能性が示唆されており、今後さらにエビデンスが蓄積される見込みである。
なぜ「スクワット」と「腕立て伏せ」が“最強”と言われるのか(総括)
効率性:大きな筋群と複数の関節を同時に働かせるため、短時間で高い効果が得られる。
汎用性:場所・道具を選ばず、負荷の調整やバリエーションが豊富で、初心者から上級者まで対応できる。
機能性:日常生活で必要な動作(立つ、押す)に直結しており、ADL(基本的日常生活動作)の維持・向上に直結する。
継続しやすい:初期投資がほとんど不要で、継続ハードルが低い。
公衆衛生的意義:WHOや国のガイドラインで推奨される筋力活動のコアとなり得る種目であり、個人・社会双方に対する費用対効果が高い。
参考となる国際機関・データの要点(抜粋)
WHOは成人に対して週150分の中等度有酸素運動または75分の高強度有酸素運動、ならびに主要筋群の筋力トレーニングを週2回以上行うことを勧めている。
世界的には運動不足の割合は増加傾向にあり、2022年の推計では成人の約31%が不十分な身体活動にとどまっていると報告されている。これは2000年や2010年と比較して上昇している。
WHOのGlobal Status Report 2022は若年層を含めた身体活動不足の課題を指摘し、政策的介入の必要性を強調している。
日本では「Physical Activity Guide for Health Promotion 2023」など国の指針で運動・歩数・筋力トレーニングの重要性が示されており、国策としても筋力維持の推進が行われている。
OECDや各国のレビューでは高齢化社会における運動習慣の低下が公衆衛生課題であるとされ、予防的観点からの運動推進が望まれている。
終わりに(行動への呼びかけ)
「最強」といわれる所以は、スクワットと腕立て伏せが持つ実用性・経済性・効果のバランスにある。時間や金銭、場所の制約を言い訳にせず、まずは週に数回、正しいフォームでスクワットと腕立て伏せを続けてみることを勧める。筋力は健康の基盤であり、筋肉は年齢に抗う最も実践的な“装備”になる。今日から小さく始めて、継続して変化を実感してほしい。