コラム:ガソリン暫定税率、廃止で価格下がる?課題は?
ガソリン暫定税率問題は、税制の歴史的経緯、財政運営の現実、消費者負担、地方財政、環境政策、流通実務の側面が絡み合う複合的な政策課題である。
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ガソリンに課される税金は複数の種類があり、一般に「ガソリン税」と呼ばれるものは揮発油税および地方揮発油税などを指す。現在においてガソリンの課税総額は概ね1リットル当たり53.8円程度とされ、そのうち約25.1円がいわゆる「暫定税率(当初は暫定として導入された上乗せ部分)」に相当する。これらの税収は以前は道路整備専用の財源(道路特定財源)として運用された経緯があるが、2009年の制度見直しで一般財源化され、その後も特例税率(当分の間の税率等)の形で現行の税率が維持されてきた。近年は物価・燃料価格の高騰や家計負担を巡って暫定税率の扱いが政治問題化し、与野党を中心とした廃止・維持の議論が活発になっている。これらの基本的な税率や制度の変遷については財務省や国土交通省などの公的資料に整備されている。
ガソリン暫定税率とは
「暫定税率」と呼ばれるものは正確には揮発油税(国税)や地方揮発油税に上乗せされてきた特例的・臨時的な税率のことである。1970年代に道路整備など特定目的のために一時的に導入された上乗せ分がその起源であり、当初は「数年から数十年の間の暫定措置」として位置づけられた。以降、政治的合意や法令の延長を通じて何度も延長・維持され、事実上恒久化していると指摘されることが多い。税法上は揮発油税や地方揮発油税の税率に関する規定があり、暫定的な税率は租税特別措置や特例税率などの形で定められている。
導入の経緯(歴史的背景)
暫定税率の導入は、1970年代の道路整備需要の高まりと石油ショックなどを背景に、道路建設・維持のための追加財源を短期的に確保する必要から始まった。具体的には1970年代初頭から中盤にかけて、政府は道路整備五か年計画等を立て、その財源の一部をガソリン等の燃料に上乗せ課税する形で賄うことにした。当初は「臨時的措置」「一定期間の上乗せ」と説明されたが、社会経済情勢や政治力学の変化により延長が繰り返され、結果として長期にわたり同様の上乗せ税率が適用され続けた歴史がある。税制の沿革をまとめた研究や国税庁などの資料は、この沿革を詳細に記録している。
暫定税率導入時の目的
暫定税率導入の当初の名目上の目的は道路整備、道路網の拡充と維持管理のための財源確保である。自動車利用者が道路の恩恵を受けるとの受益者負担原則に基づき「燃料に課税して道路事業の費用を賄う」仕組みは当時の政策論理として理解されていた。短期的な財政需要に対応するために、燃料への上乗せは効率的に広く薄く負担を求める手段と見なされた側面がある。しかし、当時から「暫定」とする期間や財源使途の明確さに関する論点が存在した。
暫定なのに長期継続してきた事情
暫定と銘打たれた税率が長期に継続した理由は複合的である。第一に、毎年あるいは数年ごとに延長・再設定を行うことで、短期的な政治的負担を回避しつつ税収を確保できるという実務的理由がある。第二に、税収が歳入に組み込まれると、予算や地方交付金の財源として定着し、削減が困難になる政治的・財政的な慣性が働く。第三に、道路整備に象徴される大型公共事業や地方財政を擁護する政治勢力の存在が、暫定税率の恒常化を促す圧力となった。結果として「暫定」措置が事実上の恒久税化に近い形で残ったことに対して批判・違和感を唱える声が市民・学者・メディアから出続けている。公的資料でも当該税率は「当分の間適用」といった文言で存続していることが確認できる。
消費税の二重課税問題(論点と政府見解)
ガソリン税等に対してはさらに消費税が課されるため、「税に税がかかる(いわゆる二重課税)」という批判が根強い。具体的には、ガソリンの小売価格は(本体価格+揮発油税等+石油石炭税など)となり、その合計に対して消費税(税率に応じた付加価値税的課税)が上乗せされるケースが多い。消費税法上の解釈と国税庁の案内では、揮発油税などは製造・輸入事業者が納税義務者であり、その税額は販売価格に転嫁されているため消費税の課税標準に含まれるとされる点が示されている。したがって、政府・税務当局の公式見解は「法律的には二重課税には当たらない」とする一方、消費者視点からは税に税が上乗せされている感覚が強く、政治的・倫理的には議論が残ることを認めざるを得ない。国税庁の通達や説明資料に課税標準に含まれる旨が明記されている点が重要である。
廃止の議論(政策的・財政的観点)
近年、燃料価格高騰・家計負担の観点から暫定税率の廃止を求める議論が活発になっている。廃止を主張する側の主張は主に以下の点に集約される。第一に、家計や中小企業の燃料負担軽減という短期的な景気支援効果が期待できること。第二に、現行の暫定税率は当初の「暫定」趣旨を失い、用途も一般財源化されたため、もはや暫定の名に値しないという正当性の問題。第三に、環境政策や脱炭素政策と整合性を取るべきだとの反論もあるが、一般には消費者負担軽減の訴えが強い。一方で廃止に反対する側の主張は、税収喪失が財政的な穴を生み、特に地方財政やインフラ維持に支障を来す恐れがあること、短期的な価格下落が長期的な消費喚起や政策誘導を阻害し得ること、あるいは補助金等の代替措置を続けるならば総コストがかさむとの指摘などがある。財政面では暫定税率に相当する部分の年間税収規模や、それを補うための代替財源の必要性が主要な争点となる。複数のシンクタンクや政府系機関が暫定税率廃止による財政影響や家計負担軽減の試算を行っており、数値の提示が政策議論を下支えしている。
与野党の合意(2024~25年)
政治の場面では、2024年末から2025年にかけて複数の党間で暫定税率廃止に向けた合意や協議が伝えられている。例えば2024年12月に自民、公明、国民民主の党幹事長レベルで暫定税率の廃止で合意した。以後、与野党の協議や法案提出、実施時期を巡る攻防が続き、2025年中にも与野党間で早期実施(年内実施等)をめざす合意文書や協議体の設置が報じられた場面がある。だが、実際の施行日や代替財源の詳細、流通・業界調整など実務面の調整が残っており、与党・野党の間で時期や措置方法を巡る調整が続いている点も重要である。こうした合意の存在は、政策決定が単なる党利党略ではなく実務的調整を通じて行われるという側面を示す一方、実施の難しさも明瞭に示している。
廃止反対の意見も(具体的根拠)
廃止に反対する立場の主要な論拠は概ね三点である。第一に税収の喪失とそれに伴う歳入不足である。暫定税率に相当する部分を廃止すれば国・地方合わせて年間で相当規模の税収が減るため、どのように穴埋めするかが問われる。第二に地方財政や道路・インフラ関連の維持管理に対する影響を懸念する声がある。第三に、ガソリン税が持つ価格安定機能・環境負荷抑制機能を損なうとの主張だ。特に脱炭素政策を重視する視点からは、燃料の価格抑制は燃料消費を増やしかねないとの反論が出る。さらに、急な税制変更は流通業者や精製・小売業者への影響、価格看板の改定コストなど実務面の摩擦を生む点も指摘されている。学術界や政策研究機関、あるいは与党内の財政保守派からも慎重論が提示されている。
廃止後の価格変動(経済的効果の試算)
単純計算で暫定税率相当分を価格に速やかに反映させると、ガソリン小売価格は1リットル当たり約25円程度下落する見込みがある(暫定部分が約25.1円であるため)。だが実際の小売価格の変動は市場構造、流通マージン、税の転嫁速度、精製業者・卸・小売の価格設定、在庫の段階でどの価格帯の原料を基準としているか、さらには補助金等の並存措置の有無など複数の要因に左右される。過去にも税率変更時には一時的な価格調整や卸値とのタイムラグが生じた事例があるため、廃止が直ちに消費者価格に完全に反映されるとは限らない。さらに、消費税の課税方式や補助金の併用、為替や原油価格の変動といった外生的要因が重なると、実際の店頭価格は期待される値ほど下がらないこともある。したがって政策当局は「税率の変化が小売価格にどの程度反映されるか」についての実務的な調整や監視を行う必要がある。
そもそも暫定を長期間維持してきたことに問題はあるか
「暫定」の名目で50年近くにわたり同種の上乗せ課税が続くことについては、税制の正統性と民主的説明責任の観点から問題視する指摘が強い。暫定税率が特定用途のために導入されたにもかかわらず、その税収が一般財源化されるなど当初の使途が変更されたケースや、恒常的歳入源として依存するようになった行政慣行は、税制の透明性・説明責任を低下させる。税制は永続的な課税権の行使であるため、長期にわたり暫定措置を用いることは国民に対する明確な説明責任を果たしていない可能性がある。税の正当性を担保するためには、課税の目的・使途・期間について明確化し、恒久化するならば本則税率として法制化するか、あるいは恒常的な上乗せに対する民主的承認手続きを整備する必要がある。こうした制度的欠陥を是正する議論は税制全体の信頼性に関わる重要な論点である。
課題(財政・運用・公平性)
暫定税率廃止や維持のいずれを選択するにしても解くべき課題が存在する。財政面では暫定部分を廃止すれば穴埋めの財源確保策(歳出削減、新税、別項目の増税、あるいは国債の追加発行など)をどうするかが大きな検討課題である。地方財政面では、地方交付金や地方団体の歳入構造への影響を考慮する必要がある。運用面では流通・価格転嫁の実務調整、業界への影響緩和措置、販売価格の監視体制の整備が必要である。公平性の観点では、燃料課税は消費量に比例するため利用者間の負担差が生じるが、所得に対する負担の逆進性をどう緩和するかも議論点となる。さらに、環境政策との整合性をどう担保するか、脱炭素の観点から燃料価格の低下が望ましいか否かについても政治・政策判断が分かれる。これらの課題は相互に絡み合っており、単一の政策手段で解決するのは難しい。
今後の展望(政策オプションと政策判断のフレーム)
今後の選択肢としては概ね次のようなオプションが考えられる。第一に、暫定税率を廃止し恒常的に税負担を下げる。ただし、代替財源の確保や地方配慮、環境対策との整合性確保が必須である。第二に、暫定税率を維持するが使途の透明化と税制改革による再合理化を行う。第三に、暫定税率を段階的に引き下げつつ、所得に応じた支援や補助金で逆進性を緩和するハイブリッド策を取る。いずれの選択も財政の中長期見通し、行政の実務能力、政治的合意形成力を見誤らないことが前提となる。また、税制の正当性を担保するために、暫定的措置の恒久化を避け、期限や見直し基準を明確に定める規範を導入することも検討に値する。政治的には与野党の間で合意を作る努力が続く見通しであり、マクロ経済環境(原油価格、為替、インフレ率など)や国民感情も最終判断に影響を与えるだろう。
まとめ
ガソリン暫定税率問題は、税制の歴史的経緯、財政運営の現実、消費者負担、地方財政、環境政策、流通実務の側面が絡み合う複合的な政策課題である。暫定税率という「暫定」の名の下で長期にわたり税率が維持されてきたことは、税制の透明性と民主的正当性という観点から再検討に値する。廃止を選ぶならば代替財源や地方配慮、流通面の調整について具体的な設計が必要であり、維持を選ぶならば用途と説明責任を明確化する制度改革が必要である。いずれにせよ、公的データや試算に基づく冷静な議論と、国民への明確な説明が不可欠である。政策決定は短期的な人気取りではなく、中長期の財政健全性と社会的公平性、環境目標とのバランスを踏まえて行われるべきである。
参考出典
財務省「自動車関係諸税・エネルギー関係諸税に関する資料」等(税率や税制の概要)。
国税庁「No.6313 酒税、たばこ税などの個別消費税の取扱い」など(消費税の課税標準に関する説明)。
国土交通省「道路特定財源の一般財源化について」等(道路特定財源の沿革と一般財源化の経緯)。
国税庁・研究資料や揮発油税の沿革に関する論考(暫定税率の導入経緯)。
報道(2024年12月の与党・野党一部の合意や2025年の協議状況に関する記事)。