コラム:ローカル線の廃止続くか、深刻な経営赤字と利用低迷
日本のローカル線は社会インフラとしての価値を有しつつも、利用低迷・経営赤字・インフラ老朽化・災害復旧費用増・制度的変化といった複合的な課題に直面している。
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現状(2026年1月時点)
日本の鉄道網は世界的に見ても高い輸送力と正確性を誇るが、地方部を中心とした「ローカル線」の多くは利用者減少と経営赤字により存廃が問われる段階にある。総務省統計および鉄道事業者資料にみられるように、地方人口の減少・少子高齢化・自動車依存の進展といった社会変化を背景に、地方路線の輸送密度(1kmあたり1日の平均利用者数)は全国的に低下し、国土交通省はこの指標をもとに存廃議論の対象線区を選定している。特に輸送密度1,000人未満の区間が中心となり、地域公共交通活性化再生法の改正・再構築協議会の設置といった制度変更が進むことで、2026年度中にも各地で路線の存廃やバス転換(BRTなど)の方向性が具体化する見通しである。その過程では、地域社会への影響や行政と事業者の対立といった軋轢も顕在化している。
ローカル線とは
日本の鉄道運行には都市部の大量輸送を担う幹線・都市鉄道と並び、地域内の比較的短距離輸送や郊外・山間地域の移動を支えるローカル線がある。ローカル線は国鉄時代には特定地方交通線として分類され、かつては輸送密度4,000人未満が存廃の基準とされた歴史もあるが、現在は1,000人未満を重点対象とする制度設計が進められている。日本では老朽化した地方人口・交通需要の減少が進行する中、2000年代以降数多くの路線が廃止または第三セクターに移管されてきた。しかし、今なお多くの地域で住民の生活基盤としての役割を果たしており、単なる輸送機関以上の社会的意味を持つ場合がある。たとえば、就学・通院・買物といった日常の移動だけでなく、観光誘客や地域アイデンティティの象徴としての価値も指摘されることがある。
ローカル線が抱える問題(総論)
ローカル線を巡る主な課題は経営面の深刻な赤字と利用者低迷、インフラ老朽化、災害復旧の困難さ、法制度の転換を背景とする存廃協議の加速、地域社会への影響と対立、負のスパイラルの進行である。これらは単独に存在するのではなく相互に関連し合い、問題が複合化しやすい特徴を持つ。
深刻な経営赤字と利用低迷
近年のJR各社の経営データに見るように、地方路線の多くが持続的な経営赤字に陥っている。ある市場調査では、JR東日本が「利用の少ない線区」(1日の乗客数2,000人未満)を対象にしたセグメントで、多数が運営費を賄えず大幅な赤字を計上している事実が開示された。これら地域区間の多くは輸送密度が低く、営業損益の改善余地が限られている。輸送密度1000人未満の路線は特に収益性が低く、費用対効果の観点から事業者の負担が大きいことが国土交通省の検討資料でも示されている。輸送密度は鉄道経営の指標として国鉄再建特措法以来利用されてきたものであり、現代の制度においても再構築協議会設置の基準として参照されている。
「輸送密度」の低下
「輸送密度」すなわち1kmあたりの1日平均利用者数の低下がローカル線の経営悪化を象徴している。輸送密度が低いほど単位距離あたりの乗客数が少なく、運賃収入が固定費・変動費を下回る比率が高まる。日本の多くの地方路線は人口減少・高齢化、自家用車依存の強化といった要因から輸送密度が以前に比べ大きく低下し、経営の持続可能性が危ぶまれている。
1キロあたりの1日平均利用者数(輸送密度)が1,000人未満の路線が存廃議論の主な対象
2023年の地域公共交通活性化再生法改正では、輸送密度1,000人未満の路線を対象に再構築協議会を設置する基準を設ける方針が明記された。これは地域公共交通の需要減少や経営不振が加速した結果として、事業者・自治体・国が協調して路線の将来を議論する仕組みを制度化するものである。国の基本方針ではこの基準を目安として、地方公共団体や鉄道事業者の要請があれば国土交通省が再構築協議会を組織し、鉄道維持・高度化案とバス等への転換案の双方を検討する枠組みが整備された。この制度は廃線を前提とするものではないとされるものの、輸送密度の低い線区の多くが実際には存廃の岐路に立たされることが予想されている。
100人未満の路線も
輸送密度が極めて低い(一部では100人未満)区間も存在し、そうした区間では路線存続の正当性がより厳しく問われている。利用者が極端に少ない路線は運賃収入が微小であり、1日100円の収入を得るために1万円近い経費がかかるような事例すら報告される。こうした非効率性は、鉄道事業者が長期的に負担すること自体が困難であることを示している。
収支の悪化
ローカル線の収支悪化は単なる利用者減少だけではなく、インフラ維持コストの増大、車両・設備の老朽化対応費用、災害復旧費用などの負担増が背景にある。鉄道インフラは多数が明治・大正期に建設されたトンネル・橋梁・線路などで構成されており、これらを安全に運行できる水準に維持するための投資負担が重い。また近年は台風・豪雨など自然災害が頻発し、復旧費用が膨らむケースも増えている。
社会インフラの老朽化
鉄道インフラは長年使用されてきた歴史的な構造物が多く、老朽化が進んでいる。明治時代に敷設された鉄道設備が現代まで使われている区間も少なくなく、老朽施設の更新・補修が必要な一方で、人口減少地域における収益性悪化が投資余力を削ぐという悪循環に陥っている。この老朽化対応は復旧・更新費用の高騰と相まって、ローカル線維持の財政的負担を増大させている。
災害復旧の困難さ
日本は地震・台風・洪水といった自然災害が多い国土であるため、鉄道インフラの維持管理は災害対策を不可欠とする。地方路線は山間地や川沿いを通る区間が多く、災害発生時の復旧に多額の費用・期間を要することが多い。復旧の判断が遅れたり、自治体と事業者の責任範囲が不明瞭になるケースでは、復旧自体が困難となることもあり、これが廃線を加速させる要因となっている。
法改正に伴う存廃協議の加速
再構築協議会の設置
2023年施行の改正地域公共交通活性化再生法は、国が自治体や鉄道事業者の要請に基づき「再構築協議会」を設置できる制度を導入した。再構築協議会では鉄道維持・高度化案とバス・BRT等への転換提案を含む複数の選択肢を議論する。議論に必要な調査・実証事業については国が支援する制度になっている。
政策動向と期限
国は協議会議論に明確な期限(例:3年以内)を設ける方向性を示している。この期限内に存続方針を合意形成することで、問題の長期化を回避し、地域公共交通の再構築を迅速化する狙いがある。地方自治体による協議準備や人員・予算確保の困難さも指摘されているが、協議メカニズムの法的整備はローカル線問題への対応を構造化する重要な一歩である。
再構築協議会の設置
再構築協議会は国土交通省・自治体・鉄道事業者・有識者が参加する枠組みで、路線の将来を検討する場として期待される。協議では維持案だけではなくBRTやバス転換、上下分離方式といった代替交通手段の選択肢も比較検討される。自治体や住民の意向を尊重しつつ、費用負担や輸送効果を勘案し、地域にとって最適な交通ネットワークを再構築することが目標である。
地域社会への影響と対立
ローカル線の存廃議論は、単なる交通経済の問題にとどまらず、地域社会の基盤や住民の移動権、地域アイデンティティに直結する社会問題である。自治体・住民・事業者間で利害が交錯し、「鉄道は公共財として赤字でも維持すべき」という意見と「効率性を優先して転換すべき」という意見が対立することも多い。実際の協議の現場では、鉄道存続を望む自治体と経営効率を重視する鉄道会社との間で共通理解が得られないケースも報告されている。
行政と事業者の溝
地方自治体は住民の足の確保を主張する一方で、鉄道事業者は利用者数・収支改善を根拠に路線合理化を提案することがある。この溝が政策決定を難しくし、議論が長期化・停滞する原因となっている。さらに、自治体側で協議会設置準備が進まないケースや議論を避ける動きさえ存在し、合意形成の困難さがローカル線問題を深刻化させている点も見逃せない。
「鉄道は公共財であり赤字でも維持すべき」と主張する自治体
一部自治体や住民団体は、地域の交通権や社会的インフラとして鉄道を維持すべきと主張する。鉄道が廃止されると地域の孤立化や人口流出を招くとの懸念があり、単なる経済合理性だけでは計れない社会的価値を強調する意見も根強い。
負のスパイラル
ローカル線のサービス低下や減便は、さらなる利用者離れを生み出す負のスパイラルに拍車をかける。利用者が減る → 運行間隔が広がる → 利便性が低下する → 利用者がさらに減るという循環は、路線の存続可能性を一段と損なう。
今後の展望
今後、再構築協議会の議論が進むにつれて、地方部では鉄道維持・改善案とバス転換案が地域ごとに選択される可能性が高い。協議会は2026年度中にも各地で具体的な結論を示す見込みであり、自治体と事業者の合意形成支援や国の財政支援の枠組みも進められている。加えて、人口減少や自動車依存という構造的課題を克服し、地域公共交通全体を持続可能にするためには、住民ニーズ・都市計画・交通政策の統合的再設計が不可欠である。
まとめ
日本のローカル線は社会インフラとしての価値を有しつつも、利用低迷・経営赤字・インフラ老朽化・災害復旧費用増・制度的変化といった複合的な課題に直面している。特に輸送密度1,000人未満の線区については再構築協議会による存廃議論が進展し、地域社会への影響や自治体・事業者間の対立が顕在化している。今後は単なる鉄道の維持・廃止の二者択一ではなく、バス転換や上下分離方式、他の移動手段との統合といった多様な選択肢を含む交通ネットワークの再構築が求められている。
参考・引用リスト
KPMGジャパン「転換期を迎えている鉄道事業 ~地域公共交通の新たなステージ~」2023年。
共同通信社「『特集』ローカル線再生」2024年10月。
SOMPOインスティチュート「ローカル鉄道の廃線問題」2023年。
国土交通省「地域公共交通活性化再生法の概要等」資料。
参議院会議録「地域公共交通活性化再生法等改正案に関する国会論議」2023年。
World Economic Forum「Preserving local railways can foster sustainability in Japan」2024年。
「地域鉄道の路線維持と活性化への施策を求める意見書」2023年。
追記:日本のローカル線が持続不可能とされる理由と例外、地方別ケーススタディ
日本のローカル線が持続不可能である理由
日本のローカル線が「個別路線の努力では解決困難な構造的問題」を抱えていることは、専門家や政策当局の間で広く共有されている。その理由は単一ではなく、人口構造、産業構造、交通行動、制度設計、地理条件が複合的に絡み合っている点に特徴がある。
人口減少と少子高齢化の不可逆性
最大の要因は人口減少である。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、日本の総人口は長期的に減少局面にあり、特にローカル線が多く立地する地方部では生産年齢人口と若年層の流出が顕著である。通学・通勤需要は鉄道利用の中核をなすが、その需要母体自体が縮小しているため、利用促進策を講じても総需要が回復しにくいという根本的制約が存在する。
自動車依存社会の定着
地方部では高度経済成長期以降、自動車が生活の中心的移動手段として定着してきた。道路インフラの整備、世帯あたりの自動車保有台数の増加、商業施設や医療機関の郊外立地化などにより、鉄道を利用しなくても生活が成立する空間構造が形成されている。ローカル線は高齢者や学生といった限定的利用層に依存しやすく、全世代的な利用回復が困難である。
固定費比率の高さという鉄道特有の制約
鉄道事業は固定費産業である。線路、橋梁、トンネル、信号設備、車両基地などの維持管理費は、利用者数が減っても大幅には減らない。特にローカル線では、1日の利用者数が極端に少ないにもかかわらず、安全確保のための最低限の維持コストが発生し続ける。このため、利用者が半減しても費用はほとんど変わらず、収支が急速に悪化する構造を持つ。
災害リスクと地理的条件
ローカル線の多くは山間部や河川沿いを通過しており、台風・豪雨・土砂災害の影響を受けやすい。災害復旧には多額の費用と時間が必要であるが、利用者が少ない路線では復旧投資の費用対効果が極めて低いと判断されやすい。結果として長期運休や廃止に至る事例が増加している。
制度的背景と事業者の経営責任
国鉄分割民営化以降、JR各社は民間企業として経営責任を負っている。都市部の黒字で地方部の赤字を補填する内部補助は一定程度存在するが、近年はその余力も低下している。結果として、赤字ローカル線を無期限に維持することは企業経営上困難となり、制度的にも持続不可能性が顕在化している。
黒字を達成しているローカル線の例
一方で、日本には数は少ないものの、黒字経営あるいは実質的に持続可能な運営を実現しているローカル線も存在する。これらの事例は、ローカル線が必ずしも一律に衰退する運命にあるわけではないことを示している。
観光需要を中核とした事例
代表的な例として、第三セクター鉄道である三陸鉄道(岩手県)が挙げられる。三陸鉄道は日常輸送だけではなく、震災復興の象徴性や沿線観光資源と結びついた観光列車運行、イベント列車の実施などにより、観光需要を戦略的に取り込む経営モデルを構築してきた。日常利用だけでは赤字であっても、観光収入や自治体支援を組み合わせることで事業継続を可能としている。
都市近郊型ローカル線
地方都市圏の近郊に位置するローカル線の中には、通勤・通学需要を一定程度確保し、黒字または収支均衡を達成している例がある。例えば静岡鉄道静岡清水線は、短距離・高頻度運行という都市型特性を持ち、地方私鉄でありながら安定した利用を維持している。このような路線は、純粋な過疎地ローカル線とは性格が異なり、人口集積と都市機能が収益性を支えている。
自治体支援と上下分離方式
黒字とは言い切れないものの、上下分離方式を導入し、インフラ維持を自治体が担うことで運行事業者の経営を安定させている例もある。富山地方鉄道やえちぜん鉄道などでは、自治体が線路や施設の更新費用を負担し、運行会社は比較的軽い負担でサービス提供に集中できる体制を整えている。これは鉄道を公共インフラとして位置づけた政策的選択である。
地方別ケーススタディ
北海道
北海道はローカル線問題が最も顕在化している地域の一つである。人口密度が低く、距離が長く、冬季の維持費が高いという三重苦を抱えている。JR北海道は経営基盤が弱く、利用者数が極端に少ない路線が多数存在する。災害による長期運休を契機に廃止された路線も多く、鉄道からバス・デマンド交通への転換が進んでいる。ここでは鉄道維持よりも地域全体の移動手段確保が政策の中心となりつつある。
東北地方
東北地方では、震災復興とローカル線問題が交錯している。三陸鉄道のように観光と復興を結びつけた成功例がある一方、内陸部では人口減少が著しく、輸送密度100人未満の区間も存在する。鉄道維持を地域振興と結びつける努力が見られるが、自治体の財政力に左右されやすいという課題を抱える。
中部・北陸地方
中部・北陸では第三セクター鉄道が比較的多く、上下分離方式や自治体支援を活用した運営が特徴である。観光資源と結びついた路線は比較的安定しているが、山間部の路線では災害リスクが高く、復旧判断が存廃に直結しやすい。
中国・四国地方
人口減少と都市集中が進む中国・四国地方では、JRのローカル線が存廃議論の中心となっている。沿線自治体が「鉄道は公共財」として維持を求める一方、事業者側は経営合理性を重視し、対立が顕在化しやすい地域である。観光列車などの施策も行われているが、構造的赤字の解消には至っていない。
九州地方
九州では観光列車を積極的に導入したJR九州の戦略が注目される。観光列車はブランド価値を高め、鉄道そのものを目的地化することで収益機会を拡張している。ただし、これは全路線に適用できる万能策ではなく、観光資源の有無に大きく依存する。
まとめ
日本のローカル線が持続不可能とされる理由は、単なる経営努力不足ではなく、人口減少社会における交通需要の構造変化と鉄道事業の特性に根ざしている。一方で、観光特化型、都市近郊型、自治体支援型といった条件が揃えば、一定の持続可能性を確保できる例も存在する。地方別ケーススタディから明らかなように、今後のローカル線政策は「全国一律」ではなく、地域特性に応じた多様な選択肢を組み合わせることが不可欠である。
