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コラム:いびき、放置しないで、体からの異常サイン

いびきは単なる騒音である場合もあるが、SASの兆候を内包する場合は心血管リスク、認知機能低下、事故リスク等を通じて個人と社会へ重大な負荷を与える。
いびきのイメージ(Getty Images)

日本における「いびき(英:snoring)」と睡眠呼吸障害は公衆衛生上の重要課題である。閉塞性睡眠時無呼吸(Obstructive Sleep Apnea;OSA)の有病率は従来考えられていたよりも高く、中等度以上のOSAは成人男性で約20%程度に達するとする報告がある。日本国内の診療ガイドラインや診療実態調査は、肥満の増加、高齢化、生活習慣病との関連、交通事故や作業能率低下といった社会的影響を指摘している。国内ではCPAP(持続陽圧呼吸療法)を中心とした治療が普及しており、口腔内装置(マウスピース)や舌下神経刺激などの治療も適応・保険適用の拡大が進んでいる。これらの知見・指針は日本呼吸器学会や関連学会のガイドラインにまとめられている。

いびきとは何か

いびきは睡眠中に上気道の狭窄または振動により生じる音声現象であり、単なる騒音以上の臨床的意義を有する場合がある。生理的には上気道組織(軟口蓋、咽頭側壁、舌根など)の部分的閉塞と高速流の相互作用で組織振動が生じ、気流により音が発生する。いびきは孤立した現象として存在することもあるが、しばしば睡眠時無呼吸症候群(SAS/OSA)と合併し、断続的な呼吸停止や低呼吸を伴う場合は全身への負荷となる。

いびきが発生する仕組みと主な原因

いびきは解剖学的・生理学的・環境的因子の相互作用で生じる。主なメカニズムは以下の通りである。

  1. 上気道径の狭小化:軟口蓋肥厚、口蓋垂の長大、扁桃肥大、舌後退(後方移動)などにより咽頭部が狭小化する。

  2. 気道周囲組織の弾性低下:加齢や脂肪沈着により上気道組織が弾性を失い、吸気時の陰圧で易閉塞化する。

  3. 筋活動の低下:レム睡眠や深い睡眠段階では舌根や咽頭周囲筋の筋緊張が低下し、気道閉塞が促進される。

  4. 鼻腔閉塞:鼻炎・鼻中隔弯曲・慢性副鼻腔炎などによる鼻呼吸障害が口呼吸を誘発し、口腔・咽頭側の振動が増強する。
    これらの要因は個別あるいは併存して作用し、いびきの発生・重症度を決定する。

身体的要因

身体的要因として以下が挙げられる。

  • 肥満:頸部および咽頭周囲の脂肪沈着は気道狭窄を増悪させ、OSAの主要リスクである。ガイドラインでも肥満が最大の要因として指摘されている。

  • 年齢:加齢に伴う組織弾性の低下と筋緊張の低下がいびき発生を助長する。

  • 解剖学的特徴:小顎症、口蓋垂が長い、巨大扁桃、鼻中隔の偏位など。

  • 性差:男性に高頻度だが、閉経後女性の有病率も増加する傾向が報告されている。

生活習慣
  • 飲酒:就寝前のアルコール摂取は咽頭筋の緊張を低下させ、いびき・無呼吸を悪化させる。

  • 喫煙:慢性的な上気道炎症を引き起こし、鼻づまり・気道狭窄を助長する。

  • 睡眠不足・不規則な睡眠:深部睡眠やREMの分布変化により筋緊張の変動が生じ、いびきが悪化することがある。

  • 睡眠時の姿勢:仰向け寝は舌や軟口蓋が後方へ落ちやすく、いびき・無呼吸が増悪する。

鼻の問題

慢性鼻炎、副鼻腔炎、鼻中隔弯曲、アレルギー性鼻炎は鼻呼吸を妨げ、口呼吸を誘発して咽頭振動を増強する。鼻通りの改善はいびき軽減に有効であり、鼻腔拡張テープや鼻腔内手術が一部の症例で有用である。CPAP療法の適正な使用にも鼻通りの改善が重要である。

注意が必要な「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」

いびきが単なる音として済まされる場合と、SASによる身体的負荷の兆候である場合を見分けることは臨床上極めて重要である。SASは断続的な気流停止(無呼吸)や低呼吸を特徴とし、夜間の低酸素、日中の過度な眠気、自律神経活動の乱れをもたらす。SASは高血圧、虚血性心疾患、脳卒中、代謝異常(糖代謝異常)などのリスク増加と関連するため見逃せない。ガイドラインは適切な評価と治療の重要性を強調している。

いびきの改善策と最新の治療(2025年12月時点)

以下ではセルフケアから医療的治療、そして近年普及が進む新規技術までを解説する。

セルフケア
  1. 横向き寝(体位療法):仰向けでのいびきを減らすための簡便な介入で、装具や枕で横向きを促進する方法がある。

  2. 減量:BMI低下は気道周囲の脂肪減少を通じていびき・OSAの改善につながる。減量は長期的な第一選択的介入である。

  3. 節酒:就寝前のアルコール摂取を控えることが容易かつ効果的な対策である。

  4. 鼻呼吸の促進:鼻腔拡張テープ、鼻うがい、アレルギー管理により鼻通りを改善するといびきが減る場合がある。

医療機関での治療

CPAP(シーパップ)療法

CPAPはOSAに対する標準治療で、気道に陽圧をかけて閉塞を防ぐ。多くのランダム化試験・メタ解析で睡眠の質改善、日中の眠気軽減、血圧改善、認知機能の一部改善が示されている。日本でも在宅CPAPの普及が進んでおり、保険適用下で広く用いられている。

レーザー治療・外科的治療

軟口蓋切除や口蓋垂短縮、扁桃摘出など解剖学的狭窄に対する外科治療は選択肢となるが、適応と侵襲性を慎重に評価する必要がある。

マウスピース(口腔内装置)

軽度〜中等度OSAに対しては、下顎前方維持装置が有効であるというエビデンスがまとめられており、日本歯科睡眠学会のガイドラインでも具体的な調整量などを含め推奨が示されている。装置は患者の歯列や顎関節の状態を考慮して作製・調整する必要がある。

舌下神経刺激(Hypoglossal Nerve Stimulation;HNS)

近年、植込み型の舌下神経刺激装置が導入され、選択された中等度〜重度のOSA患者でAHI(無呼吸低呼吸指数)を有意に低下させる報告がある。日本国内でも導入・保険適用が進み、いくつかの医療機関で臨床実施が開始されている。長期成績や患者選択基準の明確化が進んでいる。

最新技術

  • 舌下神経刺激の改良型デバイスや低侵襲アプローチ、個別化医療の実践が進展している。

  • デジタル技術を用いた睡眠モニタリング(ウェアラブルデバイス、在宅睡眠検査の簡便化)により、スクリーニングと治療効果判定がより実用的になっている。これにより未診断患者の発見が期待される。

いびきは「体からの異常サイン」と捉えるのが一般的

臨床的には、いびきは「単なる騒音」で済む場合と「体からの異常サイン」である場合に区分される。後者に該当する場合は治療介入を要することが多い。以下に三つの区分を示す。

「単なる騒音」で済む場合

  • 一過性のいびき(風邪、鼻炎、アルコールの一時的影響、極度の疲労など)で、日中の眠気や覚醒時症状を伴わない場合は経過観察が妥当である。

「命に関わる危険な兆候」である場合

  • 日中の強い眠気、居眠り、運転中の注意散漫、反復する覚醒や窒息感、夜間の窒息音や長時間の無呼吸エピソードなどがある場合はOSAを強く疑い、速やかな専門医受診と精査が必要である。SASは心血管リスク増大と関連するため早期対応が望まれる。

「悪い」とされる理由(健康へのリスク)

  • 酸素供給不足と脳・体への負荷:夜間の反復性低酸素は交感神経活動を亢進させ、血圧上昇、炎症性サイトカインの増加、代謝異常をもたらす。これが長期的には高血圧、心血管疾患、糖代謝障害などのリスク増大につながる。

  • 睡眠の質低下:断続的な覚醒と睡眠構造の破綻が日中機能低下(集中力低下、抑うつ傾向、作業能率低下)を引き起こす。

  • 事故リスク:過度の眠気は労働災害・交通事故の危険性を高める。

「悪くない(一時的)」とされる場合

以下の要因に起因する一過性のいびきは時間経過とともに改善することが多い。

  • 一時的な風邪・鼻づまり

  • 就寝前の過度の飲酒

  • 極度の疲労や睡眠不足
    ただし、これらでも症状が反復・持続する場合や日中の影響がある場合は精査するべきである。

社会的・対人関係への影響

パートナーの睡眠を妨げるいびきは関係性に悪影響を与え、共同生活の質(quality of life)を低下させる。いびきが原因で別室就寝となるカップルも少なくないため、早期の相談や治療は個人のみならず家族全体の福祉に資する。

どう判断すべきか?(セルフチェックと受診の目安)

セルフチェックの指標

  • 睡眠中に「呼吸が止まっている」と家族に指摘されるか

  • 日中に強い眠気や居眠りをするか(Epworth Sleepiness Scaleなど)

  • 起床時の頭痛、起床後の喉の渇き、集中力低下があるか

  • 体重増加、既往の高血圧・糖尿病があるか
    これらが複数あれば専門医受診の目安となる。

受診の目安

  • 家族が無呼吸を目撃する、日中の機能障害がある、高血圧や不整脈など心血管疾患がある場合は速やかに専門医(睡眠医療・呼吸器内科・耳鼻咽喉科・歯科睡眠医療)を受診すべきである。ガイドラインは検査(終夜睡眠ポリグラフィーや簡易検査)と適切な治療の導入を勧めている。

「たかがいびき」と放置するのは危険

いびきを放置すると潜在的なOSAが見逃され、長期的な心血管系合併症や生活の質低下を招くリスクがある。特に高リスク群(肥満、高血圧、糖尿病、年齢上昇など)においては、いびきを軽視せず専門的評価を行うことが推奨される。

いびきは「静かに眠るべき時間に体が上げている悲鳴」と考えよう

比喩的表現ではあるが、いびきは上気道機能の不調を反映する重要な臨床サインである。日中の症状や合併症の有無を含め総合的に評価し、必要な介入を行うことが個人の健康と社会的安全を守る上で重要である。

今後の展望
  1. スクリーニング技術の向上:ウェアラブル機器やAI解析を用いた在宅スクリーニングが普及し、未診断の患者発見が促進される。

  2. 個別化医療:解剖学的・機能的評価に基づく個別化治療(CPAP、口腔内装置、舌下神経刺激、外科的介入)の適合化が進む。

  3. 非侵襲的治療の発展:低侵襲で長期忍容性の良い治療デバイスの開発が期待される。

  4. 公衆衛生アプローチ:肥満対策・睡眠衛生教育の強化により有病率低下を目指す。

まとめ

本稿は、日本におけるいびきと睡眠呼吸障害(SAS/OSA)の疫学的背景、発生機序、主要因子、臨床的重要性、セルフケアと医療的介入、ならびに近年の技術進展について概説した。いびきは単なる騒音である場合もあるが、SASの兆候を内包する場合は心血管リスク、認知機能低下、事故リスク等を通じて個人と社会へ重大な負荷を与える。診療ガイドラインはスクリーニング、診断(終夜睡眠ポリグラフィーなど)、治療(CPAP、口腔内装置、外科治療、舌下神経刺激等)の体系的アプローチを提示しており、日本国内でもこれらの適応や導入が進んでいる。臨床医は解剖学的評価、生活習慣因子の修正、適切な治療選択を通じて患者中心の包括的医療を提供する必要がある。


追記:日本における「睡眠時間の問題」について

背景

日本は国民の平均睡眠時間が短く、睡眠不足が社会問題化している。労働時間の長さ、通勤時間、過度の電子機器使用、ストレス等が睡眠不足の主因である。短時間睡眠は代謝疾患、精神疾患、心血管疾患、事故リスクの増加と関連するため、公衆衛生上の重要課題である。

目的

本稿の追記では、日本における睡眠時間の現状、健康影響、政策的対応および将来の研究課題を整理する。

方法(文献レビューの枠組み)

公的統計(厚生労働省の国民健康・栄養調査など)、学術論文、専門領域ガイドライン、社会調査データを横断的に検討する。

現状の所見

  1. 平均睡眠時間の短さ:複数の国民調査で日本人の平均就寝時間が他国と比較して遅く、総睡眠時間が短い傾向が示されている。

  2. 睡眠不足と健康被害:短時間睡眠は高血圧、糖尿病、肥満、うつ症状、認知機能低下と関連する。特に若年から中年の労働人口における睡眠不足は生産性低下と事故増加につながる。

  3. 社会的不平等:職業、所得、性別、地域によって睡眠状況に不均衡が存在する。

  4. 子どもの睡眠:学業・習い事等により児童・青少年の睡眠時間が不足する傾向があり、発達・学習への影響が懸念される。

政策的対応

  • 職場の長時間労働是正、柔軟な勤務時間制度の導入、通勤負担軽減策、睡眠衛生教育の普及が推奨される。

  • 学校・地域における睡眠教育や夜間電子機器使用制限のガイドライン作成が望ましい。

  • 医療面では睡眠障害(不眠症、SASなど)の早期発見と治療アクセスの改善が必須である。

今後の研究課題

  1. 睡眠と健康アウトカムの因果関係を明確化する長期コホート研究の充実。

  2. 労働政策介入(勤務時間短縮、フレックス等)が睡眠と健康に与える影響の実証研究。

  3. デジタル時代における睡眠衛生介入(スマホ使用制限、夜間ブルーライト対策等)の有効性評価。

  4. 社会的格差を解消するためのターゲット介入の開発と評価。

結語(追記)

日本における睡眠時間の問題は個人の健康のみならず社会的生産性、安全性に深く関与する。政策的・医療的・行動的介入を組み合わせることで、国民の睡眠改善を図ることが必要である。将来的にはデジタルヘルスを活用したスクリーニング・介入と、エビデンスに基づく政策評価が重要になる。


主要参考文献(本文で参照した代表的資料)

  1. 睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン 2020(日本呼吸器学会等).

  2. 閉塞性睡眠時無呼吸に対する口腔内装置に関する診療ガイドライン(日本歯科睡眠学会).

  3. 2023年改訂版 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療(日本循環器学会等).

  4. 耳鼻咽喉科領域における睡眠呼吸障害の診療実態調査(J-STAGE掲載).

  5. 国内医療機関における舌下神経電気刺激装置の導入に関する報告(2025年10月~).

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