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コラム:韓国「非常戒厳令」から1年、政治的混乱と分断続く

2024年12月3日の戒厳令宣布とその後の一連の事態は、韓国の民主主義にとって最大級の危機の一つであり、制度的・社会的な傷痕を残した。
2024年12月8日/韓国、首都ソウル、ユン大統領の弾劾を求めるデモ(AP通信)

韓国は2024年12月3日に発生したいわゆる「12.3戒厳令事件」(以下「戒厳令事件」)の余波から立ち直ろうとしているが、政治的・社会的分断は依然として深刻である。2014年以降の政治的緊張や検察・司法をめぐる対立が累積する中、戒厳令の宣布とそれに続く国会での即時撤回、さらに大統領の弾劾・失職、犯罪責任追及という劇的な一連の流れが生じた。これにより軍・官僚・司法・市民社会の信頼関係が大きく揺らぎ、政治的安定回復には時間がかかる見込みである。世論調査では当時の尹(ユン)政権に対する支持率が急落し、国民の多数が弾劾や辞任を支持したことが記録されている。

非常戒厳令の宣布と撤回(概観)

戒厳令事件は2024年12月3日夜に発生した。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は同日午後10時27分(22:27)にテレビ演説で非常戒厳令を宣布し、国内の「反国家勢力」や与野党対立を理由に治安・政治的措置を正当化した。宣布は国会活動の停止や報道・集会の制限を含む強い措置を含んでおり、事実上議会の機能を麻痺させる意図があると受け取られた。国会・市民・野党は即座に強く反発し、国会側が戒厳令の効力を認めない決議を行う流れにつながった。戒厳令は数時間以内に機能的にも政治的にも失効状態となり、尹大統領は後に撤回を余儀なくされた。戒厳令の宣布と撤回は、韓国の憲政史において極めて異例の事態であり、行政による軍の動員と立法の対抗が直接衝突した点で重要である。

宣布(2024年12月3日午後10時27分)の経緯と内容

2024年12月3日午後10時27分、尹大統領は国民向けの演説で「非常事態」を宣言し、戒厳令を布告した。演説では、野党の「立法独裁」や「対国家的な陰謀」を批判し、国家安全と秩序維持を理由に緊急措置が必要だと主張した。戒厳令の草案は国防相や一部の軍高官が関与して準備されたと報じられ、宣言当夜には首相や複数閣僚のあいだでも見解の相違があったとされる。発表された措置は国会の停会、メディアへの制約、治安当局の逮捕権限強化などを含むもので、従来の民主的手続きを超える広範な権限を国家権力に集中させるものであった。なお、法律上、戒厳令の宣布については国会への直ちなる通知と一定の手続きが求められる点が憲法・法体系で定められており、当日の手続きの是非が後の司法・政治的論争の核心になった。

国民と国会の反応

戒厳令発表後の国民の反応は極めて速く、全国的な抗議行動と国会前での集会が短時間に拡大した。与党内でも混乱が生じ、一部閣僚は宣言に反対または距離を置き、軍内部や治安当局でも命令系統への戸惑いが生じた。国会では戒厳令に対する即時の撤回要求が圧倒的多数で可決され、事実上戒厳令は国会の決議によって無効化された。複数の報道によると、戒厳令発表と同夜から翌日にかけての数時間で、全国の大規模抗議により事実上の「市民防衛」としての抵抗が行われ、軍が国会を封鎖しようとした試みを国会議員や市民が物理的に阻止する場面があった。世論調査でも発表直後に国民の多数が戒厳令を支持せず、弾劾を支持する数値が高まった。

撤回とその直後の政治的動揺

戒厳令は公式には短期間で撤回されたが、撤回によってもたらされた政治的混乱は大きかった。国会は戒厳令の違法性や職権濫用の疑いを問題化し、12月中旬までに弾劾手続きへと発展した。複数の閣僚や軍幹部が辞任・更迭され、関係者に対する刑事捜査も開始された。経済面でも不確実性が高まり、外国投資家や市場の反応が敏感に出た。国際社会は韓国の民主主義について懸念を示し、隣国・同盟国からも沈静化を促す声が上がった。これらの動きは国内政治の決定的な転換点となり、後の大統領選および政権交代に直結した。

その後の韓国社会(市民運動・法的審理・制度改革論)

戒厳令事件は市民社会やメディア、学界での自己検証と制度改革議論を呼び起こした。市民団体は「民主主義の防衛」を掲げ、事件当日を契機とする記念行事や教材作成、議会での“ダークツアー”などの運動を展開している。司法手続きにおいては、刑事裁判や特別検察の捜査が進み、軍や情報機関の運用、戒厳令に関する法制度の空白と不備が露呈したため、法的整備や監視メカニズムの強化を求める声が強まった。専門家は、戒厳令の再発防止には軍の政治的中立性の強化、緊急事態に関する明確な立法基準、国会の即時対応権限の制度化が必要だと指摘している。国際シンクタンクや学界もこの事件を民主主義の「ストレステスト」として分析し、比較政治学的観点から韓国の制度的脆弱性と回復力を評価した。

尹大統領の罷免と失職(手続きと裁定)

国会による弾劾決議の後、憲法裁判所(または同等の最高司法裁判所)は最終的に尹大統領の弾劾を認め、2025年4月に尹は職務を停止・失職した。裁判所は戒厳令の法的根拠の欠如、国会機能の事実上の麻痺、軍の動員といった行為が憲法上の義務違反に該当すると判断したと報じられている。失職に伴い、次席の政治プロセスとして大統領選挙が実施され、政治的混乱を収めるべく国民的な意思表明が行われることになった。憲法裁判所の判断は国の最高法的判断として大きな波紋を広げ、政治的・法的帰結は長期化する見込みである。

内乱罪での裁判(刑事追及の焦点)

尹元大統領に対しては刑事訴追がなされ、内乱罪ないしは「反乱」・「クーデター未遂」に相当する罪状で裁判が進行している。起訴状は、戒厳令の不当な利用、軍及び情報機関の動員命令、国会機能の制圧を試みた点を中心に据えている。検察側は軍高官や情報機関の通信記録、命令系統の証言、現場での物的証拠を提出しており、特に軍参謀らの供述が重要証拠となっている。被告側は「国家の安全を守るための一時的措置であり、クーデターの意図はなかった」と弁明しているが、法廷では手続きの正当性と緊急性の有無が争点になっている。国際法的には重大な政治犯罪と見なされる可能性があり、仮に有罪となれば死刑や長期の自由剥奪といった重罰の可能性もありうるが、韓国国内の司法手続きに従って判決が下される。

李在明(イ・ジェミョン)政権の発足と「国民主権の日」制定

2025年6月に実施された大統領選で、野党(民主党)候補の李在明が勝利し、新政権が発足した。李新政権は就任後、民主主義の回復と責任追及を重点課題に据え、12月3日を「国民主権の日」(仮称)として記念する提案や、戒厳令事案の徹底的な検証・公的記録化、関係者の処罰と制度改革を進める方針を打ち出している。政府は国家機関に対する独立調査委員会の設置、軍の政治的中立性確保のための人事刷新、情報機関の監視強化などを表明しているが、これらの措置は保守派の反発を招いている。李政権はまた国際社会に対して韓国の民主主義回復努力を示すことで外交的信用を回復する狙いを持つ。

政治的混乱と分断の深刻化

戒厳令事件とそれに続く弾劾・失職・選挙は、韓国内の政治的分断を一層深めた。保守的支持層は政府側の安全保障上の懸念や「秩序回復」の必要性を主張し、尹支持者の間では政府の行為を擁護する論調も根強い。一方、リベラル・中道層は民主主義と法の支配の重要性を強調し、再発防止のための制度改革を求める。選挙後も地域別・世代別の対立は顕著で、SNSや市民メディアを通じた情報戦も熾烈になっている。学術界の調査や世論調査は、多数の国民が制度改革や再発防止を支持する一方で、一定の割合が政治的不信を深め、政治離れや過激化の兆候を示していると報告している。これに伴い、治安当局と市民の緊張、さらには一部過激派の台頭への懸念も指摘されている。

関連人物の処罰と「積弊清算」への懸念

李政権は戒厳令関係者や尹政権の中枢にいた人物の責任追及を進めているが、同時に「積弊清算(既得権・不正の一斉追及)」が政治的報復や恣意的な人事処分につながる懸念も広がっている。特別検察や独立委の運用は法的正当性を保つ一方で、その透明性と手続きの厳格な遵守が求められている。専門家は、清算作業が法治主義を強化する機会になる一方で、手続き的公正が損なわれれば「勝者の司法化」による分断の長期化を招くと警告している。したがって、処罰は事実と証拠に基づく厳格な手続きで行う必要があると指摘される。

今後の展望(短期・中長期)

短期的には、司法手続きの継続、軍・情報機関の人事刷新、立法による緊急事態対応のルール化が優先課題になる。中長期的には、以下の点が重要になる。

  1. 法制度の強化:戒厳令や緊急事態に関する法律の明確化、国会の迅速対応権限の制度化、軍の政治的中立性保障の立法化が不可欠である。

  2. 社会的調停と和解:分断を和らげるための対話プラットフォーム、真相究明と和解のための公的記録公開が必要だ。

  3. 市民教育と民主主義強化:市民意識の向上、非暴力的政治参加の文化醸成、メディアリテラシー教育が長期的な防御手段になる。

  4. 経済・外交の安定:政治的不安定が経済に与えるマイナス影響を最小化し、外交上は同盟国との信頼再構築が求められる。

  5. リスク:司法手続きが一方的・政治的恣意に流れること、軍の監督が不十分で再び政治介入が発生すること、情報操作や偽情報の拡大が民主主義を侵食することが懸念される。専門家はこれらのリスクを抑えるために透明性と制度設計の強化を勧告している。

専門家の見解とデータ(要点)

・世論データ:戒厳令直後の世論調査では弾劾支持が70%超という結果が複数の調査で示され、尹大統領の支持率は一時10〜20%台へ急落した。これらの数値は政治的正当性の喪失を示す重要な指標である。
・比較政治学の観点:中堅民主主義国における「緊急権限の誤用」は制度の脆弱性を露呈させる一方、強力な市民社会と独立機関が存在すれば民主主義の回復力(レジリエンス)が働くという分析がある。韓国では市民の迅速な動員と国会の決定が機能した点が、制度の回復力を示すとの評価がある。
・軍・情報機関の問題:軍高官の関与や命令系統の曖昧さが露呈したため、専門家は軍の監督メカニズム(文民統制)の強化と透明性確保を繰り返し提言している。

総括

2024年12月3日の戒厳令宣布とその後の一連の事態は、韓国の民主主義にとって最大級の危機の一つであり、制度的・社会的な傷痕を残した。しかし同時に、国会、市民、司法が機能して危機を食い止め、政治的責任を追及するプロセスが作動したことで、長期的には制度の再整備と民主主義強化の契機にもなっている。重要なのは、この事件を単なる「政争」に終わらせず、明確な法制度改正と手続き的公正、そして社会的対話を通じて再発防止と分断の修復を達成することである。専門家の勧告に沿った透明で開かれた検証プロセスと、政治的報復を避ける慎重な法運用が今後の鍵になる。


参考(主な出典)

  • Reuters: 「South Korea's Yoon removed from office over martial law ...」「South Korea begins criminal insurrection trial of ousted president Yoon」等(弾劾・裁判)。
  • The Guardian / Al Jazeera(事後の解説、社会反応、周年報道)。

  • CSIS / Carnegie Endowment(専門家分析と政策提言)。

  • Gallup Korea / Realmeter 等の世論調査報道(支持率・弾劾支持率)。

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