SHARE:

コラム:アルゼンチンの「ペロニズム」知っておくべきこと

アルゼンチンにおけるペロニズムは、単なる政治的な現象にとどまらず、社会的・経済的な理念として、深く国民の意識に根ざしている。
2024年10月21日/アルゼンチン、首都ブエノスアイレス、ミレイ大統領に政策変更を求めるデモ(AP通信)

アルゼンチンにおける「ペロニズム」は20世紀中盤以降、政治、社会、経済の各分野に深く根を下ろし、同国の歴史とアイデンティティを形作る重要な要素となっている。その起源、発展、変容、そして現代における課題を通して、ペロニズムの全体像を明らかにする。


1. ペロニズムの起源と成立

ペロニズムは1943年の軍事クーデターによって政権を掌握したペロン(Juan Domingo Perón)元大統領によって形成された。ペロンは労働庁長官として労働者の権利向上に努め、労働組合との連携を強化した。これにより、労働者層の支持を獲得し、1946年に大統領に就任した。その後、1955年の軍事クーデターによって一度政権を追われるも、1973年に復帰し、再び大統領に就任した。

ペロニズムの特徴は労働者と国家の強い結びつき、国家主導の経済発展、そして社会福祉政策の推進にある。ペロン政権下では、労働者保護法の制定や年金制度の導入など、社会保障制度が整備され、労働者の生活水準の向上が図られた。


2. ペロニズムの理念と特徴

ペロニズムは単なる政治的イデオロギーにとどまらず、社会的・経済的な理念を包含する。その核心には、「社会正義」「労働者の権利」「経済的独立」「社会福祉」が位置づけられている。また、ペロニズムは「第三の道」として、資本主義と社会主義の中間に位置づけられることが多い。これは、国家の積極的な介入による経済発展と社会福祉の充実を目指すものである。

ペロニズムのもう一つの特徴は、その柔軟性と適応性である。時代や状況に応じて、その理念や政策は変容してきた。例えば、1980年代の新自由主義的改革や、2000年代のフェルナンデス政権による社会民主主義的政策など、ペロニズムは常に時代の要請に応じて変化してきた。


3. ペロニズムの発展と変容

3.1 1946年から1955年までのペロン政権

ペロン政権下では、国家主導の輸入代替型工業化政策が推進され、国内産業の育成が図られた。また、労働者保護法の制定や年金制度の導入など、社会保障制度が整備され、労働者の生活水準の向上が図られた。これにより、ペロニズムは広範な支持を集め、アルゼンチン社会に深く根を下ろした。

3.2 1955年から1973年までの軍事政権とペロニズムの抑圧

1955年の軍事クーデターによってペロン政権は崩壊し、その後の軍事政権下ではペロニズムは抑圧された。ペロンは一度亡命を余儀なくされ、ペロニズムの理念や活動は地下に潜伏することとなった。しかし、1973年の民主化の動きの中でペロンは帰国し、再び大統領に就任した。

3.3 1976年から1983年までの軍事独裁とペロニズムの再抑圧

1976年の軍事クーデターにより再び軍事政権が樹立され、ペロニズムは再び抑圧された。この時期、アルゼンチンは「汚い戦争」と呼ばれる人権侵害が横行し、多くの市民が犠牲となった。ペロニズムは地下活動を余儀なくされ、再びその理念は抑圧された。

3.4 1983年以降の民主化とペロニズムの復活

1983年の民主化以降、ペロニズムは再び政治の中心に復帰した。メネム政権(1989–1999)では新自由主義的改革が進められ、民営化や経済の自由化が推進された。一方で、2000年代のキルチネル(2003–2007)およびフェルナンデス(2007–2015)政権では、社会民主主義的政策が強調され、社会福祉の充実や経済の再国有化が進められた。


4. ペロニズムの課題と現代的意義
4.1 経済政策のジレンマ

ペロニズムは国家主導の経済発展と社会福祉の充実を目指すが、そのためには国家の財政的余裕が必要である。しかし、アルゼンチンは度重なる経済危機に見舞われ、財政赤字やインフレーションが問題となっている。これにより、ペロニズムの経済政策は持続可能性の観点から批判されることが多い。

4.2 政治的分裂と統一の難しさ

ペロニズム内部には様々な派閥が存在し、政治的な統一が難しい。例えば、メネム政権とキルチネル政権では、経済政策や外交政策において大きな違いが見られる。このような内部の対立は、ペロニズムの政治的影響力を弱める要因となっている。

4.3 社会的期待と現実のギャップ

ペロニズムは労働者や貧困層の支持を背景にしているが、実際にはその期待に応えることが難しい状況が続いている。社会福祉の充実や経済的な安定が求められる中で、ペロニズムはその理念を現実の政策にどのように反映させるかが問われている。


5. 結論

ペロニズムは、アルゼンチンの政治・社会・経済の中で重要な役割を果たしてきた。その理念は時代や状況に応じて変容しながらも、労働者の権利や社会的正義の追求を中心に据えている。しかし、経済的な課題や政治的な分裂、社会的な期待とのギャップなど、現代においても多くの課題を抱えている。ペロニズムの未来はこれらの課題にどのように対応し、進化していくかにかかっている。


アルゼンチンにおけるペロニズムは、単なる政治的な現象にとどまらず、社会的・経済的な理念として、深く国民の意識に根ざしている。その歴史と現状を理解することは、アルゼンチンの未来を考える上で不可欠である。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします