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コラム:パレスチナ国家の建設が「不可能」と言われる理由

パレスチナ国家建設は法的・政治的には可能性を残しているものの、実務的・現実的には「不可能に近い」という評価が妥当である。
2025年4月19日/パレスチナ自治区、ガザ地区南部、イスラエル軍の空爆(AP通信)

パレスチナ国家の建設は国際社会における長年の懸案であり、20世紀半ば以降、数多くの和平交渉や国際決議が繰り返されてきた。しかし現実には、独立した主権国家としてのパレスチナは依然として成立していない。その背景には、単にイスラエルとの対立だけでなく、地政学的な制約、経済的脆弱性、国際政治の力学、そして内部統治の不安定性が複雑に絡み合っている。


歴史的背景

1947年の国連分割決議は、ユダヤ人国家とアラブ人国家の並立を構想したが、イスラエル独立宣言(1948年)と第一次中東戦争によって、パレスチナ国家構想は実現しなかった。1967年の第三次中東戦争以降、イスラエルはヨルダン川西岸地区とガザ地区を占領し、以後の交渉は「占領地の返還」と「パレスチナ国家樹立」を主要議題として展開してきた。

しかしオスロ合意(1993年、1995年)で設立されたパレスチナ暫定自治政府(PA)は限定的な自治権しか持たず、域内の安全保障や資源管理の主導権は依然としてイスラエルに握られている。その後のインティファーダ、入植地拡大、安全保障上の対立、ガザ封鎖などを経て、国家建設の道はさらに遠のいている。


地政学的制約
  1. 領土の分断
    パレスチナはヨルダン川西岸とガザ地区という二つの飛び地で構成されているが、両者は物理的に隔絶されており、地理的一体性を欠いている。さらに西岸には約70万人のイスラエル入植者が居住しており、道路網や検問所によってパレスチナ人の移動が制限されている。

  2. 国境問題
    イスラエルは「安全保障上の理由」からヨルダン渓谷を事実上支配下に置き、パレスチナ側は外部国境を管理できない。このため、パレスチナは国家の基本条件である「領土の一体的支配」を確保できていない。


経済基盤

経済の脆弱性は、パレスチナ国家建設を不可能にしている最大の要因の一つである。

  1. GDPと雇用構造
    世界銀行によると、2022年のパレスチナ自治区のGDPは約200億ドル規模で、一人当たりGDPは約4500ドルに満たない。比較としてイスラエルの一人当たりGDPは約5万ドルであり、格差は10倍以上に及ぶ。さらに失業率はガザ地区で40%以上、西岸でも15〜20%前後と極めて高水準である。

  2. 依存的な経済構造
    パレスチナの輸出入はイスラエルに依存しており、独自の港湾や空港を持たない。イスラエルが検問所で物資の流通を制限することで、輸出入コストは周辺諸国より20〜30%高くなっている。エネルギー供給もイスラエルの送電網に依存しており、停電が頻発する。

  3. 援助依存
    パレスチナ自治政府の財政収入の約30〜40%は国際援助に頼っている。EU、米国、湾岸諸国からの援助が一時的に途絶えると、PAの公務員給与すら支払えない状況が繰り返されている。国家運営の基盤が外部資金に依存する構造では、持続的な独立国家は成立しにくい。

  4. 産業基盤の欠如
    製造業は域内総生産の10%に満たず、農業もイスラエルの水資源管理に制約されている。ガザ地区の農地の多くは立ち入り制限区域に指定され、漁業もイスラエル海軍による制限で操業範囲が6〜15海里に限られている。


国際政治

パレスチナ国家の実現を阻む大きな要素は国際政治の力学にある。

  1. 米国の立場
    米国は伝統的にイスラエルの主要支援国であり、安保理決議における拒否権を行使してきた。例えば、2011年の「入植活動非難決議」でも米国は拒否権を発動し、国際的圧力を無効化した。

  2. 国連加盟の壁
    2012年にパレスチナは国連で「オブザーバー国家」として承認されたが、正式加盟には安保理の承認が必要である。米国が拒否権を行使する限り、パレスチナは国連の「完全加盟国」になれない。

  3. アラブ諸国の分裂
    サウジアラビアや湾岸諸国は形式的にはパレスチナを支持しているが、実際にはイランとの対立や自国の安全保障を優先し、イスラエルとの関係改善を進めている。2020年の「アブラハム合意」によりUAEやバーレーンがイスラエルと国交正常化したことは、パレスチナの孤立をさらに深めた。

  4. 国際世論の二極化
    欧州や国際人権団体はイスラエルの入植活動を批判する一方で、米国・欧州の多くの政府はイスラエルとの戦略的関係を優先している。このため、パレスチナの国家承認は国際法的には広がりつつあるが、実効性に欠ける。


内部統治

パレスチナ内部の政治的分裂は、国家建設の不可能性を決定的にしている。

  1. ファタハとハマスの対立
    2007年以降、ヨルダン川西岸はファタハ主導のパレスチナ自治政府、ガザはハマス政権という二重統治体制が続いている。統一政府の樹立は幾度となく試みられたが、治安機構や財源配分をめぐる対立で頓挫してきた。

  2. 統治能力の欠如
    パレスチナ自治政府は汚職や縁故主義が蔓延しており、国際透明性機関の報告では「市民からの信頼度」が常に低い。選挙も2006年以来実施されておらず、民主的正統性が弱い。

  3. ハマスの軍事路線
    ガザを支配するハマスはイスラエルとの武力衝突を繰り返しており、国際社会の多くがテロ組織として指定している。国家建設には国際的承認が不可欠だが、ハマスの存在が大きな障害となっている。


社会的要因

人口は2023年時点で約530万人に達しており、その半数以上が18歳未満という「若年人口爆発」の状況にある。高失業率と教育・雇用機会の不足は社会不安や過激思想の温床となりやすい。また、難民として国外に住むパレスチナ人は約600万人にのぼり、帰還権をめぐる問題は国家形成の合意を一層困難にしている。


展望と結論

以上を総合すると、パレスチナ国家の建設が「不可能」と言われるのは以下の要因による。

  • 領土の分断とイスラエルの実効支配

  • 経済基盤の脆弱さと援助依存

  • 国際政治における米国の拒否権とアラブ諸国の分裂

  • 内部統治の二重構造と正統性の欠如

  • 社会的不安定要因の蓄積

理論的には二国家解決は依然として国際社会の公式方針であるが、現実的には国家としての要件を満たす条件が揃っていない。むしろイスラエルの安全保障政策と地域の地政学的変化によって、パレスチナの自立は遠のいている。

結論として、パレスチナ国家建設は法的・政治的には可能性を残しているものの、実務的・現実的には「不可能に近い」という評価が妥当である。この不可能性を克服するためには、イスラエルとの最終的合意だけでなく、パレスチナ内部の統治改革、経済自立の基盤形成、国際社会の一致した支援が不可欠であるが、それらが同時に実現する可能性はきわめて低い。

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