SHARE:

コラム:オーバーツーリズムが社会問題になった経緯

オーバーツーリズムは単なる「訪問者数の問題」ではなく、都市計画・住宅・環境・地域経済の問題が絡む複合課題である。
2025年6月15日/スペイン、バルセロナ、オーバーツーリズム対策の強化と家賃の上昇に抗議するデモ(AP通信)

オーバーツーリズム(過剰観光)は、世界の主要観光地で顕在化している社会問題であり、観光客の集中による環境破壊、生活コストの上昇、文化的摩擦、インフラの飽和など多面的な弊害をもたらしている。コロナ禍前の2010年代後半から問題意識は高まり、観光客数が回復した2022年以降、再び多くの都市や地方で住民の反発が強まっている。国や都市によっては短期貸し(短期民泊)やクルーズ船の規制、入場人数制限、観光税導入などの対策を講じている一方、観光収入に依存する地域では規制が単純には受け入れられないというジレンマを抱えている。国連や各国政府の調査・報告、自治体の統計を見ると、観光客の季節集中・時間的集中・地理的集中がであり、観光の「量的拡大」だけでなく「質」の問題が問われている。

経緯(なぜ今「オーバーツーリズム」が問題化したのか)

オーバーツーリズムの問題化には複数の時期的要因が重なっている。まず、航空運賃の低下と格安航空会社(LCC)の台頭により、より多くの人が安価に国際移動できるようになったことがある。次に、インターネットやSNSの普及で「写真映えする場所」「穴場スポット」が短期間で世界中に拡散され、訪問者が一極集中するようになった。さらに、民泊プラットフォーム(Airbnb等)の成長が短期賃貸市場を拡大させ、住宅の長期賃貸が減少して家賃上昇を招いたとの指摘が住民側から出るようになった。

2010年代後半には、欧州の観光都市(バルセロナ、ベネチア、アムステルダムなど)を中心に「観光客の数が街の生活を圧迫している」とする住民の不満が顕在化した。UNWTOは都市部における観光の受容能力(キャパシティ)を見直す必要性を提起し、2018年の報告書などで都市観光の持続可能な管理の重要性を指摘した。こうした学術的・政策的な関心の高まりが「オーバーツーリズム」という言葉を一般化させた。

さらに、近年は気候変動や自然破壊の文脈でも観光が問題視されるようになった。たとえば氷河や脆弱な自然景観に大量の観光客が押し寄せることで生態系に不可逆的なダメージを与えている事例も出ている。加えて、パンデミックの影響で一度「静けさ」を取り戻した観光地に客が一斉に戻る「リベンジ観光」が発生し、再び混雑や住民との摩擦が増した。UNWTOや各地の観光局の分析によれば、観光客数の単純増加だけでなく、観光の分布(どこに、いつ、どれだけ来るか)が問題の本質であることが明確になっている。

問題点(具体的影響)

オーバーツーリズムが引き起こす主な問題は以下の通りである。

  1. 住居・住宅市場への影響
     短期民泊の増加が賃貸市場を圧迫し、長期居住者が住めなくなることが指摘されている。観光客向けの改装・転用により供給が減り、家賃上昇・空き家活用の偏りが進む。例えばスペインやオランダなどでは短期貸し規制が導入される経緯にこうした住居問題がある。

  2. インフラや公共サービスの負荷
     交通、上下水道、ゴミ処理、警備・救急対応などがピーク時に耐えられなくなり、地元住民の生活の質が低下する。観光が特定季節に集中する地域では、季節労働に頼る経済構造が生まれ、それ自体が住民の不安定化を招く。

  3. 環境・文化遺産の劣化
     歴史的建造物や自然景勝地は訪問者の踏圧や排泄物、船舶や自動車の排気で劣化する。ベネチアのラグーンや脆弱な山岳地帯、珊瑚礁などは観光圧で危機的状況にあると報告されてきた。ユネスコがベネチアの大規模客船に懸念を示したことは象徴的である。

  4. 地元文化の消費化・商業化
     観光客向けの商業化により、伝統的な商店や地域文化が観光資源化され、地元住民の生活文化が観光化されることでコミュニティの一体性が失われる。

  5. 社会的摩擦・治安面のリスク
     観光客の行動が地元ルールと衝突し、騒音やマナー違反(公共の場での迷惑行為、ゴミ放置など)が増えると、住民との対立が生じる。これが抗議行動や地域批判につながる。

これらは個別の事例で発生しているが、共通して「観光の利益が特定の事業者や短期的な収益に偏り、コストが広く住民に分配される」不均衡が問題の根底にある。

各国の対応や反応(実例とデータ)

各国・各都市は政治文化や経済構造に応じてさまざまな対応をとっている。代表的な事例を挙げる。

  • イタリア(ベネチア):大規模クルーズ船のラグーン進入禁止
     ベネチアの聖マルコ湾(ラグーン)に大型クルーズ船が入ることが長年の懸念となっていた。イタリア政府は2021年に一定トン数を超える大型客船のベネチア・ラグーンへの進入を禁止する措置を発表し、ユネスコも歓迎の意を示した。これは世界遺産の保全と住民生活の保護を目的とした措置であり、観光の「物理的制約」を設けた具体例である。

  • スペイン(バルセロナ、マジョルカ等):短期賃貸規制と抗議行動
     バルセロナは長年にわたり観光客と住民の対立が続き、中心部での短期民泊規制や新規ホテルの開発制限、観光案内所の場所調整などを行ってきた。近年は住民運動や抗議も活発で、2024年・2025年には欧州各地で連鎖的な抗議が行われた。スペイン全体では国際観光客数が回復し続け、2024年に9000万〜9400万人の訪問者が報告されるなど観光数は巨大になっているという報道もある(※注:数値は年ごとに変動するため最新の公式統計を参照のこと)。

  • アイスランド:観光客数の急増と対応
     アイスランドは2010年代に観光ブームが到来し、2019年には人口(約36万人)に対して200万人超の外国人訪問者を記録するなど、人口比で非常に高い入込みを記録した。これに対し国立公園や主要観光ルートでの入場管理、インフラ整備、観光客向けガイダンス強化を行ってきた。パンデミック後に観光は回復し、2022〜2024年で再び200万台の訪問者が報告されているため、環境保全と観光収益のバランスが継続的な課題になっている。

  • 日本(京都、富士山周辺など):「立ち入り制限」「礼節の周知」
     京都市は繁華な地区や特定の観光動線で無秩序な観光行動が問題化したため、私道等での通行制限や居住環境を守るための取り組みを行っている。富士山周辺でも入山者のマナー向上や入山料・予約制度の検討が行われるなど、観光地での行動管理が進んでいる。京都観光局のデータ分析ではコロナ前後の来訪者変化と復興の経緯がまとめられており、「観光客数の回復が必ずしも地元の満足に直結しない」ことが示唆されている。

  • オランダ(アムステルダム):短期貸しの上限・ホテル開発制限
     アムステルダムでは短期レンタルの宿泊日数上限(例:年間30泊等)や登録制度を導入しており、新規ホテル開発の制限措置を採るなど、観光と住宅の均衡を取る政策を実施している。ただし、短期貸し規制が実質的な住宅改善につながったかどうかは議論があり、直近の分析では規制後も賃料動向や住宅需給に複雑な影響が出ていると報告されている。

これらの対応は「訪問者の量を直接制限する」ものから「観光の質や分散を促す」ソフトな施策まで幅があり、各地の政治的判断や経済的利害が反映されている。UNWTOや欧州各国のケーススタディは、単一の打ち手では不十分であり複合的なマネジメントが必要だと結論づけている。

地元住民の反応

地元住民の反応は一様ではないが、概ね以下のパターンが見られる。

  • 強い反発(抗議・デモ):観光客の行動や不動産市場への影響に対し、地域団体や市民が抗議運動を起こすことがある。たとえばバルセロナやパルマ・デ・マヨルカ、リスボンやベネチアでは「観光に反対する」デモや芸術的な抗議行動が行われ、観光政策の見直しを要求している。近年(2024〜2025年)には欧州の複数都市で連携した抗議も発生しており、単発の不満から広域的な運動に発展している。

  • 支持・受容:観光収入が地域経済の重要な収入源である地域では、住民の中に観光を歓迎する声も多い。観光業に従事する雇用や中小事業者にとっては、規制が収益減につながる懸念があるため、規制に慎重な層が存在する。

  • 複雑な両義性:観光の恩恵を受けつつも生活環境が悪化する「矛盾」が住民感情の特徴であり、「観光は必要だが現在の形は変えるべきだ」とする中間的立場も多い。

住民の反応は政策決定に直接影響するため、自治体は住民意見の可視化(アンケート、ワークショップ、参画型ガバナンス)を強化しているが、短期的政治圧力に屈して場当たり的な措置をとるケースも見られる。

トラブル事例(具体例)

具体的なトラブル事例を列挙する。これらはメディア報道や自治体発表で確認されている事例である。

  1. バルセロナの「観光嫌悪」事件群
     観光地での騒音、夜間の飲食検挙、路上での不適切行為、短期貸しによる住居喪失などが積み重なり、2010年代後半から市民デモや「観光客帰れ」的なスローガンを伴う抗議が頻発した。近年は2024〜2025年にかけて再び大規模な抗議が報道された。

  2. ベネチアのクルーズ船問題
     巨大クルーズ船が歴史的建造物に近接して航行することで環境負荷と景観破壊が問題化し、2021年にイタリア政府は規制(大型船のラグーン進入禁止)を導入した。市民運動や国際機関(ユネスコ)の指摘が政策決定を後押しした例である。

  3. 自然破壊による封鎖・入場制限
     人気の自然スポ勝地(脆弱な湖沼、トレッキングコース、砂浜など)での踏圧やゴミ問題により、管理当局が一時的な入場制限や予約制を導入した事例が各地で見られる。アイスランドやニュージーランドの一部ルートでは入場管理が厳格化されている。

  4. 住宅トラブル・違法民泊摘発
     観光客が急増した都市では違法な短期貸しが横行し、自治体が大量の違法リスティングを削除・摘発するケースが増えている。スペイン政府・地方自治体は違法リスティングの一斉削除や許認可の強化を進めている。

これらの事例は「観光そのもの」ではなく、観光を取り巻く制度設計やガバナンスの欠陥が引き金になっているケースが多い。

地元自治体の対応(政策メニューと効果)

自治体が取りうる政策は多岐にわたる。代表的な手法と報告されている効果・限界を示す。

  1. 入場制限・予約制の導入
     人気観光地で時間帯・人数の予約制を導入することでピーク負荷を平準化する。効果は高いが、観光客の体験価値や地域経済に与える影響を精密に評価する必要がある。

  2. 観光税・宿泊税の導入
     観光客からの課金でインフラ整備や保全に回す方式。税の徴収は比較的容易だが、税の使途と透明性が問われる。観光税が導入されても滞在形態の変化(短期宿泊から日帰り増加等)が生じる場合がある。

  3. 短期民泊(STR)規制
     登録制、宿泊日数上限、所在申告義務、ホスト本人居住要件などで民泊を抑制する。アムステルダムなどは日数制限を設けたが、規制が住宅問題の根本解決に直結しているかは評価が分かれる。短期貸しが減った場合でも、地主や資本が物件を買い占めるなど別の現象が発生する恐れがある。

  4. 観光の分散化(プロモーションの調整)
     観光客を周辺地域やオフシーズンへ誘導する施策。分散化は理論的には有効だが、需要を喚起するための投資と、アクセスや受入体制の整備が必要になる。

  5. 規制と産業支援の併用
     観光事業者への適切な規制と同時に、住民経済に資する形で観光収益を再配分する施策(地域共生型ツーリズム支援、コミュニティベースツーリズムの促進等)が行われている。

自治体の対応は政治的プレッシャーや財政事情に左右されるため、長期的な戦略を維持するのが難しい場合がある。また、効果測定が曖昧なまま規制だけが導入され、期待した改善が得られないケースも報告されている。

課題(政策実行上の難しさ)

オーバーツーリズム対策には以下の課題がある。

  1. 経済依存と抵抗
     観光が主要産業である地域では、規制が雇用や収入を直撃するため抵抗が強い。観光の縮小による経済的ダメージをどう緩和するかが課題だ。

  2. 広域連携の必要性
     観光客の流れは都市単位を超えるため、都市間や国間での政策調整が必要になる。部分的な規制だけでは回避行動(別の都市に移るなど)を招く恐れがある。

  3. データ不足と評価の難しさ
     観光客の行動、影響の定量化、規制の効果検証には精緻なデータが必要だが、多くの自治体はこうしたデータ収集・分析の体制を十分に整えていない。

  4. レジリエンスと長期視点の欠如
     短期的な観光収入に依存した政策は、気候変動やパンデミックのような外的ショックに弱い。長期的な持続可能性と危機対応力を両立する必要がある。

  5. 格差と公平性の問題
     観光による利益が一部資本や事業者に集中する構造が是正されない限り、住民の不満は根本的に解消されない。

これらの課題は単に観光政策だけで解決できるものではなく、都市計画、住宅政策、労働政策、環境政策が連動して設計されるべきである。

今後の展望(政策提案と見通し)

オーバーツーリズムの緩和と持続可能な観光の実現には、次のようなアプローチが有効だと考えられる。

  1. データ駆動の観光管理
     来訪者の時間帯・動線・滞在形態に関するリアルタイムデータを収集・分析し、混雑予測と動線誘導を行う。これによりピークの平準化やインフラ計画が合理化される。UNWTOも都市観光管理のためのデータ活用を提唱している。

  2. 観光の「分散」と「脱集中」戦略
     観光資源を都市中心部から周辺地域や新たな目的地へ分散させる。これには交通アクセスの整備だけでなく、受け入れ側のキャパシティと地域コミュニティの受容準備が必要だ。

  3. 観光収益の地域還元と共生モデル
     宿泊税や観光税を明確にインフラ・住民サービスに還元し、地域住民が観光の恩恵を感じられるメカニズムを作る。さらに、観光事業者に対する社会的ライセンス(地域との合意)を重視することが重要だ。

  4. 短期民泊の厳格化+住宅政策の一体化
     単なる民泊規制だけではなく、住宅供給政策(社会住宅の供給、住宅取得支援など)と組み合わせて実効的な住宅市場の安定化を図る必要がある。規制の効果検証と副作用への対策も不可欠である。

  5. 観光者教育と行動デザイン
     観光客に対するマナー教育、持続可能な観光行動を促す仕組み(入場時の注意喚起、SNS上での情報発信、観光開発前の事前学習コンテンツなど)を整備する。観光客自身の意識変容を促すことも長期的な解決策の一つである。

  6. 国際協調と情報共有
     特に欧州のように国境を跨ぐ観光流動が激しい地域では、ベストプラクティスの共有や共通のガイドライン作成が効果的だ。

結論として、オーバーツーリズムは単なる「訪問者数の問題」ではなく、都市計画・住宅・環境・地域経済の問題が絡む複合課題である。したがって、政策は単独の施策に頼るのではなく、参加型のガバナンス、データに基づくマネジメント、経済再配分の仕組みを組み合わせた包括的な戦略で取り組む必要がある。UNWTOや各自治体の事例研究は、こうした総合的アプローチの有効性を示唆しているが、地域ごとの事情に応じたカスタマイズが不可欠である。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします