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コラム:オーバーツーリズムの現状、外国人嫌悪も

オーバーツーリズムは、単なる「観光増」ではなく、地域の生活・環境・文化を脅かし、社会的分断(外国人嫌悪や排斥感情)を助長するリスクを含む複合的な課題である。
日本、東京の繁華街(Getty Images)
1. 日本の現状(2025年11月時点)

2023年5月の水際規制全面解除以降、訪日外国人は急速に回復・増加した。2024年には年間で過去最高クラスの到着数を記録し、地方の観光地や都市部の主要名所で混雑が常態化している。JNTOや日本政府の観光統計は、月別・地域別の到着傾向や目的別の推移を公開しており、都市集中(京都、東京・浅草、奈良、大阪など)と特定シーズンにおけるピークが問題になっていると示している。加えて、円安が旅行コストを相対的に下げ、東アジアや東南アジアからの旅行需要を刺激したことも巡航的な増加の要因である。

一方で、観光回復は地域や事業者に利益をもたらしたが、受け入れ側のインフラや人的リソース(宿泊、人手、語学対応、交通運用)には限界がある。観光業従事者不足や現場の対応力不足が、混雑やマナー違反への住民の不満を増幅しているとの報告が複数存在する。

2. オーバーツーリズムとは(定義と特徴)

オーバーツーリズムは単なる「観光客が多い」状態と異なり、以下の特徴を持つ。

  • 観光客数の量的飽和:地域の物理的・社会的キャパシティを超える来訪が発生すること。

  • 空間的偏在:観光需要が特定スポットや道路、公共交通機関に集中すること。

  • 行動に起因する摩擦:撮影・立ち入り・騒音・ゴミ放置などの行為が日常生活や文化活動を阻害すること。

  • 持続可能性の侵害:自然環境破壊、文化財の劣化、地域住民の離脱(住民減少)の加速を招くこと。

学術的には、地域の「受容力(キャパシティ)」を超える観光圧が継続する点で社会問題化するとされ、条例制定や規制措置の導入を促す契機になる。北海道・美瑛町の「持続可能な観光目的地実現条例」の成立過程など、地方自治体レベルでの制度的反応が研究でも報告されている。

3. 主な問題点(全体像)

オーバーツーリズムの問題は多層的で、交通・生活・自然文化・経済・社会心理に及ぶ。主な問題点を分野別に列挙する。

3-1 交通渋滞と混雑

観光客の集中は道路・駅・観光施設での混雑を引き起こす。バス・タクシーの供給不足、駐車場不足、路上での滞留が発生し、通勤や物流にも影響が出る。地方の狭い道路網や住宅地の抜け道が観光通行で占有されるケースも多い。これにより緊急車両の通行障害や公共交通の遅延が発生し、住民生活の安全性・利便性が低下する。都市部では、観光シーズンのバス停・観光名所で歩行者が溢れるため、移動時間の増加や事故リスクの上昇を招いている。専門的な観光統計と現地調査がこの事実を支持している。

3-2 地域住民の生活環境の悪化

観光客の夜間の騒音、私有地への立ち入り、路地での写真撮影、ゴミの放置、トイレの不足などが住民の生活満足度を低下させる。観光客による短期滞在者向け物件需要の増加が住宅賃料を押し上げ、若年層や低所得の住民の住居確保を難しくする。京都、鎌倉、浅草などで住民の苦情や地域の「静けさ」が失われる事例が報告されている。

3-3 自然環境や文化遺産への悪影響

国立公園、古道、遺跡、世界遺産登録地などで踏み荒らし、植生破壊、ゴミ問題、施設の摩耗が指摘されている。代表的には富士山の登山道でのオーバーユースや屋久島・白川郷など自然・文化財の持続的損耗が課題になっている。山岳や島嶼の生態系は回復に長い時間を要するため、短期的な損害が長期的な観光資源の喪失につながる懸念がある。富士山では予約制や利用料導入のような管理措置が導入・検討されている。

3-4 地域文化の変容と摩擦

観光地化は地域文化の「商品化」を加速させ、祭礼や伝統行事が観光客向けにアレンジされるケースが増える。結果として地元住民の文化参加が減少し、本来の意味や価値が薄まる恐れがある。また、観光客と地元の価値観や習慣の摩擦が生じ、感情的対立を生む。これは文化資源の質的劣化にも繋がる。

3-5 観光客の満足度の低下

過剰な混雑、サービスの低下(人手不足による待ち時間増)、体験の希薄化は観光客自身の満足度を下げる。満足度低下は口コミ(SNS)やリピーターの減少を招き、中長期的には観光地のブランド力低下に陥る可能性がある。専門家は「短期的な入込数増加が長期的には持続可能性を損なう」と警告している。

4. 主な原因(複合要因)

オーバーツーリズムは単一原因ではなく、複数の構造的要因が重なって生じる。主要因を整理する。

4-1 交通手段や航空ネットワークの発達

LCCや新航路の拡充、航空座席供給の回復により、かつてより低価格で日本への渡航が可能になった。観光需要が価格弾力的に増大すると、特定の人気スポットへ短期間に大量に集中する。

4-2 デジタル技術の発達とSNSの普及

SNS(Instagram、TikTokなど)での「発見」やバイラルは、一夜にして特定スポットの来訪者を爆発的に増やす。写真映えする小さな路地や自然の一角が瞬時に人気化し、インフラのない地域に観光圧が押し寄せる。SNSは訪問動機の短期化・非計画化を助長するため、地域側の準備不足が露呈しやすい。

4-3 為替(円安)の影響

円安は海外旅行に対する割安感を生み、特に近隣アジア諸国からの需要を刺激した。2023–2024年の円相場の変動は訪日需要の回復速度を加速させた。統計ベースでの到着数急増は、為替面の影響を無視できない。

4-4 受け入れ側のインフラ整備の遅れ

観光客の急増に対して、地方の交通・宿泊・トイレ・集客回路・多言語対応等のインフラ整備が追いつかない。人的資源(英語対応、清掃、誘導員)も不足し、現場の負担が増大する。これが直接的な混乱や住民不満の発火点になる。

4-5 観光政策の集中型プロモーション

国や自治体が限られた「看板的観光地」を集中的にプロモーションすることで、人気がさらに集中するメカニズムが生じる。分散型の観光政策や体験型・地域循環型の施策が追いつかない場合、結果としてオーバーヒートを招く。

5. 日本国内の具体的事例

複数の代表的な事例を挙げ、どのような問題が生じたかを示す。

5-1 京都(清水寺、祇園、嵐山など)

京都は観光集中の象徴的事例で、狭い路地や住宅地、伝統的景観に大量の観光客が押し寄せ、住民の苦情が顕在化している。私有地への無断侵入や舞妓の追跡撮影などのマナー違反、バスや駅での混雑、ゴミ問題が指摘され、自治体や地域団体による看板設置、通行規制、注意喚起が行われている。

5-2 富士山(登山道の管理)

富士山は登山者数の集中が環境負荷と安全リスクを高めたため、予約制・有料化・上限人数設定といった管理策が導入された。これにより短期的な混雑緩和を図る一方、アクセスの調整や地域間協調の重要性が浮き彫りになった。

5-3 北海道・美瑛(景観地の来訪者増)

美瑛町はSNS発のスポット化やドライブ観光の増加で自然環境や私有地トラブルが増え、自治体が「持続可能な観光目的地」条例を検討・制定するに至った。条例は地域のキャパシティを踏まえた観光ルールづくりの先行例として注目されている。

5-4 その他(鎌倉、奈良、屋久島、屋外ビーチなど)

鎌倉の住宅地ルートの混雑、奈良公園の鹿対応問題、屋久島や一部離島での自然保護と観光の両立難、観光地ビーチでのマナー違反など、多様な局面が報告されている。地域ごとの特性に応じた対策が必要である。

6. 外国人観光客への不満や排斥的感情(外国人嫌悪・ゼノフォビア)の温床になりうる構造とメカニズム

オーバーツーリズムは外国人観光客への否定的感情を助長する条件を作る場合がある。ただし重要なのは「人種・国籍そのものが問題なのではなく、特定の行動や摩擦が原因である」という視点である。以下に関係性のメカニズムを整理する。

6-1 不満の源泉と責任の所在

住民が感じる不満の主な源泉は「生活への直接的な侵害(騒音、ゴミ、交通妨害、私有地侵入)」であり、これらは行為者が外国人であるか日本人であるかを抜きにして発生する。ただし、短期観光客の言語・習慣の違いや文化的摩擦が認識を強め、行為者の「外国人性」が不満の矛先を外国人全体へ一般化させやすい。メディアやSNSで悪質行為が強調され、特定国籍の観光客像が作られると、感情は急速に拡大する。

6-2 不満の矛先と助長プロセス

  • まず局所的トラブル(例:無断撮影、ゴミ放置)が発生する。

  • 次にその映像や投稿がSNSで拡散され、見聞きした広域の住民が「外国人が原因」として反発する。

  • 政治家やメディアが「観光問題=外国人のマナー問題」として語ると、感情的な排斥論や政策圧力(入国管理強化や観光規制)が生じる可能性がある。
    これらのプロセスは、必ずしも事実の分布(どの国の何割がマナー違反か)に基づかない感情的な反応を生みやすい。専門家は、こうした感情的拡大が排外主義やゼノフォビアを煽るリスクを指摘している。

6-3 生活の質の低下と長期居住者への影響

短期観光の急増は長期居住者の生活満足度を低下させ、場合によっては転出を招く。住宅価格・賃料の上昇や生活利便性の低下は、地域コミュニティの空洞化を促すため、結果として地域の社会的抵抗力が弱まり、異文化理解の基盤が損なわれる。長期居住者が減れば相互理解を深める機会も減り、短期的な感情対立が恒常化するリスクがある。

6-4 「行動」を問題視する視点の重要性

人種・国籍を問題視すると差別や外国人嫌悪を助長するため、政策的・社会的対応では「不適切な行為(ゴミ、無断侵入、騒音、ルール違反)」を焦点化し、教育・注意喚起や罰則、物理的管理(進入制限や通行規制)で対応するアプローチが望ましい。これにより、特定グループへの偏見形成を緩和し、原因行為に直接働きかけることができる。

7. 重要な視点(人権・包摂・説明責任)

オーバーツーリズム対策において重要な視点を整理する。

7-1 人権と包摂性

観光政策は地域住民の人権(居住権、生活環境の保護)と旅行者の権利(移動の自由、文化交流)が衝突する場面を含むため、双方の権利を調整する透明性ある手続きが必要である。

7-2 責任の所在とガバナンス

観光の負荷分配は、国・都道府県・市町村・観光事業者・宿泊業者・旅行者それぞれに責任がある。自治体は規制やインフラ整備、事業者は地域ルールの順守と訪客教育、旅行者は現地ルールの尊重を負う。誰が何をいつまでにやるのかを明確にするガバナンスが不足すると混乱は解消しない。学術研究は日本特有の法制度・ガバナンス課題を指摘している。

7-3 情報と教育(観光客向けの「観光マナー」)

訪問前・到着時に多言語でのルール周知、コード・オブ・コンダクト(行動規範)の提示、ツアーオペレーターの研修などを通じ、行動を変容させる仕組みが必要である。単なる排除や規制だけでなく、地域の「観光ホスピタリティ」と「観光客のエチケット」を両立させる施策が有効である。

8. 日本政府・自治体の対応(2024–2025の動き)

政府・自治体は幾つかの対応を試みている。

  • 観光分散策:地方への誘客促進、観光ルートの多角化、訪問時期の分散化を図るプロモーションと補助金策を実施している。

  • 管理措置の導入:富士山の予約制・有料化、京都の私道対策や表示強化、入込規制検討など、物理的・制度的措置が導入または検討されている。

  • 受け入れインフラ整備:多言語案内の充実、トイレや案内所の整備、観光案内員の育成・配置、交通の輸送力増強に対する支援が行われているが、人手不足や財源の制約が課題である。

政府はまた「観光による地域活性化」と「住民生活保護」の両立を掲げつつ、急増対応に追われる構図が続いている。政策の実効性は地域ごとの実務力と住民参加の度合いに左右される。

9. 他国の事例(比較)

欧州のバルセロナ、ベネチア、アムステルダムなどは先行してオーバーツーリズム対応を進めてきた。導入された対策には、入場料や訪問者上限(ベネチアの一部規制)、短期賃貸の規制(Airbnb規制)、観光税、観光ルートの再設計、地元住民優先の交通規制等がある。これらの事例から学ぶべき点は、(1)単独の規制だけでは不十分で多面的な政策パッケージが必要、(2)住民参加と説明責任が政策の正当性を高める、(3)データに基づく需給管理が効果的である点である。日本でもこれらの教訓が参照されている。

10. 今後の展望

オーバーツーリズムを放置すると、地域社会の劣化、文化資源の損失、観光業の長期的信頼低下、さらには社会的分断や外国人嫌悪の高まりを招くリスクがある。以下は実践的な提言である。

10-1 データ駆動の需給管理

リアルタイムの人流計測、宿泊データ、交通利用データを活用してピーク時の需給を管理する。上限設定、予約制、ダイナミック・プライシング(混雑時の料金調整)などを組み合わせる。これには地方自治体と事業者のデータ共有体制構築が必要である。

10-2 分散化と地域間連携

人気観光地だけでなく、周辺地域へ観光客を誘導するための連携ルートや情報発信、体験型コンテンツを整備する。国や自治体の補助で受け入れ準備を進め、経済波及効果を地域全体に拡げる。

10-3 観光客行動の「規範化」と教育

到着前の案内、多言語の行動規範、ツアー会社へのガイドライン徹底、宿泊業者への研修を行う。罰則だけでなく啓発を強化し、訪問者の行動変容を目指す。

10-4 住民参加型のガバナンス

住民意見を政策に反映するための協議機関や説明会を常設化する。地域の「何を守るか」を示したうえで、訪問者と住民の双方に配慮したルールを作る。

10-5 社会的メディア対策と情報発信

SNSでの過熱をコントロールするため、地元自治体が「推奨されない行為」や混雑状況を発信し、バイラルで拡散しやすい行為の抑止を行う。過剰な否定感情に対しては、地域のストーリーや交流プログラムで相互理解を醸成する。

10-6 公平性と差別回避

政策設計は特定国や民族を名指しで責めることを避け、「行動」に焦点を当てる。教育・規制・インフラの組合せで事象を改善し、排外主義的反応を抑制するガイドラインを明確化する。

11. 学術的・専門家データの引用
  • JNTOなどの訪日統計は、訪日客数の急増と季節性・地域集中を客観的に示している。これを基礎に需給管理が求められる。

  • 国際メディア(Reuters、FT、Le Mondeなど)は、観光ブームが地域の反発や政治的課題と結びつく可能性を指摘しており、政策的リスクの存在を示している。

  • 富士山の予約制は具体的な管理策の一例であり、自然遺産の保全と安全確保を目的に導入された。こうした「アクセス管理」の成果と限界を評価する必要がある。

  • 地方自治体レベルの研究(美瑛町など)は、条例や地域ルールが有効に働く場合があることを示し、地方自治の役割が重要であることを示唆している。

  • 学術研究プロジェクトは、日本特有のガバナンス構造や法制度の課題を分析しており、単純な模倣ではない日本型の対策設計が必要であると論じている。

12. まとめ

オーバーツーリズムは、単なる「観光増」ではなく、地域の生活・環境・文化を脅かし、社会的分断(外国人嫌悪や排斥感情)を助長するリスクを含む複合的な課題である。重要なのは、(1)データに基づく需給管理、(2)住民参加と透明なガバナンス、(3)行動に焦点を当てた教育と規制、(4)地域間連携による分散である。これらを組み合わせ、経済的便益と地域の持続可能性を両立させるための制度設計が求められる。具体的施策の評価には時間がかかるが、早急に実行可能な管理措置と中長期の地域力強化を同時並行で進めることが最も現実的な対応だ。

最後に強調したいのは、訪日観光自体は地域経済にとって重要な資源である一方で、その利用方法次第で地域が疲弊する危険性がある点である。観光を「むやみに増やす」ことではなく、「質と分散を高める」ことによって、地域と旅行者双方にとって価値ある関係を築く必要がある。


出典(本文中で参照した主な資料)

  • Japan National Tourism Organization (JNTO): Japan Tourism Statistics.

  • Reuters: Japan breaks annual visitor record with 33.4 million in just 11 months (2024).

  • TIME: Mount Fuji Introduces Paid Climbing Reservation System to Counter Overtourism.

  • Le Monde /その他国際報道(オーバーツーリズムと対応、人手不足等の報告).

  • J-STAGE(北海道大学ほか): 「オーバーツーリズムによるアジェンダ・セッティング」等の研究資料.

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