コラム:オーバードーズの現状と課題、多層的な防止・支援策が必要
オーバードーズは単に「薬の乱用」という一面的な問題ではなく、若者のメンタルヘルス問題、社会的孤立、情報環境の変化、薬の流通構造などが複合的に絡み合った社会課題である。
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2025年11月時点で、日本国内における救急搬送件数は記録的な水準にある一方で、若年層における医薬品の過剰服薬、いわゆる「オーバードーズ(OD)」が社会問題として注目されている。救急搬送全体は直近の年で過去最多を更新しており、救急現場で「OD」を示すキーワードが記録された搬送事例についての調査や報告も増えている。若年者、特に10代後半から20代前半の女性において、解熱鎮痛薬や咳止め薬、抗ヒスタミン薬などの一般用医薬品の用量超過による救急搬送や自殺企図(服毒)の事例が相対的に多いと指摘されている。救急・搬送統計や医薬品過剰摂取に関する調査は複数機関から公表されており、問題の広がりとその背景要因を分析する取り組みが進んでいる。
オーバードーズとは
オーバードーズ(OD)は一般には薬物(合法薬・違法薬を含む)を規定量を超えて一度に服用する行為を指す。医療的には過剰投薬や服毒として急性中毒を引き起こし、呼吸抑制や循環不全、意識障害、致死的合併症を伴うことがある。ここで言う「オーバードーズ」は広義に一般用医薬品の乱用による過剰摂取を含み、特に市販薬(OTC)の用量超過や複数成分を重複して服用することによる有害事象を含む。近年は「気分を変えたい」「ストレスを紛らわせたい」「試してみた」などの動機で一時的な多量摂取に至るケースが増えている。
10代の女性を中心に広がる傾向
複数の調査や現場報告では、オーバードーズの事例は若年女性に偏る傾向があると報告されている。とりわけ10代後半の女性は精神的ストレスや対人関係の問題、自己評価の低下などの影響を受けやすく、一次的に入手しやすい市販薬を用いたオーバードーズに手を出しやすいという指摘がある。また自殺企図としての服毒の割合も若年女性で高くなる傾向があり、精神保健・自殺対策の文脈でODが問題視されている。救急搬送記録から抽出された「OD」事例の年代・性別分布でも若年層の占める割合が目立つことが報告されている。
現状と統計(経験率・救急搬送)
行政・研究機関のデータを組み合わせると、医薬品の過剰摂取を示す救急搬送事例は全国的に把握が進んでいるが、地域差や報告方法の違いにより数値は分類や提示の仕方で変わる。消防庁(FDMA)の救急出動・搬送統計は救急医療の全体動向を示し、近年は搬送人員の増加が継続していることを示している。厚生労働省や一部の自治体・研究機関が行った救急活動記録の検索による調査では、初診時傷病名に「OD」「オーバードーズ」「薬 過剰」等のキーワードが含まれる搬送事例の抽出結果が示され、令和2年から令和5年までの期間での解析などが公表されている。これらの調査は網羅性や記載様式の差異などの留意点を持つが、参考指標としては有用であり、医薬品過剰摂取が救急搬送の一定割合を占めることが示されている。
乱用対象(どの薬が問題になるか)
若年層のODで問題となる薬剤は市販薬に多く、具体的には以下が指摘されている:多量の鎮痛薬(アセトアミノフェン含有製剤等)、抗ヒスタミン薬(眠気や幻覚を引き起こす作用を期待しての乱用)、咳止め薬(デキストロメトルファン含有製剤の乱用が海外でも報告されている)、また一部の風邪薬や睡眠導入薬の自己増量、そして複数製品の重複服用による有害事象である。成分ごとの毒性や致死量については薬理学的に差があり、例えば抗ヒスタミン成分や一部の鎮痛成分は大量摂取で重篤な精神症状や心血管症状を来すことがある。国内の専門機関は濫用のおそれがある成分について研究や評価を行っており、規制対象や情報提供の検討を進めている。
性別差(男女差)
救急搬送や自殺企図データをみると、服毒(薬物による自傷)を含む自殺未遂やOD事例は女性の比率が高い傾向がある。これは自殺の方法選択や入手しやすさ、精神的背景の差など複合要因によるものと考えられる。男性はより致死性の高い方法を選ぶ傾向があるため死亡に至る割合に差が出る一方で、女性は服薬による自傷が比較的多く、結果として救急搬送されるOD事例の中で女性の比率が高くなる。これにより現場の救急対応や精神科フォローの必要性が強調される。
背景・要因(社会的・個人的要因)
若者のOD増加には複数の要因が重なっている。第一に、精神的ストレスやうつ、不安、孤立感などのメンタルヘルス問題がある。第二に、学校や職場の人間関係、いじめ、学業や就職のプレッシャー、家庭内問題などライフステージ特有のストレスがある。第三に、薬の「手軽さ」や入手の容易さ、誤情報の拡散(後述するSNSの影響)、そして自己治療や自己調整の文化が背景にある。さらに、相談窓口や周囲の支援にアクセスしにくい状況が続くと、当人が一時的な解決策としてODに走るリスクが高くなる。若者特有の発達段階における衝動性やリスク評価能力の未熟さも無視できない要因である。
精神的背景(自傷・自殺企図との関係)
ODはしばしば自傷や自殺企図と強く関連する。自殺対策に関する報告や若者のメンタルヘルスに関する研究は、10代・20代の死因として自殺が占める割合の高さを指摘しており、服毒を含む自殺企図は若年者に多い点が示される。精神疾患の既往、過去の自殺未遂、対人関係の破綻、性的・身体的被害の経験、経済的不安など複数のリスク因子が重なったとき、薬物による服毒が自己処置として選ばれやすくなる。メンタルヘルス支援の早期介入がOD発生の抑止につながるため、精神保健医療と連携した対策が重要である。
手軽さ(入手性と市販薬の役割)
市販薬は処方薬に比べ入手が容易で、薬局・ドラッグストアやネット販売を通じて比較的簡便に購入できる点がODリスクを高める。複数製品の重複成分に気づかずに重複服用してしまうケースや、製品説明を十分に理解せずに過量をとるケース、あるいは他者の体験談に基づいて自己流で服用量を増やすケースが生じやすい。薬剤師や登録販売者が「ゲートキーパー」として適切に対応する役割を果たすことが求められているが、夜間や無人販売、自動販売的な流通形態ではその機能が弱まることが問題である。
SNSの影響
近年の重要な特徴として、SNS上での情報拡散がODの広がりに影響を与えている。SNSでは「どの薬をどのくらい飲めばこうなる」といった体験談やチャレンジ的な投稿、薬名や入手方法が拡散されやすい。匿名性や短文・動画の拡散力が相まって、危険な行為が軽薄に扱われたり、模倣行動を促進したりする恐れがある。専門家や行政はSNS上の有害情報のモニタリングやプラットフォーム事業者との協力、若者向けの予防教育コンテンツの拡充を進めているが、対策は追いついていない面が多い。
社会的孤立と地域資源の不足
若者の社会的孤立や居場所の欠如がODの背景にある。相談窓口や地域コミュニティ、学校・職場の支援ネットワークが機能しないと、困りごとを抱えた若者が孤独に問題を抱え込みやすい。自治体の若者支援施策や保健所、スクールカウンセラー等のリソースはあるが、アクセスまでの壁(時間、場所、心理的ハードル)が存在する。特に夜間に生じる危機には対応できない場合があり、電話相談、チャット相談、SNSを使った支援の整備が急務である。
対策と課題
オーバードーズ対策は多面的でなければならない。薬剤流通・販売面での規制や販売時の情報提供強化、薬局・ドラッグストアでの相談体制整備、学校や家庭での予防教育、オンライン上の有害情報対策、精神保健サービスの早期介入、そして自殺対策と連動した包括的支援が必要である。一方で、過度な規制が正当な医療利便性を損なう懸念や、若者のプライバシー・自主性に配慮した支援設計の必要性など、バランスをとる課題がある。さらに、データ整備と事例の共有が不十分であり、現場の実情を反映した指針づくりやエビデンスの蓄積が必要である。
販売規制の強化(検討と現状)
政府・関係機関は濫用のおそれがある成分や製品について成分指定や販売方法の見直しを検討している。具体的には一定成分の販売管理強化、年齢確認や販売者の指導強化、ネット販売のルール整備といった対策が挙げられる。だが規制の強化は、正当に薬を必要とする利用者にとっての利便性低下や医療アクセス問題を引き起こす可能性があるため、段階的・選択的な措置と代替支援策の整備が求められる。さらに、規制だけでなく教育や相談体制の強化を組み合わせることが重要である。
相談支援(現場の体制と不足点)
ODの予防と事後支援には多層的な相談支援が求められる。学校や大学のカウンセリング、地域の保健・医療機関、若者専用相談窓口、24時間対応の電話・チャット相談等が重要である。実際に、若者向けのSNSやチャット相談の試みは増えているが、人員や継続性、専門性の確保が課題である。救急搬送された当人に対するフォローアップ(精神科受診の動線、家族支援、地域資源につなぐ仕組み)を標準化することが求められる。救急現場から地域支援へとスムーズに連携する仕組みづくりが依然として不十分であり、行政・医療・福祉の横断的連携を強化する必要がある。
啓発活動(教育・メディア・プラットフォームの役割)
若年層に対する啓発は学校教育の保健領域や保護者向け情報、薬局でのカウンセリング強化、SNSを活用した正しい情報発信の三本柱で進めるべきである。教育現場では薬の正しい使い方だけでなく、ストレス対処や相談行動を促すソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)的なアプローチも有効である。メディアとSNS事業者は有害投稿の削除や警告表示、ヘルプラインへの導線設置などの協力が期待される。啓発は単発ではなく継続的に行う必要があり、若者の価値観や言語に寄り添った表現で行うことが効果的である。
支援体制の連携(医療・教育・福祉・ICTの統合)
OD対策では、救急医療・精神医療・スクールカウンセリング・地域包括支援・警察・自治体窓口等が連携して包括的な支援網を構築することが重要である。具体的には救急で来院したOD患者の退院後フォロー(精神科受診・カウンセリング紹介)、学校や家庭への適切な情報提供(ただし個人情報保護に配慮)、地域の相談窓口への確実なつなぎ込みが必要となる。また、ICT技術を活用したチャット相談やオンライン療法、危機事案の早期発見システム(SNS等の有害情報モニタリングを含む)の導入も検討されている。連携のハブとなる窓口と情報共有のプロトコルが不可欠である。
今後の展望と提言
(1)データ整備とエビデンス強化:ODに関する全国的かつ細分化されたデータベースの整備が急務である。救急搬送データ、精神科受診データ、地域相談データを連携させ、発生傾向や介入効果を評価できる体制を構築する必要がある。
(2)予防教育の充実:学校や地域での早期予防教育を強化し、薬の安全使用、ストレス対処スキル、相談行動を促す教育を定着させるべきである。保護者や教職員向け研修も同時に進める。
(3)販売管理とアクセス制御の見直し:濫用のリスクが高い成分については、販売方法の見直しや年齢制限、販売時の説明強化を検討する。ただし、過剰な制約は正当な利用者を不利益にするため、代替的支援(相談窓口案内等)とセットで進めるべきである。
(4)SNS・プラットフォーム対策の強化:有害情報の早期検出と削除、危険行動を誘発する投稿への警告・介入、さらに被危機者へのヘルプ導線の設置をプラットフォーム事業者と協働して進めるべきである。
(5)救急から地域支援への確実な回線:救急搬送された当事者に対して、退院後も継続的に精神保健ケアへ繋げるための標準化されたプロトコルを作成し、医療・保健・福祉・教育が連携してフォローアップを行う仕組みを整備する。
実務上の留意点(医療従事者・薬剤師・教育現場向け)
医療従事者はOD患者に対して身体的処置だけでなく、短期的な危機介入と中長期の精神科連携を意識する必要がある。薬剤師や登録販売者は販売時に製品の重複成分や相互作用について注意喚起し、若年購入者には相談窓口を案内することが重要である。学校・教育現場は生徒のメンタルヘルス変化に敏感になり、危機時には家族・医療機関と迅速に連携する体制を整える。いずれの現場でも羞恥心や罪悪感を和らげる非判断的な対応が回復につながる。
社会的課題と倫理的配慮
OD対策は個人の自由と公共の安全の調整を伴う。過度な個人監視やプライバシー侵害を招かないよう慎重な設計が必要であり、当事者の尊厳を損なわない支援が求められる。また、規制や監視が結果的に若者を隠れた場所へ追いやらないよう、アクセス可能で信頼される相談・医療サービスの整備を同時に進めるべきである。デジタル監視措置においても、透明性と権利保護の観点から運用基準を明確にする必要がある。
事例から学ぶ(教訓)
複数の自治体や医療機関での報告からは、早期発見・早期介入がOD被害の重症化を防ぐ要であること、そして救急搬送後の確実な継続支援が再発防止に寄与することが示されている。啓発と規制、支援体制のバランスを取りながら、現場の声を反映した実効的な取り組みを進めることが重要である。
まとめ
2025年11月時点の状況を踏まえると、オーバードーズは単に「薬の乱用」という一面的な問題ではなく、若者のメンタルヘルス問題、社会的孤立、情報環境の変化、薬の流通構造などが複合的に絡み合った社会課題である。したがって、有効な対策は単独施策では成り立たず、保健・医療・教育・福祉・司法・産業(プラットフォーム事業者を含む)が連携し、エビデンスに基づいた多層的な防止・支援策を長期的に実行することが必要である。短期的には販売管理の見直しや啓発強化、相談窓口の拡充が実行可能な対策であるが、中長期的には若者が安心して相談できる社会環境の整備、学校や地域での支援文化の醸成、デジタル空間の安全確保が不可欠である。これらを進めるためには、現場データの充実と定期的な評価、そして当事者や家族を含むステークホルダーの声を取り入れる仕組みが重要である。
参考(抜粋、本文で参照した主要資料)
消防庁「令和6年中の救急出動件数等(速報値)」および「令和6年版 救急・救助の現況」。救急搬送の増加と動向を示す統計資料。
厚生労働省「医薬品の過剰摂取が原因と疑われる救急搬送人員の調査結果」等。救急活動記録から抽出したOD関連搬送の分析。
厚生労働省の一般用医薬品の乱用に関する情報(薬剤師向け呼びかけ)。市販薬ODの実情と対策の方向性を整理した解説。
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)等の成分指定に関する研究報告。成分別の健康影響評価や濫用リスクに関する知見。
自殺対策・若者の自殺に関する国の報告や研究プログラム。若年の自殺・自傷と服毒の関連に関する知見。
