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コラム:大阪・関西万博、成果と課題

大阪・関西万博は巨大投資と公共的負担を伴う大規模国際イベントとして、期待と批判の両方を生んだ。
大阪・関西万博の会場(Getty Images)
大阪・関西万博とは

大阪・関西万博(Expo 2025 Osaka, Kansai)は「私たちの暮らしの未来をつくる(Creating a future society for our lives)」を大テーマとして、2025年4月13日から10月13日までの6か月間に大阪・夢洲(ゆめしま)を会場に開催された国際博覧会である。会期中は160以上の国・地域や国際機関、企業・団体が参加して多数のパビリオンや共通展示、イベントを行い、未来技術、医療・ヘルスケア、食・環境・エネルギー、社会包摂などを軸に展示と議論を行った。会場中央に設けられた大屋根リング(Grand Ring)は象徴的なランドマークとなり、木材を主とした大規模構造物として注目と批判を同時に集めた。

目的(理念と目標)

万博の目的は国際交流とイノベーションの促進を通じて「未来社会」を具体的に描き、その実装に向けた共同作業を促すことにある。政策的には国内外の研究・技術・企業・自治体による協力を引き出し、地域振興・観光振興・産業活性化に資する経済効果を目指した。具体的な来場者想定は約2820万人という数値が試算で示されており、会場建設や運営を通じた波及効果を数兆円規模で見込む試算が政府系機関から示されていた。こうした想定と目標は、インフラ整備や民間投資の誘因として機能していた。政府の試算では経済波及効果の総額は約2.9兆円とされている(建設投資、運営・イベント費、来場者消費などを含む)。

来場者数と運営収支(実績と途中発表)

主催者(Japan Association for the 2025 World Exposition)が公開した来場者数の週間・累計データによると、会期終盤の公表時点での累計来場者は数千万に達している。2025年10月4日時点の累計来場者は2682万8409人、チケット販売累計は2206万7054枚(2025/10/03時点)となっている。これは当初の想定(約2820万人)に近いかやや下回る水準で推移したが、会期途中に販売が加速して最終的に黒字化へ向かった。運営面では運営費の総額や収入見込みが随時更新され、運営費・イベント費は約1160億円規模の試算が示され、主催者側は入場収入で相当部分をカバーする計画であったと報道されている。会期中盤から後半にかけて入場券販売が回復し、運営上の損益分岐点を超えたとの報道もある。

成果(展示・外交・文化交流)

展示面ではヘルスケアやロボティクス、再生可能エネルギー、食糧システムの実証展示などが注目を集め、特定の国別パビリオンは数百万規模の訪問者数を記録した例もある。例えば、UAEパビリオンは短期間で数百万の来場者を迎え人気を博した。国家間・企業間の技術協定や共同研究の合意、教育プログラムの立ち上げ、若手研究者・学生向け交流プログラムの実施など、長期的な人的ネットワーク形成に寄与した成果が報告されている。これらは短期の入場者数だけでなく、中長期での技術移転やプロジェクト化に結びつく可能性がある。

経済効果(政府・独立機関の試算)

経済産業省(委託調査)や独立系シンクタンクの試算では、会場建設費、関連建設投資、運営費、来場者消費を合算した経済波及効果は数兆円規模と報告されている。経済産業省の再試算では総額約2.9兆円、内訳として建設投資(8570億円)、運営・イベント(6808億円)、来場者消費(1兆3777億円)などの数値が示されている。これらの推計は地域内の建設需要、宿泊・飲食・交通サービスの需要増加、関連するサプライチェーン効果を織り込んだものであり、直接効果だけでなく誘発・波及効果も含めている。こうした大局的な試算は、地方自治体が会場周辺の開発を正当化するための根拠としても利用された。

国際社会へのメッセージ(外交的役割)

万博は国家ブランドの発信と外交・文化交流の場になる性格を持つ。主催国である日本は持続可能性・技術革新・包摂社会のビジョンを掲げ、グローバルな課題に対する「日本からの提案」を示す場とした。ウクライナの展示のように、紛争下の現状を伝える公益的展示も国際的な注目を集め、平和や連帯を訴える場面も作られた。また多国間の企業・研究機関が参加したことで産業的な協力関係が促進され、来場者やオンライン観覧を通じたソフトパワー発揮にもつながった。

未来技術と体験の創出(主な技術展示)

会場内ではロボット技術、次世代モビリティ(VTOL・自動運転のデモ)、ヘルスケアの個別化医療の展示、食糧生産の垂直農法・代替タンパク技術、AIと都市運営を結びつけるスマートシティ実験などが行われた。単なる技術展示に留まらず、来場者が体験して学べる“体験型展示”を重視したため、教育面の効果や市民への技術理解促進という面での成果が生じた。企業側にとっては実証実験の場、スタートアップにとっては露出機会となり、ポスト万博での事業化や投資誘発につながるケースも生まれている。

閉幕後のレガシー(跡地利用と資産継承)

閉幕後の最大の課題は夢洲という人工島に残る施設群とインフラの有効活用である。大阪市や国は、万博跡地における長期的なまちづくり計画を策定しており、観光拠点や研究・産業クラスター、教育・未来体験型ミュージアムなど多様な利用案が示されている。市の方針では一部施設を常設化して教育資源・観光資源に転換する案が提示されているほか、大屋根リングの一部保存や木材の再利用による地域への還元策も議論された。保存・維持には相応のコストが伴うため、費用対効果を見極めつつ、民間投資の呼び込みが必要になる。

課題(建設地の背景、費用上昇、社会的批判)

会場となった夢洲は埋め立て地であり、安全性確保のための土壌改良やインフラ整備に巨額の費用が必要であった。会場建設費は当初見積から増額し、最終的に巨額の事業費となったことが国民的議論を呼んだ。データによると、万博関連の総費用は当初の試算から増え、約2350億円やさらに総額で約2500億規模の数値が示される一方で、会計上の扱いや負担割合(国・府・市・民間)を巡る議論が続いた。特に大屋根リングは約344億円(報道による数値)といった個別プロジェクトの高コストが注目され、費用対効果や優先順位について批判が出た。こうしたコスト上昇の要因には世界的な建設費上昇、為替変動、サプライチェーン問題、パンデミック後の追加対策などが含まれると報道されている。

初期の集客不振と予約システムをめぐるトラブル

開場前後には入場券販売が想定より伸び悩んだ時期があり、開幕前に「約900万枚しか売れていない」と報じられた時期があった。その背景には一般的なレジャー需要の回復状況、海外来訪客の制約、価格設定や平日日程の需要不足などが挙げられる。さらに運営面では「購入したチケットだけでは入場が確約されない」形の来場日時予約やパビリオン個別の時間帯予約・抽選システムが導入されたため、所謂「チケットはあるが入れない」問題や、デジタル予約のユーザビリティ、連携不具合、外国人旅行業者との連携課題が顕在化した。これによりSNSや訪日旅行者の間で不満が拡散し、運営側は予約案内の強化や追加枠の確保、現場対応の見直しを迫られた。予約手順自体は公式に案内されていたが、実地での混乱や情報不足が問題を拡大した。

テーマの理解と来場者体験のギャップ

万博の掲げる大きなテーマは抽象度が高く、日常来場者にとっては「展示を見る」「体験する」ことが主な動機であるため、テーマ意図と来場者体験の接続が課題となった。主催者は「テーマウィーク」や教育プログラム、ガイドツアーでテーマ理解を促す施策を展開したが、パビリオンごとの訴求力や分かりやすさに差が生じ、特に一般市民向けの噛み砕いた情報提供や誘導が不足した場面があった。体験型展示では満足度が高い一方で、行列時間や予約要件が体験へのアクセス障壁となることも多かった。

レガシーの創出(資産の社会還元)

万博の意義は単なる6か月のイベントで終わらない「レガシー」にある。レガシーとはハード(インフラ、施設)とソフト(ネットワーク、ノウハウ、ブランド)の両面を含む。ハード面では一部施設の保全や木材・構造部材の再利用、跡地を活用した研究拠点や観光施設化が検討されている。ソフト面では、多国間ネットワーク、共同研究プロジェクト、地域の国際化促進、教育プログラム等がレガシーとして期待される。これらを実現するためには、自治体と民間の長期的な投資計画と運営スキームが必要であり、閉幕後の維持コストも財政負担として明確にしておく必要がある。

万博の意義(文化・経済・政策的観点)

万博は国家や地域が将来像を提示し、国際社会や民間セクターと共同で課題解決を模索するためのプラットフォームである。文化的には多様性の顕示と相互理解の促進、経済的には観光・投資の誘引、政策的には都市インフラ整備や研究開発投資の契機を提供する。大阪・関西万博はとりわけ「未来の暮らし」を焦点にしたことで医療・介護、デジタル化、食・循環型社会などの分野横断的議論を引き起こし、政策議論や企業戦略に新たな方向性を与えた可能性が高い。

今後の展望(課題解決と活用戦略)

今後のポイントは次の通りである。第一に、閉幕後の跡地利用計画を具体化し、民間投資を呼び込める魅力ある用途(研究拠点、観光クラスター、教育ミュージアム等)に落とし込むこと。第二に、万博で得た国際ネットワークやプロジェクトを継続的に運営するための仕組み作り(コンソーシアム、産学官連携ファンド、常設の国際プログラム)を整備すること。第三に、開催過程で明らかになったデジタル予約や利用者案内の問題に対して、教訓を政策設計に還元し、次の国際イベントで同じ過ちを繰り返さないこと。第四に、維持コストの見える化と社会還元策(地域雇用、再利用プロジェクト)を通じて市民受容性を高めることである。政府系試算や会場データを踏まえれば、適切なマネジメントで経済的・社会的なリターンを最大化できる余地は残っている。

まとめ

大阪・関西万博は巨大投資と公共的負担を伴う大規模国際イベントとして、期待と批判の両方を生んだ。開催前はコスト上昇やチケット販売の低迷、運営のデジタル面での混乱が懸念材料だったが、会期中は技術展示や国際パビリオンが一定の来場者を集め、経済波及効果の試算や最終的な収支見通しにおいて黒字寄りの報告もなされている。重要なのは、短期的来場者数や収支だけで評価を終えず、閉幕後にどれだけ持続的な価値(研究・産業の拠点化、教育的遺産、国際交流の継続)を残せるかである。跡地活用とレガシーの実現が次の数年間にかかる課題であり、都市計画・財政・民間活力を総合的に調整していく必要がある。政府の試算や主催者の公表データは大いに参考になるが、実際の長期的効果は政策の実行力と民間参入の成否に依存する。


参考主要出典(本文中で参照した主要な公的報告・報道)

  1. Japan Association for the 2025 World Exposition(主催者)「Number of Visitors and Admission Ticket Sales Status」等の公式発表(来場者数・チケット販売データ)。

  2. 経済産業省(委託報告)「大阪・関西万博の経済波及効果 再試算結果について」など、経済効果試算報告書。

  3. The Japan Times 等(入場券販売の動向、損益分岐点を超えた報告など)。


万博跡地(夢洲第2期区域)に関するマスタープラン概要(要約)

大阪府および大阪市は、大阪・関西万博の閉幕を受けて、万博跡地である夢洲の「第2期区域」に関するまちづくり方針をマスタープランとして取りまとめている。マスタープランは万博の理念を継承しつつ「国際観光拠点」「研究・産学連携クラスター」「未来型居住・リゾート機能」の融合を目指す方針を示しており、面積約50ヘクタールの第2期区域を段階的に開発する方針を明記している。マスタープランはVer.1.0(2025年4月策定)を経て、閉幕後の実情を踏まえた改訂版(Ver.2.0)を策定している。

主要な開発方針(機能・ゾーニングの要点)
  1. 機能分割とゾーニング:第2期区域を複数の機能ゾーン(国際観光・宿泊ゾーン、産学連携・研究開発ゾーン、市民交流・レクリエーションゾーン、技術実証ゾーン等)に分け、用途ごとに段階的な整備を行う方針である。

  2. レガシーの継承:万博で設置された一部施設やインフラを“常設の未来体験拠点”や研究施設に転換する方向性を掲げ、木材などの構造部材の再利用や展示物の移設を想定している。

  3. 公民連携(PPP)重視:土地利用・施設運営は国・府・市と民間の共同事業(コンソーシアム)や開発事業者の入札・公募を通じて進める方針が示されている。特に民間提案を募集して得られた「優秀提案」をベースにマスタープランを策定している。

スケジュール(年次ベースの要約)

以下はマスタープランと自治体発表に基づく、主要なスケジュールの要点である。日付は公表資料の記載に従って示す。

  • 2024–2025(事前~開催期):第2期区域の方針検討、民間提案募集の開始および優秀提案の選定。Ver.1.0を策定し、方向性を確定。

  • 2025年4月〜10月(万博会期):万博開催期間中に得られた来場者動向・技術実証の知見を収集し、閉幕後の計画に反映。

  • 2025年10月(閉幕直後):マスタープランの改訂(Ver.2.0)策定の公表。閉幕直後に市民意見や関係者ヒアリングを反映した改訂が行われた。

  • 2026年春(開発事業者募集の開始想定):マスタープランVer.2.0に沿って、開発事業者の公募(コンペ)を開始し、事業者選定を進める計画が示されている。

  • 2026–2030(段階的整備期):基盤インフラの整備、第一期的な施設の実装、事業開始。公的インフラ(道路、港湾、地下鉄延伸等)の整備は継続し、2030年頃までの構造物整備を想定しているという記述がある。なお、具体的な工期は事業者の選定と資金調達状況により変動する。

開発事業者募集・調達スケジュール(手続きの流れ)
  1. マスタープランを前提とした公募条件の整備:Ver.2.0を前提に、土地賃借条件や容積・用途規制、インフラ負担のルールを提示する。

  2. マーケット・サウンディング(民間ヒアリング):民間事業者からの提案募集に先立ち、実現可能性や条件の検証を行うプロセスを継続する。大阪府の関連資料にはマーケット・サウンディングの実施結果も反映されている。

  3. 公募(RFP):公募要領に基づく提案競争を行い、審査を経て優先交渉権者を決定するフローを想定している。

  4. 事業契約・起工:事業契約締結後、段階着工を行う。公共インフラの先行整備部分は自治体主導で進め、民間負担部分は事業スキームにより分担する。

財政・費用分担の概況(資金調達のスキーム)

マスタープランではインフラ整備・土壌改良等の大型公共事業費は国・府・市での負担あるいは国の基金活用を想定し、民間が参入する事業(宿泊・商業・研究施設等)は民間資金を中心とするPPPスキームを前提としている。公共負担の具体的金額や負担割合は案件ごとの協議で確定する方針であるが、土壌改良・基盤整備などの先行投資が大きい点は共通したリスク要因である。

期待される成果(短期・中長期)
  • 短期(1–5年):基盤整備の完成、先行する一部施設の稼働、観光・イベント需要の呼び戻し。

  • 中長期(5–15年):研究開発クラスターの定着、国際観光拠点としての稼働、地域雇用の創出と税収の増加。マスタープランは周辺臨海部へ波及する効果を期待している。

リスクと課題(実行可能性に関する留意点)
  1. 資金負担とコスト上振れリスク:埋立地特有の土壌改良やインフラコストが高く、工事費や建設資材価格の変動が総コストを押し上げる可能性がある。

  2. 民間参入の誘引力:民間投資を呼び込むためには収益見込みとリスク配分を明確化する必要がある。観光需要や宿泊需要の想定が過大だと投資が停滞する恐れがある。

  3. インフラ整備の先後関係:公共インフラの整備が遅延すると事業者の工期・開業に影響が出る。鉄道延伸や道路整備などのスケジュール調整が重要である。

  4. 市民合意と環境配慮:跡地活用については市民の意見や環境影響評価を丁寧に行う必要がある。常設化する施設の運営費負担や利活用方法は市民合意を得ることが重要である。

現時点での進捗(閉幕直後の状況)
  • 2025年10月時点で、夢洲第2期区域のまちづくり方針(マスタープランVer.2.0)が公表され、開発事業者の募集開始は2026年春を想定している旨が明記されている。

  • 公的な手続き(マーケット・サウンディング、民間提案の評価)は進行中であり、自治体は民間との協議を継続している。基盤整備や大型工事は2030年頃まで継続する見込みがあるとする報道もあるが、詳細は今後の公募・事業契約で確定する。

次のステップ(短期アクションアイテム)
  1. 公募要領の最終化とRFP公表:2026年春想定の事業者募集に向けて、参入条件の細部化を進める。

  2. インフラ優先箇所の着工スケジュール確定:交通アクセス(地下鉄延伸・シャトル・道路)や港湾設備の優先整備区間を明確化する。

  3. 環境・住民説明会の実施と社会的コンセンサス形成:市民意見を反映させるプロセスを継続する。

  4. 投資誘因策の提示:税制優遇、共同出資スキーム、リスク分担メカニズムなどで民間参入を後押しする施策を公表する。


追記分の結論

夢洲第2期区域の開発計画は、万博で得た“場”と“ネットワーク”を次の産業・観光・教育の拠点へつなげるべく、マスタープランに基づいて公民連携で段階的に実施する設計になっている。主要な意思決定と事業者選定は2026年春以降に本格化する見込みであり、実際の工事や施設稼働は2030年頃まで段階的に続く想定である。最大の鍵は(1)公共インフラ整備と費用配分、(2)魅力ある民間プロジェクトの獲得、(3)市民・環境配慮を含む合意形成という三点である。これらが整えば、万博のレガシーを恒久的な地域資産に変える道筋が描ける。

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