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コラム:日本における洋上風力発電の現状、期待と現実のギャップ

日本の洋上風力は、政策目標・技術ニーズ・地域期待が交差する戦略分野であるが、実行段階で「コスト上振れ」「事業環境の不確実性」「地域合意の困難さ」「人材・サプライチェーンの未整備」といった複合的な課題に直面している。
洋上風力発電(AdobeStock)
現状(2025年11月時点)

日本の洋上風力発電は、政策上の高い期待と実際の導入・事業化の乖離が続く「成長途上だが停滞要素も顕在化している」局面にある。政府は浮体式も含めた大規模導入を打ち出している一方で、実際の商業運転容量はまだ限定的で、着床式(固定式)と浮体式の実証プロジェクトは進展しているものの、商用フェーズへの移行で費用増・資材高・事業者撤退などが相次ぎ、事業環境の不確実性が高まっている。直近では大手事業者の事業撤退報道や、落札後の事業性再評価の動きが国内外で注目を集めている。

洋上風力発電とは

洋上風力発電は海上に設置した風車で発電する再生可能エネルギーで、大きく「着床式(着底式)」と「浮体式」に分類される。着床式は水深が浅い沿岸域に基礎を固定して設置する方式で、欧州を中心に既に大規模展開が進んでいる。浮体式は深い海域でブイやフローティング基礎を用いて風車を浮かせる方式で、日本のように大陸棚が早く深くなる海域に適しており、将来の大規模化の鍵とされる。洋上風力は発電量の安定性が陸上より高く、風況が良好な海域では高い容量利用率を期待できる点が特徴である。

多くの課題に直面

日本固有の海況(深い水深、台風や高波・強風)、港湾・造船・据付インフラの未整備、複雑な漁業との調整、許認可・環境アセスメントに要する時間、資材費と人件費の高騰、金融条件の不確実性、サプライチェーン未成熟など、洋上風力事業は多数の課題に直面している。特に最近は鋼材や海洋工事関連コストの上昇により、当初想定した落札価格では採算が取れないケースが明確化しており、大手の撤退や事業見直しが表面化している。

低い導入量(量的現状)

導入量は陸上風力と比べても非常に低い段階にある。陸上と洋上を合わせた累積導入量は数GW規模に達しているが、洋上単体の稼働容量は数百MWレベルと限定的である(※ラウンド選定や実証機は多数あるが、商用稼働はまだ小規模)。2024年末時点の国内の累積導入量の内訳やラウンド別の事業規模・予定日程の整理は民間研究機関や業界団体による資料で確認できる。

政府目標

政府は洋上風力の大幅拡大を明確に目標化している。代表的には2030年までに洋上風力容量で約10GW、2040年までに30〜45GW程度への拡大を目指すという目標水準が政策議論や専門機関の整理で示されている。これらはカーボンニュートラル実現や電源構成多様化の一環として位置づけられており、浮体式の実用化と港湾・送電網整備をセットで推進する方針が掲げられている。だが、目標と事業実行のギャップは依然として大きい。

着床式と浮体式

着床式は比較的技術成熟度が高く、既存の港湾インフラで対応可能な事例も多い。日本では沿岸の浅海域に着床式の促進区域を設定し、ラウンドで事業者を選定している。浮体式は日本に期待される技術で、特に福島での浮体式実証プロジェクトなど国内での技術蓄積が進んでいる。福島浮体式ウィンドファームは複数サイズの実証機を含む世界でも先進的な実証事業として注目され、浮体技術やO&M(運転保守)ノウハウを国内で蓄積する狙いがある。浮体式は深海域での大規模展開が可能であるため、中長期的に日本の主力方式となる可能性が高い一方、現時点ではコストや海技術課題が残る。

大型化の進展

風車の大型化(1基あたり出力の増大)は単位出力当たりのコスト低減に寄与するため、重要なトレンドである。世界的には10MW超の風車、さらには15MW級以上の大型風車の商用化が進展しており、日本でもこれに対応する浮体・据付技術や港湾能力の整備が求められている。だが、大型機の導入は据付船・輸送・基礎設計などで新たなボトルネックを生むため、単純な拡大だけでは課題が残る。

課題(詳細)
  1. コスト高と経済性の悪化:資材費、船舶・作業コスト、港湾整備負担の増加により、落札時の前提から建設費が膨らみ、事業採算が厳しくなる事例が生じている。実際に大手商社は降順撤退の判断を示した。

  2. 事業環境の整備不足:基地港湾の整備や長期海域占用、送電インフラ(海底ケーブルや変電所)などで費用負担や期間の不確実性が残る。事業者側は占用期間延長や税制・補助金の継続を求める声を上げている。

  3. 漁業との調整:海域利用に伴う漁業被害や漁場の変更、漁業者の理解と補償の制度設計が重要で、地域合意形成に時間を要する。地方自治体や事業者は早期の合意形成メカニズムを模索している。

  4. 人材不足と運転保守(O&M)能力:洋上建設、据付、海洋作業に長けた人材・作業船が不足し、O&Mのための現場スキルや体系的な教育・訓練が未充足である。

  5. サプライチェーン未確立:風車本体、フローティング基礎、海底ケーブル、据付船、港湾改修などの国内サプライチェーンが未成熟で、部材調達や竣工の遅延リスクがある。欧州の経験に基づく学習が進められているが、国内での量産体制はまだ整っていない。

コスト高(具体例)

事業コストの上昇は事業性に直結している。2025年には資材高騰や建設費増により、一部のプロジェクトで建設費が落札時想定の2倍以上に膨らんだことが事業撤退の理由として挙がった。競争入札での落札価格(公表値)と実際の建設原価の乖離が表面化しており、今後の制度設計(価格スキームや長期契約、FIP/CfD類似の収入安定化措置)が経済性を左右する重要要素となっている。

事業環境の整備

政府・自治体は港湾整備、海域占用制度、FIP(フィードインプレミアム)や長期オフテイクの制度設計、ラウンド制によるゾーニングの導入などを通じて事業環境を整備している。例えば、再エネ海域利用法や官民の促進区域設定、NEDO等の実証支援、グリーンイノベーション(Green Innovation)関係の基金で技術・コスト低減の支援が行われている。しかし、現場からは「占用期間の延長」「基地港湾負担の低減」「長期の価格安定メカニズム」「金融面での支援」など具体的な制度改善要求が出ている。

漁業との調整

海域利用が漁業活動に与える影響への配慮と地域合意が不可欠で、地域住民・漁業者との協議、補償スキームの構築、環境監視・科学的データの提供が求められる。地元関係者との合意形成が遅れるとプロジェクト全体のスケジュールが止まるため、事前に十分なコミュニケーションと透明性のある補償・共同利用案を提示する必要がある。

人材不足

洋上工事やO&Mに関わる技能者、海洋エンジニア、据付船の操船技術、潜水や高所作業に関する安全管理者などの需要が急速に高まっているが、供給側の人材育成は追いついていない。産学連携による人材養成プログラムやO&M基地港での実務教育、外国人技能者の活用など多面的な対策が求められる。

サプライチェーン未確立

風車メーカー、フローティング基礎メーカー、ケーブル敷設会社、特殊船舶、港湾改修工事業者などが国内で十分に揃っていない。海外からの輸入や欧州パートナーとの連携で穴埋めは可能だが、長期的には国内での競争的なサプライチェーン整備がコスト・納期・安全性の観点で重要である。NEDO等の支援で一部分野は育ちつつあるが、まだ量産フェーズに移る前段階にある。

事業者の対応

大手電力・総合商社・重工業は洋上風力事業に戦略的に関与している。ただし、開発リスクやコスト上振れ、金融リスクを踏まえて事業再評価を行う動きがある。ある大手商社は数海域の事業から撤退または見直しを発表しており、これは業界全体にとって警鐘となった。電力会社側は発電・O&M・系統運用の知見を持つが、プロジェクトファイナンスや長期契約の確保、コスト低減が不可欠であると認識している。

政府・自治体の対応

中央政府はゾーニング(ラウンド)・海域利用法・補助金・実証事業支援を組み合わせて洋上風力を促進している。また地方自治体は基地港湾整備や地域合意形成に前向きに関与しており、地域振興や雇用創出を見越した協定を結ぶ例もある。ただし、制度設計の細部(占用年数、港湾貸付料、補償制度、送電接続の優先度など)については事業者と行政の間で更なる調整・改善が必要との指摘が多い。

問題点と課題(総括)

現時点での最大の問題点は「期待と現実のギャップ」だ。政府の量的目標と、現場でのコスト、サプライチェーン、金融条件、地域合意形成のいくつもの壁が合わさり、ラウンドで選定されてもプロジェクトが止まる、縮小する、あるいは撤退するリスクが顕在化している。制度面では価格安定化(長期契約や価格補填)、港湾・送電インフラ整備の公的支援、占用期間・手続きの合理化、漁業との合意形成メカニズムの標準化などが急務だ。産業面では国内のサプライチェーン拡充と人材育成、国際連携による技術導入・コスト低減も不可欠である。

今後の展望

短中期(〜2030年)では、ラウンドで選定された案件のうち実現可能なものが慎重に進むと予想される。政府と事業者の間で制度設計(長期オフテイク、FIPや補助金、港湾負担の分担など)が改善されれば、撤退リスクは抑えられる可能性がある。中長期(2030〜2040年)では、浮体式のコスト低減と大型化、量産効果による国内サプライチェーンの成熟が進めば、政府目標の実現可能性は高まる。ただし、それには実証データの蓄積、港湾・据付インフラへの投資、国際的な資本・技術連携、そして地域との安定した合意が前提となる。

推奨される政策・産業対応
  1. 長期の収入安定化メカニズム導入:英欧のCfDや長期FIP類似の制度で投資回収の予見性を高める。

  2. 占用期間・港湾負担の見直し:事業期間に見合う海域占用年数の延長や基地港湾コストの分担策を導入する。

  3. サプライチェーン育成と港湾投資:国・地方が連携して基地港・造船所・据付船の整備を支援する。

  4. 漁業との早期協議と標準化された補償スキーム:地域合意を迅速化するためのガイドラインと補償基準を整備する。

  5. 人材育成プログラム:実務型の教育・訓練、海外実習プログラム、O&M基地でのハンズオン教育を促進する。

まとめ

日本の洋上風力は、政策目標・技術ニーズ・地域期待が交差する戦略分野であるが、実行段階で「コスト上振れ」「事業環境の不確実性」「地域合意の困難さ」「人材・サプライチェーンの未整備」といった複合的な課題に直面している。政府は引き続き支援を続ける一方で、制度の現実対応(価格安定、港湾支援、占用年限、金融支援)を緊急に改善し、民間は技術革新と国際協業でコスト低減を追求する必要がある。これらが整わなければ、政策目標(2030年・2040年の容量目標)は実現困難となる可能性が高い。

今後の展望(詳細)
  1. 技術面:浮体式の量産化と大型風車の導入で発電単価は低下する余地がある。福島などの実証プロジェクトで得られるO&M・耐波設計の知見が重要。

  2. 制度面:長期購入契約や価格補填スキーム、港湾整備に対する公的支援が整えば、事業のバンクアビリティ(銀行融資の実行可能性)は向上する。逆に放置すれば大手の撤退や投資縮小が連鎖的に続く可能性がある。

  3. 社会面:漁業・地域との協調モデル、地元雇用創出の可視化、環境監視の透明性が進めば地域受容性は高まる。地方自治体の役割はより重要になる。


参考資料・報告

  • Renewable Energy Institute「洋上風力発電の動向2025」レポート(ラウンド別落札・事業動向整理)。

  • NEDO / Green Innovation 関連の「事業戦略ビジョン」(浮体式・着床式の技術・産業戦略)。

  • 福島洋上風力コンソーシアム(浮体式実証プロジェクトの詳細)。

  • 各種報道(Reuters、Bloomberg等)による2025年の事業撤退・コスト上振れに関する報道。

  • METI / 資源エネルギー庁のエネルギーミックス試算や公募占用に関する技術資料・パブリックコメント。

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