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コラム:廃炉作業とは、巨額の費用、前例のない挑戦も

廃炉は技術的・社会的に複雑で長期的な工程であり、各国の実績からも示されるように「時間とコストの管理」が最大の挑戦である。
フランスの原子力発電所(Getty Images)

世界的に原子力発電所の「廃炉(decommissioning)」が重要な課題になっている。商用運転を終えた原子炉の安全な閉鎖と放射性物質の管理、解体・更地化までの一連作業は、技術的にも社会的にも難易度が高く、多額の費用と長期間を要する。国際原子力機関(IAEA)などは典型的な廃炉期間を15〜20年程度とすることが多いが、実際には施設の種類や事故の有無、現場の汚染状況により数十年〜場合によっては100年以上に及ぶ例もある。廃炉の費用や期間、技術は各国で大きく異なり、先進国での実績や教訓が蓄積されつつある。

廃炉とは

廃炉とは、運転を停止した原子力施設について核燃料物質の取り扱いを終了させ、放射性物質による汚染を低減し、最終的に人が利用できる状態(更地化)に戻す一連の「廃止措置」を指す。日本では、廃止措置を行う際に「廃止措置計画」を作成し、原子力規制委員会の認可を受けることが義務付けられている。廃炉は単なる解体ではなく、使用済燃料の取り出し、放射性廃棄物の分類・処理・保管、汚染水管理、そして最終的な敷地の利用計画まで含む包括的なプロセスである。

廃炉のプロセス(概観)

一般的な廃炉プロセスは次の主要フェーズに分かれる。

  1. 準備・安全対策:放射線モニタリングやフェイルセーフ設備、作業用シールド設置などを行う。

  2. 使用済燃料の取り出し:原子炉や使用済燃料プールから燃料集合体を取り出して中間貯蔵または再処理へ移送する。

  3. 放射性物質の除去・減容・処理:α・β・γ線源を含む汚染物を分離・減容化する。

  4. 施設解体・放射性廃棄物の処理:解体した構造物を分類し、処理・保管する。

  5. 更地化・長期管理:敷地を安全な状態にして将来利用または管理へ移行する。
    これらは並行して進むこともあり、事故を伴うケース(例:福島第一)では、汚染水対策や燃料デブリ(炉心が溶融して形成された固化物)対策がプロジェクトの中心課題となる。

燃料の取り出し

使用済燃料の取り出しは廃炉の最初期かつ確実に実施可能な工程であり、安全性と放射線被ばく低減の面で優先される。通常は燃料プール内で遠隔操作機構を用いて集合体を取り出し、乾式または湿式で中間貯蔵する。取り出しは作業員の被ばく管理、冷却・遮蔽設備の整備、作業用クレーンや転送容器など多数の機器を要する。事故を伴った炉(例:福島第1の1〜3号機)では、燃料プールは比較的取り出しが早期に完了する場合もあるが、原子炉内部にある「燃料デブリ」の除去は極めて困難で長期的課題となる。

施設の解体

構造物の解体は放射線レベルや汚染の程度に応じて段階的に行う。遠隔操作ロボットや遮蔽ボックス、局所排気装置などを使い、粉じんや飛散を抑える。廃止措置には「即時解体(DECON)」「遅延解体(SAFSTOR)」「部分解体(ENTOMB)」のような戦略があり、経済性・安全性・社会的合意により選択される。遅延解体は放射能が自然減衰するまで待つことで、作業者被ばくやコストのピークをずらす手法である。

放射性物質の除去(減容化・処理)

解体や作業で発生する放射性廃棄物は、レベルに応じて処理方法が異なる。低レベル廃棄物(LLW)は減容・固化して埋設処分や保管を行い、中間レベル以上は遮蔽・長期管理が必要となる。福島第一では汚染水処理に多核種除去装置(ALPS)を用いてトリチウム以外の多数核種を除去する工程が導入され、除去後の処理水の取り扱いが国内外で論点になった。放射性廃棄物の最終処分場の確保や費用負担、基準の設定は政策課題である。

建屋の撤去

原子炉建屋やタービン建屋などの撤去は、まず放射性物質を封じたうえで段階的に進める。事故炉では建屋内部の高線量域をどう間引くかが技術的な焦点で、格納容器内部や圧力容器周辺の評価・遠隔作業の開発が必要になる。解体に際しては、放射性塵埃の飛散防止、除染、廃材の分類といった工程が併行する。

費用

廃炉費用は施設の種類、事故の有無、廃棄物処理体系、規模により大きく変動する。OECD/NEAのレビューや各国のケーススタディでは、商用軽水炉の廃炉費用は数十億から数百億ドル規模になる例があることが示されている。日本の福島第1事故に関しては、政府の検討資料で事故対応費用を約23.8兆円と試算し、その内訳で廃炉関連費用はおおむね8兆円程度と想定した文書が提示された。だが、この推計は前提に大きく依存し、実際の費用は追加調査や長期の作業により変化し得る。欧州では英国のSellafieldサイトの清算費用が数千億ポンド規模に達するなど、長期化とコスト膨張の例もある。廃炉費用の資金確保(基金・積立て)や費用分担は政策的課題である。

工事期間(スケジュール)

典型的な廃炉スケジュールは15〜30年といわれるが、前例のない事故対応が必要なケースや廃棄物問題が複雑化した場合は数十年〜百年単位になることがある。IAEAは廃炉の期間が事例により大きく異なることを指摘し、初期段階のリスク低減と長期計画の柔軟な見直しを勧めている。各国の実績を踏まえ、段階的かつ評価に基づくアプローチが重要になる。

各国の実績

米国、英国、ドイツ、日本などで多数の廃炉プロジェクトが進行中で、実績と教訓が蓄積されている。例えば英国Sellafieldのように歴史的に蓄積した核燃料・廃棄物の処理が長期・高コスト化したケースがある。韓国では2025年にKori-1の解体計画が承認され、12年・約1.1兆ウォンという見積りで進められることが報じられた。各国の経験は技術ノウハウ、遠隔技術、廃棄物管理および資金管理の教訓を与える。

技術開発

廃炉技術開発は遠隔操作ロボット、ロボットアーム、放射線耐性材料、デブリ調査装置、デブリ切断・回収技術、汚染水処理技術(ALPSなど)、廃棄物減容・固化技術など多岐にわたる。福島第1では国際廃炉研究開発機構(IRID)や産学官連携で現地の特殊要件に対応する技術が開発されている。国際的な共同研究やベースラインデータの共有は、効率化と安全確保に寄与する。

長期化とコスト

廃炉が長期化すると人件費・維持管理費・資材費が累積し、最終的なコストは初期見積もりを大きく超えるリスクが生じる。計画の見直し、技術革新、工程の最適化、公共の信頼確保がコスト抑制の鍵になる。英国Sellafieldではプロジェクト遅延や管理不備がコスト膨張を招いたことから、強いガバナンスと透明性が求められている。資金面では廃炉積立金、保険、政府支援などの組合せが用いられるが、費用の負担配分は社会的合意を要する。

福島第一原子力発電所の廃炉作業(具体例)

福島第一の廃炉は2011年の事故に起因する特別な事例であり、汚染水対策、使用済燃料プールからの燃料取り出し、燃料デブリの取り出し、廃棄物対策などが同時並行で行われている。東京電力(TEPCO)は「廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」を策定し、段階的に作業を進めている。近年の進捗としては、使用済燃料取り出し設備の据付完了、デブリ試験的取り出しの実施、ALPS処理水のモニタリングやIAEAによるレビューの実施などが報告されている。だが、格納容器内部の状態評価、デブリの性状不確定性、長期保管施設の整備など多くの課題が残る。

問題点

廃炉作業では以下のような問題点が指摘される。

  • 技術的不確実性:特にデブリの取り出しは前例が少なく、取り出し方法や遠隔技術に関する不確実性がある。

  • コストと資金:当初見積もりからのコスト増大リスク、基金の持続性、費用負担の公的負担割合が課題である。

  • 廃棄物処分:放射性廃棄物の最終処分場の選定と社会的合意形成が難しい。

  • 人材と技能:遠隔操作や高線量環境での作業員育成、熟練者の継承が必要である。

  • 透明性と信頼:地元住民や国際社会への透明な情報開示と信頼構築が不可欠である。

課題

上記問題点を踏まえ、主な課題は次の通りである。

  1. 技術開発と実証:遠隔切断・取り出し装置、デブリ性状評価技術、ロボット技術の実用化と現場実証を加速する必要がある。

  2. 費用対効果の高い工程管理:工程の最適化、国際的なベンチマーキング、コスト監視体制の強化が必要である。

  3. 廃棄物管理の法制度整備:長期保管や最終処分に関する制度設計と地域合意のためのプロセスを確立する必要がある。

  4. 人材育成と安全文化:専門人材の育成と安全文化の浸透、国際協力による技能移転が求められる。

今後の展望

廃炉は単に技術課題だけでなく、エネルギー政策、経済負担、地域振興、廃棄物最終処分といった社会的課題と深く結びつく。今後は以下の取り組みが重要になる。

  • 国際協力の強化:デブリ取り出しや遠隔技術、廃棄物処理の分野で国際的な共同研究と知見共有を進める。

  • 技術イノベーションの促進:ロボティクス、AI、材料工学、非破壊評価技術の活用で作業効率と安全性を高める。

  • 透明性と対話:地域住民や国際社会との継続的な情報共有と説明責任を果たすことで合意形成を図る。

  • 資金政策の整備:廃炉費用の長期的確保と透明な会計を行い、将来世代への負担を過度に残さない仕組みをつくる。

まとめ

廃炉は技術的・社会的に複雑で長期的な工程であり、各国の実績からも示されるように「時間とコストの管理」が最大の挑戦である。日本においては原子力規制委員会の認可制度や資源エネルギー庁、原子力関係機関のガイドラインに基づき廃炉が進められているが、福島第一のような大規模事故を伴うケースは前例が少なく、技術開発、費用確保、住民との信頼構築が一層重要になる。国際機関(IAEA)、OECD/NEAの知見や他国の事例を取り入れ、科学的根拠にもとづく段階的な作業と柔軟な計画見直しを進めることが求められる。


参考主要資料

  • 東京電力(TEPCO)「廃炉作業の状況」「中長期ロードマップ」など。

  • 資源エネルギー庁(経産省)による福島第一のロードマップ解説。

  • 原子力規制委員会(NRA)の廃止措置に関する規制概要。

  • IAEAの廃炉に関する総括的報告。

  • OECD/NEAの廃炉コストに関するレビュー。

  • 政府ワーキンググループ(発電コスト検証WG)等の費用試算資料。

  • 英国Sellafieldや各国の報道(事例紹介)。

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