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コラム:北朝鮮の核・ミサイル開発、これまでの経緯

北朝鮮の核・ミサイル開発は単なる地域問題ではなく、国際的な安全保障秩序を揺るがす長期的課題として位置づけられるべきである。
2022年3月24日/北朝鮮の某所、大陸間弾道ミサイル火星17と金正恩 党総書記(Korean Central News Agency/Korea News Service/AP通信)

北朝鮮の核・ミサイル開発は冷戦期から始まり、21世紀に入ってから加速的に進展してきた。背景には体制維持のための安全保障上の動機、米国を中心とする大国との交渉カードとしての戦略、国内的な体制正統性の確保などがある。その歩みは断続的な交渉と合意、そしてそれを覆す形での実験や挑発の繰り返しであり、北東アジアの安全保障環境を不安定にしてきた。本稿ではその経緯と現状、問題点、そして今後の展望について整理する。


1. 核開発の起源と初期段階

北朝鮮の核開発の端緒は1950年代にさかのぼる。朝鮮戦争後、北朝鮮はソ連と中国の援助を受けて科学技術の基盤を整備し、1959年にはソ連との間で原子力協力協定を結んだ。1960年代には寧辺に原子力研究所を建設し、研究用原子炉の運転を開始した。当初は平和利用の名目であり、研究や発電目的とされたが、同時に核燃料サイクルの基礎を学び、核兵器開発への応用可能性を秘めていた。

1970年代から80年代にかけて北朝鮮は核燃料の再処理技術を進め、プルトニウム抽出の能力を獲得した。特に1986年には寧辺で5MW実験炉を稼働させ、これが後のプルトニウム兵器化の基盤となった。北朝鮮は1985年に核拡散防止条約(NPT)に加盟したが、国際原子力機関(IAEA)による査察を拒否・制限し、疑惑を深めた。


2. 核危機と米朝枠組み合意(1990年代)

1990年代初頭、冷戦終結に伴いソ連の支援が途絶すると、北朝鮮は深刻な経済危機に陥った。これと同時に核開発疑惑が国際社会で大きな懸念となった。1993年、IAEAの特別査察要求を拒否した北朝鮮はNPT脱退を宣言し、いわゆる第一次核危機が勃発した。

この危機は1994年の米朝枠組み合意によって一応の収束をみた。北朝鮮は寧辺の5MW炉の凍結とプルトニウム再処理施設の停止を約束し、代わりに米国は軽水炉の建設支援や重油供給を行うこととした。しかし、この合意は双方の不信と履行遅延によって次第に形骸化し、2002年には破綻することとなる。


3. 六者会合と核実験(2000年代)

2002年、米国が北朝鮮の秘密裏のウラン濃縮計画を指摘したことから、第二次核危機が勃発した。翌2003年、北朝鮮は再びNPTからの脱退を表明し、核兵器保有を既成事実化する方向へ進んだ。これを受け、米中日韓露と北朝鮮を加えた「六者会合」が開催され、非核化と体制保障をめぐる交渉が始まった。

2005年9月の共同声明では、北朝鮮が核放棄に同意する代わりに米国や他の参加国が安全保障や経済支援を提供する方針が示された。しかし、金融制裁をめぐる対立や相互不信から履行は進まず、2006年には北朝鮮が初の核実験を強行した。その後、2009年にも二度目の核実験を実施し、六者会合は事実上機能不全に陥った。


4. 金正恩体制下での加速(2010年代)

2011年に金正日が死去し、金正恩が最高指導者となると、核・ミサイル開発は一層加速した。金正恩は体制初期から「核抑止力」の強化を国の最優先課題と位置づけ、核と経済建設の「並進路線」を掲げた。

2013年には3度目の核実験を実施し、2016年には4回目と5回目の核実験を敢行した。特に2016年の実験では水爆の可能性を主張し、技術的進展を誇示した。また、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発も進展し、2017年には「火星14号」「火星15号」の発射成功を発表、米本土を射程に収めたと主張した。さらに同年9月には6回目の核実験を行い、過去最大規模の爆発威力を示した。この時点で北朝鮮は「核兵器国」としての地位を既成事実化し、国際社会に対して強力な抑止力を誇示する段階に到達した。


5. 米朝首脳会談と停滞(2018〜2019年)

2018年、北朝鮮は戦術を転換し、韓国や米国との首脳外交に踏み切った。平昌五輪を契機に南北対話が進展し、同年6月には史上初の米朝首脳会談が実現した。この会談で双方は朝鮮半島の非核化や安全保障の保証を約束する共同声明を発表したが、具体的な履行措置は盛り込まれなかった。

2019年2月のハノイ会談では、北朝鮮が寧辺核施設の廃棄と制裁解除を交換条件に提示したが、米国側がこれを不十分と判断し交渉は決裂した。その後、短期間の板門店での会談を経たが、実質的な進展は見られず、再び膠着状態に陥った。


6. 技術的進展と多様化(2020年代)

2020年代に入ると、新型コロナウイルスのパンデミックによる国境封鎖もあり、北朝鮮は外交的に孤立した一方、核・ミサイル技術の多様化を進めた。特に注目されるのは以下の点である。

  1. ICBMの改良:2020年の軍事パレードで「火星16号」とみられる大型ICBMを公開し、複数弾頭搭載の可能性を示した。2022年には「火星17号」の発射を成功させ、射程・威力の増大を誇示した。

  2. 短距離弾道ミサイル(SRBM)の進化:イスカンデル型や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の試射を繰り返し、地域的な抑止力を高めた。これにより韓国や在日米軍基地を精密攻撃できる能力を誇示した。

  3. 戦術核の整備:2022年以降、戦術核兵器の実戦配備を強調し、通常戦力との統合運用を目指す姿勢を示した。

  4. 固体燃料化の進展:2023年には固体燃料ICBMの試射を実施し、発射の即応性を高め、先制攻撃に対する耐性を強化した。

これらの進展により、北朝鮮の核・ミサイル能力は「象徴的」な段階を超え、実戦的抑止力へと近づいていると評価される。


7. 国際社会への影響と対応

北朝鮮の核・ミサイル開発は、国際社会に多方面で影響を及ぼしている。

  • 米国:北朝鮮のICBM能力は米本土への直接的脅威となり、米国の東アジア戦略に深刻な影響を与えている。拡大抑止の信頼性が問われ、日本や韓国の核武装議論を刺激する要因にもなっている。

  • 韓国:北朝鮮の戦術核や短距離弾道ミサイルはソウル首都圏を攻撃可能であり、韓国にとって直接的脅威となる。韓国は「キルチェーン」など先制攻撃能力の整備や米韓合同演習の強化で対応している。

  • 日本:北朝鮮の弾道ミサイルは日本全域を射程に収めており、度重なる発射実験は日本の安全保障に直結する問題となっている。日本は迎撃ミサイルシステムの強化や敵基地攻撃能力の保有へと政策転換を進めている。

  • 中国・ロシア:北朝鮮に対する制裁や圧力については消極的であり、むしろ米国との戦略的対立の中で北朝鮮を地政学的カードとして利用する傾向が強まっている。特にロシアはウクライナ戦争を契機に北朝鮮と軍事協力を深化させ、ミサイルや兵器技術の取引が疑われている。


8. 問題点と課題

北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる問題点は多岐にわたる。

  1. 非核化の困難性:北朝鮮は核を体制維持の究極的保証とみなしており、完全放棄に応じる可能性は極めて低い。過去の合意の破綻もその難しさを示している。

  2. 制裁の限界:国連安保理制裁や各国の独自制裁は経済に一定の打撃を与えているが、完全な開発阻止には至っていない。制裁回避や中露の協力不足が大きな要因となっている。

  3. 軍拡競争の誘発:北朝鮮の核保有は日本や韓国の防衛強化を促し、東アジアに新たな軍拡のスパイラルを生み出している。

  4. 拡散リスク:北朝鮮は過去にシリアやイランなどへの核・ミサイル技術の拡散に関与したとされ、今後も国際的な拡散リスクが懸念される。


9. 今後の展望

北朝鮮の核・ミサイル開発は今後も継続するとみられる。金正恩は「核兵器保有国」の地位を憲法に明記し、戦術核から戦略核まで包括的な整備を進めている。技術面では固体燃料化、多弾頭化、極超音速兵器の開発などが進展する可能性が高い。

一方、国際社会による非核化交渉の見通しは暗い。米国は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を掲げるが、北朝鮮は段階的制裁解除と体制保証を要求しており、両者の隔たりは大きい。韓国や日本は抑止力強化に傾斜し、中国とロシアは制裁緩和や北朝鮮支援を通じて自国の戦略的利益を追求している。結果として、朝鮮半島は長期的な核保有の現状固定に近づきつつある。

将来的に想定されるシナリオとしては、①北朝鮮の核保有を事実上容認しつつ管理する方向、②軍事的挑発が大規模衝突に発展するリスク、③中国やロシアを含む大国間交渉による限定的な凍結合意、などが考えられる。しかしいずれも不確実性が高く、朝鮮半島の緊張は今後も続くと予想される。


結論

北朝鮮の核・ミサイル開発は、半世紀以上にわたり積み重ねられてきた国家的プロジェクトであり、その背景には体制維持、安全保障上のジレンマ、国際交渉におけるレバレッジの追求がある。国際社会は制裁と対話を組み合わせて対応してきたが、完全な放棄には至らず、むしろ技術的進展を許してきた。現在、北朝鮮は戦術核からICBMまで実戦的能力を備えつつあり、東アジアの安全保障に根本的な変化をもたらしている。

今後も非核化は極めて困難であり、国際社会は抑止、管理、拡散防止という現実的な政策に重点を置かざるを得ない。北朝鮮の核・ミサイル開発は単なる地域問題ではなく、国際的な安全保障秩序を揺るがす長期的課題として位置づけられるべきである。

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