コラム:いばらの道進む高市総理、待ち受ける課題
高市新政権は「物価高対策」「積極財政」「防衛力強化」という複数の要求に同時に応える必要があるため、短期と中長期の政策目標を明確に切り分け、説明責任を徹底することが不可欠だ。
とトランプ米大統領(AP通信).jpg)
高市新政権は2025年10月に発足し、発足直後から「物価高対策」と「責任ある積極財政」を政策の最優先に掲げている。首相は就任演説や所信表明で、ガソリン税の暫定税率廃止をはじめとする即効性のある物価対策や、中小企業の賃上げ支援を含む経済対策の迅速な実施を強調している。内閣の公式声明や所信表明に基づき、臨時国会での補正予算案提出・成立を急ぐ姿勢を示している。
また、自民党は日本維新の会と連立に合意したが、維新は当面閣僚ポストを出さない「閣外協力」の形を取ることで合意した。このため、政権支持基盤は従来よりも複雑になり、衆参での過半数確保が容易でない状況が残る。政権内部と連立関係の双方で調整が必要な段階にある。
国際的には安全保障や防衛力強化を打ち出しており、防衛費を中期的にGDP比2%水準へ引き上げる目標に言及する報道もある。経済政策と防衛政策の同時推進という負担をどう国民・市場に説明し実行するかが当面の焦点となる。
高市新政権が今後直面する主な課題(総括)
政権基盤の安定化(衆参ねじれや閣外協力による不安定性)
経済政策の実効性と財政持続可能性の両立(積極財政と財政健全化の両立)
物価高対応の即効策とその負担配分(ガソリン税暫定税率廃止等)
成長戦略と民間投資の喚起(中小企業支援、賃上げ・生産性向上)
外交・安全保障の運営(日米関係の調整、周辺国との関係、国防強化)
社会保障の持続可能な改革(医療・介護の財源と現場支援)
女性首相としての期待と政治的重圧への対応
以下、各項目を詳細に整理する。
連立政権の運営と「閣外協力」による不安定性
自民党と日本維新の会が連立の基本合意を結んだものの、維新が閣外協力の立場を取ることで政権運営は一層複雑化する。維新は閣僚を出さずに協調する形態を選んだため、政策合意が揺らいだ場合に「内閣と連立パートナーの距離」が明確になり、合意形成の力学が変化する。閣外協力は迅速な政権形成や柔軟な政策調整に利点がある一方、重要法案や補正予算の採決で維新の支持が要請される場面が増え、協力関係に亀裂が入れば政権運営が脆弱になる危険がある。実際、国会での与党勢力が衆参ともに安定多数を確保していないため、野党との交渉や個別議員への働きかけが不可欠だ。これが法案審議の不安定要因となる。
衆参のねじれと立法運営
衆議院・参議院で与党が過半数を占めていない、あるいは微妙な多数に留まる場合、重要法案の成立に時間と政治的取引が必要になる。補正予算や大規模な財政支出を伴う政策は、参院での審議が紛糾すれば市場心理にも影響を与える。与党内の結束に加え、党外の協力・説得が不可欠であり、首相と官邸のリーダーシップが試される。与党内の利害調整、野党との折衝、地方自治体との財政調整が平行して発生するため、迅速性と緻密な交渉力を同時に求められる。
経済政策──「積極財政」と「財政健全化」の両立
高市政権は「責任ある積極財政」を掲げ、補正予算による即効的景気・物価対策や成長投資を重視する方針を示している。短期的に消費者実感を改善するための給付や税制措置(例:ガソリン税暫定税率の廃止や補助金投入)を優先する一方で、中長期的には財政健全化の道筋を示す必要がある。ここでの課題は次のとおりだ。
補正予算や税減免に伴う財源の確保方法を透明化すること。暫定的な補助金で穴埋めする措置は、財政負担の先送りになりかねない。
成長投資(インフラ、デジタル化、グリーン投資、人的資本への投資)を通じて潜在成長率を高め、税収基盤を拡大する戦略を示す必要がある。
財務省や市場の信認を損なわないよう、財政収支改善の中期計画を提示すること。国債残高と金利動向、為替の反応を注視しつつ、歳出構造改革のロードマップを提示する必要がある。
経済研究機関やシンクタンクの分析でも、短期の需要喚起と中長期の財政構造改革を両立させる政策パッケージが求められている。特に補助金や税減免は効果検証と出口戦略を明確にするべきだ。
物価高対策(ガソリン税の暫定税率廃止、地方交付金の活用等)
高市首相は就任時に「物価高対策を最優先」と明言し、ガソリン税の暫定税率廃止を早期に実施する方針を掲げた。暫定税率の廃止は燃料価格下押しに直接寄与するため国民受けが良い一方、道路整備等の財源や地方財政への影響が大きい。政府は廃止に伴う国と地方の安定財源を確保するとしているが、代替財源の手当てが不十分だと地方サービスやインフラ整備に影響が出る恐れがある。
また、地方交付金や補助金を活用して中小企業の賃上げ支援や診療報酬・介護報酬の前倒し補助を行う計画がある。医療・介護現場の人件費上昇を支援することで現場の立て直しを図る狙いだが、補助の恒久化と財源確保、対象の適正化(真に必要な事業者への配分)をどう担保するかが課題となる。
成長戦略と投資(中小企業支援、賃上げと生産性向上)
高市政権は中小企業への支援を通じた賃上げと設備投資の促進を打ち出している。施策は次の領域を含む可能性が高い。
生産性向上に向けた設備投資支援、IT導入補助、補助金制度の充実。
事業承継・M&Aの環境整備や取引適正化の強化。
賃上げに資する支援(賃金補助や税制インセンティブ、地方交付金の活用)。
これらの施策は、単なる名目賃上げに終わらせず、労働生産性向上と結びつける設計が必要だ。加えて、人材育成・技能伝承や労働参加率の改善(女性や高齢者の就労促進)の政策と連動させることが重要である。経済産業系の試算や民間シンクタンクの分析では、投資誘発と生産性向上を両立させるための構造改革が不可欠と指摘されている。
外交・安全保障(日米関係、周辺国との関係、防衛力の強化)
高市政権は外交・安全保障を重要課題と位置づけ、防衛力の強化を明確に示している。防衛費のGDP比2%目標への引上げや関連経費の前倒しは、周辺国の動向や国内の財政制約を踏まえた慎重な設計が必要だ。日米関係は引き続き安全保障の中心軸であり、日米同盟の強化や安保協力の深耕が求められる一方、米国側の要求や世界的な地政学リスクに対応する外交力が必要になる。
同時に、中国・韓国をはじめ周辺国との関係管理も重要で、経済関係の維持と安全保障の強化を両立させる「戦略的安定」の確保が求められる。防衛力強化は国内理解を得る必要があり、防衛装備の調達や基地負担、招集制度など国民負担の可視化と説明責任が不可欠である。
社会保障改革(医療・介護の支援、現場の再建)
高市政権は医療機関や介護施設の経営改善と従業者処遇の改善に対する補助を打ち出している。診療報酬・介護報酬の改定は制度設計上時間を要するため、補助金で前倒し支援する方針は現場の救済に有効だが、恒久的な財源と制度改革(報酬体系の見直し、地域包括ケアの強化、労働条件改善)を並行して進める必要がある。高齢化の進展に伴う給付増に備え、持続可能な財源確保と効率化策の提示が求められる。
超党派の国民会議の可能性と役割
医療・介護、少子化対策、財政健全化といった長期課題に対しては、与野党を超えた合意形成の枠組み(超党派の国民会議等)が有効だ。特に社会保障の改定や税制の根本的な見直しは短期的な政争の材料になりやすく、幅広い議論の場を設定して国民的合意を形成するプロセスが重要である。
女性リーダーとしての期待と重圧
高市首相は女性として初の首相就任が国内外で注目を集める一方、ジェンダー・ギャップや女性の政治参加拡大に関する期待と、保守的政策志向との間での矛盾点への批判に直面する。国際的には女性リーダー誕生は肯定的に評価される面もあるが、国内では政策の内容が最終的な評価につながるため、「女性だからよい」という単純化された期待に応えるだけではなく、具体的な政策実績で評価を得る必要がある。
問題点・リスクの整理
財政面のリスク:短期的な補助や税減免が財政赤字の拡大に直結し、長期的な金利上昇・国債市場の動揺を招くリスクがある。
立法不安定性:閣外協力という特殊な連立形態と衆参のねじれにより、重要法案の通過が不確実になる。
地方財政への影響:ガソリン税暫定税率廃止などは地方財源に影響を及ぼすため、代替財源の確保が不十分だと地方サービス低下を招く恐れがある。
外交リスク:防衛力強化や安保政策の前進は周辺国との緊張を高める可能性があり、慎重な外交調整が必要だ。
社会的分断:政策の負担配分(富裕層・大企業と中小企業、都市部と地方、世代間)を巡る対立が激化する可能性がある。
その他の課題(テクノロジー、人口構造、地域格差)
デジタル化・グリーン化・サイバー安全保障といった領域での投資と制度整備を同時に進める必要がある。人口減少・少子化は労働力供給と社会保障負担に構造的影響を与えるため、移民政策、女性・高齢者の労働参加促進、保育・教育投資の強化といった中長期策が不可欠だ。地域間の経済格差是正も重要課題である。
政権基盤の安定化に向けた実務的提言
補正予算の説明責任を徹底し、財源の出所と出口戦略を明確に示すこと。短期支援と中長期改革をセットで提示することが信認回復につながる。
維新との合意事項は公開可能な形で明示し、閣外協力の範囲とプロセスを明確化すること。重要法案での採決プロセスを事前に調整する仕組みを構築すること。
地方自治体と密接に協議し、暫定税率廃止の代替財源を段階的かつ現実的に提示すること。地方負担を一方的に増やさない配慮が必要だ。
成長投資に対する評価指標(ROI)を明確化し、民間投資を喚起する税制や規制緩和をパッケージ化すること。
今後の展望(短期/中長期)
短期的には、補正予算をめぐる国会審議とガソリン暫定税率廃止の可否が政治・経済双方に即効的影響を与える。これらの成果が早期に示されれば政権の政治的安定につながる可能性がある。中長期的には、成長戦略の実行力、財政健全化の信頼性、社会保障の持続可能性、外交・安全保障のバランスによって政権評価が左右される。女性首相としてのシグナル効果を政策実績に転換できるかどうかが最大の鍵だ。
まとめ
高市新政権は「物価高対策」「積極財政」「防衛力強化」という複数の要求に同時に応える必要があるため、短期と中長期の政策目標を明確に切り分け、説明責任を徹底することが不可欠だ。連立形態や衆参の力関係の不安定さは常にリスク要因となるため、党内外の説得力ある合意形成能力が試される。政治的には「女性初の首相」という期待を背負う一方で、政策の実効性と国民生活への説明責任を果たすことが最終的な評価につながる。政府・与党が透明性を保ちつつ、成長と福祉、安保をバランス良く実行できるかが今後の焦点である。
参考主要出典(本文で参照した代表的資料)
首相官邸:高市内閣所信表明(所信表明演説)等。
- NRI(野村総合研究所)系・報道:自民と維新の連立合意と政策項目の解説。
FNN:暫定税率廃止の手続きや野党反応の報道。
Bloomberg:経済対策と防衛力強化を並列で報じる分析記事。
