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コラム:南海トラフ、建物の倒壊・火災と津波から命を守るために

南海トラフ巨大地震は、建物倒壊・火災と巨大津波が同時に発生しうる最大級の自然災害であり、被害想定は数十万単位の死傷者・全壊棟をもたらす可能性がある。
津波のイメージ図(Getty Images)

日本は環太平洋火山帯に位置し、プレート境界型巨大地震の発生リスクが高い。とりわけ南海トラフ沿いは過去に複数回の巨大地震を引き起こしており、現在も将来の発生が懸念されている。近年、地震・津波観測網の整備や被害想定の更新が進められており、観測機器(海底地震津波観測網 N-net 等)の導入により、リアルタイム情報の精度向上と早期警報体制の強化が図られている。防災科研のN-net整備完了や観測データ公開は、即時予測・予報の高度化に寄与する見込みである。

南海トラフとは

南海トラフとは、本州南岸から四国・九州沖にかけての海溝(トラフ)で、フィリピン海プレートがユーラシア(または日本列島の下位プレート)に沈み込む場所である。この沈み込み帯では、長周期での巨大地震が発生しており、プレートの長さと沈み込みの蓄積エネルギーから「最大クラス」の地震が発生する可能性が指摘されている。国の被害想定では、複数の震源区や海底地形の不確定性を考慮し、さまざまなケース(大すべり域や超大すべり域を想定したケースなど)で検討している。

対象地域

南海トラフ巨大地震の対象地域は、主に太平洋側の紀伊半島南部、四国沿岸、南海道沿いの市町村、そして遠くは瀬戸内海沿岸や伊豆・静岡の一部に波及する地域である。津波は沿岸低地を中心に広範な浸水をもたらし、場合によっては内陸深くまで浸水が及ぶ可能性がある。内閣府の浸水図・浸水面積一覧では都府県・市町村別の浸水想定が公表されており、大規模な海岸線全域の被害が想定されている。

被害の規模(政府・関係機関のデータによる想定)

最新の政府の「最大クラス地震における被害想定」では、津波による影響を含めたケースで以下の大まかな規模が示されている。

  • 津波により全壊すると想定される建物は約16.1万棟~約20.8万棟。

  • 死者数は約9.7万人~約21.5万人に達する可能性がある(ケースに依存)。
    これらは最大規模のシナリオに基づく推定であり、実際の発生過程や発生箇所・時間帯・潮汐等により変動する点に注意が必要である。政府はこうした数値を基に減災計画や緊急対応を検討している。

建物の倒壊と火災

南海トラフ巨大地震では強い揺れにより老朽化した建築物や耐震基準を満たしていない建物が倒壊する可能性が高い。被害想定においては液状化や急傾斜地崩壊、揺れによる倒壊の順序で被害要因を割り当て、重複被害を整理している。揺れによる倒壊が生じると建物のガス管破損や電気系統のショート、可燃物の飛散等により大規模な火災連鎖が発生する恐れがある。木造密集地では特に延焼リスクが高く、火災による焼失面積と避難困難者の増大が懸念される。防災対策では耐震改修、耐震診断の促進、ガスの自動遮断装置設置、延焼対策(防火帯確保・密集市街地の都市計画的再編)が重要である。

巨大津波

津波は地震発生直後から数十分で沿岸に到達する可能性があり、気象庁が発表する津波警報等は「海面の変化が始まる時刻」を到達予想時刻として示すため、実際には場所によって到達時刻のばらつきがある。最大クラスの津波では堤防や海岸防護施設を越える、あるいは破堤を引き起こす水位が想定されており、浸水範囲は広域に及ぶ。政府の浸水想定では、ケースにより沿岸部が大規模に浸水し、津波により多くの建物が全壊・流失するとの見積りがある。津波は橋梁や道路、港湾施設の機能を大きく損ない、救助・復旧活動を困難にする点も重大である。気象庁の情報や観測網の強化により、到達予想時刻や津波高の推定精度は向上しているが、初動の避難行動の迅速性が生死を分ける。

どこへ避難すべきか?(個人・地域レベルの指針)

避難の原則は「揺れを感じたらまず高い場所へ」「津波の恐れがある場所では海岸に近づかない・戻らない」「公式の避難指示を待たずに自力で安全確保する」である。具体的には:

  1. 揺れを感じたら内陸か高地へ直ちに移動する。津波は揺れの到来後すぐに発生する可能性があるため、津波警報を待たずに避難する必要がある。

  2. 近くに高台や高層階(津波に対して安全な構造が確認された建物の高層階)がある場合は、そこで安全を確保する。ただし、地震で建物が損壊している恐れがあると判断される場合は高台避難を優先する。

  3. 津波浸水想定区域にいる場合は指定避難所だけに頼らず、ハザードマップに基づき事前に複数の避難ルートと避難先(高台、耐震・津波避難ビル)を決めておく。

  4. 車での避難は渋滞や道路被害で閉じ込められる危険があるため、徒歩避難が原則だが、移動に支援が必要な高齢者や障害者がいる場合は事前に地域の支援計画を確認する。
    地域ごとの浸水予想図や到達予想時刻は内閣府や自治体が公表しているため、日ごろから確認しておく。

政府の対応

政府は「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」等を策定し、減災目標(たとえば、想定される死者数を将来的に大幅に減らす、建築物全壊棟数を減らす等)を掲げている。被害想定の更新、海底・沿岸観測網(N-net等)の整備、早期警報や臨時情報の運用開始など、観測・予測体制の強化を進めている。また、国土強靭化や社会インフラの耐震化、避難所の確保・運営指針の整備、地域間支援の仕組みづくりなどを推進している。近年は最大クラスシナリオだけでなく、後発地震や時間差での震源連動を想定した対応も議論されており、臨時情報運用の変更などが実施されている。

自治体の対応

自治体は市町村単位でハザードマップを作成し、避難場所・避難経路の指定、避難訓練、地域の防災リーダーや自主防災組織の育成を行っている。沿岸自治体では津波避難タワーや高台化・避難ビルの整備、住民への浸水想定図の周知、避難行動計画(PISHを含む計画)の作成が進められている。だが自治体ごとの財政力や地形条件により対応の差が出るため、国による支援や優先順位付けが重要となる。

問題点

  1. 避難時間の制約:津波到達が早い地域では、警報が出る前に避難する必要があり、住民が瞬時に行動できるかが問題だ。

  2. 高齢化と移動困難者:高齢者や障害者を迅速に避難させる仕組みが十分でない自治体がある。

  3. 都市密集地の延焼リスク:建物倒壊後の火災連鎖をどう防ぐかは重大課題であり、都市計画的な再編や防火対策がまだ不十分だ。

  4. 情報伝達の課題:津波の到達時間や高さについて地域差があるため、住民に適切なタイミングで正確な情報を伝える難しさが残る。

  5. ライフラインの同時被災:道路・橋・港湾の被災により救助・物資輸送が滞る恐れがある。
    これらの課題は被害想定データや観測網の整備だけで解決するものではなく、地域社会全体の仕組みと個人の備えの両面から取り組む必要がある。

課題

上記問題点を踏まえ、以下が主要な課題である。

  • 迅速な避難行動の誘導:「揺れを感じたら避難」というメッセージの徹底と、地域特性に合わせた避難行動訓練の常態化。

  • 弱者支援の制度化:高齢者や障害者のための移送手段や避難支援の事前登録・地域コーディネート。

  • 都市計画と密集地対策:木密地域の段階的な整備、燃え移りを防ぐための道路・防火帯整備、耐震改修の促進。

  • インフラの耐災性向上:道路・橋梁・港湾・通信等の重要インフラの耐震化と代替手段の確保。

  • 情報基盤の整備と教育:観測データを迅速に住民へ伝えるシステムと、住民がそれを理解し行動できる教育・広報。

建物の倒壊と津波から身を守るには(具体的行動)

個人・家族・地域レベルで実行可能な対策を列挙する。

事前準備
  • ハザードマップの確認:自宅や勤務先の浸水想定、避難高台、避難経路、避難ビルを把握する。自治体の浸水図を定期的に確認する。

  • 避難先の複数確保:津波到達の方向や道路損壊を考慮して、複数の避難先とルートを決める。

  • 家庭の耐震化:耐震診断・耐震補強、家具の固定、ガス止め・ブレーカーの位置確認、自動ガス遮断器の導入を検討する。

  • 備蓄と連絡手段:最低72時間分の飲食・医薬品、携帯充電器・ラジオ・懐中電灯。家族の安否確認方法を決めておく。

揺れ発生時の行動
  • 頑丈な机の下に隠れる、落下物から頭部を守る。揺れが収まったら即座に高台へ移動を開始する。津波警報を待たずに避難する。

津波接近時の行動
  • 海岸線や河口付近にいる場合は海へ近づかない。高い建物の上層に逃げる選択は、建物が耐震的に安全か否かを瞬時に判断する必要があり、不安がある場合は高台避難を優先する。

火災対応
  • 揺れにより火災が発生した場合、初期消火が可能なら迅速に行うが、延焼・倒壊の危険がある場合は速やかに避難する。地域でバケツ隊や消火器配置、通路確保といった初期防災活動を協議しておく。

今後の展望(技術的・制度的・社会的観点)

  1. 観測・予測技術の高度化:N-netやMOWLAS等の陸海統合観測網のデータ活用により、地震発生の即時解析や津波の沖合観測から沿岸予測への応用が進む見込みだ。これにより津波到達予想時刻や高さの精度が高まり、避難指示のタイミング改善につながる。

  2. 社会インフラのレジリエンス強化:重要インフラの耐震化と代替系の整備、地域間連携による被災後の物流・医療支援体制の構築が進む必要がある。

  3. 都市設計の見直し:密集市街地の段階的な再編、津波浸水域での土地利用規制の徹底、避難路の確保といった長期的施策が求められる。

  4. コミュニティ防災力の向上:住民主体の避難訓練、弱者支援の常態化、地域での備蓄や連携ルールの整備が重要であり、単なる行政の施策だけでなく市民の自助・共助の強化が鍵となる。

  5. 法制度・財政支援の拡充:耐震改修や移転支援、避難インフラ整備に対する国の予算配分や制度的支援が継続的に必要である。政府は減災目標を掲げており、今後も被害想定に基づく優先的対策の実行が求められる。

まとめ

南海トラフ巨大地震は、建物倒壊・火災と巨大津波が同時に発生しうる最大級の自然災害であり、被害想定は数十万単位の死傷者・全壊棟をもたらす可能性がある。観測網の整備や被害想定の更新は進んでいるが、最終的に被害を減らす鍵は「制度的対策(インフラ耐震化・避難施設整備)」「地域的対策(ハザードマップ整備・訓練・弱者支援)」「個人の備え(耐震化・避難行動の習慣化)」の三つを同時並行で強化することである。揺れを感じたら即避難するという原則を身体化し、日ごろからの備えと地域の連携を深めることが生死を分ける最も現実的な対処法である。


参考資料

  • 内閣府「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」・浸水面積・浸水図等(再計算)等。

  • 内閣府「南海トラフ巨大地震対策について(報告書)」および「最大クラス地震における被害想定」等(令和期の被害想定資料)。

  • 防災科学技術研究所(防災科研)による南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)整備・観測データ公開に関する発表

  • 気象庁「津波警報・注意報、津波情報に関する解説(到達予想時刻等)」。

  • 南海トラフ被害想定の手法解説(被害要因の割当て等)。

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