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コラム:南海トラフ巨大地震、起きたらどうなる?対策は?

南海トラフ巨大地震は高い確率で将来発生し得る巨大災害であり、人的被害・津波被害・広域経済影響などを総合的に想定すると、その影響は地域の枠を超えて国家的規模に及ぶ可能性がある。
日本、神奈川県横浜市(Getty Images)

南海トラフ付近はフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込む境界であり、過去に繰り返し巨大な海溝型地震が発生してきた場所である。最新の長期評価や政府の検討では、マグニチュード8〜9級の「南海トラフ巨大地震」が30年以内に発生する確率が従来より引き上げられており、発生リスクは高いと見なされている。具体的には、地震調査委員会や関連報告で30年以内発生確率が約80%程度に引き上げられたとの公表がある。これに伴い、中央防災会議・内閣府などは被害想定の見直しを進め、2024〜2025年にかけて最新の被害想定やモデルの改定を公表している。

歴史(過去の地震と教訓)

南海トラフ周辺では過去に南海地震・東南海地震・安政南海地震などの大地震が連動的に発生し、甚大な被害を出した記録がある。歴史記録と地質学的データは「連動して長周期で大地震が起きる」可能性を示唆しており、古文書や堆積物の解析は現代の防災計画の基礎になっている。近代以降の観測網や津波観測、耐震技術の発展により備えは進んだが、人口・都市化・工場やインフラの集中などにより、被害規模は歴史時と比べて大きくなり得る。これらの教訓から、津波避難、地域避難計画、耐震補強や緊急輸送路の確保が政策課題になっている。

経緯(最近の見直しと科学的根拠)

観測データとモデル計算技術の向上、人口・建築物データの更新により、被害想定の再計算が行われた。中央防災会議や内閣府のワーキンググループは、震源モデルや津波シミュレーション、建物被害評価手法を見直し、複数の「全割れ」「部分割れ」などのシナリオを踏まえた包括的な被害想定を公表している。公表資料では発生時刻や潮位、風速や季節等の条件により被害範囲・規模が大きく変わることが示されており、最悪ケースでは東海〜近畿〜四国〜九州の広域にわたる甚大な被害が見積もられている。これらの見直しにより、避難計画やライフライン復旧計画の前提も更新されつつある。

予想される被害(人的被害、建物・ライフライン、経済)

政府の最新の「被害想定」では、想定ケースにより幅はあるものの甚大な被害が見積もられている。具体的な数値としては、死者数はケースにより数万人〜数十万人(最大クラスのシナリオでは数十万に達する範囲の推計)となり得る。建物の全壊・焼失棟数は数十万〜数百万棟規模の幅が示され、地震火災による焼失も含めると地域によっては市街地が広範に喪失する可能性がある。揺れによる負傷者・要救助者、そして津波による溺死・流出被害が重なり、救助需要は甚大になる。経済面では、生産拠点・物流網・港湾や工場の被害、電力・ガス・上下水道・通信の長期停止により地域経済のみならず全国的なサプライチェーンの混乱、観光やサービス業の長期低迷が予想される。これらの被害想定は発災時刻(例えば満潮か干潮か、昼間か夜間か)や風向き、季節条件で大きく変わる点にも留意する必要がある。

 

津波の規模(到達高さ、浸水範囲、到達時間)

津波に関しては、沿岸低地や入り江の形状等により局所的に増幅するため、一般論よりも局地的なシミュレーションが重要になる。政府の被害想定では、太平洋沿岸の広範囲に10メートルを超える津波高が想定されており、複数のケースの最大包絡で見ると関東から九州南部まで広域に高い津波が襲来する可能性がある。津波の到達時間は震源の位置によるが、近接海域での発生なら数分〜十数分で沿岸に達する場合があり、地域によっては高台や津波タワーへの迅速な避難が不可欠になる。河川を逆流して内陸深く侵入する可能性もあり、港湾や漁港、沿岸集落の壊滅的被害が懸念される。津波避難は「すぐに、より高い場所へ」が基本である。

社会的影響(避難、医療・福祉、教育、雇用、社会的脆弱性)

被災後は避難所運営、医療体制の逼迫、長期的な住宅喪失に伴う避難生活、児童・高齢者・障がい者など脆弱な人々への支援不足が深刻化する。病院や診療所、介護施設の被害により医療提供能力が低下し、救急搬送や慢性疾患の継続治療に支障が出る。教育機関の被害は学びの継続を阻害し、長期の学校避難生活や学級運営の混乱を招く。雇用面では工場停止や商店の喪失により失業が増加し、復興過程でも地域間格差や貧困の深刻化が懸念される。さらに、物流の途絶や燃料・食料の供給制約により都市部でも生活必需品の入手が難しくなる恐れがある。特に「社会的に孤立した高齢者」「言語や情報にアクセスしにくい外国人住民」「避難行動がとりにくい障がい者」らは大きなリスクを抱える。

日本政府の対応(現状の計画と想定される初動対応)

政府は中央防災会議や内閣府、防災担当機関を中心に、被害想定に基づく各種計画の整備・見直しを行っており、自治体とも連携して避難計画やライフライン復旧計画、備蓄・応急対応訓練を推進している。発災直後は「内閣・関係閣僚会議の招集」「災害対策本部の設置」「自衛隊・警察・消防の投入」「国による緊急物資の配備や医療派遣」が行われる想定である。内閣府の被害想定・対応フレームでは、救助・救急・避難生活支援・ライフライン復旧・治安維持・危険物事故対応など複数分野を同時進行で進める必要があるとされる。国はまた、被災自治体支援のための財政措置や法的枠組み(災害救助法や緊急支援規定等)を適用し、復旧・復興フェーズへの移行を図る。

必要な対策(短期・中期・長期)

短期(発災前〜発災直後)
  • 個人・家庭レベルでの備蓄(食料、水、医薬品、携帯充電手段等)と避難経路の確認を徹底する。

  • 津波避難ビル・高台避難場所の表示・整備および高齢者・障がい者を含む避難支援体制の確立を進める。

  • 地域コミュニティによる安否確認ルールや避難要支援者リストの整備を促進する。

中期(復旧初期〜数年)
  • ライフライン(電力・ガス・水道・通信)の冗長化と早期復旧計画、重要インフラの耐震化を優先する。

  • 医療・保健体制のバックアップ(移動診療、被災者の薬の継続供給、精神保健支援)を整備する。

  • 仮設住宅や中間居住政策を含む住宅復旧計画と、中小事業者支援の財政・税制措置を準備する。

長期(数年〜十年)
  • 沿岸域の土地利用見直し(居住制限や移転補助)、堤防・防潮堤の適切な設計と合わせた「避難と共存する」都市計画を推進する。

  • 建築物の耐震改修促進と老朽化住宅の更新を加速するための財政支援制度を充実させる。

  • 国の緊急対応能力(人員・装備・物資)および自治体の危機管理力を強化し、地域間支援ネットワークを構築する。

これらの対策は単独では機能せず、地域の実情に応じた組み合わせと、住民と行政・事業者の持続的な協働が不可欠である。

今後の展望(政策課題と技術的・社会的変化)

今後は科学的知見の更なる更新に応じて被害想定や発生確率の精緻化が続く一方で、政策的には「予防(減災)」と「迅速な復旧・復興」を両立させる制度設計が重要になる。具体的には、沿岸部の居住誘導や土地利用規制、インフラの戦略的配置替えといった大規模な空間政策が検討課題になる。また、ICTやドローン、衛星観測、センサーネットワークを活用した迅速な被害把握と情報伝達の高度化が期待される。気候変動や海面変動を踏まえた津波対策の見直しや、人口減少・少子高齢化の下での地域コミュニティ再編も復興力に影響を与える。さらに、復興財源や保険制度(民間保険と公的支援の役割分担)、事業継続計画(BCP)を中小企業や医療・福祉事業者に浸透させることが、長期的な再建力を左右する。政府と自治体は被害想定を踏まえて優先順位を明確化し、社会全体で減災投資を行う必要がある。

まとめ

南海トラフ巨大地震は高い確率で将来発生し得る巨大災害であり、人的被害・津波被害・広域経済影響などを総合的に想定すると、その影響は地域の枠を超えて国家的規模に及ぶ可能性がある。被害の最小化には、科学的知見に基づく被害想定の定期的な更新と、それに基づく具体的な行政施策・市民の備えの両輪が不可欠である。現行の被害想定や政府資料は最悪ケースも含めた幅広い想定を示しており、それを踏まえた個人・地域・企業・政府の実行可能な対策を今こそ加速させる必要がある。

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