SHARE:

コラム:富士山噴火、今できる備え、対策と心構え

富士山は長期間休止しているが活火山であり、噴火が発生すれば広域降灰や火砕流、土石流など多様な災害が発生する可能性がある。
富士山(Getty Images)

富士山は活火山に分類され、最後の噴火は1707年の宝永(ほうえい)噴火である。以後、長期間の休止状態にあるが、地殻・マグマ系の監視や防災対策は継続的に強化されている。近年は首都圏を含む広域への降灰やインフラ影響を想定したシミュレーションや広域対策の検討が国や自治体で進められている。

富士山とは

富士山は本州中部に位置する成層火山で、標高3776メートルの日本の象徴的存在である。複数の噴出物や溶岩流を重ねて形成された構造を持ち、火山体内部には浅部・深部のマグマ貯留系が存在すると考えられている。噴火様式は過去の記録からプルニアン型(高い噴煙柱を伴う爆発的噴火)や溶岩流を伴うことがわかっている。

リスク(概観)

富士山噴火の主体的リスクは以下の通りに分類できる:

  • 広域降灰(数十〜数百キロ範囲にわたる灰の飛散)

  • 火砕流・高温噴出物(火口周辺と斜面下方の局地的甚大被害)

  • 溶岩流(主に火口近傍〜斜面に影響)

  • 融雪や降雨を伴う場合の火山泥流・土石流(裾野域の河川流域に甚大な影響)

  • 火山性地震・噴火前後の地盤変動による建物被害や斜面崩壊

  • 空港・鉄道・道路・電力・上下水道など社会インフラの長時間停止による二次的被害

これらが同時多発的に起きることで被害は増幅する。特に富士山は関東近傍に位置するため、首都圏への降灰や交通網遮断の影響が社会経済的に大きい。

最後の噴火(宝永噴火)

1707年の宝永噴火は、宝永地震(当時の大地震)に続いて発生し、数ヶ月にわたる断続的噴火で大量の降灰を江戸(現・東京)周辺に降らせた。歴史資料からは農作物被害や飢饉など社会的影響が記録されており、近代の都市集中と重ねると、同規模の噴火が現代社会に与える影響はさらに深刻であると考えられている。

休止期間の長期化と意味

宝永噴火から300年以上経過しているため「長期休止」と呼ばれる状況にあるが、これは必ずしも終息を意味しない。火山学では噴火間隔が数百年に及ぶ火山も多く、休止期間の長さだけで噴火確率を断定できない。むしろ、休止期間が長いことで、噴火の規模や影響範囲を見誤る危険があるため、継続的な観測と備えが重要である。

マグマの動き(観測と研究)

東京大学などを中心に、富士山の地下にあるマグマや流動の検出・監視手法が進展している。地震波トモグラフィ、地殻変動観測(GNSS)、重力変化観測、ガス放出量モニタリングなどを組み合わせ、マグマの上昇や貯留の兆候を早期にとらえる研究が進んでいる。近年は新たな解析手法や観測網の充実により、浅部・深部マグマ系の状態把握が以前より改善されたが、完全な予知は依然として困難である。

南海トラフ地震との関連

学術的には、巨大地震(南海トラフ地震)による地殻応力の変化が近隣火山に影響を与え得るかが研究されている。文部科学省や関係研究では、東海・東南海・南海地震と富士山の連動可能性についてシミュレーションを行い、地震動や応力変化が浅部マグマに擾乱を与える場合に噴火誘発の可能性を評価している。ただし、必ずしも地震が直ちに噴火を引き起こすわけではなく、条件依存性が高い。したがって地震と火山活動の「連動」は確率的評価と解釈が必要である。

噴火が起きた場合の被害想定(政府・専門家のモデル)

中央防災会議や関係ワーキンググループは、富士山の大規模噴火をモデルケースにした被害想定を公表している。主な想定被害は以下となる。これらは複数のシナリオ(宝永級やそれに準じる規模など)に基づくモデル解析と現行の観測データから導かれている。

  • 広域降灰:噴火形態・風向きによるが、数千万〜数十億立方メートル規模の噴出物が想定されるシナリオが存在する(報道や政府の公開資料では、最悪ケースとして数億〜十億立方メートル級の灰の飛散が示されることがある)。首都圏では数時間で薄い灰が到達するケース、数センチ〜十センチを超える局所的な堆積が生じるケースが想定される。

  • 直接被害(火砕物・噴石):火口周辺では高温の噴石や火砕流による致命的被害が発生する。火口から数キロ〜数十キロの範囲で甚大な被害が想定される。

  • 溶岩流・火砕流・土石流:裾野の集落や観光地での構造物破壊、河川流域での堆積・堰塞(えんさく)による二次災害が発生する。

  • インフラ影響:降灰による交通障害(航空・鉄道)、電力設備の短絡や配電被害、給水・排水設備の機能低下が想定される。これが物流停滞や生活インフラの長期停止につながるリスクがある。

降灰(詳細)

降灰は範囲が広く、粒径と量により影響が異なる。微粒な灰は長距離を飛び、呼吸器や機械・電子機器の障害を引き起こす一方、湿った灰が堆積すると屋根の荷重増加で木造家屋が倒壊する危険がある(政府資料では一定厚以上の降灰で建物倒壊リスクを指摘している)。また、灰は水道・下水・浄水場に流入すると処理負荷を高め、給水停止や汚染の原因になり得る。首都圏のような人口密集地域では交通機能の停止や医療機能への影響も深刻である。

溶岩流(詳細)

溶岩流は流れ自体の到達距離が短い場合が多いが、火口周辺や登山道・観光施設、斜面下方の建物に深刻な被害を与える。溶岩は高温であり、直接的な熱被害や火災を誘発する。溶岩流の流路予測は地形と噴火条件に依存するため、局所的避難計画と土地利用の見直しが必要である。

土石流・泥流(融雪型含む)

富士山に冠雪がある場合、噴火に伴う高温物質や火山灰の堆積は雪融けを加速させ、融雪型火山泥流(いわゆる雪解けや雨と混じって発生する高速の泥流)を引き起こす可能性がある。これらは下流の集落や河川沿いのインフラを襲い、避難経路を封鎖するため救助活動を困難にする。過去の火山災害でも、噴火に伴う二次的な土石流・泥流が致命的被害を拡大した例がある。

政府の取り組み(中央レベル)

内閣府・中央防災会議は、富士山噴火をモデルとした広域降灰対策検討ワーキンググループの報告書を公表し、広域的な降灰対策、避難計画、医療・物流対策などを提示している。政府は噴火想定シナリオの詳細化、被害想定の公表、各省庁と自治体の連携強化、国民への周知啓発を進めている。また、AIやシミュレーション技術を活用した映像やCGを用いて都市部住民に危機認識を促す取り組みも行われている。

自治体の取り組み(地方レベル)

富士山周辺の都県(静岡県、山梨県など)や東京都を含む広域自治体は、避難計画、火山ハザードマップの更新、避難所の耐灰対策、公共施設の緊急対応計画作成、医療・救援物資の備蓄、地域住民向けの訓練・啓発活動を実施している。特に観光資源が集中する地域では観光客の安全確保と同時に、地元住民の避難ルート配置や情報伝達システムの整備が重要視されている。

対策と心構え・備え(個人・家庭向け)

政府と専門家の指示を踏まえ、個人・家庭が取るべき主な備えは次の通りである:

  • ライフライン寸断を見越した食料・水の備蓄(少なくとも数日分、可能なら1週間以上)

  • マスク(N95相当や使い捨てマスク)や眼鏡、ゴーグルで降灰から呼吸器・目を守る準備

  • 屋根の強度や周辺樹木の整備、雨どい・排水の詰まり対策(灰で詰まりやすい)

  • 車の使用は灰による故障リスクが高まるため、車両保護や使用制限の検討(乾いた灰は研磨剤のため車体・機器にダメージ)

  • 電気・通信の長時間障害を見据えた携帯バッテリー、ラジオ(乾電池式)の確保

  • 避難経路と避難先(自治体指定避難所/自主避難の選択肢)の事前確認と家族間での共有

  • 高齢者や障害者、乳幼児を抱える家庭は個別支援の確認と多層的な連絡手段の準備

降灰時は「屋内待避」が基本であり、外出時は速やかに屋内に入ること、屋内でも窓や戸を閉め、換気は慎重に行うことが推奨される。

課題(現状の弱点)
  • 都市インフラの脆弱性:大量の降灰や湿った灰は電力や通信、交通網に致命的影響を与える恐れがある。これらの復旧優先順位や代替手段の整備が課題である。

  • 広域連携の複雑さ:複数都県・市町村にまたがる被害想定に対する自治体間連携の実効性確保が必要である。

  • 情報伝達と誤情報対策:AI映像やシミュレーションが不安を煽る副作用を生む可能性があり、正確なリスクコミュニケーションが重要である。

  • 予知の限界:マグマ上昇の初期兆候をとらえても、噴火タイミングや規模を高精度で予測することは依然困難である。観測体制と科学研究の継続投資が必要である。

今後の展望(政策・科学・社会)
  1. 観測・解析技術の高度化:高密度GNSS網、地震波トモグラフィ、衛星リモートセンシング、ガス解析等を組み合わせた多元観測でマグマ挙動の早期検知能力を高める。大学や研究機関と政府の連携を強化し、データ共有の体制整備を進める。

  2. 被害想定の精緻化と防災演習:気象シナリオ(風向き・降雨)と噴火規模を組み合わせた多様なシナリオで被害想定を行い、首都圏や周辺自治体で定期的に広域演習を実施する。行政だけでなく民間事業者(鉄道・空港・電力・物流)との共同訓練が重要である。

  3. 都市のレジリエンス強化:電力の分散化、重要施設の耐灰対策、医療機関の冗長化、物流の代替ルート整備など、インフラの耐性向上を図る。地域コミュニティと連携した相互扶助体制の構築も鍵である。

  4. コミュニケーションと教育:AI映像などを活用した危機認識啓発は有効だが、正確な科学情報と行動指針をセットで提供し、混乱や誤情報を抑制する。学校教育や地域防災訓練に火山リスク理解を組み込む。

  5. 国際連携と経済影響対応:首都圏被害の経済波及効果は国内外に及ぶため、経済対策やサプライチェーンの回復計画、国際的な支援協力体制の整備を検討する。

まとめ

富士山は長期間休止しているが活火山であり、噴火が発生すれば広域降灰や火砕流、土石流など多様な災害が発生する可能性がある。政府や自治体、研究機関はシナリオに基づく被害想定・対策を進めており、近年はAIやシミュレーションを用いた啓発も行われている。しかし、予知の限界、都市インフラへの影響、自治体間連携など課題が残るため、観測強化、被害想定の精緻化、社会的備えと住民の防災行動の定着が不可欠である。個人は基本的な備蓄と屋内待避の心得を整え、自治体の避難情報に従う準備をしておくことが重要である。


主要参考・出典

  • 中央防災会議/「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」報告(令和2年ほか)。

  • 内閣府:富士山の大規模噴火と広域降灰の影響に関する資料・映像。

  • 富士山の宝永噴火(1707年)に関する歴史記録・解説。

  • 文部科学省/富士山と南海トラフ地震の連動評価に関する研究概要。

  • 東京大学等の富士山マグマ活動監視・研究に関するプレスリリース。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします