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コラム:AIの軍事利用進む、変わる世界

AIは軍事能力の中核的要素になりつつあり、その応用は偵察・監視から意思決定支援、自律兵器にまで及ぶ。
2021年9月11日/ロシア西部の軍事施設、ロシア軍とベラルーシ軍の合同軍事演習(Vadim Savitskiy/Russian Defense Ministry Press Service/Sputnik/Kremlin/Pool/AP通信)

人工知能(AI)は軍事領域で急速に実装されつつあり、監視・偵察、情報解析、作戦計画支援、無人システムの自律運用、サイバー攻撃・防御、さらには核抑止の意思決定支援にまで適用範囲が拡大している。国際的な軍事支出の増加と相まって、AI関連技術への投資が加速していることが観察される。例えば、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)はAIが従来の陸海空・サイバー・核関連能力に組み込まれつつあり、それが人道的・戦略的リスクを生む可能性を指摘している。また世界の軍事支出は近年で過去最高水準に達しており、技術近代化が軍備増強の主要な要素になっている。

米国の動向

米国防総省(DoD)はAIを軍事運用と組織運用の中核技術と位置づけ、データ・分析基盤の整備や責任ある導入の枠組みを整備している。2023年版の報告書「Data, Analytics, and Artificial Intelligence Adoption Strategy」は、質の高いデータ基盤、迅速な学習ループ、そして責任あるAIの導入を重視する方針を示している。実運用面では、軍の指揮官の意思決定支援や作戦計画の自動化・高速化を目指すプロジェクト(例:計画支援を行う契約や取り組み)が進行中で、産業界との連携も活発化している。加えて、米政府は国家レベルでAIの行動計画や産業・安全保障対策を展開しており、AIに関する情報収集や外国の最先端プロジェクトの監視を強化している。これらは公開文書や政府発表で確認できる。

中国のAI開発と軍事利用

中国は「軍民融合(Military-Civil Fusion)」戦略により、民間のAI研究・産業基盤を軍事用途に迅速に取り込む枠組みを整備している。研究機関や大手IT企業、大学がPLA(中国人民解放軍)関連のプロジェクトや契約に関与する事例が増え、監視システム、マルチドローン制御、衛星画像処理、情報収集の自動化などの分野で顕著な進展が見られる。独立系の調査は、数千件のAI関連契約情報や委託先データを分析し、民間セクターの関与が深いことを示唆している。さらに一部報道は、公開された大規模言語モデル(LLM)などをベースに軍事向けに改変したモデル(例:研究名やツール名で報じられた事例)についても伝えている。これらは中国の技術動員能力と外部技術の吸収力が軍事競争に影響を与えることを示している。

欧州諸国の対応

欧州ではAI規制としてEUの「AI法」が成立し、市場に出回る多くの民間AIに対する規制枠組みを導入した。ただし、この立法は「軍事・防衛・国家安全保障目的で専用に使用されるAI」は適用除外とする条項を含んでおり、欧州域内での軍事用途に対する直接的な規制の余地は限定されている。EU加盟国およびNATO加盟諸国は、軍事AIの責任ある利用や共通原則(例えばNATOの責任あるAI利用原則)を策定しているが、実際の軍事的導入と規制の穴をどう埋めるかは各国間で議論が続いている。欧州内では、軍事用と民生用が交差するデュアルユース品目の管理や輸出管理、倫理的ガイドラインの整備が主要課題になっている。

問題点

軍事AI導入には多層的な問題が存在する。

  1. 倫理と国際人道法(IHL)との整合性:自律武器やAI支援ターゲティングが「区別の識別)」「比例性」「必要性」といったIHLの原則に適合するか疑問が残る。国連や学術機関は「意味ある人間の関与」や規制の必要性を訴えている。

  2. バイアスと誤識別:データ偏向により特定集団に対して誤った判断を下すリスクがある。軍事用途では誤認ターゲティングが致命的結果を招くため、バイアス問題は極めて深刻である。研究機関は偏りの評価と対策を政策として導入することを推奨している。

  3. 透明性と説明責任の欠如:多くの最先端AIは「ブラックボックス」的であり、なぜその出力が出たのか説明困難な場合がある。軍事判断で説明不能な推奨が出ることは責任の所在を曖昧にする。

  4. 安全性・堅牢性の脆弱性:敵対的攻撃(敵によるデータ汚染や入力改ざん、モデル盗用など)やシステム障害が運用上の失敗を招く。国家的なサイバー防御とAIセキュリティ体制の強化が不可欠である。

  5. 戦略的不安定化:AIが意思決定の速度を圧縮し、誤認や過早なエスカレーションを誘発する可能性がある。特に核関連の意思決定が自動化されることは危険で、SIPRIなどは核リスクの増大を警告している。

何が起きる?

短期的には、偵察情報の処理高速化、作戦計画支援の自動化、無人・自律システムの増加が進む。中長期的には、AIが含まれるシステムの相互作用によって戦場のダイナミクスが変化し、意思決定サイクル(OODAループ)が圧縮されることにより誤算や偶発的衝突の頻度が上がる可能性がある。さらに、AI主導の偵察・狙撃・電子戦が組み合わさることで「部分的自動化された複合兵器体系」が登場し、従来の抑止均衡や戦術概念が揺らぐ可能性がある。SIPRIなどは、AIの導入が核態勢を含む戦略的安定性に影響を及ぼす可能性を指摘している。

AIが敵を自動判別?

技術的には、画像認識や行動パターン解析を通じて「人」「車両」「施設」などを自律的に分類・追尾することは既に実用段階に近づいている。しかし、「敵か非戦闘員か」を確実に判別することは極めて困難である。識別にはコンテクスト(状況認識)、意図の推定、人間による最終確認などが不可欠であり、誤判定のコストは極めて高い。そのため現時点の国際的議論は、完全自律で致死性のある決定をAIに委ねることに強い懸念を示しており、多くの提案は「致死的決定には意味ある人間の関与を残す」か「特定の系統を禁止する二層的規制」を検討している。国連や国際専門家会合でもこうした点が繰り返し論点になっている。

課題
  1. 技術的課題:データ品質、モデルの説明可能性、敵対的攻撃耐性、運用環境でのロバストネス確保が必要である。

  2. 倫理・法的課題:IHLの適用解釈、責任の所在(開発者・指揮官・オペレータの誰が最終責任を負うか)、人権保護の確保が未解決のままである。

  3. 運用・組織的課題:軍の意思決定プロセスへの統合、訓練と教育、人材確保が必要である。さらに産業界との協調と政府による監査・承認体制が必要である。

  4. 国際的課題:軍事用途のデュアルユース技術に対する輸出管理、信頼醸成措置、透明性の確保が困難である。国際的な合意形成の難しさが存続する。

対策(政策的・技術的)
  1. 国際ルール形成:国連の会議(CCWのGGEや国連総会での決議)が示すように、まずは禁止対象と規制対象の明確化、二層的アプローチ(一定型のLAWSを禁止し、その他を規制)の検討が進んでいる。国際的な議論と多国間の信頼醸成措置を強化する必要がある。

  2. 透明性と実務基準:AIシステムの開発・導入に際しては説明可能性、性能限界の公表、第三者検証、運用ログの保存などを義務付ける実務基準を整備することが重要である。NATOや一部国家の「責任あるAI」原則はその出発点になる。

  3. 技術的対策:敵対的サンプル対策、フェイルセーフ機構、冗長系設計、人間中心のインターフェース設計、テスト・評価(T&E)体制の強化を行う。さらに、AIに依存しすぎない運用設計(人間の監督ラインの確保)が必須である。

  4. 法的整備と責任追及メカニズム:国家レベルでIHL準拠のガイドラインと責任所在を明文化し、国際法との整合性を保ちながら透明性を確保する。必要に応じて補完的な条約や準則の交渉を進める。

  5. 産学官連携と人材育成:軍事用途での倫理教育、AIリテラシー、セキュリティ人材育成を強化する。民間の先端技術と軍の要件をつなぐための適切なガバナンスが必要である。

今後の展望

今後10年程度で、AIは軍事運用に深く組み込まれていくが、その展開速度と形態は各国の政策選択、国際協調の有無、技術的ブレークスルーに依存する。楽観的な見方では、AIは情報処理を劇的に改善し、事後的な被害を減らす支援となる可能性がある。一方で悲観的な見方では、誤った自動化や誤検知、敵対的利用による紛争の激化・拡大や核を含む重大な戦略的リスクの増大を招きうる。SIPRIなど国際研究機関は、透明性強化、規範形成、国家間信頼醸成が進まなければ、安定性が損なわれると警告している。

まとめ
  1. AIは軍事能力の中核的要素になりつつあり、その応用は偵察・監視から意思決定支援、自律兵器にまで及ぶ。

  2. 米国は国家戦略レベルでAI導入を強化しており、産業界との連携を通じて運用化を進めている。

  3. 中国は軍民融合を通じて民間AI能力を迅速に軍事化しており、これが米中の技術競争の重要な軸になっている。

  4. EUは民間AI規制(AI法)を導入したが、軍事用途は適用除外であり、軍事AI規制は各国・多国間で別途検討が必要である。

  5. 重大なリスク(IHL順守、バイアス、透明性欠如、戦略的不安定化)が存在し、国際的ルール形成、実務基準、技術的・組織的対策が急務である。

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