コラム:アフリカで軍事クーデターが多発している背景
アフリカで軍事クーデターが多発しているのは、植民地的遺産に由来する制度的脆弱性、経済的停滞や不平等、治安の悪化(特にジハード主義の台頭)、汚職や資源利権の問題、そして国際環境の変化が複合して作用しているからだ。
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現状:アフリカにおける軍事クーデターの頻発と直近の動向
近年、アフリカ大陸では軍事クーデターや武力による政権交代が再び増加している。2020年以降、サヘル地域を中心に複数の国でクーデターが発生し、「クーデター・ベルト(Coup Belt)」と呼ばれる地域的な波及現象が確認されている。例えば、2020年代初頭から2023年にかけてマリ、ブルキナファソ、ニジェールなどで大規模な軍事介入が相次ぎ、2023年にはニジェールやガボン等が軍事政権に移行した事例が注目された。学術的・政策報告も、この時期に「クーデターが増えた」と指摘しており、全体としてアフリカの民主主義・治安状況に深刻な影響を与えている。
軍事クーデターが多い背景
軍事クーデター頻発の背景は単一の原因ではなく、複合的な要因が互いに結びついている。主要因を整理すると、(1)植民地時代の遺産と国境・統治の構造、(2)政治体制の未熟さと脆弱な民主主義、(3)経済の停滞・格差、(4)治安悪化と過激派の台頭、(5)軍自体の政治的役割や特権化、(6)資源の呪いと汚職、(7)国際環境の変化(西側の関与減少・新興国の台頭)──などがあり、これらが地域ごと・国ごとに異なる重みで作用している。多くの政策研究・国際機関の分析はいずれも「複合要因」論に立っており、単独の説明では不十分だと結論づけている。
植民地時代の遺産
アフリカの国境や行政制度は植民地支配の下で設定されたものであり、多くの場合、民族的・部族的分断や行政的脆弱性を内包している。統治の正統性をめぐる争い、中央政府と周縁地域の乖離、統治機構の脆弱さは、独立後も長年にわたって解消されてこなかった。これにより、政治的危機が生じた場合に「武力を持つ組織(軍や武装集団)」が介入しやすい構造が残った。学術研究や国際機関は、植民地的遺産が現代の国家構築とガバナンスに影を落としていると分析している。
政治体制の未熟さと脆弱な民主主義
多くのアフリカ諸国では選挙が実施されていても、政権交代のルールやチェック・アンド・バランスが脆弱なままである。フリーダム・ハウス(Freedom House)の報告は、近年「自由度(political rights & civil liberties)」の低下を指摘しており、選挙の不正や政治的弾圧、紛争による民主主義の後退が多数の国で見られると報告している。自由度や市民的空間が損なわれると、民衆の不満や政治的正統性の喪失が深まり、軍が「秩序回復」や「危機対応」を名目に介入する余地が生まれる。
経済の停滞・格差と生活困窮
経済的要因はクーデターの重要な引き金である。サヘル地域の1人当たりGDPは低水準に留まり、失業やインフラ不足、物価高、生活水準の停滞が続いている。世界銀行の統計では、サヘル地域の1人当たりGDPは引き続き世界の低位に位置しており、多くの国で経済回復が脆弱であると示される。経済困難は市民の不満を増幅させ、特に長期政権や汚職が目立つ場合には「政権が民生を改善できない」という評価が軍の介入を正当化する世論を一部で生む。
治安の悪化とイスラム過激派の台頭
サヘル地域などでは、イスラム過激派(ISISやAQ系の組織)による暴力と治安悪化が深刻化している。これらの武装勢力は国境を越えて活動を展開し、地域住民への攻撃や地方行政の破壊を通じて国家の統治能力を蝕んでいる。OECDやACLEDの分析は、ブルキナファソ、マリ、ニジェールといった国々でのジハード主義者による攻撃が政情不安の主要因の一つであり、軍が治安回復を理由に政治権力を掌握するケースが増えていると指摘する。こうして「治安の悪化」が軍の政治介入を誘発している。
軍の役割と政治化
独立以降、軍隊はしばしば国家形成の担い手としての役割を期待されてきた面がある。加えて、給与や装備、国際的な支援を通じて軍の自治性が強まり、ある種の“政治的プレーヤー”となった国もある。軍内部の不満(例えば将兵への報酬問題、指揮系統への不信、腐敗の蔓延)や、軍人自身の「国家的使命感」がクーデターの動機になることがある。さらに一部の国では、軍の幹部が利権と結びつき、政治的野心を持つことで政権掌握が目指される。
資源の“呪い”と経済的利権
石油やウラン、希少鉱物などの資源を抱える国では、資源収入を巡る争いが国内政治を歪める場合がある。資源があるにも関わらず国民生活が向上しない場合、資源収入は汚職や権力集中を助長し、反発や不満を生む。IMFや世界銀行の分析は、天然資源の存在が必ずしも経済開発に結びつかないこと、その結果として制度的脆弱性が高まることを指摘しており、こうした脆弱性がクーデターの温床になりうるとする。
汚職とガバナンス欠如
汚職は政府の正統性を損ない、市民の不満を煽る。資源収入や国際援助が不透明な経路で使われると、民間・軍部を問わず権益集団が形成され、政治的緊張を招く。汚職の蔓延は行政サービスの劣化を招き、国民は「平和的に変える手段が効かない」と感じることがあるため、政治的変革を求める動きが極端な手段(軍事介入など)に流れる素地となる。国際機関のガバナンス指標や脆弱性指標は、汚職の高さと国家の脆弱性が相関することを示している。
生活困窮と不満の蓄積
食料価格の高騰、失業、教育・保健サービスの不足は市民の切実な不満となる。特に若年層の失業は社会的不安定化を加速させる要因だ。こうした経済的・社会的困窮は政治的不満と結びつき、体制そのものへの信頼を低下させる。信頼の崩壊が進むと、軍や別の強力なアクターが「秩序回復」を名目に正当化されやすい土壌が出来上がる。経済統計や貧困率のデータは、多くのクーデター多発国で生活指標が悪化していることを示す。
国際的な要因:脱欧州(西側離れ)と新興国との関係強化
近年、フランスなど旧宗主国や欧米諸国の影響力低下と、ロシア(民兵組織を含む)や中国、トルコといった新興国家・勢力の関与拡大が見られる。サヘル諸国では、フランスとの関係を見直し、ロシアとの安全保障協力や民間軍事会社(PMC)との提携を深める動きがある。こうした国際的再編は、従来の地域機構(ECOWAS、AU等)がとる対応の難しさを増すとともに、軍政側が外部支援を得やすくする側面を持つ。OECDや報道は、これらの地政学的変化がクーデター後の政権存続や国際的圧力の効果を弱めていると指摘している。
国際社会の対応の変化
アフリカに対する国際社会の対応も変化している。従来はECOWASやアフリカ連合(AU)がクーデターを強く非難し、制裁や軍事的圧力も辞さなかったが、近年は実効的な対応が難しくなっている。制裁や外交的孤立だけでは軍政を短期間で転換させられない事例が増え、国際機関や外国政府は「現実の安定」と「民主主義復帰」のトレードオフに直面している。国際的圧力が弱まると、クーデター後の正当化(治安回復、腐敗追及など)が国内で受け入れられる余地が出る。
新興国との関係強化と外部シンパシー
軍政が成立した国は、しばしば欧米以外の国々と安全保障や経済関係を強化することで体制の安定化を図る。これにはインフラ投資や軍事装備の供与、民間軍事会社の導入などが含まれる。こうした外部からの支援は短期的には政権の維持に貢献するが、長期的には内政の透明性や民主的正統性の回復を困難にするリスクをはらむ。報道と政策分析は、こうしたネットワークがクーデター後の「脱欧州」傾向を後押ししていると報告している。
問題点(詳細)
制度的脆弱性:司法・立法の独立性が弱く、政権交代の合法的手段が機能していない。フリーダム・ハウス(Freedom House)や脆弱性指数は、制度の弱さが政治暴力を誘発することを示す。
治安と統治の空白:一部地域では国家の統治が及ばず、非国家主体(ジハード組織、地方武装勢力、犯罪集団)が台頭している。ACLEDやOECDはサヘルの例を挙げている。
経済と社会の脆弱性:低所得、若年失業、食料インフレなどが社会不満を生み、政治的不安定化へつながる。世界銀行の統計データはこの傾向を裏付ける。
外部勢力の影響:外部からの支援・介入が国内勢力図を変え、クーデター後の政権継続を助長することがある。報道や政策文書で複数事例が確認される。
課題(政策的な観点から)
統治能力の強化:司法・立法の独立性や地方自治の強化、汚職対策が不可欠である。国際援助は短期インフラ支援だけでなく制度構築支援に軸足を移す必要がある。
包摂的経済成長の推進:雇用創出、教育投資、社会安全網の整備によって若年層の不満を和らげる政策が重要である。世界銀行・IMFの分析は、経済の多角化と公共投資の効率化を勧告している。
治安問題への包括的対応:単なる軍事力行使だけでなく、地域協力、地域警察力の強化、コミュニティレベルの紛争解決機構の構築が必要だ。OECDやACLEDは軍事一辺倒の対応の限界を指摘している。
国際的連携の再構築:AUやECOWASなど地域機構の強化と、外部大国との協調的対応が欠かせない。制裁や孤立が有効な場合とそうでない場合を見極め、現実的なインセンティブ設計が必要である。
今後の展望(シナリオ別の見通し)
最良シナリオ(制度強化と地域協力の前進):国際社会と地域機構が協調して制度構築支援・経済支援・治安支援を行い、選挙の公正性向上と包摂的成長が徐々に実現することで軍の政治干渉が抑制される。この場合、数年単位で民主化の回復が期待できる。
中間シナリオ(混合的安定):一部地域で軍政が長期化する一方、別地域では民主化が進む“混合”状態が続く。国際社会は「選択的関与」を迫られ、安定と民主主義のトレードオフが生じる。これは現在進行中の多くのケースに近い。
最悪シナリオ(紛争の深化と権威主義化):治安悪化と国際的孤立、新興国からの軍事的・経済的支援により、軍政が定着・強化され、地域紛争や人道危機が深刻化する。これに伴い難民問題や国際テロリズムが拡大するリスクがある。ACLEDやOECDレポートは、この可能性が現実的であると警告している。
具体的な各国の事例とデータ(抜粋)
ニジェール(2023年クーデター):2023年7月、ニジェールで政権が軍により転覆された。現地情勢では治安問題(サヘルのジハード勢力)の拡大や政治的不信が指摘される。国際社会の対応としてECOWASが介入を検討したが、実効性に限界があった。
ブルキナファソ/マリ:両国はジハード主義の台頭と国内ガバナンスの弱さが複合し、複数回のクーデターや軍事政権の長期化を招いた。ブルキナファソでは選挙延期や統治の再編が行われ、軍政側が「治安回復」を主要な正当化根拠としている。
チャド:2021年の事態以降、軍出身の指導者による統治が続き、2024年にはイドリス・デビが選挙を経て大統領に就任したが、選挙の透明性やガバナンスに対する批判が残る。
(以上は代表的事例の抜粋であり、各国の状況は国内要因と外部要因が複雑に絡み合っている)
政策提言(短期〜中期)
地域機構の実効性強化:AU・ECOWAS等の紛争予防・事後対応能力を財政・制度面で強化し、早期警戒システムと平和構築能力を高めるべきだ。
統治・制度支援への長期投資:選挙管理機関、司法、立法府、地方自治体の能力強化に焦点を当てる。短期の選挙支援に終始するのではなく、持続的な制度構築支援が必要だ。
包摂的経済政策:若年層雇用、職業訓練、食料安全保障、社会保護制度の拡充を通じて、政治的不満の経済的基盤を緩和する。国際開発機関との連携が重要である。
治安と人権のバランス:治安回復は必要だが、軍事手段のみでの対処は長期的解決にならない。コミュニティ・レジリエンス強化や社会包摂政策と組み合わせることが重要である。
結論と総括的展望
アフリカで軍事クーデターが多発しているのは、植民地的遺産に由来する制度的脆弱性、経済的停滞や不平等、治安の悪化(特にジハード主義の台頭)、汚職や資源利権の問題、そして国際環境の変化が複合して作用しているからだ。これらの要因は相互に強化し合い、クーデターを誘発する土壌を形成している。国際社会と地域機構は、短期的な圧力や制裁だけでなく、長期的に制度と経済の基盤を強化する支援を行う必要がある。現実には地域ごとに事情は異なるため、均一な解決策は存在しないが、制度強化、包摂的経済成長、治安対策の統合的アプローチ、そして外部プレーヤー間の協調が鍵となる。将来的には、これらの取組が実を結べば、クーデター頻発の傾向は緩和されうるが、放置すれば地域的不安定化と国際的リスクの拡大を招くことになる。
参考(抜粋)
Georgetown Journal of International Affairs, “Understanding Africa’s Recent Coups”.
Africanews, “Africa: the 7 military coups over the last three years”.
Freedom House, Freedom in the World 2024(報告書PDF).
ACLED(Armed Conflict Location & Event Data Project)地域報告(Africa overview 2024-2025)。
OECDレポート「Military coups, jihadism and insecurity in the central Sahel」.
世界銀行データ(GDP・1人当たりGDP等).
IMF/World Bank関連報告(資源・脆弱性に関する分析)
