コラム:中東・アラブ諸国の「経済停滞」背景、理由
中東・アラブ諸国の経済停滞は資源依存、若年層失業、政治不安、ガバナンス不全、経済多角化の遅れといった複合的な要因によって引き起こされている。
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中東・アラブ世界は豊富な資源、とりわけ石油や天然ガスによって世界経済に大きな影響を与えてきた。しかし21世紀に入り、グローバル経済の構造変化、人口動態の変化、政治的緊張の継続などが重なり、成長の停滞が目立っている。石油収入に依存した経済構造は多様化に失敗し、若年層の失業や社会的格差を拡大させている。特に湾岸諸国を除けば、多くのアラブ諸国は内戦、汚職、制度の未整備によって投資環境が整わず、国際競争力を高められないまま停滞している。
停滞の第一の要因は「資源依存経済」の脆弱性である。石油価格の乱高下は国家財政と雇用に直結する。高騰期には政府は潤沢な歳入を公共事業や補助金に投じ、社会的安定を買うことができた。しかし価格が下落すればたちまち赤字が拡大し、歳出削減や補助金削減に追い込まれる。これにより国民生活が不安定化し、政治的緊張や抗議運動につながることも多い。
第二の要因は「人口構造の変化」である。アラブ諸国の人口はここ数十年で急増し、若者が社会の大部分を占めている。だが教育制度と雇用市場が対応できておらず、高学歴でありながら職を得られない若者が大量に生まれている。失業率は特に若年層で高く、地域全体で25~30%に達する国もある。これは「人口ボーナス」を「人口爆弾」に変えてしまっている。
第三に「政治的不安定性とガバナンスの欠如」が経済停滞をもたらしている。アラブの春以降、シリア、イエメン、リビア、イラクなど多くの国で内戦や暴力的紛争が続き、国家の統治機能が大きく失われている。戦争によるインフラ破壊、難民流出、投資家の撤退が長期的停滞を招いた。さらに権威主義的な体制下では透明性や法の支配が弱く、汚職や縁故主義が経済効率を著しく低下させている。
第四に「経済多角化の遅れ」がある。湾岸のサウジアラビアやUAEなどは「ビジョン2030」などの国家戦略で観光、ハイテク、金融など非石油部門の育成を掲げているが、依然として歳入の大半はエネルギー資源に依存している。北アフリカ諸国も農業や観光に依存してきたが、気候変動や治安不安で安定した成長を得られていない。
歴史的背景
アラブ経済の停滞は単なる近年の現象ではなく、歴史的に形成された構造的要因が根底にある。
20世紀初頭、オスマン帝国崩壊後の中東は欧米列強による分割統治を受け、植民地主義的経済構造が残された。独立後の多くの国は社会主義的な国家主導の開発政策を採用し、石油や鉱物の国有化、巨大な公共部門の拡大を進めた。初期には一定の成功を収めたが、非効率な官僚制と汚職体質を生み、民間企業の発展を阻害した。
1970年代のオイルショックで石油価格が高騰すると、産油国は巨額の収入を獲得し、一時的に繁栄を享受した。しかし石油依存を強めた結果、1980年代以降の価格低下で財政危機に陥った。湾岸戦争やイラク戦争など度重なる紛争も経済基盤を弱めた。さらに「アラブの春」で表出したように、長期独裁政権の下で若者の不満が蓄積し、社会的安定が揺らいだ。
現在の課題
若年層失業と教育のミスマッチ
教育制度は依然として理論重視で、実践的スキルやIT分野の教育が不足している。そのため大卒者でも民間企業が求める人材像と一致せず、雇用に結びつかない。公務員への依存体質が残り、生産性向上が進まない。ガバナンスと腐敗
国際機関の調査でも、アラブ諸国の多くは汚職認識指数で低い評価を受けている。契約の透明性や司法の独立性が弱く、外国直接投資を呼び込む力が不足している。治安不安と難民問題
シリア、イエメン、リビアなどでは戦争が続き、数百万人規模の難民・国内避難民が発生している。これが周辺国の社会・経済負担を拡大させ、長期的な発展を妨げている。エネルギー転換への遅れ
世界的に再生可能エネルギーや脱炭素の潮流が強まる中で、化石燃料依存は中長期的にリスクとなっている。石油輸出への依存を脱却しなければ、価格低迷時に深刻な打撃を受け続ける。社会格差と女性の地位
一部の富裕層やエリートは巨額の利益を得る一方で、貧困層は教育や医療にアクセスできず格差が拡大している。また女性の労働参加率が低く、経済活力を十分に引き出せていない。
対策と今後の展望
中東・アラブ諸国が停滞を克服するには、複合的かつ長期的な改革が必要である。
経済の多角化
観光、金融、物流、ハイテク産業、再生可能エネルギーなどへの投資拡大が不可欠である。サウジの「NEOMプロジェクト」やUAEの宇宙開発計画はその試みの一部であるが、実効性を伴う産業育成が求められる。教育改革と人材育成
STEM教育の強化、起業家精神の育成、職業訓練の拡充などを進め、若年層に適切なスキルを与える必要がある。また女性教育と労働市場参入を促進すれば、潜在的な労働力を活かせる。ガバナンス強化と腐敗防止
法の支配、透明性の確立、司法の独立を高め、国内外の投資家に信頼される制度を構築する必要がある。電子政府化やデジタル化による行政効率化も有効である。地域統合と貿易拡大
アラブ諸国は政治的分断が大きく、域内貿易の割合は非常に低い。域内市場を拡大し、物流・関税障壁を下げれば競争力が高まる。EUやASEANのような経済共同体モデルは参考となる。エネルギー転換と環境政策
再生可能エネルギーの導入を進め、石油収入を再投資してグリーン産業を育てることが必要である。太陽光や風力は中東の地理的条件に適しており、潜在的可能性は大きい。紛争解決と社会安定
平和と安定なくして経済成長はない。国際社会と協力しつつシリアやイエメンの紛争を終結させ、難民・移民の統合政策を進めることが不可欠である。
結論
中東・アラブ諸国の経済停滞は資源依存、若年層失業、政治不安、ガバナンス不全、経済多角化の遅れといった複合的な要因によって引き起こされている。歴史的には植民地支配や独裁体制、石油依存がその基盤を形作ってきた。今後は教育改革、女性の社会進出促進、産業多角化、ガバナンス改善、地域協力の深化が必要となる。石油に依存した「レント国家モデル」を乗り越えられるかどうかが、この地域の未来を決定づける。世界的なエネルギー転換が進む中で、変革を怠れば停滞は固定化し、社会不安がさらに深刻化するだろう。しかし逆に、大胆な改革と地域協力を実現できれば、中東・アラブ世界は再び活力ある成長を遂げる可能性を秘めている。