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コラム:血圧を基準値内に抑える方法

血圧管理は日本の公衆衛生における最重要課題の一つである。生活習慣の改善と最新ガイドラインに基づく管理を通じ、血圧を基準値内に抑えることは、個人の健康寿命延伸と社会全体の医療負担軽減に繋がる。
血圧測定のイメージ(Getty Images)
日本の現状

日本は世界でも長寿国として知られるが、一方で高血圧は依然として国民病とされる主要な生活習慣病である。日本の成人における高血圧有病者数は約4,300万人に達すると推定され、日本人のおよそ3人に1人が高血圧に該当するという状況である。これは国内で極めて高い比率であり、現代医療における重要な公衆衛生課題となっている。高血圧性疾患で治療を受けている患者数も多く、年間医療費や社会保障費用に大きな負担がかかっている。高血圧は自覚症状がない場合が多く、適切な医療介入や生活改善が遅れやすいという特徴がある。さらに、血圧の値は年齢とともに上昇傾向を示し、高齢者の大部分が高血圧を抱えているという報告もある。高血圧の管理と予防は、脳卒中、心筋梗塞などの重大な心血管イベントの発症リスクを低減するうえで極めて重要であり、国民全体の健康寿命延伸に不可欠である。高血圧対策は単なる個人の健康問題ではなく、日本社会全体の医療制度の持続可能性にも関わる重大な公衆衛生戦略である。これらの現状を踏まえ、日本における血圧管理の実態と対策は高度化・体系化が求められている。


血圧とは

血圧とは、心臓が血液を全身へ送り出す際に血管壁にかかる圧力のことである。収縮期血圧(いわゆる“上の血圧”)は心臓が収縮して血液を送り出す瞬間の圧力、拡張期血圧(“下の血圧”)は心臓が弛緩し血液を受け入れている際の圧力を示す。血圧は心拍出量、血管抵抗、血液量など多くの生理学的要因によって決定される。血圧が慢性的に高い状態(高血圧)は、血管に持続的な負担をかけ、動脈硬化を促進し、心血管疾患のリスクを高める。反対に低すぎる血圧は循環不全やめまい等を引き起こす。したがって、血圧は一定の範囲内に維持することが健康管理上重要である。


血圧の基準値と目標

血圧の基準値には「診断基準」と「管理目標」が存在する。日本高血圧学会の高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)では、診察室で測定した血圧が収縮期140 mmHg以上または拡張期90 mmHg以上の場合を高血圧と診断する。これは従来の基準と同様であるが、血圧を下げる目標(降圧目標)は新版でより厳格化・統一され、成人では収縮期130 mmHg未満、拡張期80 mmHg未満を目指すことが推奨される。家庭血圧での目標も同様に厳格化されている。なお、正常血圧および高値血圧の段階についても詳細な分類が提示されている。


高血圧の診断基準

JSH2025における高血圧の診断基準は以下のように定義される:

  • 正常血圧:収縮期120 mmHg未満かつ拡張期80 mmHg未満

  • 正常高値血圧:収縮期120〜129 mmHgかつ拡張期80 mmHg未満

  • 高値血圧:収縮期130〜139 mmHgまたは拡張期80〜89 mmHg

  • Ⅰ度高血圧:収縮期140〜159 mmHgまたは拡張期90〜99 mmHg

  • Ⅱ・Ⅲ度高血圧および収縮期単独高血圧:より高値のカテゴリーに相当

これらの基準は診察室血圧と家庭血圧の双方に適用されるが、家庭血圧はリラックスした状態で測定されるため診察室血圧よりやや低い基準が用いられる。家庭血圧の重要性が近年強調されているのは、日常生活中の真の血圧状態を反映するためである。


正常血圧

正常血圧とは、日常生活において心血管リスクが最も低いとされる血圧範囲を指す。JSH2025では診察室血圧で120/80 mmHg未満、家庭血圧で115/75 mmHg未満が正常血圧とされ、これを維持することが心血管イベント予防の基本である。正常血圧は単なる健康指標ではなく、年齢や性別に関わらず死因リスクを低減する。


降圧目標(2025年)

2025年ガイドラインの最大の変更点は、降圧目標の全年齢での統一である。これまで持病や年齢に応じて異なっていた目標が、すべて成人で収縮期130/拡張期80 mmHg未満と明示されたことで、臨床現場と患者双方にとって明確な評価基準となった。家庭血圧の測定値に基づく管理の重要性も強調されており、家庭血圧の目標は家庭血圧測定時に125/75 mmHg未満とされる。


血圧を抑えるための具体的な方法

血圧管理の基本は生活習慣の改善であり、「食事」「運動」「体重管理」「節酒」「禁煙」「ストレス対策」「適切な受診」の7つの柱がある。高血圧治療の国際的検討でも、これらの生活習慣要因は主要な修正可能リスクとして位置づけられている。


減塩の徹底

日本人の高血圧の主因の一つは塩分過剰摂取である。厚生労働省の国民健康・栄養調査によれば、平均食塩摂取量は男女で約9〜10 g/日と推定され、これはガイドライン推奨値(6 g/日未満)を大きく上回っている。濃い味付け、調味料・加工食品の摂取が塩分摂取過多の主な要因である。減塩は血圧低下に直結し、高血圧の発症・進行予防に効果がある。


食生活の改善

食生活改善には、ナトリウム(塩分)削減だけでなく、DASH食(Dietary Approaches to Stop Hypertension)の原則に基づいたバランス食が推奨される。DASH食は野菜、果物、全粒穀物、低脂肪乳製品を増やし、飽和脂肪酸・コレステロールを制限する食事法であり、血圧低下に有効である。日本の食文化に合わせ、うま味や酸味を活用した減塩調理法との組み合わせが効果的であることが示唆されている。


適度な運動

定期的な有酸素運動(例:ウォーキング、サイクリング、水泳など)を週150分以上行うことが、収縮期血圧を平均で5〜10 mmHg低下させる可能性がある。日常生活に取り入れやすい形での運動習慣化が推奨される。


適正体重の維持

BMI(体格指数)を25未満に保つことは血圧管理に寄与する。体重を1 kg減少させると、収縮期血圧が約1〜2 mmHg低下するとの報告がある。減量は生活習慣改善の中でも即効性のある手法である。


節酒と禁煙

アルコールは少量でも血圧を上昇させる可能性があり、節酒は高血圧管理の一環として有効である。禁煙は血圧変動の抑制のみならず、動脈硬化進展の抑制にも寄与する。


ストレス管理と睡眠

慢性的なストレスは交感神経を刺激し血圧を上昇させるため、十分な睡眠とストレスケアが重要である。睡眠時間は成人で7〜8時間が理想とされる。


血圧管理のポイント:家庭血圧の測定(血圧朝活)

家庭血圧測定は、診察室血圧よりも日常の血圧状態を反映するため、管理目標達成の指標として重要視されている。朝起床後、排尿後、薬剤服用前の安静状態での測定を習慣化することが推奨される。


早期の受診

血圧が正常高値域にあっても、放置すると高血圧へ進行するリスクがあるため、早期に受診し、生活改善指導を受けることが望まれる。


血圧を意識した料理(食事療法)のポイント:「減塩」と「DASH食」の組み合わせが血圧低下の鍵

DASH食と減塩の組み合わせは、血圧低下効果を相乗的に高める。野菜・果物中心の食事に変更し、飽和脂肪酸(例:肉脂、バター、マーガリンなど)を減らし、不飽和脂肪酸(例:青魚、大豆製品)を増やすことが推奨される。


旨味と酸味の活用

塩分を減らす際には、昆布・干し椎茸から取れる出汁、酸味(酢・柑橘類)を活用することで、塩分を抑えながら満足感のある味を実現することが可能である。


「かける」から「つける」へ

調味料の使用法を見直し、醤油やソースを「かける」のではなく、少量を「つける」ことで総ナトリウム摂取量を効果的に減らすことができる。


ミネラル摂取

カリウム、カルシウム、マグネシウムなどのミネラルは血圧低下に寄与する。カリウムは余分なナトリウム排泄を促し血圧を低下させる作用があるが、腎機能低下者では摂取制限が必要な場合があるため医師に相談する。


飽和脂肪酸の制限

飽和脂肪酸は動脈硬化を促進する可能性があり、血圧管理の観点から制限されるべきである。不飽和脂肪酸を多く含む食品(青魚、ナッツ類、オリーブオイルなど)への切替が推奨される。


血圧を意識した料理の重要性

血圧管理は薬物療法だけでは不十分であり、食生活の改善が基盤となる。特に日本食文化では塩分が多い料理が一般的であり、伝統的和食が逆に塩分過多のリスクとなり得る。うま味・酸味の活用による塩分削減は、継続可能な減塩戦略として高く評価される。


薬に頼りすぎない体づくり

生活習慣の改善により血圧が正常範囲に戻れば、薬物療法の必要性を低減できる。薬物療法は重要であるが、生活習慣の土台が整備されていることが、最終的な健康維持に寄与する。


合併症のリスク低減

高血圧は脳卒中・心筋梗塞・慢性腎臓病・心不全など多くの重篤な合併症の独立したリスク因子である。血圧を基準値内に抑えることはこれらの疾患発症リスクを低減し、死亡率・医療費負担の抑制につながる。


即効性と長期的な習慣化

減塩や運動などは比較的短期間で血圧低下効果が見られるものもあるが、持続可能な習慣化が最も重要である。小さな変化の積み重ねが、長期的には大きな健康効果を生む。


最新の具体的な献立やレシピ10選(概略)

以下には血圧管理に有効な献立例を挙げる。

  1. 減塩だし野菜スープ:昆布・干し椎茸出汁+野菜大量投入

  2. 魚の塩焼き(塩分控えめ)+大根おろし

  3. 豆腐と青菜の胡麻和え(減塩)

  4. 蒸し鶏と柑橘ドレッシングサラダ

  5. 玄米と根菜の炊き込みご飯(塩控えめ)

  6. トマトと納豆の酢和え

  7. ブロッコリーのナッツ和え(オリーブ添え)

  8. 鯖缶(水煮)入り雑穀サラダ

  9. きのこ・海藻の味噌汁(味噌量最小限)

  10. フルーツヨーグルト(無糖)+ナッツ

各レシピは塩分を制限しつつ、ミネラル・食物繊維を重視する組成とする。


今後の展望

日本では高齢化と生活習慣病の増加に伴い、全国規模での高血圧対策強化が求められている。医療機関における診断・治療だけでなく、地域社会・職場・学校での予防教育、食品産業における減塩推進政策など、多角的アプローチが必要である。


まとめ

高血圧管理は日本の公衆衛生における最重要課題の一つである。生活習慣の改善と最新ガイドラインに基づく管理を通じ、血圧を基準値内に抑えることは、個人の健康寿命延伸と社会全体の医療負担軽減に繋がる。家庭血圧測定、減塩食、DASH食、定期的な運動、適正体重維持、節酒・禁煙、ストレス管理といった多角的戦略が推奨される。


参考・引用リスト

  1. 日本高血圧学会「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」概要解説

  2. 日本の高血圧対策とDASH食・減塩食の科学的意義

  3. 日本の高血圧患者数・有病率に関する統計データ

  4. e-ヘルスネット(厚生労働省)高血圧概要


日本における高血圧の現状(追記)

日本における高血圧は、現在もなお国民の健康を脅かす最も重要な生活習慣病の一つである。厚生労働省の国民健康・栄養調査、日本高血圧学会、日本循環器学会などの報告を総合すると、日本国内の高血圧患者数(治療中および未治療を含む)は約4,300万人に上ると推定されている。これは成人のおよそ3人に1人が高血圧または高血圧予備群であることを意味しており、高血圧が極めて一般的な疾患であることを示している。

高血圧の有病率は年齢とともに増加し、特に60歳以上では男女ともに過半数が高血圧に該当する。高齢化が急速に進行する日本において、高血圧患者の増加は今後も続くと予測されており、医療・介護体制への影響は極めて大きい。高血圧は加齢現象の一部と誤解されやすいが、適切な生活習慣管理により発症や進行を抑制できることが多く、予防可能な疾患として位置づけられている。

日本における高血圧の特徴として、食塩摂取量の多さが挙げられる。日本人の平均食塩摂取量は依然として世界的に見て高く、厚生労働省の調査では成人1日あたり約9〜10gと報告されている。これは日本高血圧学会および世界保健機関(WHO)が推奨する6g未満を大きく上回る数値である。味噌汁、漬物、干物、加工食品、外食・中食の増加など、日本の食文化や食環境が塩分過多を助長している側面がある。

さらに、日本では高血圧が「サイレントキラー」と呼ばれるように、自覚症状が乏しいまま進行するケースが多い。その結果、健康診断で高血圧を指摘されても放置される例や、治療が必要なレベルに達していても受診や治療継続がなされない例が少なくない。実際、高血圧患者のうち、治療を受けている割合は約6割前後とされ、さらに治療中であっても目標血圧を達成できている患者は半数程度にとどまるとの報告もある。この「認知率・治療率・管理率」の低さは、日本の高血圧対策における大きな課題である。

高血圧がもたらす健康被害は深刻である。脳卒中、心筋梗塞、心不全、慢性腎臓病などの主要な循環器疾患の最大の危険因子が高血圧であることは、国内外の疫学研究により一貫して示されている。特に日本では脳卒中の発症率が高く、その背景には長年にわたる高血圧管理不足があると考えられている。高血圧は死亡リスクを高めるだけでなく、要介護状態や寝たきりの原因となり、健康寿命を大きく損なう。

医療経済的な側面から見ても、高血圧は重大な課題である。高血圧およびそれに関連する循環器疾患にかかる医療費は年間数兆円規模に達しており、国民医療費の大きな割合を占めている。高血圧の予防と適切な管理は、医療費抑制と社会保障制度の持続可能性確保の観点からも不可欠である。

近年、日本では家庭血圧測定の重要性が広く認識されるようになり、診察室血圧だけでなく家庭血圧に基づく管理が推進されている。家庭血圧は白衣高血圧や仮面高血圧の発見に有用であり、実際の心血管リスクをより正確に反映する指標とされる。日本は家庭血圧研究において世界的にも先進的な立場にあり、今後の高血圧管理モデルの国際的標準化に寄与する可能性がある。

一方で、生活習慣の欧米化や運動不足、肥満の増加など、新たなリスク要因も顕在化している。特に若年層・働き盛り世代における高血圧の増加は見逃せない問題であり、早期からの予防教育と職域での健康管理体制の強化が求められる。

以上のように、日本における高血圧の現状は、患者数の多さ、塩分過多の食習慣、管理不十分な症例の存在、高齢化との相互作用といった複合的課題を抱えている。今後は医療機関での治療だけでなく、行政、地域社会、食品産業、教育現場が連携し、減塩推進、生活習慣改善、家庭血圧測定の普及を柱とした包括的な高血圧対策を進めることが不可欠である。高血圧対策は、日本人の健康寿命延伸と社会全体の持続可能性を左右する重要な基盤施策である。

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