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コラム:日本における「更年期障害」の現状、知っておくべきこと

更年期障害は単なる「年齢のせい」ではなく、ホルモン変動と心理・社会的要因が複合して生じる医学的状態である。
ホットフラッシュのイメージ(Getty Images)

日本の現状(2025年11月時点)

日本では「更年期障害」は依然として多くの中年世代に影響を与えており、女性のみならず男性にも関連する不調として注目されている。厚生労働省が実施した「更年期症状・障害に関する意識調査(2022年実施)」では、40〜59歳の女性で「更年期障害の可能性があると考えている」割合が高く、50〜59歳では約38%が何らかの更年期症状の可能性を自覚していると報告されている。また、同調査によると、男性でも更年期関連の不調を疑う人が一定数存在することが示されている。職場や経済活動への影響も問題視されており、更年期症状が原因で離職や生産性低下につながるケースが確認されているため、働く世代の健康政策や職場での支援の必要性が高まっている。さらに、専門学会はホルモン補充療法(HRT)に関するガイドラインを更新しており、2024〜2025年にかけて医療現場でのHRT適用や情報提供の整備が進んでいる。これらの事実から、日本社会は更年期を個人の問題に留めず、公衆衛生・労働政策・医療体制の観点から取り組む段階に入っている。

更年期とは

更年期とは一般に閉経前後の期間、具体的には閉経前後の前後10年程度(おおむね45〜55歳前後)を指す概念であり、卵巣機能の低下に伴う女性ホルモン(エストロゲン)の急減少が体調に影響を及ぼす時期である。ホルモン変動により多様な身体症状と精神症状が出現することがあり、その強さや持続は個人差が大きい。更年期障害という診断はこれらの症状が日常生活に支障を来す場合に用いられる。診断は問診、症状評価尺度、必要に応じてホルモン検査や他疾患の除外によって行われる。

主な症状(概観)

更年期障害の症状は身体的症状と精神的症状に大きく分かれ、それぞれが複合的に現れることが多い。典型的な身体的症状にはホットフラッシュ(のぼせ、ほてり、発汗)、動悸・息切れ、頭痛・肩こり・腰痛・関節痛、冷え、疲労感・だるさ、不眠、物忘れ、消化器系の不調(吐き気・下痢など)がある。精神症状にはイライラ・怒りっぽさ、気分の落ち込み・憂うつ感、不安感、意欲低下などが含まれる。症状の有無や重さは年齢、既往、生活習慣、ストレス状況、社会的支援の有無などに影響される。

身体的症状(詳細)

ホットフラッシュ(のぼせ、ほてり、発汗)

ホットフラッシュは更年期症状の代表的な症状で、突然の顔面や上半身のほてり、発汗、のぼせ感を伴う発作的な症状である。発生頻度や持続時間は個人差が大きく、夜間に起これば睡眠障害を誘発して日中の疲労や集中力低下につながる。こうした症状はエストロゲンの低下による体温調節中枢の不安定化が一因とされ、ホルモン補充療法(HRT)が有効性を示す主要な症状でもある。

動悸・息切れ

動悸や息切れは自律神経の乱れや不安感と関連して現れることが多い。心疾患や甲状腺疾患など他の原因疾患と区別する必要があるため、持続的・著明な症状がある場合は医療機関での検査が推奨される。

頭痛・肩こり・腰痛・関節痛

筋骨格系の不調は更年期に増悪する傾向があり、ホルモン変動に加え運動不足や体重増加、慢性ストレスなどが複合して慢性疼痛を悪化させる。疼痛は睡眠の質を低下させ、精神症状を増悪させる悪循環が生じることがある。

冷え性

冷えは血流の変化や自律神経失調が影響して生じる。ホットフラッシュと冷えを同時に経験する女性もおり、温熱感の変動が体調の不安定さを示す。生活習慣の改善や適度な運動で緩和を図ることが可能である。

疲労感・だるさ

倦怠感や慢性的な疲労は更年期で頻出する症状で、睡眠障害、ホルモン変動、心理的ストレス、栄養・運動状態の悪化が背景にある。日常機能低下を招くため、総合的評価と対処が必要である。

不眠・物忘れ

不眠はホットフラッシュや不安、疼痛が原因で生じやすく、睡眠障害は認知機能や気分に影響を与える。物忘れ(記憶・集中力低下)は一時的な認知機能の低下として現れることが多いが、進行性の認知症等の可能性を考慮して評価する必要がある。

消化器系の不調(吐き気、下痢など)

ホルモン変動や自律神経の影響で胃腸症状が出ることがある。慢性的な消化器症状は他の消化器疾患の有無を確認する必要があり、症状のパターンや増悪因子を医師と共有することが重要である。

精神的症状(詳細)

イライラ・怒りっぽくなる

情緒不安定や短気、些細なことで怒りが表れるなどの変化が報告される。職場や家庭での人間関係に影響を与えるため、周囲の理解や環境調整が重要である。

気分の落ち込み・憂うつ感

気分の落ち込みや憂うつ感は単なる一過性の変化で済まず、重度の場合はうつ病などとの鑑別や専門的治療(抗うつ薬・精神療法)の検討が必要になる。更年期はうつ症状を誘発・悪化させるリスクがある。

不安感

漠然とした不安や過度の心配が生じることがあり、動悸や息苦しさと関連してパニック的な症状に発展する場合もある。認知行動療法など心理的介入が有効な場合がある。

意欲の低下

仕事や趣味への意欲低下が生じ、日常生活の質(QOL)が低下する。早期に原因(睡眠、ホルモン、心理・社会要因)を評価し対処することが回復を早める。

原因(総論)

更年期障害の原因は単一ではなく、生物学的要因、心理的要因、社会的・環境的要因が相互に作用して症状を引き起こすと理解されている。生物学的要因としては、卵巣機能低下に伴うエストロゲンの減少が中心的役割を果たすが、遺伝的素因や既往症(甲状腺疾患など)も影響する。心理的要因にはストレス、性格特性、心理的脆弱性が含まれる。社会的・環境的要因としては職場での役割、家庭での負担、社会的孤立、ライフイベント(介護・離婚・子育て終了など)が症状の発現や重症化を促す。これらが複合して自律神経失調、睡眠障害、気分症状を増悪させる。

生物学的要因

エストロゲン低下により神経伝達や体温調節、骨代謝、心血管系の変化が生じる。ホルモン変動は中枢神経系にも影響し、情動や認知機能に変化をもたらす。個人差は大きく、同じ年齢でも症状の出方は多様である。

心理的要因

慢性的ストレスや過去のトラウマ、自己イメージの変化(「年齢を意識する」こと)などが影響する。心理療法(認知行動療法など)は症状緩和に寄与する証拠がある。

社会的・環境的要因

職場での不理解、介護負担、経済的不安、役割の喪失などが症状の背景にある。近年は女性の就労率上昇に伴い、職場での更年期支援の必要性が高まり、政策的な対応や企業の取り組みが進みつつある。経済的損失や離職の問題も報告されており、国や企業レベルでの対策が検討されている。

治療法(総論)

更年期障害の治療は個々の症状や重症度、既往歴、本人の希望に応じて選択する。治療の選択肢にはホルモン補充療法(HRT)、漢方薬、対症療法(抗不安薬・抗うつ薬・鎮痛薬など)、生活習慣の改善、心理療法がある。最近のガイドラインはHRTの適用基準やリスク管理を明確化しており、適切に行えばQOL改善に大きな効果を示すとされる。

ホルモン補充療法(HRT)

HRTはエストロゲン(と子宮を有する場合はプロゲスチン)を補充する治療で、ホットフラッシュ、睡眠障害、骨粗鬆症の予防などに効果がある。近年のガイドラインは個別リスク評価(乳がん、心血管疾患の既往、血栓リスクなど)を重視しており、適応と禁忌を慎重に検討した上で短期〜中期的な使用が推奨されるケースがある。患者の年齢、閉経からの経過年数、既往歴を踏まえて投与方法(経口、経皮パッチ、局所投与など)を選択する。最新の国内ガイドライン改訂によりHRTの適正使用と情報提供がより充実している。

漢方薬

日本の臨床では漢方薬が更年期症状に対して広く用いられている。漢方は個々の体質(証)に合せて処方することで、ほてり・めまい・不眠・うつ症状など多様な症状に対応し得る。エビデンスは薬剤により差があるが、軽症〜中等症で有効な選択肢として臨床的活用が続いている。副作用プロファイルや他薬との相互作用を考慮しながら使用する。

対症療法

不眠や不安、うつ症状等には睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬などが症状に応じて用いられる。疼痛には鎮痛薬や理学療法、運動療法を組み合わせる。症状を緩和し日常機能を回復させることが狙いであり、薬物療法と非薬物療法を組み合わせることが多い。

生活習慣の改善

運動(有酸素運動と筋力トレーニングの併用)、十分な睡眠、バランスの良い食事、アルコール節制、禁煙、ストレス管理(瞑想・マインドフルネス、心理療法)、体重管理は更年期症状の緩和と長期的健康維持に寄与する。職場環境の改善や社会的支援も重要で、休職ではなく職務内容の調整や時短勤務など柔軟な働き方が有効な場合がある。

男性にも更年期障害はある(加齢男性症候群/LOH)

男性における「更年期」に相当する状態は一般に加齢男性性腺機能低下症(Late-Onset Hypogonadism, LOH)と呼ばれる。テストステロン低下に伴う疲労感、性欲減退、筋力低下、気分変調、集中力低下、不眠などが主な症状である。近年、日本でもLOHの臨床研究や診療のガイドライン整備が進み、認知度の向上が図られているものの、受診率は低く、症状を自覚していても医療につながりにくい現状がある。男性の更年期関連不調は長期労働参加や生活の質に影響を与えるため、医療機関での検査・評価とライフスタイル改善や必要に応じたホルモン補充(テストステロン)などを検討する。

今後の展望

今後の展望としては以下の点が重要である。第一に、医療アクセスと受診促進のための公的情報提供と検診・相談体制の強化が進むべきである。厚生労働省や学会による意識調査やガイドライン改訂はその方向を示しており、企業の健康経営や職場での更年期支援プログラムの普及が期待される。第二に、HRTなどの治療リスクとベネフィットの個別評価をより精密に行うためのエビデンス蓄積と臨床研究が重要である。2024〜2025年の学会・出版物の更新は医療現場の実践を支援するものであり、今後もアップデートが続く見込みである。第三に、男性の加齢関連ホルモン低下(LOH)への認知向上と診療の整備、若年・中年世代への予防的アプローチ(生活習慣対策、ストレス軽減)が求められる。最後に、デジタルヘルスや遠隔診療を活用した継続的なフォロー、職場での柔軟な働き方の制度化、そして社会的理解の深化がQOL改善に直結する施策となる。

専門家・メディアのデータ要約(重要ポイント)

  • 厚生労働省の意識調査(2022年)では、40〜59歳女性の相当数が更年期症状を自覚しており、受診率は必ずしも高くないことが示されている。これは医療アクセスや症状の自己判断に課題があることを示唆する。

  • 経済面では、更年期症状が原因で離職や生産性低下が生じる実態調査があり、社会的コストの観点からも対策が求められている。企業側のサポートや政策的支援が有益であると考えられる。

  • 医療現場ではホルモン補充療法(HRT)のガイドライン改訂が進み、適応の明確化と安全管理の強化が図られている。個別化医療の取り組みが重要である。

  • 男性の加齢によるホルモン低下(LOH)についても研究と診療ガイドラインの整備が進み、認知向上と受診促進が課題である。

まとめ

更年期障害は単なる「年齢のせい」ではなく、ホルモン変動と心理・社会的要因が複合して生じる医学的状態である。適切な診断と個別化された治療、そして職場や家庭での理解がQOL改善につながる。女性だけでなく男性にも関連する問題として社会全体での認識向上が必要である。医療機関での相談や専門家の意見を早めに求めること、生活習慣の見直しや職場での支援を活用することが症状の悪化予防と回復につながる。国や学会のガイドライン、意識調査の成果を踏まえ、今後も臨床エビデンスの蓄積と社会的支援の拡充が必要である。


参考文献(主な出典)

  1. 厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識調査(基本集計結果)」(2022年実施)。

  2. 厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識調査(結果概要)」(2022年)。

  3. 日本女性医学学会・ホルモン補充療法ガイドライン(改訂、2024〜2025関連出版)。

  4. 経済分析・報告(令和5年度関連資料、METI/BCG等の調査報告)—更年期による労働生産性影響の試算。

  5. 日本の加齢男性性腺機能低下症(LOH)に関する学術記事・診療手引き(J-STAGE等)。

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