コラム:高市政権の医療制度改革、「待ったなし」の課題
高市政権の医療制度改革は、現役世代の負担軽減と医療提供の持続可能性を同時に実現しようとする挑戦的な試みである。
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現状(2025年11月時点)
2025年11月時点での日本の医療制度は、高齢化の進行、医療需要の増大、人件費・物価の上昇、それに伴う医療機関の経営悪化という複合的な課題に直面している。入院から外来、在宅医療までを含む地域医療の再編、医師や看護師など医療従事者の労働環境と偏在の是正、医薬品の安定供給、そして保険財政の持続可能性が喫緊の政策課題になっている。政府側でも診療報酬や薬価制度の在り方、DX(電子化・データ利活用)による効率化、保険給付の線引き見直しなど複数の検討が進んでいるが、現場の経営悪化は既に「待ったなし」の状況にあると問題意識が共有されている。
高市政権(自民・維新)の医療制度改革(総論)
高市早苗首相を中心とする自民・維新連立政権(以降「高市政権」と表記)は、(1)現役世代の社会保険料負担の軽減を優先すること、(2)医療機関の短期的経営支援を補助金などで実施すること、(3)給付と負担の在り方を国民的議論で再設計するための超党派「国民会議」を設置すること、(4)診療報酬・薬価・創薬イノベーションを政策の柱に据えること、(5)電子カルテなど医療のデジタル化・DXで医療提供の効率化を図ること——を基本方針として掲げている。これらを通じて「現役世代の負担抑制」と「医療提供体制の持続可能化」を両立させようとする政策パッケージを打ち出している。
主な方向性
主要な方向性は次の通りである。
現役世代の保険料引き下げ(負担軽減)を政策目標とする一方、医療費総額の適正化を進める。維新側が掲げる「医療費削減と現役世代の保険料引き下げ」の要求を踏まえつつ、自民側は医療提供側の賃上げや物価上昇反映も重視しているため、両党の調整が行われている。
診療報酬改定を待たずに、医療従事者の処遇改善や経営改善につながる補助金を補正予算等で前倒し実施する方針。短期的な資金支援で経営破綻や医療供給の急減を防ぐ。
OTC類似薬(一般用医薬品に近い薬剤)の保険適用見直しなど、患者の自己負担の見直しによる給付抑制策を制度設計の対象にする考え。
電子カルテ等の医療機関の電子化、データヘルスを活用した効率化・質向上、創薬イノベーション促進による長期的な医療コスト抑制と産業競争力の強化。
医療機関への緊急経営支援
高市政権は、「診療報酬改定の時期を待たず」と明言して、経営難に陥る医療機関に対して補助金等の直接的支援を行う方針を打ち出している。報酬改定を行うには制度的・技術的な手続きが必要で時間がかかるため、短期的にキャッシュフロー改善や人件費の補填、物価上昇対応費用を補助金で賄う狙いがある。補助金は診療所レベルから病院まで対象範囲を想定しており、従業員の処遇改善、看護師等人材確保策に直結する使途が想定されている。だが、補助金はあくまで短期処方であり、中長期的な持続可能性の担保は別途の制度設計が必要である。
補助金を給付する方針の詳細(実務設計の観点)
政権が検討している補助金の運用設計では、以下の点が重要になる。
対象基準:赤字幅、地域性(過疎地・離島)、病床規模、医療の特殊性(救急、周産期、慢性期等)に応じた差異化。
支給条件:人員配置維持・処遇改善やデジタル化投資による効率化計画の提出を要件化し、単なる穴埋め補助にならない工夫。
期間限定性:財源確保の観点から一時的措置として明確にし、その間に構造改革を進めるロードマップを示す。
財務監査と透明性:不正受給や用途不明確化を防止するための報告・監査体制。
これらの実務設計は、補正予算の枠組みや関連省庁(厚労省・財務省・経済産業省)との調整、自治体との連携が不可欠である。
「待ったなし」の課題
医療機関の経営悪化は地域の医療供給に直結するため、放置すると「診療所や病院の廃止→受診機会の損失→救急対応の低下→重症化増加」という連鎖を招くリスクがある。特に地方や人口減少地域では、1つの病院が消えるだけで地域の医療網が著しく脆弱になるため、速やかな対策が求められる。補助金は緊急回避策として重要だが、根本解決には構造改革(地域医療の再編、病床適正化、在宅医療の強化、医師偏在対策、働き方改革の継続)が必要であり、これらは時間と政治的合意を要する。
現役世代の社会保険料負担の軽減(政策目標と矛盾)
高市政権は現役世代の社会保険料負担を抑えることを明確に掲げている。現役世代の可処分所得を守る観点や、消費回復・経済活性化の期待を背景に掲げられているが、これは高齢化で伸び続ける医療費という構造的要因と直接的に矛盾する。現役世代の保険料を引き下げるには、給付削減・自己負担引上げ・税財源の投入・医療費抑制(効率化・適正化・価格調整)といったいずれかの手段を組み合わせる必要がある。どの手段を選ぶかで公平性や政治的受容性に大きな差が生まれる。
現役世代の保険料の引き下げ(メカニズムと影響)
現役世代の保険料を引き下げる具体策としては、(A)社会保険料率の見直し(保険給付の一部を税で負担)、(B)保険給付の範囲見直し(OTC類似薬の保険外し、特定の高額療養負担の見直し等)、(C)医療提供の効率化による医療費総額の圧縮、(D)薬価・診療報酬の調整による財源捻出──などが考えられる。各手段はそれぞれ影響と副作用を伴う。例えば、保険給付の縮小は高齢者や低所得者に負担を転嫁するリスクがある一方、税での負担転換は現役世代以外への影響(高齢者の税負担増等)や歳出拡大に対する財政規律の問題を生む。いずれにせよ「現役世代の負担軽減」と「医療の普遍性維持」の両立は政策設計上の最大の難所である。
財源確保策(短期・中長期の区分)
財源確保は政策実現における最重要課題であり、短期的・中長期的に分けて考える必要がある。
短期(緊急対応)
補正予算による補助金支出(経営支援、人件費補填等)。
一時的な税外収入の活用や既存予算の一時的再配分。
中長期(構造的対策)
診療報酬・薬価制度の見直しで効率化・価格調整を行う(ただし創薬インセンティブとのバランスが必要)。
給付の見直し(自己負担見直しや給付の階層化、給付付き税額控除の導入等)による財源確保。政府は給付付き税額控除を含む「税と社会保障の一体改革」を議論する場として超党派の「国民会議」を設置する方針を示している。
これらは政治的に容易ではなく、特に給付縮小や自己負担引上げは世論の支持を得にくい。薬価や診療報酬からの財源確保も限界があるとの指摘があり、財源確保は難航する可能性が高い。
効率的な医療提供体制の構築
医療提供体制の効率化は医療費適正化の核心である。高市政権は地域医療構想の見直し、病床の適正化、在宅医療や外来機能の強化、介護との連携、医師の偏在是正、働き方改革の推進を掲げている。加えて電子カルテの普及や医療データの利活用(データヘルス)により重複検査の削減、予防の強化、診療の標準化を進める計画がある。しかし、DXの導入は投資負担と運用負担を一時的に医療機関に強いるため、導入支援と運用支援を如何に行うかが鍵になる。
医療費の適正化(手段と留意点)
医療費適正化の具体的手段には、以下がある。
診療報酬の機能付与による効率化(機能評価・インセンティブの見直し)。
薬価政策の見直し(後発医薬品の促進や価格調整ルールの改定)。
不必要な医療の抑制(医療の質評価、ガイドライン徹底)。
予防医療と健康増進の強化(長期的には医療費伸びを抑制)。
ただし、過度な価格切り下げや報酬の引き下げは、医療人材の流出や医療供給網の脆弱化を招くリスクがあるため、適切なバランス設計が必要である。実務面では診療報酬改定の透明性、エビデンスに基づく評価、地域間格差への配慮が重要になる。
診療報酬改定(方針と課題)
高市政権は診療報酬改定について、賃上げや物価上昇を適切に反映させる方向を示しつつ、報酬体系の効率化・機能化も視野に入れている。診療報酬は医療提供のインセンティブを左右するため、病院経営や診療所の収益構造に直結する。診療報酬改定は通常2年毎に行われるが、政権は補助金で当面の対応を図りつつ、次期改定での制度設計に注力する方針である。ただし、診療報酬を上げれば保険財政に負担を与える一方、下げすぎれば医療提供の崩壊を招くため、改定の微妙な調整が不可欠である。既に財務省などからは診療所報酬の適正化など収支面での検討を促す声が上がっており、改定プロセスは政権内部・関係団体との厳しい折衝を要する。
創薬イノベーションの推進
創薬イノベーションは薬価政策と密接に結びつく。政府は創薬力の強化を掲げ、研究開発支援、規制環境の整備、産学官連携の促進、海外展開支援などを通じて医薬産業の競争力を高める方針を示している。だが、創薬支援と薬価引き下げ圧力は矛盾し得るため、新薬への適切な報酬(価格)を確保しつつ公的負担とのバランスを取るルール作りが重要になる。中長期的には創薬投資の回収可能性が高まれば新薬供給の安定性や医療の質向上につながるが、短期的には薬価政策の見直しが医療費抑制の焦点となる。
薬価改定のあり方
薬価改定は財政負担と産業インセンティブの両面を調整する最重要ツールである。政府は薬価の見直しルールを改革し、適切なインセンティブを保ちながら過度の薬価下落を避ける方向で検討を進める必要がある。特に後発医薬品供給の不安が指摘される中で、価格引下げの速度や仕組みを精緻に設計しないと薬の供給崩壊を招くリスクがある。創薬と薬価の両立は高度な政策調整を必要とする。
超党派「国民会議」の設置
高市政権は「税と社会保障の一体改革」や給付付き税額控除の制度設計を議論するため、超党派かつ有識者を交えた「国民会議」を設置する方針を示している。これは国民的合意形成を図る狙いがあり、政党間の対立を調整する場として期待される。だが、会議の実効性は参加構成、議題設定、スケジュール、提言の拘束力(法案化との接続)に依存するため、単なる炉辺話に終わらせない仕組みをどう作るかが鍵である。
問題点は?
高市政権の医療制度改革方針には多くの意義があるが、以下の問題点やリスクが指摘できる。
財源確保の困難さ:現役世代の保険料引き下げと医療費増加の両立は財源面で大きな矛盾を抱える。補助金は短期対策でしかなく、中長期の安定財源確保策が不十分だと再び財政圧迫が強まる。
構造改革の遅れ:補助金で短期的にやり過ごすと、必要な病床再編や地域医療構想、働き方改革などの構造的改革が先送りされるリスクがある。結果として根本的解決が遅延する。
公平性の問題:給付の見直し(例:OTC類似薬の保険外し、自己負担引上げ等)は高齢者・低所得者に不利に働く可能性がある。現役世代優先の政策は世代間公平性の議論を活性化させるが、弱者保護との兼ね合いをどう保つかが課題だ。
社会保障制度の持続可能性確保に関する問題点:医療だけでなく年金・介護等を含む社会保障全体の持続可能性確保が必要で、医療だけの調整では不十分。税と社会保障の一体改革は避けられないが、政治的合意形成は困難を伴う。
「人」の問題への対応不足:どれだけ資金や制度を変えても、医師・看護師等「人材」の確保と待遇改善が不可欠だが、短期補助金は人材流出を止める十分な解決策にはならない。中長期的なキャリア形成支援、教育システム、地域配置の工夫が必要だ。
財源確保の困難さ(詳述)
財源問題は複合的だ。税収で賄う場合は増税議論につながり、政治的コストが高い。保険料で賄う場合は労働者・企業負担が増え、消費や成長に悪影響を与える恐れがある。給付縮小や自己負担増は社会的弱者に痛みを与えるため世論の支持を得にくい。さらに、薬価や診療報酬での調整は限界があり、特に薬価からの財源捻出は製薬供給の不安を生みかねない。こうした背景から、複数の手段を組み合わせる必要があるが、それでも均衡を保つのは極めて困難である。国民会議による合意形成と透明性の高い制度設計が不可欠になる。
構造改革の遅れ(政治と現実のズレ)
補助金による救済と構造改革は相反する側面を持つ。短期的な補助で経営悪化を緩和する一方、経営体質の抜本改革(効率化・機能分化・病床再編など)を進めないと、同じ問題を繰り返すことになる。現場は即効性を求めるが、政治は選挙配慮で痛みを伴う改革を先送りしがちであり、この政治・現場のズレが改革遅延の一因になる。
公平性の問題(世代間・地域間の摩擦)
現役世代負担の軽減は一方で高齢者や低所得者への負担転嫁と受け止められる可能性がある。とくに地域差(都市と地方、過疎地)のある医療アクセスの格差を放置すれば、負担と給付の地域間不均衡が拡大する恐れがある。公平性を担保するためには、所得や健康リスクに応じた給付設計や地域基盤の財政支援メカニズムが必要だ。
社会保障制度の持続可能性確保に関する問題点
医療は年金・介護と一体で財政を消費するため、医療だけの調整では社会保障全体の持続可能性は確保できない。給付付き税額控除のような新制度を含めた包括的な改革が必要だが、制度間の利益調整や高齢者対策、若年世代対策をどう組み合わせるかは困難を伴う。国民会議は有用な枠組みだが、提言を具体的な法改正・財源措置に結びつける政治力が求められる。
現役世代の負担軽減と財源の両立(トレードオフの整理)
現役世代の負担軽減を達成するために、選択肢は(A)社会保険以外の税財源投入、(B)医療給付のスリム化による保険財政の圧縮、(C)経済成長による税収拡大――に大別できる。Aは短期的には可能だが恒常化すると税負担という形で結局は国民に跳ね返る。Bは公平性の課題を招きやすい。Cはもっとも望ましいが時間がかかる。従って組み合わせと時期調整が必要で、政治的説明責任(誰がどの程度負担し、誰が救われるのか)を果たすことが不可欠だ。
「人」の問題への対応不足
制度と財源の議論が中心になる一方、医療従事者の労働条件、研修・教育、地域医療の担い手確保といった「人」の問題が政策の中で十分に扱われない場合がある。短期補助金が人件費の一時補填にはなるが、長期的な働き方改革、処遇改善、キャリアパス整備、女性や若手の就業支援、外国人材活用の制度整備など総合的施策が必要だ。人の問題を軽視すると制度改変の効果が限定的になる。
超党派「国民会議」の実効性
国民会議は理論的には学識経験者・当事者・政党を横断して合意形成を促す有効な場だが、実効性は必ずしも保証されない。懸念点は、会議の提言が政治的に実行されるか、結論に拘束力があるか、利害対立(世代間・地域間・業界間)をどう調整するかである。過去の類似の場でも提言止まりになり法制化に至らなかった例があり、今回も実行力を担保する設計(スケジュール、法案化プロセス、予算措置のセット)が欠かせない。
今後の展望(シナリオ分析)
以下に代表的なシナリオを示す。
シナリオA(合意形成成功型)
国民会議が具体的な改革案(給付付き税額控除、段階的な自己負担の見直し、DX投資支援と病床再編のロードマップ等)をまとめ、与野党が法制化・予算化に踏み切る。補助金で短期支援を行いつつ、診療報酬・薬価の制度改革や創薬支援を組み合わせ、現役世代負担の一定軽減と医療の持続性を両立できる。ただし政治的コストが高く、丁寧な説明と分配ルールが必要だ。
シナリオB(短期対症療法継続型)
補助金で経営危機を回避するが、構造改革が進まず、財源問題が先送りされる。結果として財政負担が累積し、将来的にさらなる負担増や給付縮小につながるリスクが高まる。
シナリオC(強烈な給付見直し・負担転嫁型)
財政圧力を背景に自己負担の大幅な引上げや給付範囲の縮小が進められ、現役世代の保険料は下がるが医療アクセスや公平性が損なわれる。社会的な反発や政治的負荷が増し、導入の難航・修正が続く可能性がある。
専門家・メディアの見解
経済研究機関や医療界からは、短期補助金の意義は認めつつも、中長期的な持続可能性のための財源設計、効率化の実行力、薬価と創薬バランスの精緻な設計が不可欠という指摘が出ている。メディア報道でも、補助金前倒しや現役世代負担軽減の方針が紹介され、同時に「財源と公平性の調整が課題」である旨の分析が多数示されている。専門家は、DX・データ利活用による医療の効率化、地域医療再編を伴う段階的な制度設計、そして国民の理解を得るための透明な説明責任を繰り返し求めている。
総括と提言
短期対応と長期改革のセットを明確にすること:補助金は短期救済として有効だが、同時に病床再編や在宅強化、働き方改革などの具体的ロードマップを示すこと。
財源の多角化と公平性確保:保険料軽減のための財源は税と保険を組み合わせ、低所得者・高齢者の保護策を明示すること。給付付き税額控除などの代替案を国民会議で真剣に検討する。
創薬支援と薬価政策の均衡:新薬の開発インセンティブを損なわない薬価制度改革を実施すること。供給安定を確保するための卸・ジェネリック政策も同時に強化する。
「人」への投資:長期的な医療の質と供給を維持するには、医療従事者の処遇改善、教育・研修、地域勤務支援が不可欠であり、補助金や報酬制度でこの観点を明確にすること。
国民会議の実効性担保:提言を法制化・予算措置に結びつけるための明確なスケジュール、公開の場での議論、提言の実施評価指標を設定すること。
終わりに(展望)
高市政権の医療制度改革は、現役世代の負担軽減と医療提供の持続可能性を同時に実現しようとする挑戦的な試みである。補助金による緊急支援は短期的に医療供給を支える有効策だが、真の解決は構造改革と財源配分の公正な設計、それに伴う人材への投資とDXの定着にかかっている。超党派「国民会議」を含む制度設計プロセスが実効性を持つかどうかが、今後の成否を分ける重要な分岐点になる。政治的には痛みの伴う選択が避けられないが、透明性を持った議論と段階的な実行で国民の理解を得ることが不可欠である。
(参照主要資料)
・内閣官房・内閣府:高市内閣総理大臣所信表明演説(2025年10月24日)。
・m3.com(医療専門メディア):高市首相、医療機関の経営難深刻化「支援は急を要する」(2025年11月5日)。
・NRI(野村総合研究所):高市政権の社会保障制度改革と給付付き税額控除に関する分析(2025年10月31日)。
・jmedj(医療系解説):高市自維連立政権の医療政策をどう見通すか(2025年10月)による解説。
・MixOnline:高市首相が所信表明で示した医療経営支援と国民会議の設置に関する報道。
