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コラム:肉食と魚食、どっちが健康的?

肉食と魚食のどちらが「健康的か」を単純に決めることは適切でない。両者は栄養学的に互いを補完する役割があり、個人の年齢・妊娠有無・既往症・文化的嗜好・環境条件などに応じて最適な比率や調理法が異なる。
肉にかじりつく女性(Getty Images)

日本の現状(2025年11月現在)

日本の食生活は戦後の高度成長期以降、大きな変化を続けている。総じて、魚介の消費量は長期的に減少しており、2000年代初頭のピークと比べて大きく下落している。例えば、農林水産省や業界報告は、国民一人あたりの魚介類消費量が2001年度のピークから持続的に低下し、近年は二十年前より大幅に少なくなっていることを示している。これは食の多様化や若年層の嗜好変化、内食・外食の変化、加工食品の普及など複数の要因が絡んでいる。これに対し、肉類の消費は1990年代以降増加し、近年は魚よりも家計支出・消費量で上回る傾向が続いている。農林水産省と厚生労働省の栄養統計でも、魚介消費の低下と肉類消費の増加、総エネルギーに占める脂質比率の上昇が確認されている。これらの変化は、慢性疾患や生活習慣病リスク、栄養素摂取バランス、高齢者の低栄養対策などの観点で政策的に注目されている。

日本は世界的に見ても高齢化が先行する国であるため、高齢者の栄養確保や咀嚼・嚥下の問題が重要である。高齢者では良質なたんぱく質の確保が低栄養(サルコペニア、フレイル、免疫低下)予防に直結するため、肉や魚の摂取実態とその質は公衆衛生上の主要課題になっている。


肉食の健康効果と考慮点

利点 — 良質なタンパク質供給源

  • 肉類は必須アミノ酸をバランスよく含む良質なたんぱく質源であり、筋肉量維持や組織修復、免疫機能維持に有効である。特に高齢者や術後回復期、病中病後などでは動物性たんぱく質の供給が回復や機能保持に寄与する。

利点 — ビタミン・ミネラルが豊富

  • 赤肉(牛・豚・羊)や鶏肉には、鉄(ヘム鉄)、亜鉛、ビタミンB12、ナイアシン、ビタミンB6などが多く含まれている。特にヘム鉄は吸収率が高く、日本で問題となりがちな鉄欠乏性貧血の予防に役立つ。ビタミンB12は植物性食品にはほとんど含まれないため、肉を適切に摂取することで欠乏を防げる。

高齢者の低栄養予防

  • 高齢者では咀嚼や摂食量が低下し、エネルギー不足やたんぱく質不足に陥りやすい。肉類は高密度エネルギーかつ高品質たんぱく質を提供できるため、フレイルやサルコペニア予防の観点で重要である。調理形態を工夫(刻む、ミンチ、柔らかく煮るなど)すれば、高齢者でも摂取しやすい。

考慮点 — 飽和脂肪酸と心血管リスク

  • しかし一方で、赤肉や加工肉には飽和脂肪酸やコレステロールが比較的多く含まれる。従来、飽和脂肪酸は心血管疾患リスクを増やすとされ、摂取制限が推奨されてきた。近年の研究やメタ解析では飽和脂肪酸と総死亡や心血管病の関連について議論が分かれているが、公衆衛生的には脂質の質(飽和対不飽和の比率)と全体の食事パターンが重視される。飽和脂肪酸の多い加工食品や揚げ物を中心とした摂取は注意が必要である。

考慮点 — がんリスク(特に加工肉・赤肉)

  • 国際がん研究機関(IARC)は2015年に加工肉を「発がん性あり(Group 1)」、赤肉を「発がん性の可能性あり(Group 2A)」と分類した。疫学研究では、加工肉の定期的な摂取が大腸がんのリスクを上げるというエビデンスが示されている。したがって、加工肉(ハム、ベーコン、ソーセージ等)の頻繁な摂取は控えるべきであり、赤肉についても量と頻度を管理することが推奨される。調理法(焼きすぎ、焦げ)による発がん性物質の生成も注意点である。

魚食の健康効果と考慮点

利点 — 良質なタンパク質

  • 魚も高品質なたんぱく質を供給する食品であり、脂肪の少ない白身魚は低エネルギーで消化しやすく、高齢者や体重管理中の人にも向く。魚介は多様な調理法に適し、和食文化に根ざした食品である。

利点 — DHA・EPA(不飽和脂肪酸)

  • 魚油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)は、血中トリグリセリド低下、抗炎症作用、血小板凝集抑制などの生理作用を通じて心血管疾患の一次予防・二次予防に寄与する可能性が示されている。複数のメタ解析やレビューは、DHA/EPAの摂取が心血管死亡を減らす、あるいは心血管イベントの一部を減らすという結果を報告しており、特に魚を日常的に摂る食習慣は心血管健康と関連するというエビデンスがある。

利点 — ビタミンDや他の微量栄養素

  • 脂の多い魚(サケ、サバ、イワシなど)はビタミンDの重要な供給源でもあり、日本人に不足しやすいビタミンDを補う上で有効である。さらに、魚介にはヨウ素、セレン、カルシウム(小魚や骨ごと食べる場合)なども含まれ、全体の栄養バランスに貢献する。

利点 — 生活習慣病予防

  • 魚中心の食事パターン(地中海食や和食類似の食事)は、メタ解析レベルで心血管疾患リスク低下や認知機能維持の点で有益な報告がある。特にDHA/EPAが炎症や血脂に働きかけることから、生活習慣病の予防に寄与する可能性が高い。

考慮点 — 食べにくさ・調理の問題

  • 魚は骨や小骨が残ることがあり、高齢者や子どもには誤嚥リスクや食べにくさの問題がある。調理の手間や保存性の問題を理由に、魚料理が敬遠されることもある。

考慮点 — 水銀(メチル水銀)濃度

  • 重要な留意点として、マグロやカジキ、メカジキなど大型回遊魚や一部の捕食性魚には水銀(主にメチル水銀)が蓄積している場合がある。妊婦や妊娠を希望する女性、乳幼児は高水銀魚の頻繁な摂取を避けるガイドラインが各国で示されている。各国の食品安全機関は魚種ごとの摂取頻度目安を提示しているので、それに従うことが安全である。

肉食の利点(まとめ)

  1. 必須アミノ酸を含む良質なたんぱく質供給源であり、筋肉量や免疫系の維持に貢献する。

  2. ヘム鉄、亜鉛、ビタミンB12など、特に動物性由来で確実に補給できる微量栄養素が豊富である。

  3. 調理法や加工の工夫により、高齢者や病後の食事援助に使いやすい。

ただし、加工肉や過剰な赤肉の摂取、飽和脂肪酸の比率増加、焼き過ぎによる発がん性物質生成には注意が必要である。特に公衆衛生上は「量と頻度の管理」「加工肉の過度な摂取回避」「調理法の工夫(焦げを避ける等)」が求められる。


魚食の利点(まとめ)

  1. 良質なたんぱく質かつ消化性に優れるため、幅広い年齢層に適している。

  2. DHA/EPAによる心血管リスク低下や抗炎症効果、ビタミンDや微量元素の補給が期待できる。

  3. 地中海食や和食のような魚中心のパターンは長期的な健康維持に有利との報告が多い。

ただし、水銀等の汚染物質、一部の大魚の過剰摂取リスク、調理・保存の手間が障壁になる。妊婦・乳児・幼児には魚種別の摂取指針を守る必要がある。


両方をバランスよく摂取することが最も重要

現時点でのエビデンスと公衆衛生上の観点を総合すると、「肉だけ」「魚だけ」という極端な偏りは推奨されない。食事パターン全体(野菜・果物・全粒穀物・豆類・適量の肉・適度な魚・低脂肪乳製品など)を整えることが疾病予防に最も有効である。肉はたんぱく質・鉄・ビタミンB群を、魚はDHA/EPA・ビタミンD・ヨウ素等をそれぞれ補完し合うため、適切な割合と調理法を意識した上で両方を取り入れることが望ましい。

具体的には以下のような実践が現場で勧められる。

  • 加工肉の頻度を減らし、赤肉は週あたりの量を管理する(例えば週数百グラム程度に制限する考え方)。

  • 脂身の多い部位や揚げ物を減らし、調理油や調理法(蒸す・煮る・焼く場合は焦げを避ける)を工夫する。

  • 週に数回は青魚(サバ、イワシ、サンマなど)を取り入れ、DHA/EPAとビタミンDを確保する。

  • 妊婦・授乳婦・小児には高水銀魚の摂取制限を守る(政府や食品安全機関のガイドライン参照)。


将来展望(政策・研究・実践)

1. 公衆衛生政策の方向性

日本では魚介消費の低下と肉類消費の増加というトレンドに対応して、栄養政策を再調整する必要がある。高齢化社会に対しては、「咀嚼・嚥下に配慮した魚・肉の調理法の普及」「地域の食文化を生かした摂取促進」「学校給食や介護食でのバランス確保」などの施策が重要になる。農林水産省や厚生労働省は栄養指針や普及施策でこうした課題に取り組んでいるが、消費者行動の変化を巻き戻すには時間がかかる。

2. 食品科学・疫学研究の進展

飽和脂肪酸や赤肉のリスクに関する研究は継続的に更新されており、個人差(遺伝、腸内フローラ、生活環境)を考慮したリスク推定や、加工方法・部位別のリスク評価が進むと考えられる。一方で、DHA/EPAの心血管・認知機能に対する効果や適正摂取量に関する大型ランダム化試験や個別化栄養の研究が続いており、より精緻な摂取ガイドラインが提示される可能性がある。

3. 持続可能性と食品供給

地球環境と資源の観点から、漁業資源の持続可能性や畜産の環境負荷(温室効果ガス、飼料資源)も今後ますます重視される。植物由来のたんぱく質代替(大豆ミート等)や、養殖の改良、漁業管理の強化、畜産の効率化・低環境負荷化が並行課題となる。これらの技術開発と消費者受容が進めば、肉と魚の"どちらが良いか"という二元論ではなく、持続可能で栄養価の高い多様なタンパク源をどう組み合わせるかが主要テーマになる。

4. 個別栄養(パーソナライズドニュートリション)

遺伝情報、代謝、腸内細菌叢などを基にした個別最適化栄養の研究が進めば、個人にとって「最も健康的な肉と魚の比率」が将来的には提示され得る。現在は一般的なガイドラインに従うのが合理的だが、将来的にはより精密な個別指針が登場すると予想される。


実践的な推奨(食卓レベルの具体案)

  1. 週の目安として、青魚を含む魚を2〜3回程度取り入れ、赤肉・加工肉は量と頻度を管理する。

  2. 調理法は蒸す・煮る・刺身のような低温調理や軽い焼きで脂を落とす工夫をする。焼く場合は焦げを避ける。

  3. 高齢者には刻み食、ミンチ、スープに溶かすなど、摂取しやすい形に調理する。豆類や乳製品と組み合わせてたんぱく質のバランスを確保する。

  4. 妊婦・授乳婦は高水銀魚(マグロの大型種、カジキ類など)を避け、加工魚や缶詰の種類については製品情報を確認する。食品安全機関の指針を参照する。


エビデンスに基づく要点(専門家データの取りまとめ)

  1. 公的機関の食糧・栄養統計は、日本において魚介消費の長期的低下と肉類消費の増加を示している。これは栄養摂取パターンの変化とともに、脂質比率の上昇を招いている。

  2. IARC(WHO)は加工肉を発がん性あり、赤肉を発がん性の可能性ありと分類しており、加工肉の習慣的摂取は大腸がんリスク上昇のエビデンスがある。

  3. DHA/EPAに関する複数のレビュー・メタ解析は、これらの長鎖オメガ3脂肪酸が心血管イベントや血脂に有益な影響を与える可能性を示しているが、摂取の効果は背景疾患や投与量により差がある。

  4. 食品安全機関(例:米国FDA/環境保護庁等)は、魚の種類別に水銀含有量の違いを示し、妊婦や小児に対する摂取指針を公表している。日本でも同様の指針や助言があり、魚種ごとの摂取制限を確認すべきである。

  5. 飽和脂肪酸と心血管疾患の関連に関しては研究の再解析やメタ解析により見解が分かれているが、現行の栄養政策は脂質の質を重視し、飽和脂肪酸を多く含む食品の過剰摂取を避けることを一般に勧めている。


最後に

肉食と魚食のどちらが「健康的か」を単純に決めることは適切でない。両者は栄養学的に互いを補完する役割があり、個人の年齢・妊娠有無・既往症・文化的嗜好・環境条件などに応じて最適な比率や調理法が異なる。日本の現状(魚消費の低下・肉消費の増加、高齢化)を踏まえれば、政策的には「両方の利点を生かしつつ、リスク(加工肉の発がん性、飽和脂肪、魚の水銀汚染等)を管理する」ことが求められる。個人レベルでは、①多様な食品群を取り入れること、②加工肉の頻度を控えること、③青魚などDHA/EPAを含む魚を適度に摂ること、④高齢者や妊婦では摂取しやすさと安全性を優先すること、が現実的かつ実行可能な指針になる。

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