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コラム:肩の健康維持とその重要性、肩こり対策

肩の健康維持には、ストレッチ、正しい姿勢、筋力トレーニングを日常的に実践することが重要であるが、多くの人がこれらを継続的に実践できていないという課題がある。
肩こりのイメージ(Getty Images)
日本の現状(2025年12月時点)

肩の不快感や痛み、いわゆる「肩こり」は、日本人の自覚症状として極めて高頻度に観察される。厚生労働省の国民生活基礎調査(令和4年度)によると、男女ともに自覚症状の有訴者率では「腰痛」「肩こり」が上位を占めるという結果が示されている。総数では有訴者率が人口千人あたり276.5であり、男女別でも男性246.7、女性304.2と、一般健康問題における割合が高いことが示されている。症状別では男女とも「腰痛」が最も高く、次いで「肩こり」が高い頻度を示していることが報告されている。

また、特定の調査では肩こりの自覚率が約72.5%に達するという報告も見られ、男女差では女性78.1%、男性67.0%と、いずれも高い割合となっているとのデータもある。

これらの統計は単なる「体の不快さ」の域を超え、日常生活・仕事・生活の質に影響を与える重要な健康課題として位置づけられている。

肩の健康維持が重要な理由

肩は人間の上肢を支え、広範な動きを可能にする複雑な関節構造(肩関節、肩甲骨、鎖骨)と複数の筋肉群(僧帽筋、三角筋など)によって構成される部位である。このため、運動機能の低下や筋緊張の持続は、単独の部位症状にとどまらず、全身の機能、姿勢、さらに日常生活動作に影響を与える可能性がある

生活の質の維持

肩の不調は単に痛みを伴うだけでなく、肩の可動性制限や筋緊張、血行不良、場合によっては頭痛や眼精疲労を引き起こすことがある。肩こりは「肩や首背部の筋肉が緊張し、血行不良と痛みを生み出す状態」と定義され、重度の場合、日常動作や集中力の低下をきたすことが報告されている。

肩の不調は、日常生活の中での基本的な活動(物を持つ、腕を挙げる、振り向く等)を困難にし、最終的には生活の質(QOL: Quality of Life)の低下につながる。

他部位への影響

肩関節と首・背中の筋肉群は密接に連関し、肩周囲の不調が継続すると頸椎、胸椎、さらに腰部など他の部位へ二次的な負担を生む場合がある。上肢の不調が持続すると、姿勢不良が固定化され、体幹や骨盤帯に影響を及ぼすこともあり、身体全体のバランスと機能に悪影響を与える可能性が高い。また慢性的な肩こりと心理的ストレスは関連性が高いとの報告も存在し、心身両面の健康課題として重要視されている。

加齢によるリスク

加齢は肩関節周囲炎(四十肩・五十肩)などのリスクを高める。肩関節周囲の軟部組織の柔軟性低下、筋力低下、血行不良などが進行すると、動作時の痛みや日常動作の制限が増加する。

一般的に加齢とともに筋量・筋力は減少し、肩周囲の支持機構が弱まる。これにより慢性的な肩こりに加えて、関節炎や運動機能の著しい低下が発生するリスクが増える。さらに高齢者では転倒や怪我の頻度が上昇することを踏まえると、肩機能の低下は日常生活全般に重大な影響を及ぼす。

肩の健康を維持するためのポイント

肩の健康維持には、日々の生活習慣の改善、姿勢の意識、定期的な運動とストレッチ、筋力強化が重要である。

適度なストレッチ

肩周囲のストレッチは、筋緊張を和らげ血行を促進し可動域を維持する効果がある。肩甲骨周囲、僧帽筋、三角筋など主要筋群を対象にしたストレッチは、筋肉の柔軟性を確保し、筋血流の改善をサポートする。定期的なストレッチは慢性的な症状の予防に寄与し、長時間同一姿勢による筋緊張の蓄積を防ぐことができる。

正しい姿勢の保持

現代の生活では長時間のデスクワーク、スマートフォン操作などにより前傾姿勢が増え、首・肩への負担が継続することが多い。この不良姿勢は「ストレートネック」や「スマホ首」と呼ばれる状態を引き起こし、慢性的な肩こりに関連することが指摘されている。

正しい姿勢を保つためには、背筋を伸ばし、頭が前方に突き出ないように意識し、肩甲骨を軽く引き寄せるようにする姿勢調整が重要である。こうした姿勢保持は肩周囲の筋負荷を軽減し、肩こり予防に貢献する。

筋力の維持

肩周囲の筋力(僧帽筋、三角筋、肩甲挙筋など)の維持は肩関節を安定させ、不調の予防に寄与する。加齢や運動不足は筋力低下をもたらし、肩機能の劣化を招くため、週2〜3回程度の筋力トレーニングが推奨されるが、日本健康運動研究所などの推奨する一般的な運動は、体幹および上肢の筋活動を高めることが肩こり改善に有効である。

多くの国民が抱える健康課題「肩こり」

肩こりは多くの日本人が日常的に経験する健康問題であり、まさに「国民病」と称される傾向がある。特にデスクワークの普及や長時間労働、スマートフォン操作によるうつむき姿勢の増加は、肩こりを引き起こす主要な生活要因と考えられる。

国民生活基礎調査では、男女ともに肩こりが自覚症状として高い有訴者率を示し、特に女性では上位にランクインしている。

有訴者率の高さ(国民病としての側面)

統計上、肩こりは自覚症状として腰痛に次いで高い頻度で発生している。男女別の傾向としては、女性で有訴率が高い傾向があり、男性でも高い割合で肩こりが報告されている。

経済損失と労働への影響

肩こりや首の痛みは、労働生産性に大きな影響を及ぼすことが研究で示されている。肩こり・腰痛などの原因による労働損失(presenteeism=出勤はしているが効率が低下している状態)のコストは、日本の労働者において1,000名当たり非常に大きな金額に達するとの研究結果がある。例えば、肩こり・首の痛みによる年間経済損失(annual costはneck pain/stiff shoulders)は従業員1000人あたり(per 1000 employees)あたり約346,308米ドル相当となるとの報告がある。

また、肩こり・腰痛を放置することで従業員ひとり当たり月約9,700円の生産性損失が生じるとの報告も示され、これが企業・社会全体での経済損失に影響するという指摘が存在する。

労働生産性の低下

肩こりによる生産性低下は、単に欠勤に留まらず、プレゼンティーイズム(勤務中の効率低下)として現れることが多く、業務遂行能力の低下、疲労感の蓄積、注意力散漫などを引き起こす。これにより、企業全体の生産性が下がることが懸念される。

経済損失額

労働関連の健康損失は、肩こり・腰痛・メンタル不調などを含めると、年間で兆円規模の損失を生んでいる可能性が指摘される報道もあり、肩こり関連の健康損失が含まれていることが示唆されている。

日本人に多い要因:骨格・筋肉の特徴

日本人は一般的に筋肉量が欧米人より低いという指摘があり、これが肩周囲の筋負担を高めている可能性があるとの指摘もある。

現代のライフスタイル

現代社会では長時間のデスクワークやスマートフォンの頻繁な使用により、うつむき姿勢や前傾姿勢が増え、それが肩・首周囲の筋負担を持続させる要因となっている。

こうしたライフスタイルの変化は慢性的な肩こりの増加につながり、若年層から中年層にかけても影響が大きい。

対策と課題

肩の健康維持には、ストレッチ、正しい姿勢、筋力トレーニングを日常的に実践することが重要であるが、多くの人がこれらを継続的に実践できていないという課題がある。仕事環境の改善や生活習慣の見直し、健康教育の普及が必要である。

職場ではエルゴノミクス(人間工学)に基づいた環境調整、定期的な休憩・ストレッチ時間の確保などが有効である。また、医療機関や専門家による啓発も欠かせない。

今後の展望

今後は、デジタルデバイス使用時の姿勢改善のための技術的ツール、ウェアラブルデバイスによる姿勢モニタリング、AIによる個別運動処方などの革新的な対策が進展することが期待される。また、教育現場や企業における健康支援施策の強化も必要である。


追記:日本において肩こりが「国民病」と呼ばれるようになった経緯

「肩こり」という症状は、現代日本でしばしば「国民病」と称されるほどに一般的な存在となっている。その背景には、歴史的文化的側面、生活様式の変化、社会構造の変遷、そして統計的な実態が影響している。

肩こりという概念の由来と文化的背景

日本における「肩こり(肩がこる)」という表現は、日常生活に深く根付いた身体表現として古くから存在してきた。日本語の「こる」は筋肉が硬直したり凝り固まったりする感覚を表し、古来より人々が経験してきた体の不調感として使われてきた。日常生活の中で肩こりが当たり前のように話題になる背景には、単なる疼痛とは異なる「筋肉の緊張感や違和感」としての身体表現文化がある。

また、日本社会では家族や身近な人同士で肩をもむ習慣が広く受け入れられており、童謡や日常会話の中にも「肩をもむ」といった表現が見られるように、肩こりという身体表現は一般生活と結びついた社会文化的現象として成立してきた

近代化と統計調査の始まり

戦後日本の社会構造は急激な近代化・都市化を遂げた。産業構造が変化し、デスクワークや長時間労働が社会の広い領域に浸透していった。こうした変化は身体活動のパターンを大きく変え、同時に肩こりを含む筋骨格系の自覚症状が増加していった。

厚生労働省が実施する国民生活基礎調査は、昭和61年(1986年)以降約3年ごとに全国の世帯員を対象として健康状況を調査している。こうした大規模な統計調査の中で、肩こりは自覚症状として継続的に上位に位置する項目となった。特に女性においては「肩こり」が上位を占め、歴史的に経年的な変化を追跡できるようになった。

統計資料や疫学的な調査は、肩こりの頻度の高さを客観的に示す根拠となり、これが「国民病」という表現を一般化する社会的基盤となった。つまり、個人の体験や主観的な語りだけでなく、統計的な実態が「肩こりは広く国民に共通する健康問題である」という認識を後押ししたのである。

現代社会と肩こりの増加

戦後の日本社会は高度経済成長以降、労働形態や生活様式が大きく変化した。特に情報通信技術の発展に伴い、パソコンやスマートフォンが日常的なものとなり、長時間座位での作業や同一姿勢が常態化した。これらの生活習慣は、首・肩・背中の筋肉に持続的な負荷をかけ、肩こりの発生リスクを増加させた

また、スマートフォンの普及はいわゆる「スマホ首」や「ストレートネック」と呼ばれる姿勢変化をもたらし、これが肩こりの増加に寄与していると指摘されている。

こうした生活習慣の構造的変化は、単なる個人の体調不良という枠を超えて、社会全体の健康課題としての肩こりを生み出す要因となった。さらに、長時間労働やストレス社会の進行も肩こりを悪化させる一因として注目されている。

医療・産業界での認知と対応

肩こりは病名として確立された疾患ではないが、医療現場や産業衛生の分野で慢性的な疼痛や不快感として扱われるようになった。肩こりによるプレゼンティーイズム(出勤中の労働効率低下)や欠勤は労働生産性に影響を与えると認識され、産業医や企業の健康経営の対象となってきた。

学術的な研究においても肩こりの生理学的要因、心理社会的ストレスとの関連、姿勢や筋血流の観点からの研究が進展し、肩こりが単なる主観的症状でなく、労働や生活の機能に影響を与える健康問題であるという理解が深化してきた。

「国民病」という表現の社会的意味

「国民病」という表現は、本来の医学用語ではないが、統計的実態、生活習慣の普遍性、社会構造の要請が組み合わさった言葉である。肩こりは特定の疾患名ではなく、肩周辺の慢性的な筋緊張、血行不良、心理的ストレスなどの複合的な症状である。しかし、統計的に多くの国民が日常的に経験し、生活の質や労働生産性に影響を与えているという観点から、社会的に「国民病」と呼ばれるようになった。

これは単なる比喩表現ではなく、現代日本社会における健康課題の一角を象徴するものであり、広範な層に影響を及ぼす身体的・社会的現象としての肩こりを示す概念であると言える。

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