コラム:日本の農業が「大規模化」に失敗した理由
国際競争が激化する中で、日本農業の高コスト体質は深刻な課題となっている。
.jpg)
日本の農業と大規模化の背景
日本の農業は戦後から今日に至るまで「小規模・家族経営」を基本単位として存続してきた。欧米やオーストラリアのように広大な土地を活用し、少数の農業経営体が大規模に生産を行う仕組みには移行できなかった。この背景には、地理的条件、歴史的制度、社会文化的慣習、政策の方向性など、複合的な要因が絡んでいる。単純に「規模を拡大しようとしなかった」というのではなく、日本社会全体の構造が大規模農業に不利な形で組み上がっていたといえる。
地理的・自然条件の制約
まず、日本列島は山地が国土の約7割を占める地形であり、平地は限られている。可耕地は全国土の12%程度しかなく、さらにその多くが細分化され、谷間や斜面に小さな水田が点在する形で存在してきた。結果として、欧米のように広大で機械化に適した農地を確保することは構造的に困難であった。
水田を基盤とする稲作文化は、少量の土地から高い収量を得ることを可能にしたが、その一方で「土地を広げて収益を上げる」よりも「狭い土地を徹底的に利用して効率を高める」という方向に発展した。つまり地形と気候が、日本農業を自ずと小規模・集約型へと導いたのである。
歴史的制度の影響
次に歴史的制度の影響が大きい。戦前の地主制では、土地は大地主が所有し、小作農が耕作していた。戦後、GHQの主導で実施された農地改革によって地主制は解体され、農民が自作農として土地を所有する体制に変わった。この改革自体は農村社会の民主化を進め、農民の生活を安定させる効果があったが、その副作用として農地が零細に分散してしまった。
農地改革は「1戸当たりの耕地を大幅に増やす」ことを目的としていなかったため、結果として1戸あたりの農地規模は2ヘクタールにも満たない水準で固定され、以後も大規模化が進みにくい状況を作り出した。農地所有の小規模化は、日本農業の構造的問題として今日まで尾を引いている。
農地制度と「農地の流動性」の欠如
農地法による規制もまた大規模化を妨げた要因である。農地は「耕作者本人が所有する」ことが原則とされ、投機や企業参入を防ぐ狙いで厳しい規制が敷かれた。農業を行わない者が土地を買うことは制限され、貸借も複雑な許可制となったため、農地の集約が進まなかった。
結果として、高齢化や離農が進んでも農地は市場に流通せず、耕作放棄地となるケースが多発した。土地の移動が活発に行われる仕組みが整わなかったために、規模拡大を目指す意欲的な農家が農地を集めることが困難だったのである。
農村社会の「兼業構造」
戦後の高度経済成長期には農村から都市部への出稼ぎや移住が進んだ。しかし完全に農業を放棄するのではなく、「兼業農家」として農業を副業的に継続する家庭が多数存在した。これは農村社会の安定を保つ役割を果たしたが、農業が専業化・企業化していく道を閉ざす結果となった。
兼業農家は農業収入に依存せず、生活基盤を都市の給与所得に置いたため、農業の効率化や規模拡大へのインセンティブが弱まった。農地を手放す動きも鈍化し、大規模農業へと土地を集中させる動きは停滞した。
政策の方向性と補助金依存
日本の農政は長らく「農家保護」を優先してきた。価格支持政策や米の生産調整(減反政策)は、農家に安定した収入を保証する一方で、競争原理による淘汰や規模拡大の圧力を弱めた。「米価を高く維持する政策」は小規模農家にとって利益が大きく、規模を拡大して効率を上げる必要性を低下させた。
また、農協(JA)の存在も大きい。農協は資材供給から販売までを一手に担い、農家の経営を支援したが、その構造はむしろ小規模農家の存続を前提としており、農業の企業化や規模拡大を積極的に推進する方向には働かなかった。
国民意識と農業イメージ
日本社会における「農業観」も大規模化の障害となった。戦後の農地改革によって「農地は農民の生活の基盤であり、手放すべきではない」という価値観が強まった。また、農村共同体の中で土地を売却することは裏切り行為のように見なされる場合も多く、心理的な抵抗が農地の流動性を妨げた。
さらに、消費者の多くは農業に「安全」「安心」「伝統」といった価値を求め、小規模で丁寧な生産を肯定する傾向が強かった。このことも大規模化を正当化しにくい土壌を形成した。
大規模化を模索した試みとその限界
もちろん、日本でも大規模農業を模索する試みは行われてきた。北海道では比較的平坦で広い土地を背景に、数十ヘクタール規模の畑作・酪農が発展している。近年では企業の農業参入が一部で認められ、施設園芸や大規模水田経営を行う法人も増えている。
しかし全国的に見ると、これらは例外的な存在にとどまっている。農業法人はまだ全体の一部であり、農地の集約速度は緩慢である。特に中山間地域では地理的制約が大きく、大規模化が物理的に難しいという問題が依然として残っている。
高齢化と耕作放棄地の増大
今日、日本農業は深刻な高齢化と担い手不足に直面している。平均年齢は70歳近くに達し、後継者不在によって離農が加速している。その結果、耕作放棄地は増加の一途をたどり、国土の管理や食料自給にも影響を与えている。
この状況は逆に農地の流動化を促す契機となる可能性もあるが、依然として制度や地域社会の壁が大きく、規模拡大が一気に進む状況には至っていない。むしろ「農地を維持できないが、他者に貸しにくい」というジレンマが放棄地を生む要因となっている。
まとめ
日本の農業が大規模化に失敗した理由は、一つの要因に帰するものではなく、地理的制約、歴史的制度、社会的慣習、政策的方向性が重層的に絡み合った結果である。山がちで土地が細分化された国土、戦後農地改革の影響、農地法による規制、兼業農家の存在、補助金依存の政策、農協の構造、農村共同体の価値観、消費者の嗜好、これらすべてが「小規模農業の持続」を支えた一方で、「大規模農業への転換」を阻んできた。
大規模化の失敗は必ずしも単純な失策ではない。小規模農業は食料供給を安定させ、農村社会を維持し、文化的景観を守るという側面もあった。だが国際競争が激化する中で、日本農業の高コスト体質は深刻な課題となっている。今後は農地の集約、法人化、ICTやロボット技術の導入などを通じて、限定的ながらも効率化を進めていくことが求められるだろう。