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コラム:日本のコメを救え、今すぐ取るべき対策

国は十分な財政支援と制度設計(補助・税制・保険・土地制度)、地方自治体は地域特性に応じた実装力、研究機関は技術供給、民間は市場創出と事業化を担うという分担と連携が不可欠である。
おむすびと白米(Getty Images)

日本のコメ産業は歴史的に国内の主食供給を支える基幹産業であるが、近年は生産・需給の両面で複雑な課題に直面している。国全体の食料自給率(カロリーベース)はおおむね低位で推移し、直近の公的報告ではカロリーベースで約38%と報告されている。この数値は米以外の穀物や油脂などの輸入依存を反映しており、安定的な国内供給体制の脆弱性を示している。

加えて、近年の異常気象がコメの生産量・品質に直接的な影響を与えている。2023〜2024年にかけての猛暑は登熟期の高温により白未熟粒(品質低下)を増加させ、国内在庫はここ数十年で低水準に落ち込んだ。私的在庫が1999年以来の低水準にまで減少し、商取引価格の急騰や小売の購入制限、一時的な供給不安が発生した事例が報告されている。

2025年10月19日までの1週間にスーパーで販売されたコメの平均価格は5キロあたり4251円で、5週ぶりに値上がりした。

コメ農家の現状

生産者側は高齢化、後継者不足、経営規模の小ささ、農業資材価格上昇など複数の構造的課題を抱えている。生産コストは地域・品種ごとにばらつくが、国が目指す輸出拡大のためにはコスト低減が不可欠であるという指摘がある。さらに、労働力不足や営農資金の負担増が中山間地域のコメ生産を一層厳しくしている。政府は「事業型農業者(ビジネス農家)」の育成、農地集積、協業の促進を掲げているが、現場適応には時間を要する。

食料自給率と供給体制の強化

食料安全保障の観点からは、国内主要穀物たるコメの安定供給確保が重要である。食料自給率(カロリー)は38%水準だが、これは米の存在感を残しつつも総合的には輸入依存が高い状況を示す。自給力を高めるためには(1)国内生産の底上げ、(2)流通・備蓄体制の強化、(3)多様な供給ルートの確保が必要である。政府の年次報告や国際機関の分析は、備蓄政策と私的在庫の重要性を示しているため、民間在庫の回復支援と公的緊急備蓄の見直しを組み合わせることが合理的だ。

コメの増産支援

短期的には生産量増加策として、適地適作の見直し、単収向上支援、肥培管理の改善、作付面積の適度な維持を図るべきである。中長期的には生産コスト低減を目指した機械化・省力化投資への支援、特に若手や法人経営に対する資金・技術支援を拡充することが重要である。収益性を確保するための価格支持や補助のあり方も再検討に値するが、過度な生産調整政策は需給の柔軟性を損ねる危険があるため、需給シグナルに応じた支援設計が望ましい。

食料安全保障の要としての位置づけ

地政学的リスクや国際穀物市況の変動を踏まえ、コメは日本の食料安全保障の中核であり続ける。政府は単に輸入代替としての生産量追求だけでなく、災害や供給途絶時に備えた地域レジリエンス構築を推進する必要がある。具体的には地域ごとの生産多様性、流通ネットワークの冗長化、地方自治体と連携した緊急時供給計画の整備が重要である。公的備蓄については適正在庫水準、廃棄ロス対策、回転率の最適化を検討すべきである。

輸出拡大の推進

政府は輸出拡大を重要な中長期戦略に掲げている。公表された方針では、2030年に向けての輸出量目標が掲げられており、さらなる増加を目論む記録的な政策目標が示されている。だが、輸出を持続的に伸ばすためには「低コスト・高品質」の両立が必要である。現行の試算では輸出向け低コスト米の生産を拡大し、輸出チャネルを整備することで2030年までに輸出量を数倍に引き上げる計画が示されているが、農家のコスト構造の改善と海外需要獲得が前提条件となる。

生産基盤の強化と効率化

生産基盤強化は灌漑設備の維持・更新、用排水体制の再整備、土壌改良による潜在単収の引き上げを含む。農業インフラ老朽化への投資は、地域ごとのコストと便益を精査したうえで優先順位を付けて進める必要がある。併せて、共同利用機械や作業受託体制の整備で小規模経営の負担を軽減することが重要である。国や地方による補助制度は、単に設備を補助するだけでなく運営・維持のノウハウ提供を含めた支援に転換するべきである。

スマート農業の推進

ICT、IoT、ドローン、ロボット、精密農業技術を活用するスマート農業は労働力不足・資材コスト上昇に対抗する有力手段である。具体的には以下を推進すべきである。

  1. センサーネットワークによる圃場毎の生育・水管理の可視化と遠隔制御。

  2. ドローン・自動操舵トラクタによる散布・耕作の自動化と省力化。

  3. AI解析による病害予測・収量推定による投入資材の最適化。

  4. スマートマッチングプラットフォームで作業受託や機械共有を効率化する仕組みの普及。
    これらは初期投資が必要だが、国の補助・融資、リース事業、共同利用モデルで採算化を図れば普及が加速する。スマート農業は品質維持や高付加価値作物の安定供給にも資する。

農地の大規模化・集約化

経営体の大規模化と農地集約は機械化・省力化を通じたコスト削減に直結する。だが、単純な大規模化は地域の社会構造や生態系への影響を及ぼすため、次の点を考慮した段階的な推進が望ましい。

  • 集約化の過程で中小農家が完全に排除されないための受け皿(作業受託、雇用創出、短期リースなど)整備。

  • 多面的機能(景観保全、水源涵養、文化的側面)を評価する補助・税制設計。

  • 共同利用のための地域協同体・法人化支援で経営のスケールメリットを享受させる仕組みの構築。

農家の経営安定化

収入の変動を緩和するためには価格リスク・天候リスクに対応する多様な施策が必要である。具体策は以下である。

  • 価格下落時の最低保障や収入安定化支援(補助金・保険制度の充実)を検討する。

  • 生産多角化(加工品、直販、観光連携、米以外の作物導入)を促進する支援メニューの整備。

  • ファイナンス面では低利融資、リース型設備導入、保険商品(天候連動保険等)の普及で投資負担を軽減する。

  • 農業経営のデジタル化支援(帳簿、販売チャネル管理、補助金申請の簡素化)で事務負担を削減する。

気候変動への対応

気候変動は長期的に生産量・品質・流通コストに影響を及ぼす。特に稲の登熟期における高温は白未熟粒や品質低下を引き起こし、商業価値を減じる。研究や現場報告は、登熟期20日間の平均気温が26〜27°Cを超えると品質劣化が顕著になることを指摘している。今後の高温化は収穫量・品質に対して重大なリスクとなるため、適応策を講じる必要がある。

高温耐性品種の開発

気候適応として高温耐性(品質維持)品種の育成が重要である。国内外の研究では耐熱性品種の効果が示されつつあり、品種改良による品質維持は有効な対策である。だが、新品種の普及には数年単位の試作・適応検証が必要であり、種苗の供給体制、品質基準、流通適応、マーケティング支援などを一体的に整備する必要がある。品種改良は遺伝資源管理、遺伝子編集や従来育種技術の組合せで加速できる可能性があるが、消費者理解や法規制面も考慮する必要がある。

栽培技術の改良

栽培法面では以下を推進することで高温被害を軽減する余地がある。

  • 早生〜中生品種の適切な選択と作期調整で登熟期の高温回避を図る。

  • 水管理(かんがいのタイミングや湛水管理)と施肥の高度化で生育の均一化を図り、品質低下を最小化する。

  • 病害虫防除のためのIPM(統合的病害虫管理)や生物的防除の導入で薬剤依存を減らし、品質維持に貢献する。

  • ポストハーベスト(乾燥・保管)管理の強化で品質劣化とロスを抑える。これらは現場への適切な研修と支援があって初めて効果を発揮する。

新たな生産地の開拓

低コストで安定生産が可能な新規生産地の開拓は輸出向け増産の鍵となる。具体的には気象リスクの相対的に低い地域や大規模機械化に適した平地圃場の活用を進めることが考えられる。だが生態系、用排水、地域社会への影響を配慮し、環境影響評価や地域合意形成を前提に進める必要がある。輸出用の標準化された生産プロトコル(品質・残留基準・出荷カレンダー)を整備して輸出先の需要に合致させることが重要である。

需要の創出と多様化

国内消費が横ばいであるため、需要の拡大は輸出だけでなく国内での新たな用途開発にも向けるべきである。具体的には米粉の普及、加工食品(即席飯、調理済み食品、機能性食品)、酒米・加工酒向け高付加価値商品のブランド化、バイオ系用途(バイオプラスチック、飼料の一部転換)などが挙げられる。官民共同でのプロモーション、規格整備、流通チャネル開拓により需要の源を多様化させることが重要である。

米粉や加工食品への利用拡大

消費者の多様な嗜好やアレルギー対応への対応として米粉やグルテンフリー市場へのアプローチが有望である。加えて、加工技術の進化により米由来の高付加価値製品(即席リゾット、機能性シリアル、調理済み米製品等)が開発可能であり、これらは国内外市場での差別化要素となる。公的補助と民間の開発投資を連動させることで規模メリットを作り、供給チェーンを整備する必要がある。

多様な食文化への対応

外国人観光客の増加や国際化を背景に、コメの多様な食文化への適応が求められる。例えば寿司用、炊飯用、インスタント・加工用途など用途別の規格・パッケージ戦略を強化することが輸出競争力の向上に寄与する。観光地での地産地消ブランドや体験型ツーリズム(田植え・収穫体験)も農家収益の多角化に貢献する。

問題点の整理

現状の問題点を整理すると次のようになる。

  1. 気候変動による品質・収量不安定化(高温・豪雨・台風等)。

  2. 農家の高齢化と後継者不足による生産基盤の脆弱化。

  3. 農地の細分化、小規模経営によるコスト競争力の低下。

  4. 私的在庫の減少と市場在庫の脆弱化による短期供給危機。

  5. 輸出拡大のための生産コストと品質要件の両立が課題。

対策(政策・技術・産業側の提言)

以下に施策を「短期(1〜3年)」「中期(3〜7年)」「長期(7年以上)」に分け、実施主体(国・自治体・生産者・民間)を明示して提言する。

短期(1〜3年)
  1. 緊急在庫と流通の弾力化:私的在庫回復支援、政府備蓄の回転率見直し、地方間融通体制の整備を国主導で速やかに行う。

  2. 気象リスク対策の即応:登熟期の高温回避技術(湛水管理、日除け資材等)の普及と補助を自治体と共同で展開する。

  3. スマート農業の導入促進:現場導入に向けたリース制度や補助金でドローン・自動操舵機の利用を拡大する。

中期(3〜7年)
  1. 高温耐性品種の普及加速:育種・実証・普及の一気通貫プロジェクトを政府と研究機関で立ち上げる。試験圃場と産地の協同検証を進め、流通・加工の適合性を確認する。

  2. 農地集積と経営スケール化支援:地域協同モデル、法人化支援、作業受託市場の整備で中小経営の受け皿をつくる。

  3. 加工・需要開拓支援:米粉利用促進、加工食品開発支援、海外マーケティングによる輸出チャネル拡大を官民で連携して行う。

長期(7年以上)
  1. 生産コスト構造の抜本的転換:自律的に生産性を高めるための研究開発投資、機械化の標準化、労働生産性の常時改善を継続する。

  2. 気候変動に強い地域作付けへの構造転換:将来の気候予測に基づく地域別作付け再編と、代替作物や輪作体系の導入を進める。

  3. 国際連携による需給安定化:国際市場での情報共有、FTA等を通じた需要基盤構築で外的ショックに備える。

実施に当たっての横断的施策

  1. 研究開発と実装の連携:大学・国立研究機関・民間企業・生産者の連携プラットフォームを整備する。新品種・技術の現場実装を加速するための公的助成を提供する。

  2. 人材育成:次世代農業人材の育成、ICTスキル研修、経営・マーケティング教育を体系化する。若年層誘引のための起業支援や住宅・生活インフラ整備も重要である。

  3. 資金供給と保険:収入安定化のための多層的リスクマネジメント(公的保険、民間保険、価格安定化メカニズム)を整備する。初期投資に対する低利融資・税制インセンティブも導入する。

今後の展望

短期的には供給不安の緩和と在庫回復が最優先課題であり、登熟期の高温・異常気象への即応的技術導入と在庫管理の強化で一定の効果を期待できる。中期的には高温耐性品種の実装、スマート農業と農地集約による生産性向上、加工品需要の拡大が鍵となる。長期的には、気候変動の進行や国際情勢の不確実性を前提に、国内外での需要多様化、供給ネットワークの冗長化、持続可能な生産体系の確立が求められる。政府は明確なロードマップと公的資源の戦略的な配分、民間は技術革新と市場開拓に責任を持って取り組む必要がある。

まとめ(政策的優先順位)

  1. 緊急対応:在庫回復と流通弾力化、登熟期高温対策の即時導入。

  2. 中期投資:高温耐性品種とスマート農業、農地集約による生産性向上。

  3. 需要側施策:国内加工・米粉市場の育成と輸出チャネル強化で需給のバランスを多角化。

  4. 長期的構造改革:気候変動対応を組み込んだ地域別作付け戦略、持続可能な農村経済の再生。

これらを同時並行で実行するため、国は十分な財政支援と制度設計(補助・税制・保険・土地制度)、地方自治体は地域特性に応じた実装力、研究機関は技術供給、民間は市場創出と事業化を担うという分担と連携が不可欠である。単独の短期対策だけでは脆弱性は解消しないため、短期の緊急対応と中長期の構造改革を統合した包括的な戦略を早急に策定・実行する必要がある。


主要引用・参考資料(本文で参照した代表的な出典)

  • 農林水産省:Annual Report on Food, Agriculture and Rural Areas, FY2024(政策方針・輸出目標等).

  • 農林水産省統計年鑑(作付面積・生産統計).

  • USDA FAS Tokyo 報告「Rice Supply Shortage Disrupts Consumers in Japan」等(在庫・需給関連報告).

  • Nippon.com「Harmful Heat: Climate Change's Impact on Crop Yields and Quality in Japan」(高温の登熟期影響と品質劣化).
  • 学術研究(熱耐性品種の効果・栽培技術に関する研究論文).

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