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コラム:世界で注目、日本の「発酵食品」、人気の理由

日本の発酵食品が世界で注目される理由は複合的である。
様々な発酵食品(Getty Images)

近年、日本の発酵食品が世界的に注目を集めている。伝統的な味噌、醤油、漬物、納豆、麹を用いた調味料、そして清酒(酒)や酢などが海外市場や専門家の関心を引き、輸出や海外レストランでの採用が増加している。世界的な健康志向の高まり、腸内環境への関心、そして食の多様性を求める消費者の需要が重なり、日本の発酵食品の価値が再評価されている。さらに「和食(Washoku)」の国際的評価や伝統技術の保護が、発酵食品全般への注目を後押ししている。

発酵食品とは

発酵食品とは、微生物(細菌、酵母、麹菌など)が食品素材中の成分を分解・変換することで生じる味、香り、テクスチャー、保存性や栄養価の改変を伴う食品を指す。発酵は酸、アルコール、酵素、あるいは有用な代謝物を生み出し、人間の嗜好性や消化性を改善する過程である。日本における代表的発酵食品には味噌、醤油、納豆、漬物(漬け物)、みりんや清酒などがあり、これらは地域性と製法の多様性を持つことが特徴である。農林水産省の資料でも、発酵食品・調味文化が日本の伝統食品体系として整理され、さまざまな製法と分類が提示されている。

世界での評価

欧米やアジアの都市部を中心に、日本の発酵食品はヘルスコンシャス層やグルメ層から高評価を受けている。レストランのシェフや食品研究者は、味の深み(旨み)や調理における汎用性を評価しており、味噌や醤油を使った現代的な料理、発酵を応用した新商品の開発、さらには日本の発酵プロセスを取り入れたクラフト食品が誕生している。市場データからも、発酵食品・飲料市場は世界的に拡大基調にあると報告されており、健康志向やプロバイオティクス需要が成長の原動力となっている。

健康への関心

世界的に健康・ウェルネス志向が高まり、食生活における機能性を重視する動きが強い。発酵食品は消化吸収を助ける酵素や一部の有用微生物、発酵過程で生成される代謝物(短鎖脂肪酸など)により、腸内環境や免疫系に良い影響を与える可能性があるとして注目されている。国際機関(FAO/WHO)や査読付き総説でも、発酵食品と腸内微生物叢への影響に関する研究が増えており、発酵食品が短期的・長期的に腸内細菌叢に変化を与えることが示唆されている。ただし、すべての発酵食品が「プロバイオティクス」に該当するわけではなく、科学的な効果を主張するには品目や菌株ごとの検証が必要である。

腸内環境の改善

発酵食品の摂取が腸内フローラの多様性や代謝産物に良い影響を与える可能性が研究で示されている。具体的には、ラクトバチルスやビフィズス菌などの有用菌や、発酵で生成される短鎖脂肪酸(酪酸など)が腸粘膜を保護し、炎症を抑える方向に働く場合がある。近年のヒト試験や動物実験は増えており、発酵食品の定期的摂取が消化機能や一部のメタボリックマーカーに好影響を与える事例が報告されている。ただし、効果は食品種類・個人差・摂取量に依存するため、健康効果の汎化には慎重な解釈が必要である。

栄養価の向上

発酵は栄養価の改良をもたらす。タンパク質の分解によるアミノ酸とペプチドの増加、ビタミン(特にビタミンB群)の増加、ミネラルの利用可能性改善などが知られている。例えば大豆を発酵させることで抗栄養因子(フィチン酸など)が低減され、鉄や亜鉛の吸収率が上がる場合がある。これにより、発酵食品は原料の栄養を「より利用しやすい形」に変換する機能を持つ。加えて、発酵により生じるペプチドの一部は機能性を持つ(血圧低下や抗酸化作用など)可能性が指摘されており、食品科学の観点からも注目されている。

和食文化の世界的評価

「和食」は2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されたことで国際的関心が高まり、和食文化に含まれる発酵技術や調味体系も見直されるきっかけになった。和食が強調する季節感、素材の生かし方、出汁と旨みのバランスは、発酵食品による味の層の厚さと深く結びついている。ユネスコ登録は観光や食材輸出、現地での和食教育といった波及効果をもたらし、発酵食品そのものへの注目度向上に寄与している。

ユネスコ無形文化遺産への登録(和食)

和食のユネスコ登録(2013年)は、伝統的な食文化全体の価値を国際的に認知させる契機になった。登録文書では、和食が地域の食材、調理技術、保存方法(発酵を含む)を通じて自然との調和を表すことが評価された。和食の国際的な広がりは、海外での発酵食品の受容性を高めるうえで重要な役割を果たしている。観光や料理教育、輸出拡大を通じた実務面の広がりも派生している。

海外シェフからの注目

海外の有名シェフや料理研究者は、日本の発酵技術や発酵食品由来の調味料(特に味噌、醤油、出汁、甘酒、塩麴)を素材として取り入れている。発酵調味料はうま味を付与するだけでなく、調理工程での旨みの引き出しや、発酵によるテクスチャー変化を利用した料理創作を可能にする。現地食材と日本の発酵技術を組み合わせる試みが増え、フュージョン料理や高級レストランのメニューに和発酵素材が登場するケースが増加している。

独特の風味と旨み

日本の発酵食品が評価される大きな理由は「旨み」である。昆布だしに代表されるグルタミン酸、発酵過程で増えるイノシン酸やγ-アミノ酪酸(GABA)など、多様な旨味成分が重なり合うことで深い味わいを生む。味噌や醤油では麹の酵素作用によりタンパク質がアミノ酸へ分解され、複合的な旨みが形成される。この旨みの存在が世界の料理人や消費者の嗜好に合致しやすい点が評価されている。

旨み成分の増加(科学的背景)

麹菌や乳酸菌、酵母などの微生物は酵素を生産し、原材料中の大きな分子(タンパク質、デンプン、脂質)を分解する。分解の結果として遊離アミノ酸(特にグルタミン酸)、核酸系(イノシン酸)や低分子ペプチドが増加し、これらが複合して「旨み」を高める。学術研究や食品分析は、発酵期間や菌株の違いが旨味成分の組成に大きく影響することを示しており、発酵条件の最適化は風味設計の重要な手段となっている。

保存性の向上

発酵は保存性を高める技術でもある。酸やアルコール、塩分、あるいは特定代謝物の生成により、腐敗菌や病原菌の増殖が抑制されるため、保存期間が延びる。歴史的には、保存技術としての発酵が食料確保に寄与し、地域特産物の長期保存と流通を可能にした。現代でも発酵が食品ロス削減や食材の長期利用に寄与する点はサステナビリティの観点から注目されている。

独自の微生物「麹菌」

日本の発酵文化で中心的役割を果たしているのが麹菌(Aspergillus属の一種、一般にはAspergillus oryzaeなど)である。麹菌はでんぷんやタンパク質を分解する強力な酵素群を産生し、味噌・醤油・清酒・甘酒など多様な製品の基盤となる。麹を用いる技術の歴史は長く、地域による種麹管理や伝承が発展してきた。麹菌の遺伝学・ゲノム解析は近年進展しており、酵素生産や代謝特性の理解が深まっている。こうした基礎科学が発酵技術の改良や新商品の開発を支えている。

日本の「国菌」

日本の発酵産業と学術界は、麹菌を「国菌」として象徴的に扱ってきた経緯がある。麹菌が日本の伝統的発酵食品の根幹を成す微生物であることは学界や業界の共通認識であり、学会レベルでの認定や紹介が行われている。こうした文化的・学術的な位置づけが、麹菌研究や発酵食品の産業的価値向上につながっている。

微生物イノベーション

現代の発酵研究は単なる伝統継承に留まらず、微生物ゲノム解析、代謝工学、プロセス工学、微生物群集(メタゲノム)解析といった先端分野と結びついている。大学・公的研究機関と民間企業の共同研究により、麹菌や乳酸菌の有用性解明、新規酵素の探索、耐塩性や風味生成特性の高い菌株選抜などが進む。これにより従来技術の高効率化や新しい発酵食品の創出が容易になり、海外企業や研究者との国際共同研究も活発になっている。東京工業大学などの研究例は、麹菌の進化やゲノムに関する知見を提供している。

産業化と市場動向(専門機関データ)

市場調査機関は世界の発酵食品・飲料市場が成長していると報告している。健康志向やプロバイオティクスの需要、伝統発酵食品の国際化が市場拡大の要因とされ、今後も堅調な成長が予測されている。日本の輸出データや産業支援施策も、地域特産品の海外販路開拓や輸出促進を通じて発酵食品の国際進出を後押ししている。市場規模や成長率の具体的数値は調査機関によって差異があるが、いずれの報告も発酵関連セクターへの注目度が高いことを示している。

食文化としての多様性と地域性

日本の発酵食品には、地域ごとの気候、原料、製法が反映される。例えば、東北の寒冷地で発展した保存技術と発酵法、南西諸島の独特な塩文化に根ざした漬物類など、地域固有の発酵食品が数多く存在する。この地域性が「ローカル・フード」として海外市場で差別化要因となり、観光や地場産業の振興にも結びつく。地域性を活かしたブランディングは、海外消費者にとっての魅力となる。

安全性と規制の課題

発酵食品は長い歴史に裏付けられた技術だが、国際流通や輸出拡大の際には食品安全や表示規制の課題に直面する。微生物由来の有益性を訴える表現は各国の規制で許容範囲が異なるため、科学的エビデンスの整備と適切な表示が求められる。FAO/WHOや各国のガイドラインに沿った研究と品質管理が、国際展開には不可欠である。

持続可能性と食品ロス削減への貢献

発酵は食材の長期保存を可能にし、地域の食材を無駄なく活用する方法でもある。副産物(米糠など)を利用した発酵プロセスや、低投入で価値を高めるプロセス設計は、循環型の食産業を実現するうえで有効である。産業界では廃棄物のアップサイクルと発酵技術の組合せによる新たな価値創出が模索されている。

今後の展望
  1. 科学的エビデンスの強化:発酵食品の健康効果を明確にするためには大規模介入試験や菌株特異的な解析が必要である。研究機関と産業界の連携で臨床試験やメカニズム研究が進むだろう。

  2. イノベーションの加速:ゲノム解析や代謝工学を用いた改良麹や新規発酵プロセスの開発が進む。これにより風味設計や機能性強化が可能になる。

  3. 国際標準化と表示:機能性表示やプロバイオティクス表現に関する国際基準整備の動向が重要となる。科学的根拠に基づく主張と透明な品質管理が求められる。

  4. 地域ブランドの国際展開:地域の伝統的発酵食品を高付加価値化し、観光や海外マーケットへ結び付ける努力が強化される。ユネスコ登録など文化的認知はこの流れを助ける。

  5. サステナブルな食品システムへの寄与:発酵技術は食品ロス削減や副産物の利活用に貢献するため、循環型農業・食品産業の要素として期待される。

まとめ

日本の発酵食品が世界で注目される理由は複合的である。第一に、麹菌など独特の微生物資源と長年の熟練した製法が生む深い旨みや多様な風味、保存性が評価されている。第二に、健康志向や腸内環境への関心が高まり、発酵食品がもたらす栄養的・機能的利益が注目されている(ただし食品ごと・菌株ごとの科学的検証は今後の課題である)。第三に、和食の国際的評価や文化的認知、そして市場の成長予測が発酵食品の国際展開を後押ししている。さらに微生物ゲノミクスやプロセス工学といった科学技術の進展が、伝統と革新を結びつけることで新たな需要を生み出している。今後は科学的エビデンスのさらなる蓄積、国際基準への対応、地域ブランドの戦略的展開を通じて、日本の発酵食品はより幅広く世界の食文化・食産業に貢献していくと予想される。


主要出典

  1. UNESCO — “Washoku, traditional dietary cultures of the Japanese, notably for the celebration of New Year.”(和食の無形文化遺産登録に関する公式ページ)。

  2. 農林水産省(MAFF) — “Fermented Foods” 等の資料(日本の伝統的発酵食品の分類・特性解説PDF)。

  3. 日本醸造学会/学術資料 — 麹菌(Aspergillus oryzae)の役割と「国菌」的取り扱いに関する解説。

  4. 学術総説(PMC) — “Fermented Foods, Health and the Gut Microbiome” 等による発酵食品と腸内細菌叢への影響のレビュー。

  5. 市場調査(IMARC/ Fortune Business Insights等) — グローバルな発酵食品・飲料市場の成長予測と市場動向。

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