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コラム:危機に直面する大学病院、巨額赤字で崩壊寸前

日本の大学病院が「巨額の赤字」を抱えるに至ったのは、単一の原因によるものではなく、物価・人件費・医薬品材料費の急上昇、診療報酬や交付金の対応不足、コロナ期の一時的補助金の終了、高度医療の不採算性、設備更新負担など複数の要因が同時に作用した結果である。
医師(Getty Images)
現状(2025年11月現在)

2024年度から2025年度にかけて、日本の大学病院は深刻な経営悪化に直面している。全国の大学病院を取りまとめた集計や医学部長・病院長会議の報告では、大学病院全体で数百億円規模の経常赤字が発生していると公表されている。具体的には、2024年度に大学病院全体で約508億円の経常赤字が生じたと報告され、国立大学病院グループや国立病院機構でも数百億円単位の赤字見込みが示されている。こうした巨額赤字は、単年度の一過性の損失ではなく、物価・人件費上昇や補助金の終息、診療報酬の対応不足など複数の要因が積み重なった構造的危機である。

危機に直面する大学病院

大学病院は高度医療・救急医療・臨床研究・教育機能を兼ね備える拠点病院であり、採算性が必ずしも高くない高度専門医療や地域医療の受け皿である。にもかかわらず、近年のコスト上昇と収入構造の硬直化は、大学病院の経営を圧迫している。特に人件費や医薬品・診療材料費の急騰、光熱費の上昇、そして新型コロナウイルス対策時に支給された補助金の終了が同時期に発生したことが大きな打撃になっている。

主な経緯・理由(総括)

大学病院が巨額赤字に至った経緯は複合的であり、主な要因は以下のとおりである。

  1. 物価上昇・供給コストの増加(医薬品・診療材料・光熱費など)。

  2. 人件費の増加(看護師・診療補助職・事務職等の賃金上昇・確保コスト)。

  3. 診療報酬制度がコスト上昇を十分に反映していないこと、診療報酬の伸び悩み。

  4. コロナ期に支出を補填していた補助金の終了により一時的財源が消失したこと。

  5. 高度医療や研究・教育という非採算部門の負担が大きいこと。

  6. 老朽化した設備・機器の更新が滞り、維持費や修繕費が増大していること。これらの要因が相互に影響し合い、巨額赤字という結果をもたらした。

費用の高騰

世界的な物価上昇(エネルギー・物流コストの上昇)、円安の影響、一部の医療機器・医薬品の国際価格上昇により、病院の購買コストが上昇した。加えて、医療材料の供給網の変化や特殊材料の高騰により、病院で使用する医薬品・診療材料の支出が短期間で大きく膨らんでいる。医学部長病院長会議や病院団体の試算では、医薬品費や診療材料費が数%〜二桁%の増加となり、病院収支を圧迫していると指摘されている。

人件費の増加

病院における人件費は収支構造の中で最大項目であり、特に大学病院は高度専門職(専門医・看護師・臨床検査技師など)を多く抱えるため人件費負担が大きい。近年の人手不足に対応するための賃上げや夜勤手当の増加、外部委託から直雇用への移行などが人件費を押し上げている。調査では、多くの病院で職員不足が継続し、確保のための処遇改善や募集コストが増加していることが示されている。結果として人件費が数%台の増加となり、経営に直接的な悪影響を及ぼしている。

医薬品・診療材料費の高騰

高額抗がん薬や再生医療製品、特殊診療材料の使用増加に伴い、医薬品費・診療材料費が増大している。これらは患者の治療に不可欠な一方で価格が高く、病院の医業費用に占める割合が拡大している。国の薬価制度や特定材料価格改定で一部補填される場合もあるが、全体としては病院側の負担増が続いているとの分析が多数報告されている。

診療報酬制度の問題

日本の公的医療保険制度に基づく診療報酬は、2年ごとの改定で医療サービスの価値を反映する仕組みである。しかし、近年の診療報酬改定では、物価や人件費の急激な上昇を十分にカバーできていないとの批判が強い。特に入院医療や高度医療の評価が不十分で、病院が現実のコスト増に見合う報酬を得られていないケースが多い。学会や病院団体の試算では、2020年以降に必要だった診療報酬引き上げ幅と実際の改定幅とのギャップが財源不足をもたらしていると指摘されている。

診療報酬の伸び悩み

診療報酬の全体的な伸びが抑制される一方で、病院側のコストは増加しているため、相対的に病院収支は悪化している。中でも大学病院は先端治療・研究費が多く、診療行為に直接結び付かない教育・研究投資が収支を圧迫している。官民の議論でも、診療報酬だけでは大学病院の複合的機能を維持できないとの認識が広がっている。

高度医療の役割と不採算性

大学病院は高難度手術、希少疾患治療、臨床研究や治験などを担うため、採算性の低い医療業務を多く抱える。高度医療は社会的に必要だが単体の採算は取りにくく、診療報酬制度だけで十分に支えることが難しい。これにより大学病院の「公益的負担」が財務を圧迫している。

構造的な要因:運営費交付金の減少と補助金依存の脆弱性

大学病院運営には国や自治体からの運営費交付金や補助金が一定の役割を果たしてきたが、近年は交付金や特別補助の縮小や配分見直しが進んでいる。また、コロナ対応として実施された一時的な補助金が終了した際に、その穴埋めを行う恒久的な財源が十分に確保されなかったことが問題を深刻化させた。補助金への依存度が高い病院は、補助金が消滅すると短期的に大幅な収支悪化に陥る脆弱性を抱えている。

コロナ補助金の終了

コロナ流行期に政府は病院経営を下支えするための補助金や特別交付を行ったが、流行の落ち着きに伴いこれらの一時的支援は終了した。コロナ期に慣れた高い支出水準(感染対策や人員配置の確保など)を維持する必要がある一方で、その財源が消失したことが多くの病院の赤字化を招いた。国立病院機構や大学病院グループが、補助金終了を主要因の一つとして赤字を説明している。

老朽化した設備・機器

大学病院は社会的役割上、高額で高度な医療機器や施設を保有していることが多い。設備の老朽化や更新遅れは診療の質低下や修繕費の増加を招き、また更新投資のために多額のキャッシュが必要になる。赤字が拡大すると設備更新が手控えられ、長期的には医療安全や研究開発力の低下に繋がる。

課題(コスト上昇と収入のミスマッチ)

大学病院を巡る最大の課題は、コスト上昇の勢いに対し、公的診療報酬や交付金が追いつかず、収入と支出のミスマッチが拡大している点である。結果として、(1)高度医療・救急医療の維持が困難になる、(2)教育・研究予算が圧迫される、(3)設備投資が先送りされる、(4)結果的に医療の提供能力が低下しかねないという悪循環が生じる。

高度医療・不採算医療の負担と教育・研究機能への影響

大学病院は社会的使命を有しているため、採算性の低い医療を継続して提供する必要があるが、財務が悪化するとこれらの分野が真っ先に削られる傾向にある。教育機能(臨床教育・研修)や研究(基礎・臨床研究)への投資削減は、将来の医療人材育成や医療イノベーションの停滞を招く可能性がある。実際に、病院長会議では研究費や設備投資の先送りが既に生じているとの報告がある。

設備投資の遅れと長期的影響

赤字が継続すると安全性向上や診療効率化につながるIT・医療機器への投資が滞る。これにより診療の効率低下や人員の負担増加が進み、さらにコスト悪化を招く悪循環に陥る。研究機能・共同研究や製薬企業との連携にも影響が及び、結果的に国としての医療研究力の低下を招く可能性がある。

対策(総論)

大学病院の財政危機に対する対策は個別病院での経営改善と国・自治体による構造的支援の両輪が必要である。政府・関係機関への要請項目としては、(1)診療報酬制度の見直し(コスト上昇への迅速な反映)、(2)運営費交付金や補助金の恒久化・拡充、(3)高度医療や教育・研究機能を評価する新たな財政支援枠の創設、(4)病院経営の効率化・広域的な機能分担の推進、(5)設備更新のための低利融資や税制優遇措置などが検討されている。

国による財政支援・制度改革の提案点

専門家や病院団体は、診療報酬改定だけでなく、運営費交付金の充実や高度医療支援金、教育研究交付金の拡充など、大学病院の複合機能を支えるための包括的な財政支援を提案している。また、補助金終了時の「段階的移行措置」や地方の拠点病院への重点支援など地域特性を踏まえた政策も必要である。政策提言の多くは、短期の緊急支援と中長期の制度設計の両面を求める内容になっている。

診療報酬の大幅な見直しの必要性

中長期的には診療報酬において、人件費や物価上昇を迅速かつ的確に反映する仕組みが求められる。病院団体の試算によると、2020年以降に必要とされた診療報酬の上乗せ分を累積すると相当額に達し、それが補填されないままコスト上昇が続いていることが財政悪化の大きな要因になっている。診療報酬の細分化・評価指標の見直しとともに、非診療報酬的な交付金の在り方を再検討する必要がある。

緊急の財政支援と運営費交付金の充実

多くの専門家や病院長が短期的な緊急財政支援を政府に要請している。具体的には、当面の赤字を埋めるための補正予算や特別交付金の配分、運営費交付金の増額・条件緩和などが挙げられる。これにより、医療提供の継続性と医療安全を確保しつつ、抜本的な制度改革のための時間を稼ぐことが狙いである。

病院経営の効率化、業務効率化とコスト削減

財政支援と並行して各病院は経営効率化を進める必要がある。具体策として、購買の共同化・一括化によるコスト低減、業務プロセスのデジタル化による人員負担軽減、外来・入院の動線最適化、医療材料の使用適正化、非医療支出の見直しなどがある。また、共同研究や人材交流を通じた広域連携で重複する投資を抑制することも有効である。

経営戦略の見直しと機能分担の推進

大学病院群として広域的な機能分担を明確化し、各拠点の専門性を高めることで無駄な重複を避け、効率的な医療資源配分を図る戦略が求められる。例えば、ある拠点は高度手術・治験に特化し、別の拠点はリハビリや慢性疾患管理に特化するなど、連携を強化して医療提供体制の最適化を図ることが可能である。

今後の展望(中長期)

中長期的には、次のような方向性が重要になる。

  1. 診療報酬・交付金の制度設計を見直し、コスト上昇に追随する柔軟な財政メカニズムを導入する。

  2. 高度医療・教育・研究を適切に評価し、支えるための専用財源や評価指標を整備する。

  3. 病院間の機能分担・連携を進め、地域医療ネットワークを強化する。

  4. 病院運営のデジタル化・効率化と人材確保戦略を同時並行で進める。

  5. 政府・大学・医療機関・民間が協働して、研究・治験の継続性と教育の質を担保する仕組みを作る。これらの取り組みが実行されない場合、大学病院の機能低下が進み、国民医療全体に負の影響を与えるリスクがある。

最後に

日本の大学病院が「巨額の赤字」を抱えるに至ったのは、単一の原因によるものではなく、物価・人件費・医薬品材料費の急上昇、診療報酬や交付金の対応不足、コロナ期の一時的補助金の終了、高度医療の不採算性、設備更新負担など複数の要因が同時に作用した結果である。短期的には緊急支援が必要であり、中長期的には制度設計の抜本的な見直しと病院経営の構造改革が不可欠である。大学病院は国の医療・研究・教育の中核であり、その維持は公衆衛生上の最重要課題であるため、政府と医療界が協力して持続可能な解決策を講じる必要がある。


主な参考資料(抜粋)

  • 全国医学部長病院長会議:大学病院の経営状況報告(2025年報告等)。

  • 国立病院機構・公表資料(経常赤字に関する報告)。

  • 一般社団法人 日本病院会・関連試算およびAJHCの「病院医療提供コストの上昇と診療報酬対応不足の試算」等。

  • 公的調査(福祉医療機構など)による病院の人材確保・賃金動向調査。

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