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コラム:日本の半導体産業が伸び悩んでいる理由、一発逆転は?

日本の半導体産業が伸び悩んできた理由は単一の要因によるものではなく、歴史的な貿易摩擦、ビジネスモデルの変化を読み切れなかった点、長期にわたる投資停滞、他国の積極的な投資・政策、そして人材やサプライチェーンの問題など、複合的な要因の積み重ねによる。
半導体のイメージ(Getty Images)

世界の半導体市場は近年大きな成長サイクルにあり、WSTSやSIAは2024年〜2025年にかけて二桁成長を予測している一方で、地域・企業ごとの役割分担が明確になっている。日本は半導体の最終製品(ファブレス設計や先端プロセスの量産)で世界トップに立つには至っていないものの、半導体製造装置や材料、ウエハー、パッケージング機器など特定分野では高い世界シェアを保有している。日本政府は近年、先端半導体を国内で再生産するための大型補助金や産学連携プロジェクトを打ち出しており、ラピダス(Rapidus)への補助等を含めた支援が行われている。

黄金時代

1970〜1980年代、日本の半導体産業はメモリ(DRAM等)を中心に世界市場で圧倒的な存在感を示し、1980年代半ばには世界市場シェアが高水準に達していた。日本の企業は製造プロセスの歩留まりや設備/材料面での革新を通じて競争力を確立したため、当時の国際競争で主導的地位を占めた。製造装置や材料に関する技術蓄積はこの時期に形成され、その後の装置・材料大手の国際展開につながった。

世界制覇(当時の事情と米国との軋轢)

日本の台頭は同時に米国との貿易摩擦を引き起こし、1986年の「日米半導体協定」などの枠組みを通じて市場開放や価格ルールが取り決められた。この協定は短期的には米国企業の市場アクセスを改善したが、日本企業にとっては競争の構図を変え、将来の戦略転換を余儀なくさせた。米国側は価格や市場占有に関する圧力をかけ、日本企業の成長軌道に影響を及ぼした。

日米半導体摩擦

1980年代の摩擦は、「輸出自主規制」「自主的価格維持」「市場開放要求」などを伴い、日本側の収益構造や投資判断に影響を与えた。加えて、米国では設計中心(ファブレス)や高付加価値プロセッサ分野での再編が進み、日本企業はIDM(垂直統合型)モデルに留まりがちであったことがその後の相互競争で不利に働いた。結果として、メモリ市場では韓国企業に席巻され、ロジック最先端では台湾・米国企業が優位を確立した。

トレンドを見誤った?(ビジネスモデルと投資判断)

グローバルな半導体産業は1990年代以降に「ファブレス+ファウンドリ(委託生産)」という分業モデルへ移行し、設計力と大規模ファンドリ投資を行うプレイヤーが台頭した。日本の多くの主要企業は従来のIDMモデルを維持し、設計と製造を自社に抱える戦略が長期的資本投下の柔軟性を欠く結果を招いた。加えて、メモリ市場における価格競争(韓国の大規模投資)や、台湾TSMCの集積秩序形成を見誤った面がある。これにより、収益悪化下での研究開発投資や先端プロセスへの継続投資が滞り、技術的遅れが拡大した。

衰退(データで見る変化)

日本の世界市場シェアは1980年代のピークから大幅に縮小し、2020年代に入ってからは一桁台〜十パーセント程度まで低下した。業界専門家は日本の半導体産業が「分業領域は強いが、最先端のロジック・メモリの量産力では後れを取った」ことを指摘している。UNIDOやOECDによる産業統計・分析は日本の製造投資やFDI(対内直接投資)受け入れの課題を示唆しており、国際的な生産再編と補助金競争の下で相対的地位が下がったことが確認できる。

投資停滞(資本形成と政策の空白)

1990年代以降の日本経済の長期停滞や企業の内部留保重視、そしてリスク回避的な投資判断は、半導体設備への大胆な資本投入を阻害した。さらに、海外(特に台湾・韓国・中国・米国)での政府支援や産業政策が活発化する中、日本は長らく同規模の直接的な補助や国家プロジェクトを欠いており、先端ラインの立ち上げ競争で出遅れた。近年になって政府は大型予算を組み直しているが、供給網確保の競争は激化しており、後発となった分だけ高額な投資を必要とする。

他国の台頭(韓国・台湾・中国の戦略)

韓国はサムスンとSK Hynixが大規模なメモリ投資を継続し、メモリ市場での寡占的地位を築いた。台湾はTSMCがファウンドリ市場を席巻し、最先端ロジックの量産で世界をリードする。中国は政府主導の補助金・産業支援を通じて内需向けの半導体サプライチェーンを強化している。OECDや各種報告は、各国・地域の「補助金政策の急拡大」を指摘しており、日本はこれに対抗する形で近年の政策転換を迫られている。

現在(競争環境と強み)

現在の日本は、「全体のシェア」は低下しているが、装置・材料・ウエハー・パッケージングなどの中間財分野で高い競争力を保有している。例えば、コータ/デベロッパー領域や特殊ガス、フォトレジストなどの材料分野で高い世界シェアを持つ企業がある。こうした中間財は世界のファブ建設や稼働に不可欠であり、日本企業は依然としてサプライチェーン上の重要ポジションを占めている。国際機関や研究機関は「日本の再参入は、これらの強みを踏み台にして可能である」としている。

復活は?(政策的・産業的選択肢)

日本の復活シナリオは複数ある。(1) 国内の大型投資(先端ファブの立ち上げ)と海外ファウンドリの誘致、(2) 装置・材料の強みを活かした高付加価値分野(パワー、アナログ、センサー、パッケージング、高信頼性デバイス)への集中、(3) 国際連携(IBM、IMEC、TSMC等との協業)を組み合わせる戦略だ。実際に政府はラピダスの設立支援やTSMC誘致の補助を実施しており、短期的には生産拠点の回復や雇用創出、長期的には技術蓄積が期待されるが、競争優位を回復するには継続的な投資と人材育成、サプライチェーン整備が必要だ。

最先端技術への挑戦(GAA、2nmなど)

最先端ロジックではナノメートル台の微細化、ゲート構造の変化(FinFETからGAAなど)、EUVリソグラフィの活用など極めて高い技術力と巨額投資が必要だ。ラピダスはIBMやIMECと組んで2nm世代の技術開発を目指しているが、量産段階での歩留まり改善やプロセス成熟には多額の追加投資と長期間の開発が必要だ。先進国の補助金合戦が続く中、民間投資だけで短期間に追いつくのは難しく、産官学の長期計画が求められる。

海外企業の誘致(メリットとデメリット)

TSMCの日本投資のように外資系ファウンドリを誘致することは、短期的に国内供給能力を強化し、関連サプライヤーの活性化をもたらすメリットがある。一方で、外資の工場は必ずしも国内の設計企業や部品製造業の深層的な技術移転につながらないケースもあり、政策設計(技術移転要件、地元企業との協業促進、人材育成プログラム)が重要になる。補助金誘致は短期的な効果を出すが、長期的な産業基盤の形成へどう結びつけるかが課題だ。

材料の分野では高いシェア(日本の強みの再確認)

日本企業はフォトレジスト、特殊ガス、CMPスラリー、シリコンウェハーなど材料分野で高いシェアを持っている。これら中間財は世界のファブ稼働に不可欠であり、市場の拡大は日本企業にとって安定した需要につながる。Brookingsなどの分析は、日本が装置・材料分野で依然として強いポジションを持つことを強調しており、これを基盤に高付加価値製品やシステム(モジュール、パッケージ、センサー統合)への展開が現実的な路線であると示唆している。

問題点(構造的課題の整理)
  1. 資本投入の規模とタイミング:最先端ラインは数千億〜数兆円規模の投資を要し、投資回収には長期の視点が必要だが、日本企業は慎重な投資判断をする傾向がある。

  2. 研究開発と実装のギャップ:基礎研究は強いが、それを量産に結びつけるためのマネジメントや迅速な資金供給が不足していた。

  3. 人材不足と世代交代:半導体のプロセス・設計人材は高度であり、世界的な需要増の中で競争的に確保する必要がある。

  4. サプライチェーンの地政学リスク:米中対立やサプライチェーンの再編が進む中、どの程度国内での自給を目指すか、国際分業を維持するかの政策選択が難しい。

課題(具体的施策と制度面)
  1. 長期資金供給の仕組み:国と民間が協調した長期投資ファンド、税制優遇、補助金の継続的枠組みが必要だ。

  2. 人材の教育・再教育:大学と企業の共同プログラムや国際交流、外国人研究者の受け入れ促進が必要。

  3. スタートアップ支援と設計エコシステム:ファブレス設計者とパッケージ・テスト企業を結ぶエコシステムを育て、設計・ソフト面の競争力を高める。

  4. 国際連携の戦略化:単なる補助金競争ではなく、技術移転や共同研究の枠組みを明確化して、誘致外資と国内産業の共生を図る。OECDの分析は、補助金だけでは不十分であり、制度設計の透明性と効率が重要だと指摘している。

今後の展望(複数シナリオ)
  1. 楽観シナリオ:政府支援と企業の大型投資、国際協力により日本が特定の先端領域(高効率プロセス、車載・産業用半導体、高信頼性パワー半導体)で先導的地位を回復する。装置・材料分野の強みを足がかりに、サプライチェーン全体の高付加価値化を実現する。

  2. 現状維持シナリオ:中間財(装置・材料)で強みを維持する一方、最先端ロジック・メモリの分野は海外企業に依存する状態が続く。国内雇用は確保されるが、収益の上位部分は国外に流れる。

  3. 悲観シナリオ:競争激化と補助金合戦で投資対効果が低下し、国内メーカーの撤退や人材流出が進む。中間財もコスト競争でシェアを徐々に失うリスクがある。

政策提言(現実的な対応策)
  1. 選択と集中:限られた予算と人的資源を、車載・産業・電力制御などの“高信頼性・高付加価値”分野に重点配分する。

  2. 官民ファンドの長期化:国家的視座で10年以上の投資回収を前提としたファンドを設立し、継続的な設備投資とプロセス改良を支援する。

  3. 設計エコシステムの強化:大学発ベンチャーやファブレス企業を支援し、ソフト・設計面での競争力を高める。

  4. 国際連携のルール化:誘致する外資や共同研究先との技術移転協約、人材交流計画を制度化し、国内産業への波及効果を明確にする。OECDやWTOの枠組みを踏まえた透明性のある支援が重要だ。

データ出典
  • World Semiconductor Trade Statistics (WSTS) 市場予測。

  • Semiconductor Industry Association(SIA)Factbook、世界売上高の動向。

  • OECDの半導体補助金動向に関する分析。

  • 日本経済産業省(METI)の「半導体・デジタル産業戦略」関連資料。

  • BrookingsやWorld Economic Forum等の分析記事(日本の装置・材料分野の強み)。
  • UNIDO(国連産業開発機関)の産業統計・レポート(製造業指標や国際比較に関する基礎資料)。

結論と今後の視点

日本の半導体産業が伸び悩んできた理由は単一の要因によるものではなく、歴史的な貿易摩擦、ビジネスモデルの変化を読み切れなかった点、長期にわたる投資停滞、他国の積極的な投資・政策、そして人材やサプライチェーンの問題など、複合的な要因の積み重ねによる。だが、日本には装置・材料・ウエハー等の中間財で世界を支える強みが残っており、政策の的確な設計と長期的な投資、国際連携、人材確保が実行されれば、特定領域での復活・再定義は十分に可能である。政府の補助金や外資誘致は短期的に効果を生むが、最終的には国内企業の競争力強化と持続的なエコシステム形成が不可欠だ。OECDやWSTS、UNIDOらの分析は、補助金競争の中での制度設計や国際協調の重要性を示している。日本が自国の強みを的確に生かし、設計・材料・装置・パッケージの連携で高付加価値化を進められるかが、今後の成否を分ける。

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