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コラム:日本のコメ産業が「持続不可能」である理由

日本のコメ産業は食文化の変化、人口減少、農業人口の高齢化、国際競争力の欠如、政策依存体質、そして気候変動といった多重の要因によって、現状の形では持続不可能である。
稲(Getty Images)
1. 歴史的背景と制度的構造

日本のコメ産業は長らく国家経済の中心に位置してきた。江戸時代の石高制に象徴されるように、コメは租税・経済単位としての機能を果たし、戦後の食糧管理制度下でも国家管理によって安定的に生産と流通が確保されていた。しかし1970年代以降、余剰米問題と消費減少が顕在化し、1970年に食糧管理制度の下で減反政策が導入された。以降、農家は国の指導で水田を休耕または転作させる形で生産調整を行ってきた。

2004年の「食糧法」改正によって減反政策は段階的に緩和され、2018年には国による生産数量目標配分が廃止された。しかし実態としては、コメ余りによる価格低迷を防ぐために、JAや地方自治体が事実上の調整を行っている。つまり、自由市場に見せかけた半管理体制が続いており、効率的な競争や市場原理に基づく産業構造転換は十分に進んでいない。


2. 消費減少と需要構造の変化

コメ産業が持続不可能とされる最大の要因は消費量の急減である。農林水産省の統計によると、1人あたりの年間コメ消費量は1962年の118キログラムをピークに減少を続け、2023年には約50キロまで落ち込んだ。これは60年で半分以下となった計算であり、日本人の主食としての地位は大きく低下している。

背景には食生活の多様化がある。パンや麺類の消費が増え、肉類・乳製品など動物性食品の比重も上昇した。外食産業の発展や輸入食品の普及もコメ需要を削った。さらに単身世帯や高齢世帯の増加は、家庭で米を炊く頻度の減少につながっている。

需要減少に対し、農家や流通業者は高付加価値化(ブランド米、無農薬、特別栽培米)や輸出拡大で対応しているが、国内需要の減少速度に追いついていない。輸出量も2022年時点で約2万トン程度であり、国内生産量700万トンに比べれば微々たるものにすぎない。


3. 生産者人口の減少と高齢化

農業人口の減少と高齢化はコメ産業に深刻な影響を与えている。農林水産省の「農林業センサス」によると、基幹的農業従事者の平均年齢は2020年時点で67.8歳に達しており、労働力不足は深刻である。特に水稲農家の後継者不足は顕著で、全農家の約7割が「後継者なし」と答えている。

また、兼業農家が多く、専業農家の割合は減少傾向にある。結果として、農業所得だけで生活を維持する農家は限られ、農地の集約や企業参入が進みにくい状況が続いている。労働力不足と高齢化によって、水田管理の放棄や耕作放棄地の拡大が進行している点も持続性を損なう要因である。


4. 農地構造と効率性の欠如

日本のコメ農業は零細経営が中心であり、農地の細分化が効率的生産を妨げている。農林水産省の統計では、1経営体あたりの水田面積は平均で約1.8ヘクタールにとどまる。これは米国やオーストラリアの数百ヘクタール規模の大規模農場と比べると極めて小規模であり、機械化やコスト削減の余地が限られる。

加えて、日本の農地制度は農地法によって強く規制されており、非農家や企業の自由な参入が難しい。これにより市場原理による効率的な土地利用が阻害され、競争力を失っている。結果として日本のコメ生産コストは高止まりし、国際競争力を持たない構造が続いている。


5. 国際環境と貿易の影響

国際的にも日本のコメ産業は不利な立場にある。世界の主要コメ輸出国であるタイ、ベトナム、インドなどでは生産コストが日本の数分の一にとどまり、日本米の輸出競争力は限定的である。日本国内の米価は1俵(60kg)あたり約1万3000〜1万4000円だが、輸入米はその数分の一で流通している。

また、1995年のウルグアイ・ラウンド合意以降、日本はミニマムアクセス米として毎年77万トンの輸入を義務づけられている。これにより国内需給調整はさらに複雑化し、価格安定のために政府や農協がコストを負担する構造が続いている。


6. 政策依存体質と財政負担

コメ産業は長年にわたり政府の価格政策や補助金に依存してきた。2020年度の農業関連予算のうち約4割がコメ関連施策に充てられているとされる。転作助成や価格安定基金などを通じて農家経済を支えてきたが、少子高齢化と財政赤字が進む中、これを長期的に維持することは困難である。

特に減反政策廃止後も、実質的な補助金依存が続いており、競争力強化や輸出拡大へのインセンティブは弱い。政策に依存する構造そのものが産業の持続性を脅かしているといえる。


7. 気候変動と環境制約

近年は気候変動によるリスクも顕在化している。地球温暖化に伴い、東北・北海道での栽培は拡大可能だが、西日本では高温障害による品質低下が目立っている。農研機構の調査によると、2010年代後半には関東以西で「胴割れ米」や「白未熟粒」の発生が増加しており、等級落ちによる価格下落が農家収入に直結している。

水資源の安定供給も問題であり、渇水や洪水が収穫量を左右するケースが増えている。加えて農薬・化学肥料の使用制限や環境負荷低減の要請は、さらなるコスト増につながっている。


8. コメ産業の地域社会的役割とその限界

コメ産業は単なる食糧供給にとどまらず、農村社会や景観維持、水田の治水機能など多面的役割を持つ。しかし、農業人口の減少と若者流出により農村コミュニティは弱体化し、地域社会維持が困難になりつつある。結果として「農業の社会的意義」を理由に税金で支え続けることに限界が生じている。


9. 持続不可能性の総合的要因

以上を総合すると、日本のコメ産業が持続不可能である理由は以下の通りである。

  1. 消費減少:1人あたり消費量が60年で半減。

  2. 農業人口の高齢化・後継者不足:平均年齢68歳、7割が後継者なし。

  3. 農地の零細性と効率性不足:1経営体1.8ha、国際競争力皆無。

  4. 国際競争力の欠如:輸入米の数倍のコスト、輸出も限定的。

  5. 政策依存と財政制約:補助金漬け構造が持続不可能。

  6. 気候変動リスク:高温障害や水資源不安定化による品質低下。

  7. 農村社会の衰退:農業の多面的機能の維持困難。


10. 今後の課題と展望

持続可能性を高めるためには以下のような課題解決が必要とされる。

  • 需要創出:輸出拡大、米粉や加工食品への用途転換。

  • 生産構造改革:農地集約化、企業参入促進、大規模化。

  • 技術革新:スマート農業、AI・ドローンを活用した省力化。

  • 環境対応:低温耐性品種の開発、持続的農業への転換。

  • 地域社会支援:農業を軸とした観光・地域振興との連携。

しかし、これらの改革が進んだとしても、人口減少と需要低下という根本的制約は容易に解消されない。従って、日本のコメ産業は規模縮小を前提とした再編を迫られる。


結論

日本のコメ産業は食文化の変化、人口減少、農業人口の高齢化、国際競争力の欠如、政策依存体質、そして気候変動といった多重の要因によって、現状の形では持続不可能である。今後は縮小を前提とした持続可能な形への再編が不可欠であり、単に農業政策の問題にとどまらず、食料安全保障、地域社会、環境政策と結びついた包括的な戦略が求められる。

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