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コラム:日本の「コメ産業」を救う方法

日本のコメ産業は歴史的・文化的価値と高品質という大きな強みを持っている一方で、人口減少・高齢化・需給の変化・制度の硬直性といった複合的な課題を抱えている。
白米(Getty Images)

日本の水稲生産は面積と収穫量の点で近年おおむね安定しているが、需要構造や生産者構成の変化により産業としては弱点が顕在化している。令和6年産(2024/2025シーズン相当)の作付面積はおよそ135.9万ha、主食用作付面積は約125.9万ha、収穫量は水稲全体で約734.5万トン、主食用で約679.2万トンと見込まれている。これは天候等の条件に左右されるが、量的には依然として世界的に見ても高品質米を安定供給する規模である。

一方で国内の一人当たり米消費量は長期的に減少しており、令和5年度の一人当たり消費量は約51.1kgで、昭和37年度(1962年頃)の118.3kgから大幅に低下している。この消費減少は食生活の多様化、単身世帯の増加、外食・中食の拡大、若年層の嗜好変化などが複合的に作用している。

輸出は増加傾向にあるものの量と金額は国内消費に比べれば限定的であり、近年は精米・玄米等の輸出量が増加しているとはいえ(例:2024年上半期の輸出数量は約2.08万トン、輸出額は55億円前後)、主要な輸出先は香港、米国、シンガポール等に偏っており、世界市場での存在感はまだ限定的である。

歴史

コメは日本の食文化と農村社会を規定してきた中核作物である。戦後の食糧増産政策、農地改革、高度経済成長期の食習慣変化といった流れを通じて量的な自給はほぼ達成されたが、需給調整(生産調整や耕作放棄地対策)、戸別所得補償制度などの政策は、農業生産者の行動や新規参入のハードルに長期的影響を与えてきた。戸別所得補償や生産調整の意図は生産過剰の是正と農家所得の安定化にあり、短期的には農家の収入確保に寄与したが、長期的には多様な農業経営や新規事業への移行を阻む側面も指摘されてきた。

戦前から続く農村の共同体や稲作文化は、都市化と産業構造の変化で徐々に解体されてきた。かつての「兼業農家」モデルは都市部の雇用機会拡大とともに変容し、専業化・規模拡大が進む一方で、地域に根差す小規模農家の高齢化と後継者難が深刻化した。

人口減少と農家の減少

日本全体の人口は長期的に減少しており、この傾向は地域の労働力供給に直接影響する。近年の人口推計では年ごとの減少が続き、2024年の出生数は過去最低水準に達した。人口減少と高齢化は農業従事者数の減少と直結しており、就農人口の母数が縮小することで耕作放棄地の増加や米作に適した労働力・技術継承の断絶を招いている。

農林水産省のデータでも、農業に従事する「主たる従事者(実質的に農業を営む者)」の数は年々減少し、平均年齢は上昇していることが示されている。これにより、作業の機械化や集約化が進む一方で、小規模で高い手間を要するコメ生産を続けるインセンティブが薄れる。

地方を離れる若者たち

地方から都市への若者の流出は農業の人材基盤を弱体化させる重要な要因である。若者が都市部に流れる理由は多岐にわたるが、職業選択の幅、教育や医療・文化施設へのアクセス、ライフスタイル志向などが主要因である。結果として、地方での結婚・出産・就業といったライフイベントが縮小し、地域コミュニティの人口構成が高齢化一色になっていく。若者の地元定着は地域経済の循環を保つ上で不可欠であり、農業の将来性を示すことが若者のリテンション(定着)には必須である。

なり手不足

「なり手不足」は単に労働力不足を意味するだけでなく、技術継承、マーケティング、経営管理、商品開発など農業経営全般の担い手が不足している問題である。高齢農家が持つ経験や地域の暗黙知(肥培管理、品種改良ノウハウ、地域ブランドの築き方など)は代替が難しく、若年層が参入しても即戦力とならない場合が多い。さらに、新規就農希望者に対する資金支援、研修、居住支援の不十分さが参入障壁となっている。実際に多くの地域で新規就農者はレンタル機械に依存したり、パートタイムで兼業したりすることで収益化に苦戦している。

政府による農業支援の弊害

政府は長年、戸別所得補償や生産調整、米価の下支えなどで農家所得を守ってきたが、これらの政策は副作用を伴っている。具体的には、所得補償があることでリスク回避的な経営が固定化され、新規事業(米加工品の開発、直販、輸出対応など)や生産性向上(機械導入・作業の見直し)への投資意欲が低下することがある。生産調整(減反)や特定作目への保護は、作付の多様化を阻害し、結果として地域経済の脆弱性を高める場合がある。政策設計が短期的な所得安定に偏ると、中長期的な産業競争力や若者の参入意欲を損なうリスクがある。

また、補助金や支援制度の申請・管理が複雑であり、小規模農家やITリテラシーが低い高齢者には利用しづらい構造があることも問題だ。制度が複雑であるほど、支援資金は行政コストや事務手続きに消え、現場の創意工夫に回りにくくなる。

超高齢化社会と米作り

日本の急速な高齢化は農業分野で特に顕著である。高齢化が進むと、重労働や早朝深夜の作業に対応できなくなるだけでなく、災害や気候変動へのレスポンス力が低下する。高齢化農家は土地や機械を保有しているが、引き継ぐ者がいないために土地が遊休化するケースが増える。これに対して機械化やICTを活用したスマート農業は有効な対策となるが、初期投資や運用スキルが必要であり、規模の小さい経営体には導入ハードルが高い。

高齢化社会に対応するには、共有経営、農地集約、地域の農業法人化、協業による負担軽減が有効である。だがこれらには土地所有者・利用者間の合意形成、法制度の整備、税制・相続の見直しが必要であり、単純な補助金では解決できない構造的課題が存在する。

コメを輸出できない現状

「日本米は輸出できない」という指摘は部分的には正しい。国内で高品質・多品種の需要は強いが、世界市場で大量に売れる商品にはなりにくい。一方で近年は有望な輸出戦略が進展しており、観光需要や海外和食ブーム、富裕層市場、アジアの高品質米需要の取り込みにより輸出は増えている。しかし輸出は総生産量に比べれば微小であり、輸出先・輸出形態(ブランド米の高付加価値販売、加工品、外食チェーン向け供給など)の拡大が必要である。2024年上半期の輸出量増加は明るい兆しだが、世界市場の大衆向け米(インディカ米等)に対抗するには価格競争力や継続供給力、物流・貿易契約の強化が必要である。

輸出拡大の障壁は複数存在する。まず米の規格や検疫、パッケージング・現地マーケティングに伴うコストが高いこと、そして大量供給が前提の卸売市場では日本米の単価が高いため取扱いに慎重にならざるを得ないことが挙げられる。さらに、為替変動・輸送コスト・FTA/EPAによる関税優遇の有無が収益性に直結する。

コメ離れと価格高騰

若年層を中心としたコメ離れは消費減少の主因であり、嗜好の多様化と食の簡便化が背景にある。コンビニ弁当やパン文化、外食の普及は国内消費構造を変え、その結果、需給ギャップや品質別の価格差が生じる。ここで価格高騰の問題が出てくる。原料コスト、輸入飼料価格や燃料費、農機具や肥料価格の上昇がコストプッシュ型の価格高騰を招く一方で、消費減少による需給バランスの悪化が価格変動を激しくする。

結果として、消費者価格は上がっても生産者価格が必ずしも安定してつながらない「流通のつぶれ」が生じる場合がある。多くの農家が市場価格変動に脆弱であり、中間流通の取引慣行が小規模生産者に不利に働くことがある。

その他課題

  1. 気候変動のリスク:異常気象による収量減や品質低下、病害虫の分布変化がリスクを拡大する。

  2. 土地利用と都市化:都市近郊では宅地化や別荘化により農地が流動化し、農地保全が難しい。

  3. 労働安全と社会保障:高齢農家の健康問題や労災リスク、年金制度との兼ね合いが就業継続の障壁となる。

  4. 流通・ブランド化の困難:地域ブランドの維持・拡大にはマーケティング力と販路確保が必要であり、個々の小規模農家では困難である。

  5. 資金調達と投資回収期間:農業は初期投資が大きく、回収に時間がかかる。これが若年層の参入阻害要因となる。

対策(短期〜中長期)

以下に、現実的かつ段階的に実行可能な対策群を提示する。政策は単独で効果を生むものではなく、系として機能させる必要がある。

1) 需要側の拡大(消費振興)
  • 学校給食・病院・企業食堂など公的機関・団体への「ごはん中心」メニュー導入を拡大する。米飯学校給食の定着は次世代の食習慣を育む。政府資料でも学校給食の推進が消費拡大施策として挙げられている。

  • 米を使った「即食」製品(高品質のレトルトご飯、冷凍ご飯、米ベースの加工食品)の研究開発支援と販路開拓を補助する。コンビニ・外食チェーンとの連携で普及を図る。

  • 食育とヘルスプロモーションを連動させ、「日本型食生活=健康長寿」のメッセージで国内外に情報発信する。特に糖質や健康志向の誤解を正し、米の栄養・機能性を科学的根拠で示す。

2) 供給側の構造改革
  • 農地集約と規模化を促進するため、地域単位の「共同経営体(農事組合法人等)」の設立を補助し、共同で機械を導入・管理する仕組みを標準化する。

  • 相続税・固定資産税の特例を見直し、遊休農地の再配分を促進する。土地所有と経営を分離するリーシングや「耕作権」の流動化を進める。

  • ICT・スマート農業の導入補助を強化する。ドローン、センシング、AIによる栽培管理で高齢者の労働負担を軽減する。政府の補助は初期導入だけでなく運用支援・教育にまで及ぼす。

3) 新規就農・若者定着支援
  • 新規就農者向けに「スタートアップ助成金+低利長期融資+メンター制度」をセット化する。就農直後の生活支援(住居補助、子育て支援)を地域と連動して提供する。

  • 都市部と地方の人的連携を強化する。週末田舎暮らしや副業型就農、都市農業とのハイブリッドモデルを推進し、若年層の段階的参入を設計する。

  • 農業教育(高等学校・専門学校・大学)のカリキュラムを実務志向に改変し、経営・マーケティング・IT・加工技術を学べるコースを整備する。

4) 輸出戦略の強化と高付加価値化
  • 単に輸出量を追うのではなく、ブランド米の高付加価値化(GI指定、地域ブランド、トレーサビリティ)を徹底し、海外の富裕層・日本食ファン向けにプレミアム戦略を取る。

  • 国内外の流通パートナーと戦略的に提携し、長期的な契約栽培と供給体制をつくる。電子商取引(D2C)や直輸出によって中間マージンを削減する。

  • FTA/EPAを最大活用して関税優遇を受ける市場(ASEAN、香港、シンガポール等)に照準を合わせる。物流の効率化と冷凍・加工技術で品質を維持する。

5) 政策の「補助」から「投資」へ転換
  • 所得補償中心の政策を見直し、補助は条件付き(改革・協業・若手雇用等を満たす場合に限る)とする。補助金は改革を誘引するためのツールとし、事業投資や能力開発(人材育成)に重点を移す。

  • 行政手続きのデジタル化を進め、小規模高齢者でも利用しやすい仕組みに改める。支援の申請・管理コストを削減して、現場に資源が届くようにする。

6) 気候変動対策とリスク分散
  • 耐暑性・耐病性品種の研究開発を加速し、種苗企業と農家の共同開発モデルを支援する。気候変動リスクに耐える品種と栽培技術の普及が必要である。

  • 水管理の高度化、貯水・排水インフラの強化、保険制度(収入保険・作物保険)の整備によるリスクヘッジを進める。

7) 流通改革と消費者価格の透明化
  • 中間流通の再編を促進し、生産者と消費者をつなぐプラットフォーム(地域EC、CSA=コミュニティ支援型農業等)の普及を支援する。価格形成の透明化で生産者の取り分を改善する。

実行上の優先順位と段階的施策

短期(1〜3年)では、消費振興施策(学校給食、即食製品導入)、輸出の試験的拡大(ターゲットマーケット限定)、規模化サポート(共同利用機械の補助)を優先する。中期(3〜7年)では、スマート農業の普及、教育カリキュラム改革、税制・相続の制度改正を進める。長期(7年以上)では、産業構造変化に備えた法整備、気候耐性の品種整備、海外市場でのプレミアムブランド確立に取り組む。

財源とコスト配分の考え方

財源は国の予算配分に加え、地方自治体、民間投資(農業ファンド、農業ベンチャー)、消費者連携による前払い方式(CSA)、さらには国際的な公共資金(開発銀行や国際連携プロジェクト)を活用する。補助金の無差別配分をやめ、投資的支援(インフラ、教育、ICT)に重点を移すことで、長期的な費用対効果を高める必要がある。

ケーススタディ(成功例の原理)

いくつかの地域で成功しているケースを見ると、共通点は「ブランドの明確化」「直販チャネルの確保」「若手リーダーの存在」「地域ぐるみの観光・食の連携」である。これを全国に横展開するには、成功事例のノウハウをパッケージ化し、他地域が取り入れやすい形で支援することが重要である。

規制・制度面の改革提案

  • 農地法・相続税制の柔軟化:耕作継続を前提にした税制優遇や、農地の賃借を容易にする法改正を進める。

  • 補助金の条件付配分:若手雇用、共同経営、IT導入などの達成で支給される「成果連動型補助」を設計する。

  • 食品表示・トレーサビリティの強化と簡素化並存:消費者に安心を与えるトレーサビリティを義務化しつつ、小規模事業者に対する簡素化ルートを設ける。

国際比較の視点

世界の主要米生産国(中国、インド、ベトナム、タイ、アメリカ等)は量的供給で強みを持つが、日本は品質・安全性・ブランドで差別化できる余地がある。豪州や欧州の高付加価値農産物輸出モデル(原産地表示、加工品の付加価値化、観光連携)の成功事例を学び、日本の米産業に応用することが考えられる。

農業の未来(ビジョン)

中長期的には「スマートで多様な田園」が求められる。具体的には、以下の要素が融合する未来像を描く。

  • デジタル技術に支えられた効率的な生産(センサー、AI、ロボットによる省力化)。

  • ブランド化・加工・観光・教育を組み合わせた「6次産業化」による高付加価値化。

  • 都市と農村を結ぶ新たなライフスタイル(リモートワークと兼業農家、週末農業体験)。

  • 気候変動に強い品種と地域ごとのリスク管理。

  • 持続可能性(環境負荷低減、耕地の保全)を前提とした経営。

これらを実現するためには、政府が単なる支援金の供給者であるだけでなく、制度デザイン、インフラ整備、教育・研修、海外展開のファシリテーターとして機能することが必要である。

まとめ

日本のコメ産業は歴史的・文化的価値と高品質という大きな強みを持っている一方で、人口減少・高齢化・需給の変化・制度の硬直性といった複合的な課題を抱えている。これを克服するには、短期的な支援で場をしのぐのではなく、産業構造の転換を促す投資的支援、若者の参入を促す生活支援と教育、海外市場でのプレミアム戦略、気候変動に備えた技術革新――これらを並列で実行する必要がある。政府・自治体・民間・地域住民が協働し、改革を前提とした支援を積み重ねることで、日本の稲作は次の世代に引き継がれうる産業へと変わると考える。

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