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コラム:衆議院の議員定数削減、「身を切る改革」で国会の質低下?

衆議院の定数削減は、政治家の「身を切る」姿勢を示し、政治への不満を和らげる短期的な政治効果を持つ一方で、代表性の低下、審議の質低下、若手や少数政党の排除といった構造的リスクを伴う。
日本、国会議事堂(Getty Images)

現状

現在の衆議院の定数は465人であり、小選挙区289人、比例代表176人という配分になっている。これは2017年の選挙制度改正以降の定数であり、政府公式の案内や都道府県の説明でも同様に示されている。

近年、人口移動や地域間の人口偏在により「一票の格差」が問題になっており、最高裁判所も選挙区ごとの投票価値の差に関する判断を繰り返している。最高裁は格差が一定の水準を超えると違憲状態と判断する方向を示しており、この司法判断が議員定数見直しの圧力になっている。

また、政治的には野党・与党の中でも議員定数削減をめぐる立場は分かれているが、近時は日本維新の会が大幅な定数削減を主要政策として強く主張しており、連立協議や政党間協議の中でこの議題が重要になっている。維新は削減の「数」や「時期」を明確にしなければ合意できないと主張していた。

衆議院とは

衆議院は日本国憲法に基づく国会の下院に当たり、内閣不信任決議や予算の議決、条約の承認、法律の成立過程で重要な役割を果たす。任期は原則4年だが解散があり、衆議院の優越的地位(予算・内閣不信任など)により国政運営に直接的な影響力を持つ。議員は小選挙区制と比例代表制の混合で選ばれ、選挙制度や定数配分の変更は国政の力学や地域代表性に直結する。

定数(定義と配分)

ここでいう「定数」とは衆議院の議員総数を指す。具体的には小選挙区で選出される議員数と比例代表で配分される議員数の合計であり、現在は289+176=465である。定数配分は公職選挙法や関連法令、選挙区画定審議会の勧告に基づいて見直され、国勢調査の結果や人口移動を反映して調整される仕組みになっている。

定数削減の効果(主張されるメリット)

定数削減を主張する側は主に次の効果を挙げる。

  1. 経費削減: 議員数を減らせば歳費(議員報酬)や事務所経費、秘書給与、議員会館の維持費等が減少するため「身を切る改革」として国の支出を圧縮できるとする主張がある。日本維新の会などは議員歳費の削減等と合わせて「国のムダ」を削減する政策パッケージを提示している。

  2. 政治改革のアピール: 定数削減は有権者に対して「政治家が身を切る」とのシグナルを送り、支持獲得や政治不信の是正につながるという政治的効果が期待される。選挙公約として掲げることで、改革志向をアピールする一環になる。

  3. 意思決定の効率化: 議員数が少なくなれば審議の効率や意思決定のスピードが上がるという主張もある。会派間調整や物理的な討議人数が減るため、分かりやすい合意形成が図れることが期待される。

経費削減の現実的な見積もり

定数削減でどれだけの経費が減るかは試算次第である。衆議院の予算構成を見ると、議員一人当たりに直接帰属する経費(歳費・期末手当・秘書経費・議員宿舎・議員会館関係等)のほか、国会運営全体の固定費もあるため、単純に人数に比例して大幅な削減になるとは限らない。衆議院が公表している概算要求や予算資料には議員会館関連経費や秘書関係経費など項目別の金額が示されており、これらを基に試算する必要がある。実際には、例えば議員数を50人減らしたところで国全体の歳出規模(十兆円単位)と比較すると節減額は限定的だとする見方がある。

国民感情への配慮

政治家や政党が定数削減を訴える背景には、国民の「政治に甘い特権層」というイメージへの反発がある。経済的困窮や社会保障負担が増す中で、政治家が「身を切る」姿勢を示すことは高い政治的効果を持つ。ただし、感情面の配慮だけで制度設計を行うと、代表性や審議能力を損なうリスクがある。国民の支持を得るためには、単なる人数削減ではなく、具体的な効果・代替措置(例えば事務所経費の見直しや議員活動の効率化)を示す必要がある。

政治改革のアピール

定数削減は「改革」の象徴として使いやすい。政党は選挙公約で大幅削減を掲げ、有権者に対して既存の政治構造を変える意志を示す手段にする。ただし、有権者が期待する「無駄の削減」と実際の制度的影響(代表制の強度、少数意見の反映、政策の検討深度)とのバランスを説明できなければ、単なるポピュリズムと受け取られる危険がある。

削減を目指す日本維新の会

日本維新の会は長年にわたり「議員定数削減」「歳費削減」などを主要政策として掲げてきた。2024〜2025年の選挙期やマニフェストでも議員定数の「大幅な削減」を明記しており、連立協議の場でも具体的な数値や時期の提示を求めてきた。維新は「身を切る改革」を標榜し、議員報酬や特権の見直しと合わせて議員数を減らすことで政治全体のスリム化を主張している。

問題点は?(概観)

定数削減には多くの問題点が指摘される。代表性の低下、国会審議の質の低下、若手・非既得権の排除、地域代表の希薄化、少数政党への不利などである。以下、主要な問題点を分解して論じる。

民意の反映低下

議員数を減らすと、一人当たりが代表する有権者数が増えるため、地域や個別の利害を国政に反映させる窓口が減少する。特に地方や人口が少ない地域では既に代表性が弱いケースが多く、定数削減はその弱体化をさらに進める可能性がある。また、小選挙区での「候補者の数」が制約されるため、多様な意見やマイノリティの代表が選出されにくくなる危険がある。

国会審議の質の低下

人数が減れば委員会で発言する議員の数や疑義を呈する回数が減る場合がある。専門的な法案審議や細かなチェック機能は、幅広い議員の参加によって補完される面があり、人数の削減は審議時間の不足や視点の偏りを招く恐れがある。加えて、議員の分担が増えることで一人当たりの負担が増し、準備不足や不十分な調査のまま審議に臨むことになれば立法の質が落ちる可能性がある。

若手や多様な人材の排除

議員定数を減らすことで、選挙競争はより激しくなり「既得権を持つ候補者(長年の知名度や組織基盤を持つ者)」が有利になりやすい。結果として若手や新規参入者、多様なバックグラウンドを持つ候補者の当選が困難になり、議会の世代交代や多様性促進が停滞するリスクがある。

最近の動向(2024–2025年を中心に)

自民党と日本維新の会の連立協議は終了し、議員定数削減が協議項目に挙がっていた。維新は定数削減を重要課題としており、連立合意文書には定数削減案が盛り込まれた。一方で、少数政党や地域の代表にとっては「死活問題」だとの危機感が高まっている。具体的には「衆院定数1割削減」といった数値目標がメディアで伝えられており、比例代表の調整をどうするかが焦点になっている。

比例定数削減?(比例代表の扱い)

定数削減を実施する場合、どの部分を減らすかが重要になる。小選挙区の削減、小選挙区維持で比例を削る、あるいはその逆など複数の選択肢がある。報道では「比例定数の削減で調整」が議論の中心になることが多く、比例を削ると中小政党や新興政党が議席を得にくくなり、政党形態の多様性が損なわれるとの懸念がある。比例定数を維持しつつ小選挙区を減らす方式もあり得るが、実務的・政治的にどの配分を選ぶかで与野党の利害は大きく分かれる。

少数政党が不利に?

比例定数を削ると、得票の少ない政党が議席を獲得する余地が狭まる。中小政党は比例代表で存在感を保っている側面が強く、比例削減は党派間の力関係を大きく変える可能性がある。実際、メディアは中小政党から「死活問題」との声が上がっていることを伝えており、政治的多様性の縮小が懸念される。

課題(制度設計上の論点)

定数削減を実行する上では複数の課題がある。

  1. 一票の格差への対応: 最高裁判決等で示される「投票価値の平等」をどう担保するか。単なる総数削減だけではなく選挙区の再配分や比率の見直しが必要であり、司法の基準も踏まえた調整が求められる。

  2. 議会機能の確保: 審議機能や委員会運営、専門性を担保する仕組み(例えば調査スタッフの充実、専門家の活用)をどう維持するか。

  3. 地域代表性の担保: 地方の声が届きにくくなるリスクに対する対策(道州制や首長の権限強化、地域代表の再定義など)を検討する必要がある。

  4. 政治的合意形成: 定数変更は立法措置を要する重大事項であり、全党での合意形成や市民的合意(十分な説明、審議)を得るプロセスが不可欠である。近時の報道でも「全党協議で決めるべき」との声がある。

今後の展望(短期〜中期)

短期的には与党内の協議や連立条件として定数削減が交渉材料になる可能性が高い。維新が要求を強めれば、具体的な削減幅(例えば1割)や対象(比例か小選挙区か)が焦点化され、法改正に向けた調整が進むだろう。中期的には裁判所の判断や国勢調査の結果、世論動向が制度変更の可否と内容に影響する。

制度変更の実効性と正当性を高めるためには、単純な「人数削減」から一歩踏み込み、次のような補完的措置が必要だと考える。

  • 国会運営予算の透明化と無駄削減(歳費以外の固定費や会館維持費等の見直し)。

  • 代表性低下に備えた地域重視の代替措置(地域制度の再検討、地方議会との連携強化)。

  • 比例代表の機能(少数意見の反映)を保つための工夫(例:小選挙区削減+比例維持、あるいは比例ブロックの配分見直し)。

  • 国民的議論を深めるための公聴会や専門家会議の設置。

まとめ

衆議院の定数削減は、政治家の「身を切る」姿勢を示し、政治への不満を和らげる短期的な政治効果を持つ一方で、代表性の低下、審議の質低下、若手や少数政党の排除といった構造的リスクを伴う。また、実際の経費削減効果は限定的であり、国会全体の固定費や制度的必要経費が存在するため、単純な人数削減だけでは大きな財政効果を期待しにくい。衆議院の定数は465人であるが、裁判所判断、人口動態、政党間の政治交渉、国民の合意形成のいずれもが今後の行方を左右する。したがって、定数削減を論じる際には「数を減らすこと自体の政治的アピール」だけでなく、「代表性・審議機能をいかに保つか」という制度設計の詳細を同時に議論することが不可欠である。


(参考主要出典)
・衆議院公式「国会の構成」および定数に関する資料。
・最高裁判所や法律専門家による「一票の格差」に関する判例解説。
・日本維新の会公式マニフェストや政策ページ(議員定数の大幅削減・身を切る改革)。
・最近の報道(2025年の連立協議・定数削減に関する報道)。
・衆議院の予算概算要求・議員会館・秘書関係経費等の公表資料(経費構成の参考)。

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