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コラム:「核のゴミ」問題、長期モニタリングと世代を超えた管理体制

日本における「核のゴミ」問題は、技術的・科学的な側面と社会的・政治的な側面が複雑に絡み合う課題である。
2021年12月31日/ドイツ、バイエルン州の原子力発電所(Stefan Puchne/ドイツ通信社/AP通信)

日本は高度経済成長期以降に原子力発電を導入し、運転してきた結果、使用済燃料や各種放射性廃棄物を抱えている。使用済燃料の一部は再処理されてガラス固化体(高レベル放射性廃棄物:HLW)として保管されており、これら最終処分の実施主体はNUMO(Nuclear Waste Management Organization of Japan)である。深地層処分を最終目標とする方針が法的に定められており、現状は処分地の選定や安全ケースの整備、技術開発、地域合意形成の段階にある。国際的なレビューや支援も受けつつ、科学的安全性と社会的合意の両立を目指している。

原子力発電所の歴史(日本における流れと節目)

日本の商業用原子力発電の始まりは1960年代であり、その後エネルギー安全保障と経済性を背景に原子力導入が進んだ。1970年代の石油ショック以降、原子力は国の重要な電源になったが、1980〜2000年代の運転・廃止に伴い使用済燃料や廃棄物が蓄積した。2011年の東日本大震災と福島第一原発事故は日本の原子力政策および廃棄物管理に大きな転換をもたらし、安全規制の強化、廃炉と汚染水・汚染土の扱い、被災地の廃棄物処理など新たな課題が生じた。近年は脱炭素政策や電源構成見直しの中で原子力再稼働の動きがある一方、廃棄物処分の長期的責任はより重くなっている。

核のゴミとは(分類)

「核のゴミ」は一般に放射性廃棄物を指すが、放射能レベルや発生源によって区分される。主要な区分は以下の通りだ。

  1. 高レベル放射性廃棄物(HLW)

    • 使用済燃料の再処理により生じるガラス固化体など、長寿命で高線量を持つ廃棄物。最終処分は深地層処分が前提となる。

  2. 中・低レベル放射性廃棄物(LLW/ILW)

    • 原子炉の運転や保守で出る汚染物や廃材、廃止措置で生じる構造物など。日本では放射能レベルに応じて処分場に埋設・管理される。

  3. トランスウラン元素(TRU)廃棄物

    • 長寿命のα核種を含む廃棄物で、特別な管理や地層処分が想定される場合がある。NUMOはTRU廃棄物の地層処分も対象としている。

  4. 福島事故由来廃棄物(汚染土・除染廃棄物、処理水処分に伴う議論など)

    • 福島事故は従来の原子力運転由来の廃棄物に比べて広域かつ大量の低濃度汚染土や設備を生じさせたため特別な取り扱いが必要になっている。IAEAなど国際機関の支援や評価も得ている。

処分方法(短期保管から最終処分まで)

放射性廃棄物の処分は放射能レベルや寿命に応じて段階的に行うのが国際的に採られている手法だ。日本もこれに従っている。

  1. 中間貯蔵・乾式貯蔵

    • 使用済燃料や固化体の出荷・最終処分前に一定期間保管する方法。耐久性や監視が重要になる。

  2. 地域別の浅地層処分施設(低レベル廃棄物)

    • 放射能が比較的低い廃棄物は浅地層で管理・埋設して安全基準を満たす形で処分する。

  3. 深地層処分(最終処分)

    • 高レベル廃棄物や長寿命放射性核種を含む廃棄物については、地下数百メートルの安定した地層に埋設して長期にわたり隔離することが国際的に採用された有力な方法であり、日本も法律と組織を整備してこれを実施する方針だ。

地層処分の考え方と技術

地層処分は「多重の障壁」概念に基づき、人工バリア(耐腐食性のキャニスター、緩衝材など)と自然バリア(周囲の地盤・岩盤)を組み合わせて放射性物質の地上への移行を抑えるという設計思想だ。安全評価は何万年という長期にわたる挙動を取り扱う必要があり、地質学的安定性、地下水流動、岩盤の化学条件、地震・断層活動の評価など多分野の研究が不可欠だ。NUMOや学術機関はサイト記述モデルや安全ケースを整備しており、国際機関によるレビューも行われている。

処分地(現状の候補・選定方式)

日本では深地層処分の具体的な処分地決定に向けて「自治体の自主的な応募(ボランティア方式)」を基本にした手続きが採用されている。法的枠組みは2000年の「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」で整備され、処分事業は主に廃棄物の責任主体である電気事業者等が出資して設立したNUMOが担当する。これまでの取り組みでは候補地の公募・探索が進められてきたが、実際に最終決定された処分地はまだ存在しない。公募方式は地域誘致と合意形成を両立させるための方策だが、地域側の懸念や反発がある場合は合意が得られにくい構図がある。

選定手続きと法制度

最終処分地選定の法制度は、科学的評価と住民合意の両立を義務づける流れで設計されている。NUMOは事前調査から詳細調査、そして最終的な受入れ合意に至るまで段階的手続きを定めている。政府は支援金やインフラ整備計画、地域経済対策など受入れ自治体への見返りを提示する枠組みを用意しており、透明性の確保と監視・規制(規制権限はNRAなど)が重要だ。ここで問題になるのは「科学的に適した場所」と「地域社会が受け入れ可能な場所」が必ずしも重ならない点であり、手続きと説明責任が試される。

地域住民の反発と社会的課題

処分地候補周辺の住民や自治体が示す反発の論点は多岐にわたる。主な懸念は放射能の漏えいリスク、地価や産業(農林水産物)の風評被害、将来世代への負担、情報公開の不十分さ、合意形成過程の不透明さなどだ。福島事故以降、被害や不安に敏感になっている地域が多く、安全性の科学的説明だけでは住民の不安を払拭しにくい現実がある。コミュニケーションの失敗は信頼喪失を招き、合意形成を長期化させる傾向がある。国際的にも住民参加と透明性は処分地選定成功の重要要素とされる。

電力会社の対応

電力会社は使用済燃料の発生源であり、最終処分の費用や責任を負う主体としてNUMOに出資している。電力会社側は中間貯蔵・乾式貯蔵の整備、使用済燃料の管理、再処理の方針とコスト負担、将来的な廃炉費用の計上などを進めてきた。しかし、福島事故以降、経営面の負担や信用回復が大きな課題になり、処分地選定や成本配分に関する社会的責任が強調されている。電力会社は技術提供や資金負担、地域支援などで役割を果たす必要がある。

政府の対応(法律・資金・国際協力)

政府は2000年の法律制定以降、NUMOによる深地層処分政策を支援し、資金の積立や制度設計を行っている。経済産業省(現・資源エネルギー庁)や環境省、原子力規制委員会(NRA)が関係し、規制基準の設定や安全確保を担っている。国際的にはIAEAやOECD/NEA等の審査・助言を受け、NUMOの安全ケースは国際的レビューを受けている。政策的には、法令整備、資金の積立と透明な会計、受入れ地域への補償・支援パッケージの提示、専門的な安全評価の公開などが行われる。

自治体の対応と地域対策

自治体は候補地としての志願や不参加の意思を示し、また住民説明会や地元の意向調査を行う。自治体側の対応は多様で、地元経済の振興や長期的な地域開発投資と引き換えに受入れの可能性を検討する自治体もあれば、強く反対するところもある。自治体が求めるのは科学的安全性だけでなく、雇用創出、補償、透明性、将来世代の負担軽減策など具体的な約束である。成功例・失敗例は各地に存在し、教訓を共有して合意形成プロセスを改善する必要がある。

処分における問題点(技術的・制度的・社会的)

技術的問題点は長期評価の不確実性、地震・活断層評価、地下水影響の予測、材料劣化の長期挙動などにある。制度的問題点は責任主体の明確化、資金の十分性、事故時の対応策、規制と現場の連携不足などだ。社会的問題点は情報不信、風評被害、世代間倫理(将来世代への負担)などである。特に日本では地震・火山活動が現実的リスクであるため、地質学的安定性の評価が厳格に求められる。国際レビューは日本の安全ケースの改善点を指摘しており、独立した評価・透明な公開が重要だ。

課題と具体的対策案

課題は社会的合意の獲得、技術的不確実性の低減、財政的・法的枠組みの整備、福島由来廃棄物の特殊対応などだ。具体的対策案としては以下が考えられる。

  1. 透明性の徹底とデータ公開

    • 安全評価やサイト調査データをわかりやすく公開し、独立した第三者評価を常時実施することだ。国際機関のレビューを定期的に受けることが信頼獲得に寄与する。

  2. 地域参画の強化と合意形成の制度化

    • 住民が参加する意思決定プロセスを明確化し、長期にわたるモニタリングと撤回可能性(段階的手続き)を制度的に組み込むことだ。これにより住民の安心感を向上させる。

  3. 技術研究の継続

    • 材料科学、地下水モデリング、地震学などの研究投資を増やし、長期挙動に関する不確実性を低減する。

  4. 経済的インセンティブと地域振興

    • 一時金やインフラ投資、雇用創出など、受入れ地域の生活基盤を支える具体的なパッケージを提示する。

  5. 福島関連廃棄物の特別措置

    • 汚染土など大量の低濃度廃棄物は減容化・処理・再利用の検討を進め、IAEA等との国際的な知見共有と評価を行う。

国際的視点・国際機関の知見

IAEAやOECD/NEAは日本の廃棄物管理に関して技術的助言やレビューを行っており、日本側の安全ケースや減容技術、モニタリング手法に対して具体的な改善提言をしている。国際レビューは信頼性向上と国際ベストプラクティスの導入に資する一方で、国際基準だけで地域対立が解消されるわけではない。国際機関は公衆の情報保障、透明性、段階的アプローチ、独立した規制機関の重要性を強調している。

今後の展望

今後の展望としては、科学技術面では安全評価精度の向上と処分技術の信頼性向上が期待される。社会面では、地域合意形成の手法が洗練され、受入れ自治体と全国の合意を両立させる新しいガバナンスの仕組みが試行されるだろう。政策面では、政府と電力事業者が財政的責任を明確にし、長期モニタリングと世代を超えた管理体制を制度化することが重要になる。福島事故の経験は、リスクコミュニケーションと緊急時対応、被災廃棄物処理の枠組みを再検討させ、これが廃棄物政策全般に反映されることが期待される。国際的な協力とレビューを適切に活用しつつ、国内の合意形成を着実に進めることが今後の鍵だ。

まとめ

日本における「核のゴミ」問題は、技術的・科学的な側面と社会的・政治的な側面が複雑に絡み合う課題である。深地層処分は国際的に採用される合理的解であるが、地震活動や地域の不安、合意形成の難しさが日本の固有条件として存在する。NUMOや政府、電力会社、自治体、学術界、国際機関が協調して透明性あるプロセスを推進し、住民の信頼を得る努力を継続することが不可欠だ。科学的安全性の確保と社会的合意の両立を目指して、制度の改善と技術開発を並行して進めることが今後の最優先課題である。


参考・出典

  • NUMO(Nuclear Waste Management Organization of Japan): 地層処分の技術・方針関連資料。

  • 資源エネルギー庁(経済産業省)・放射性廃棄物政策資料(深地層処分政策の概要)。

  • OECD/NEA によるNUMO安全ケースの国際レビュー報告。

  • IAEAによる福島事故に伴う廃棄物・除染対応への支援と評価報告。

  • 原子力規制委員会(NRA)による規制基準・草案。

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