コラム:日本で「ローンオフェンダー」による事件が急増している理由、対策は?
ローンオフェンダー型の単独犯による事件増加の背景には、個人的・社会的・制度的要因が複合的に絡んでいる。
.jpg)
近年、日本では「ローンオフェンダー」と呼ばれる、組織的動機や継続的な共謀関係を持たずに単独で無差別または標的を選んで凶行に及ぶ事件が社会的注目を集めている。通り魔や列車内切りつけ、店内での刺傷など“不特定多数・無差別”を対象にした事件が断続的に発生し、国民の「治安感」低下につながっている。警察庁や各報道によると、無差別殺傷事件や通り魔的事案は年によってばらつきがあるものの、近年は刃物を用いた事件や拡大自殺に類する事件が目立つ傾向にある。警察庁の犯罪統計や関連レポートは無差別事案を注視すべき分野としている。
歴史(概観)
戦後日本の犯罪全体は長期的には減少傾向にあるが、凶悪事件や無差別事件の頻度や世間の注目度は時期によって変動してきた。昭和〜平成初期には凶悪犯の認知件数が高かった時期があり、その後は全体的に減少したものの、2000年代以降も秋葉原通り魔事件(2008年)や川崎・京王線・2021年の列車内刺傷事件など、社会に強い衝撃を与える単独犯による事件が発生している。この種の事件は「通り魔」「無差別殺傷」「拡大自殺」といったカテゴリで語られ、動機が明確でない、または個人的絶望や復讐、死にたい願望が混ざるケースも確認されている。
経緯(近年の潮流)
2010年代後半から2020年代に入ると、SNSやネット掲示板を通じた思想の内向化、孤立化、模倣宣言や事件予告の拡散、経済的困窮、精神的疾患の表面化などが相互に作用し、単独犯の行動化を促す下地が整ってきた。特に2020年以降のコロナ禍は人間関係の断絶や生活苦を深め、メンタル医療や相談窓口へのアクセスの乏しさ、相談が届かない事例を増やした可能性がある。警察・研究者は「誰でもよいから人を傷つけて自分も死ぬ(死刑を望む)」「自分の人生を終わらせるために他人を巻き込む」といった動機を供述する加害者が一定数存在する点を指摘している。こうした“拡大自殺”的動機は近年複数の事件で確認されている。
背景(構造的要因と誘因)
以下に、ローンオフェンダーによる事件が起きやすくなった背景を複数の側面から整理する。
社会的孤立とメンタルヘルスの未対応
高齢化、単身世帯の増加、地域コミュニティの希薄化により、人の孤立が進展している。孤立した人が精神保健サービスにアクセスできず、問題が深刻化した末に凶行に至るケースがある。内閣府や警察の関連資料は人身安全関連事案や虐待相談の増加を指摘しており、社会的支援ニーズの増大を示している。経済的要因・貧富の差
失業や非正規雇用、生活困窮はメンタルヘルスの悪化を助長し、「人生を終わらせる」動機や絶望感を増幅する。報道や研究では、生活に窮した加害者が「誰でもよいから殺して死にたい」と供述する事例があることが示されている。生活困窮と犯罪の因果は単純ではないが、経済的ストレスが引き金になる場合は重要な要素になる。情報環境の変化(SNS・匿名掲示板)
ネット上での過激な表現や事件の模倣、犯行の予告・自慢、共感者探しが発生しやすく、模倣・連鎖を生むリスクがある。匿名性により助言や介入が届きにくく、加害意思の顕在化が見逃されるケースがある。簡易に手に入る凶器(刃物等)と監視の限界
銃規制が厳しい日本では銃による大量殺傷は少ないが、刃物等の凶器による被害は発生している。公共空間の管理や多数の人が出入りする場での完全な防護は困難であり、“気ままな”犯行が成立しやすい環境がある。統計上、刃物使用の事案が目立つ年もある。刑事・保健連携の脆弱性
精神疾患や自傷念慮を抱えた者が、医療・福祉・警察の連携の網から漏れることがある。既往歴や相談履歴があっても追跡・介入が難しい場合があり、予防の観点からの仕組みづくりが課題となっている。警察報告書も人身安全関連事案について注視すべきとする。
問題点(社会・制度面での欠陥)
早期発見の難しさ
単独犯は外見上「普通」に見える場合も多く、周囲からの通報や予兆の把握が遅れる。ネット上での微妙なサインを誰が見てどう対処するかの制度・慣行が十分でない。精神保健サービスのアクセス不足
精神疾患のスティグマ(偏見)や相談窓口の不足、夜間・休日の対応の不足により援助が届かないケースがある。医療と警察・自治体の連携強化が必要だが、個人情報や人権との兼ね合いも難しい。社会的格差と生活困窮の拡大
経済的に追い込まれた人々が最終的に暴力に向かうことを完全に否定できないため、貧困対策とセーフティネット整備が重要になる。メディア報道と模倣リスク
センセーショナルな報道が事件の細部を過度に伝えると、同種の犯行の模倣を誘発する危険がある。メディア倫理と報道のあり方が問われる。犯行防止と自由権のバランス
監視強化や個人情報の先制的利用はプライバシー・人権の問題を生むため、どこまで予防的措置を講じるかの線引きが難しい。
警察の対応(最近の動きと限界)
警察は無差別事案やローンオフェンダー対策を強化している。2024〜2025年にかけては、ローンオフェンダー対策専門の部署や担当を設置する動きが見られるほか、重要施設や行事に対するリスク評価や警備の強化、SNS上の異常行動監視の研究が進められている。例えば、警視庁は単独犯やローンオフェンダー型テロに対する専任セクションを新設した(国際イベント等を見据えた対応)。また、通り魔や無差別事件の定義を明確にし、過去のデータを元に発生傾向の分析を行っている。
しかし、警察だけで予防するには限界がある。多くのケースで加害者は公的機関に自発的に相談しない、あるいは精神科治療を受けていないことがあり、事前把握が難しい。SNSなど民間の情報も多く、監視と法的制約の兼ね合いからリアルタイム対応は困難だ。
政府の対応(政策・制度)
政府は複合的な対策を模索している。警察庁の犯罪統計や白書に基づき、無差別殺傷や人身安全関連事案への注視、精神保健政策の充実、地域包括ケアや相談窓口の強化などが政策課題として掲げられている。国や自治体は、防犯カメラの導入補助、地域見守り活動の推進、生活困窮者対策の強化、メンタルヘルス支援の予算配分などを進めているが、個別事案の早期発見や医療-警察-福祉の縦割りを超えた連携の仕組みは依然として脆弱だと指摘されている。警察・保健所・自治体・医療機関の連携モデルを示す試行はあるが、全国展開や恒久的体制には時間と資源が必要である。
実例(代表的事案と加害者供述のパターン)
京王線刺傷事件(2021年)では、加害者が「誰でもいいから2人くらい殺して死刑になろうと思った」と供述し、いわゆる“誰でもよい”型動機が明らかになった。これは生活苦や精神的不安定さが背景にあるとされる例だ。
川崎の児童殺傷事件(2019年)は被害の規模と衝撃で社会に強い影響を与え、加害者の家庭環境や社会的孤立、心理的問題への関心が高まった事例である。
これらの事例は単独犯が短時間で大きな被害を出しうること、また加害者が自らの死を意図して他者を巻き込む「拡大自殺」的な心理を示す場合があることを示している。通行人、利用者、女性や高齢者が被害に遭いやすいという指摘もあり、身体的弱者が標的になりやすい構造がある。加えて、公共空間や公共交通は標的になりやすい。
課題(制度的・社会的)
早期介入の制度化
精神保健・福祉・司法の連携で、危険性の高い人物に対する早期介入をどう制度化するかが課題だ。強制力のある介入は人権問題を引き起こすため慎重な設計が必要だが、発見と支援の仕組みが遅れると重大事件に至るリスクがある。ネット監視と表現の自由のバランス
SNSや掲示板での予兆検知を行う際、プライバシーと表現の自由をどう守るかが難しい。民間プラットフォームとの連携や自主的通報促進の仕組み強化が必要だが、悪用や濫用を防ぐルール作りも必須である。経済的セーフティネットの充実
生活困窮が動機の一因となる場合、雇用政策・社会保障の強化が予防的役割を果たす。単に事後処罰するだけでなく、貧困の構造的改善が長期的な予防につながる。メディア対応の改善
報道基準や模倣防止の観点から、事件報道の取り扱い方をメディア業界全体で見直す必要がある。犯人の動機や手口の詳細を過度に伝えることは模倣リスクを高める可能性がある。地域コミュニティの再構築
地域の見守り、近隣の相互扶助の仕組みをどう復権させるか。地域社会の温かさや人間関係があれば、孤立化した人への支援の入口が増える。
今後の展望(対応策と期待される方向性)
ローンオフェンダー対策は多面的アプローチを必要とする。以下は現実的かつ実行可能な方向性である。
医療・福祉・警察のデータ連携の慎重な推進
プライバシーを尊重しつつ、重大事案の予防に資する範囲で情報共有の枠組みを整える。例えば、繰り返し自傷や他害予告を示す人物について地域で共有し、専門チームが介入するトリアージ体制をつくる試みが期待される。SNSプラットフォームとの協働と通報促進
プラットフォーム側と行政が協力して危険サインの早期発見と通報処理フローを整える。ユーザーからの通報を受けた際の迅速な相談窓口への連携を強化する。経済的支援と雇用施策の強化
若年〜中年層の就労支援、生活保護や一時支援の迅速化、住居確保など、生活の安定化がメンタルヘルス改善に資することを重視する。教育・メディア対応の改善
学校や職場でのメンタルヘルス教育、セルフケアや相談の仕方を啓発し、メディアは被害者保護と模倣抑止を念頭に置いた報道指針を徹底する。科学的分析とエビデンスに基づく政策
警察統計、保健データ、社会調査を組み合わせて「どの層が」「どの状況で」ローンオフェンダーになりやすいかを定量的に把握し、ターゲットを絞った介入策を行う。
まとめ
ローンオフェンダー型の単独犯による事件増加の背景には、個人的・社会的・制度的要因が複合的に絡んでいる。経済的窮状や孤立、精神的な問題に加え、情報環境の変化や模倣リスクが作用している。警察の専門化や政府の政策は進んでいるが、予防のためには社会全体の連携、早期発見・介入体制、経済的・福祉的セーフティネット、メディア対応の改善が不可欠である。人権と安全のバランスを保ちながら、地域社会の再構築と科学的エビデンスに基づく政策形成が今後の鍵になる。