コラム:薬物事犯急増の背景、SNSの普及で薬物がより身近に
日本で薬物犯罪が増加している理由は単一ではなく、複合的な要因が絡み合っている。
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1. 現状
近年の日本における薬物事犯は、数の面で変化が生じている。警察庁の統計によると、全薬物事犯における検挙人員は年間1万数千人規模で推移しているが、近年は大麻事犯の検挙者が増加し、覚醒剤事犯と並ぶか、ある年には上回る年も出ている。たとえば令和5年(直近年次の公表値)には大麻事犯の検挙が過去最多となり、若年層の占める割合が高いことが指摘されている。押収量や検挙人員の年次推移をみると、覚醒剤系の押収量は依然大きい一方で、検挙人員構成においては大麻事犯の増加が顕著である。これらの統計は警察庁や薬物対策関連の公的報告書で公表されている。
2. 日本における主な薬物犯罪と刑罰
ここでは代表的な法令ごとに罪名と主な刑罰を整理する。
覚醒剤取締法違反
覚醒剤(メタンフェタミン等)に関する所持・譲渡・使用・製造・輸入等は禁止されている。刑罰は行為の内容に応じて幅があり、所持・使用であっても懲役や罰金の対象となる。営利目的の所持・譲渡・密売や組織的な製造・輸入は重罰となり、懲役年数も長い。警察庁の報告では覚醒剤事犯は依然として押収量が多く、再犯や暴力団関係者の占める割合が高いことが指摘されている。
大麻取締法違反
日本では大麻の所持・譲渡・栽培等は厳しく処罰されてきた。近年の社会的文脈(海外の一部地域での規制緩和やCBD製品の普及)により誤解や認識の変化が生じているが、日本国内では依然として所持等は刑事罰の対象である。令和5年には大麻検挙者が増加し、若年層の比率が高い点が政策上の懸念となっている。刑罰は所持や譲渡の態様によって懲役・罰金が科される。法改正や施行の動きもあり、厚生労働省や法務関係の動きを踏まえた対応が行われている(法改正の施行や規制の明確化が進められている)。
その他の関連法規(麻薬及び向精神薬取締法、危険ドラッグ規制等)
コカインやヘロインなどの麻薬類、向精神薬の不正使用や輸入は「麻薬及び向精神薬取締法」で規制される。さらに「指定薬物(いわゆる危険ドラッグ)」については化学構造を変えた新規合成薬物が出現するたびに個別指定や包括的規制が課されてきた。近年は合成薬物の多様化に対応するため法改正や運用の見直しが行われており、2023年以降も制度改正が続いている。
3. 日本で流通している薬物の種類
主に以下のカテゴリが流通している。
覚醒剤類(メタンフェタミン等):押収量が大きく、依然として主要な違法薬物である。暴力団等の関与が指摘されるケースが多い。
大麻(乾燥大麻、ワックス、リキッド等):若年層を中心に使用が拡大しており、形態も多様化(リキッド、ワックス、食品添加型など)している。国外由来の大麻成分入り製品や濃縮物の流入も確認されている。
合成麻薬・MDMA、覚醒剤系新規合成薬物(NPS/指定薬物):合成薬物は種類が急速に変化し、検出・規制が後追いになることがある。
医薬品・市販薬の乱用:市販薬や処方薬の乱用事例が救急医療や精神科で増えているとの報告があり、特に若年層の市販薬乱用が問題視されている。NCNPの高校生調査では市販薬乱用の経験率が高い点が示された。
4. 若年者の薬物利用(実態と傾向)
若年層における大麻使用の増加は大きな問題である。国立精神・神経医療研究センター(NCNP)などの学校調査や薬物依存関連の調査では、高校生の大麻経験率が上昇している、あるいは若年層での大麻入手ルートにインターネット・SNSが占める割合が高いことが報告されている。警察庁や関連の調査では、検挙者に占める初犯者や20歳代以下の比率が高いことが明示されている。若年層では「好奇心」「雰囲気」「クラブやイベントでの高揚感」などが使用の動機として挙がっており、有害性への認識が低いまま「軽いノリ」で手を出してしまう傾向がある。
5. SNSの普及で薬物がより身近になった?
SNSやインターネットの普及は薬物取引と薬物情報拡散の両方を容易にした。警察の報告や都道府県警の注意喚起では、SNS上での隠語を用いた売買、写真投稿を通じた売買の呼びかけ、若者間での情報共有が検挙事例として多数確認されている。若年者にとってSNSは日常的コミュニケーション手段であり、そこから入手経路に結びつくケースが多い点が警察資料で明確に示されている。またSNS上では薬物の危険性を軽視する投稿や、服用の“体験談”が拡散されることがあり、誤った安全神話が形成されるリスクがある。これらが若年層の“手を出す入口”になっていると考えられる。
6. 主な密輸ルートと供給構造
日本への薬物流入ルートは多様であるが、主なものは以下の通りである。
郵便・国際宅配便を利用した小口密輸:中国や東南アジア等から小包で薬物が送られる事例が増えている。匿名配送や偽装包装によって発見を免れる手口が使われる。報道や国際機関の分析でも、郵便ルートを経由した合成薬や覚醒剤の流通が指摘されている。
船舶や航空貨物を利用した大口輸送:組織的なルートは港湾を経由するケースやトランジット拠点を経るケースがある。
国際的な犯罪組織・仲介業者のネットワーク:国内の流通では仲介者や“闇取引”のネットワークが存在し、SNSや知人伝手で小分けされて若年層まで届く。
国際社会では、中国を含む周辺地域での生産・密輸がアジア域内の主要な供給源とされ、国際郵便を利用した小口密輸のリスクが指摘されている。これに対して税関や検疫の強化、国際協力が進められているが、手口の巧妙化に対応するための継続的な監視・検査能力の強化が課題である。
7. 「薬物摂取はかっこいい」という幻想
若年層の一部に「薬物=トレンド」「音楽文化と結びつく享楽」の誤認がみられる。クラブやフェス、オンライン上の“体験談”や海外のカルチャー情報が混同され、薬物使用がファッションや反体制的行動と誤解されることがある。薬物の摂取経験をSNSで誇示したり共有したりすることが、さらにその幻想を助長する。専門家の臨床報告では、こうした「正常化」がリスク認識を低下させ、初回使用のハードルを下げる要因になっていると指摘されている。
8. 問題点(社会的・個人的影響)
薬物犯罪増加がもたらす主な問題は以下である。
健康被害と医療負担:薬物使用は精神・身体双方に重大な健康被害をもたらす。急性中毒や精神症状(幻覚・妄想・自傷行為等)により救急搬送や長期治療が必要となる事例が増えている。
犯罪の温床化:薬物資金が暴力団や反社会的勢力の資金源になる、薬物をめぐる暴力事件や窃盗・詐欺等の再犯が発生する。覚醒剤事犯においては再犯率や暴力団関与の高さが報告されている。
若年層の将来損失:学業中断、就業機会の喪失、社会復帰の困難化といった個人の人生への深刻な弊害が生じる。
社会的不信・治安悪化:薬物が地域社会に広がると地域の治安や住民の安心感が低下し、観光や地域経済への悪影響も懸念される。
9. 政府の対応(政策・法制度)
政府は薬物乱用防止を国家の優先課題として位置づけ、以下のような対策を講じている。
五か年戦略や普及運動:「第6次薬物乱用防止五か年戦略」や「ダメ。ゼッタイ。」運動など、国民啓発と予防を柱とした取り組みを政府レベルで展開している。厚生労働省や内閣府が中心となり、学校教育や地域啓発、相談窓口整備を進めている。
法制度の整備:大麻取締法や麻薬・向精神薬関係法の改正、指定薬物の適時指定、製品中のTHC含有の規制強化など法制度の見直しを行っている。直近では大麻関連や向精神薬の一部改正が成立・施行される動きがある。
国際連携・税関・検疫強化:密輸対策として税関・国際協力の強化、郵便物検査体制の改善が進められている。
10. 警察庁の対応(捜査・予防・広報)
警察庁は押収・摘発の強化に加え、以下の対応を行っている。
SNS監視と摘発強化:SNSを利用した売買の摘発、隠語の分析、若年層向けの啓発情報発信を強化している。各都道府県警察が連携してインターネット犯罪対策班を運用し、SNS上の違法情報の監視と捜査を行っている。
押収・検査能力の強化:薬物検査や押収量の増加に対応するための機材導入や現場人材の強化を行っている。
被害者支援や依存対策の推進:再犯防止と依存治療の連携、保健・福祉機関との連携強化を推進している。
11. 対策(現場・学校・地域・国レベルの具体策提案)
薬物犯罪増加に対応するための多層的な対策を以下に提案する。
学校教育での薬物リテラシー強化:科学的根拠に基づいた薬物教育を必修化し、SNS上の情報を批判的に読み解くメディアリテラシー教育を併設する。NCNP等が提示する調査結果を教材化し、実体験や臨床の声を取り入れる。
SNSプラットフォームとの協働:プラットフォーム事業者と連携し、薬物売買や賛美投稿の検出アルゴリズムや通報連携を強化する。匿名性に付随するリスクを低減する仕組みを検討する。
家庭・地域での予防活動:保護者向けの啓発や地域の見守りネットワークを強化し、若年層が「誘われる」状況を減らす。
医療・支援体制の充実:依存治療や回復支援のための医療・相談窓口を拡充し、早期介入で重篤化を防ぐ。厚生労働省が進める相談支援の周知を推進する。
国際協力と税関強化:郵便・貨物検査を含む国際的な監視・情報共有体制を強化し、供給源の摘発に向けた外交・捜査協力を推進する。
12. 今後の展望と課題
薬物情勢は国内外の情勢や技術(暗号化通信、国際配送の巧妙化)に左右されやすく、短期的に劇的に改善するとは限らない。以下の点が今後の重要課題である。
若年層対策の即効性と持続性:教育や啓発は長期的投資を要するため、短期的な摘発と長期的な教育の両輪を持続的に回す必要がある。
法規制と医療利用(CBD・医療用大麻等)の境界管理:海外の動きに伴う国内の誤解や製品流通の隙間を埋めるため、明確な規制と消費者保護が必要である。厚生労働省は製品中のTHC検査や法整備を進めている。
技術面での対応強化:SNS監視やデータ分析によって早期発見を行う体制の整備が不可欠である一方で、表現の自由やプライバシーとのバランスを考慮した運用が求められる。
国際協調の深化:密輸元国・中継国との情報共有や捜査協力、国際的な薬物取引監視の強化を進める必要がある。
13. 最後に
日本で薬物犯罪が増加している理由は単一ではなく、複合的な要因が絡み合っている。主な要因としては(1)SNSやインターネットを通じた容易な接触・入手経路の出現、(2)若年層における薬物に対する危険意識の希薄化と流行化、(3)国際的な生産・密輸ルートの巧妙化と小口密輸の増加、(4)一部薬物の多様化(リキッド・ワックス・合成薬物)による取り締まりの追随困難性、(5)経済的・心理的要因(ストレスや孤立)などが挙げられる。これらに対しては、摘発だけに依存しない予防・治療・国際協力を組み合わせた総合的な対応が不可欠である。警察庁・厚生労働省・教育機関・SNS事業者・医療機関などが横断的に連携して取り組むことが求められる。
参考・出典
警察庁「白書/薬物情勢」および関連統計。
DAPC(薬物依存症対策センター等)の「大麻乱用者の実態」解析。
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)「薬物使用と生活に関する全国高校生調査」等。
厚生労働省の薬物対策関連ページ(法改正・啓発活動)。