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コラム:介護業界の厳しい現実、課題山積、対策は?

日本の介護サービスは、超高齢化の進展とともに需要が増大し、要介護認定者や介護給付費は増加している一方で、深刻な人材不足、賃金・処遇の課題、地域間格差、外国人材活用の限界、訪問系サービスの脆弱化といった多層的な問題を抱えている。
高齢者セミナー(Getty Images)

日本の介護サービスは、人口の急速な高齢化に伴って需要が拡大している一方で、供給側(人材・資金・制度)が追いついておらず、地域やサービス種別によって利用しづらさの格差が生じている状況である。介護保険制度の下で提供されるサービスの利用者や保険給付費は増加傾向にあり、在宅サービスから施設サービスまで多様な提供形態が存在するが、供給力の不足と人材の定着・処遇問題が大きな制約となっている。

超高齢化社会へ(人口構造の見通し)

団塊の世代が75歳以上となる「2025年問題」に向けて、高齢人口比率はさらに上昇する見込みである。厚生労働省や内閣府の推計では、2025年に75歳以上の人口は全人口の約18%に達すると見積もられており、その後も高齢化は進行していく。高齢化率の上昇は医療・介護・年金など社会保障全体の負担増を意味し、介護サービスの需要増は長期的かつ構造的な課題となる。

介護需要の増加

要支援・要介護認定者数は年々増加しており、直近の公表でも数百万単位で増加が続いている。高齢化に伴って軽度の要介護認定(要介護1、要支援等)も増える傾向にあり、予防的なサービスニーズも高まっている。認知症高齢者の増加や単身高齢者の増加により、生活支援や日常生活援助の需要が強まっている。

2025年問題(団塊の世代が75歳以上に)

「2025年問題」は単に高齢者数が増えるだけでなく、介護需要の総量が急増する時期である。75歳以上は介護ニーズが相対的に高く、医療・介護・福祉の連携負担が集中することになる。地域包括ケアシステムの整備や在宅医療との連携、介護人材の確保など、制度・現場双方での早期対策が不可欠である。

要介護認定者数の増加

介護保険事業状況報告によると、要支援・要介護の認定者数は増加しており、数値は年度ごとに更新される。近年は700万人台に到達しており、65歳以上人口に占める認定率も上昇している。年代別にみると、高齢が進むほど認定率は高く、80代・85歳以上では認定率が著しく高まるため、高齢化の進展は直接的に介護サービス受給者数を押し上げる構造となっている。

介護費用の増大

高齢化に伴う介護給付費は増加傾向にあり、社会保障給付費全体の増加と相俟って国家・地方の財政負担が増大している。社会保障給付費は年々上昇し、予算ベースでの給付総額は大きな規模に達しているため、世代間負担の公平性や給付の持続可能性を巡る議論が続いている。介護給付費の増大は、税・保険料・利用者負担の配分や、給付の効率化・効果的な資源配分の検討を促している。

深刻な人材不足

介護現場では慢性的な人材不足が続いている。都道府県が推計した必要介護職員数は、短期的には数十万人規模、将来的にはさらに大きく増加すると見積もられている。第9期介護保険事業計画に基づく集計では、2026年度の必要数は約240万人、2040年度には約272万人とされ、現状の介護職員(令和4年時点で約215万人)との差は大きい。欠員や求人の未充足がサービス提供の制約になっている。

必要数と現状の乖離

必要とされる介護職員数と実際の就業者数の乖離は、地域やサービス種類ごとに差があるが、全体として数十万人以上の不足が発生している。特に訪問介護や夜間帯、離島・過疎地などでは供給が脆弱になっており、利用抑制やサービスの縮小・統合が進む懸念がある。介護ニーズの増加期に向けてこの乖離を如何に埋めるかが重要な政策課題である。

低い賃金水準と処遇の問題

介護職の賃金は近年改善の兆しがあるが(行政調査では常勤の平均給与が増加している)、依然として他業種と比べて低水準であるとの指摘がある。厚生労働省の処遇改善調査では、常勤介護職員の平均給与が上昇している一方で、初任給や非常勤の賃金格差、昇給・キャリアパスの不透明さが離職要因になっている。賃金改善だけでなく、労働環境の改善や専門性評価の仕組み整備が必要である。

外国人材の活用と限界

介護分野ではEPA、在留資格「介護」、技能実習、特定技能などを通じて外国人材の受け入れを進めている。受入れ数は増加しており、特定技能などを含めた在留者数は年々増えているが、言語・文化の壁、研修・資格制度のハードル、家族帯同や定着支援の課題があるため、即座に大量の人材不足を解消する万能の手段ではない。加えて、訪問系サービスへの就業制限や生活環境の制約がある地域では外国人活用にも限界がある。外国人材は重要な戦力であるが、長期的には国内人材の確保と併せて多面的に取り組む必要がある。

訪問介護の危機

訪問介護は在宅ニーズの増加に応える重要なサービスであるが、報酬水準や長時間・細切れ勤務、移動時間の評価の難しさから人材確保が難航している。訪問介護事業所の減少やサービス提供時間の短縮が生じる地域があり、利用者の受け皿が脆弱化する「訪問介護の危機」は深刻である。訪問系を中心とした労働条件改善や効率化の取り組みが急務である。

多様なサービスの提供

介護施設(特養、老健、介護医療院)や通所サービス、訪問サービス、地域密着型サービス、小規模多機能型など、多様なサービス形態が存在する。利用者のニーズは多様化しており、短期的なレスパイトから重度ケアまで対応できる柔軟性が求められる。サービス提供の多様化は選択肢を広げる一方で、事業者側の人材・資金・管理能力への負担を増やす側面がある。

介護予防の取り組み

要支援段階での介護予防や生活機能維持は、介護費用の増加抑制と利用者のQOL維持に重要である。自治体や地域包括支援センターを中心に筋力維持、栄養改善、社会参加支援などの予防プログラムが実施されており、早期介入による重度化防止のエビデンスも示されつつある。介護予防は医療・介護・福祉が連携して取り組む必要がある。

認知症高齢者の増加

認知症の有病率は年齢とともに上昇し、認知症対応型サービスのニーズが拡大している。認知症ケアは身体介護に加えて行動・心理症状(BPSD)への対応、家族支援、地域の見守り体制が不可欠であり、人材には専門的な知識と経験が求められる。認知症ケアの重要性は介護政策の中心的課題となっている。

政府の対応

政府は介護職員の処遇改善、賃上げ支援、外国人材受入れの制度整備、ICT導入支援などを柱に総合的な施策を進めている。第9期介護保険事業計画等に基づき、職員の必要数の試算や処遇改善加算の拡充、介護報酬の見直し、研修・資格支援などが行われている。政府は短期的な需給ギャップの緩和と長期的な持続可能性の両面で政策を講じている。

自治体の対応

自治体は地域包括支援センターの強化、地域ケア会議の運用、訪問系サービスの配置計画、介護人材の地域内循環や定着支援などを行っている。地域性に応じたサービス設計や見守り体制づくり、ボランティアや民間資源の活用が求められている。自治体間で財源・人材に差があり、地域格差是正が課題である。

AI・ICT活用による生産性向上

ICTやロボット、見守りセンサー、ケア記録の電子化などによって、業務の効率化と負担軽減を図る取り組みが進んでいる。AIを用いたケアプラン作成支援や画像解析による転倒予測、業務スケジューリングの最適化など、生産性向上のポテンシャルは大きい。しかし、現場導入にはコスト、操作性、プライバシー・データ連携の課題があり、導入支援や標準化が必要である。

複合的な人材確保対策へ

人材確保は賃金引上げだけで解決する問題ではないため、労働環境改善、キャリアパス整備、両立支援、海外人材の受入れ、テクノロジー活用による業務軽減、女性・高齢者・障害者の活躍促進など、複合的な対策が必要である。各施策を同時並行で進め、短期的な欠員補填と中長期的な職業としての魅力向上を図る必要がある。

問題点

主要な問題点は次の通りである。第一に急速な需要増に対する人材不足と地域間格差である。第二に給付費の増大と財源確保の難しさである。第三に低賃金・ハードワークによる離職と人材の定着困難である。第四に外国人材の制度的限界と現場受入れ体制の脆弱性である。第五にICT導入のための初期投資負担と現場適応の難しさである。これらの課題は相互に関連しており、単一施策で解決できない複雑性を有している。

課題(詳細)
  1. 賃金・処遇の持続的改善と財源配分の見直しが必要である。

  2. 訪問介護や夜間対応など供給が脆弱な領域へのインセンティブ設計が求められる。

  3. 地域包括ケアの実効性を高めるための医療・介護の連携強化が必要である。

  4. 外国人材の受入れを拡大する際の教育・資格移行、生活支援体制の整備が不可欠である。

  5. ICT導入の標準化、運用支援、人材のデジタルリテラシー向上が必要である。

今後の展望

短中期的には処遇改善の継続、特定技能など外国人材の活用、ICT・ロボット導入による業務効率化が進む見込みである。中長期的には、介護を支える労働力の構成が変化し、多様な働き方を受け入れる柔軟な職場、地域での互助・共助の強化、予防重視のサービス転換が鍵となる。財源面では給付と負担のバランスをどう取るかが社会的な合意形成の焦点となる。政策的には、短期の需給ギャップ対策と長期の構造改革(職の魅力向上、技術革新、地域ケア体制の強化)を統合するアプローチが求められる。

まとめ

日本の介護サービスは、超高齢化の進展とともに需要が増大し、要介護認定者や介護給付費は増加している一方で、深刻な人材不足、賃金・処遇の課題、地域間格差、外国人材活用の限界、訪問系サービスの脆弱化といった多層的な問題を抱えている。政府・自治体・事業者・地域住民が協働して、賃金改善や働き方改革、外国人材の適正受入れ、ICT活用による生産性向上、介護予防の強化を同時に進めることが不可欠である。これらを実現するためには、短期的な対処策と中長期的な制度設計を一体化させた戦略的な取り組みが必要である。


参考に用いた主な公的資料(抜粋)

  • 厚生労働省「介護保険事業状況報告(暫定)」等。

  • 厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」。

  • 厚生労働省「介護分野の最近の動向について」等。

  • 厚生労働省「介護従事者処遇状況等調査」令和6年度結果。

  • 厚生労働省「外国人介護人材の受入れについて」。

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