コラム:人口減少と災害リスク、今後の都市の在り方
日本の人口減少と災害リスクは、都市のあり方そのものを問い直している。
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21世紀の日本社会において、最も大きな課題の一つが人口減少である。総務省統計局の推計によると、日本の総人口は2010年の1億2806万人をピークに減少局面へと入り、2023年には1億2400万人を割り込み、今後も急速な減少が続くと見込まれている。国立社会保障・人口問題研究所の中位推計では、2060年には約8700万人、2100年には5000万人台にまで落ち込む可能性が指摘されている。出生率の低迷と高齢化の進展は地方のみならず都市部にも影響を及ぼし、社会経済の持続可能性に直結する。
この人口減少と同時に、日本は世界有数の自然災害大国である。地震、津波、台風、豪雨、洪水、土砂災害といった災害リスクは国土の広範囲に存在し、近年の気候変動に伴って災害の規模や頻度は増大傾向にある。2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨などは、都市構造の脆弱性を突きつける出来事であった。人口減少社会においては、広域的に拡散した居住地やインフラを維持しながら災害対応を行うことは極めて非効率となる。
こうした背景から、「都市のコンパクト化」という政策理念が注目を集めている。都市のコンパクト化とは、居住・産業・行政・商業・医療などの都市機能を一定の範囲に集約し、効率的で持続可能な都市運営を実現しようとする考え方である。以下では、この理念が形成されてきた歴史的経緯や現状、実際の政策、そして問題点について詳細に検討する。
1. 現状
1-1 人口減少の現状
日本の人口減少は全国的に進行しているが、とりわけ地方都市や中山間地域で顕著である。総務省「住民基本台帳人口移動報告」(2023年)によると、東京圏への一極集中は依然として続いているものの、東京圏ですら出生数の減少により自然減が進んでいる。地方都市では人口の流出と高齢化率の上昇が同時に進行し、社会インフラの維持が困難化している。例えば秋田県の人口は1985年に約120万人であったが、2023年には約90万人を割り込んでいる。
1-2 災害リスクの現状
国土交通省の「防災白書」によると、日本の国土面積は世界の0.25%に過ぎないが、世界で発生するマグニチュード6以上の地震の約2割が集中する。また、国土の7割が山地であるため、豪雨による土砂災害リスクも高い。さらに沿岸部には都市や産業基盤が集中しており、津波や高潮による被害リスクも大きい。広範囲に分散した集落は防災インフラの整備や避難計画の策定を困難にしている。
1-3 都市の拡散的発展
高度経済成長期以降、日本の都市は郊外化を進めてきた。モータリゼーションの進展と住宅需要の増大により、郊外型ニュータウンやベッドタウンが形成され、スプロール化が拡大した。この結果、人口減少社会においては、広がりすぎた都市空間の維持が難しくなり、空き家の増加やインフラ更新費用の負担増が顕在化している。
2. 歴史と経緯
2-1 都市計画と拡散の歴史
戦後の日本は急速な都市化を経験した。1950年代から1970年代にかけての高度経済成長期には東京・大阪・名古屋といった大都市圏を中心に人口が集中し、都市は急拡大した。1970年代の「新全国総合開発計画」では地方の中核都市を育成し、人口や産業を分散させる方針が取られたが、結果的には地方の拡散的な開発を促すこととなった。
1990年代には少子高齢化が明確になり、地方都市の空洞化が進んだ。2000年代以降は「中心市街地活性化法」(1998年)や「都市再生特別措置法」(2002年)などが制定され、都市の集約と再生に向けた取り組みが始まった。特に2014年に改正された「都市再生特別措置法」では、立地適正化計画制度が創設され、居住誘導区域や都市機能誘導区域を設定して、都市機能を中心部に集約する仕組みが導入された。
2-2 災害と都市政策の関係
災害が都市計画に与える影響も大きい。1995年の阪神・淡路大震災では、都市インフラの脆弱性や住宅の老朽化が甚大な被害をもたらした。2011年の東日本大震災では、沿岸部に広がる集落や低地に立地する都市が壊滅的な被害を受け、災害リスクを考慮した都市構造の再編が課題となった。この経験から、災害に強い「集約型都市構造」の必要性が強調されるようになった。
3. コンパクトシティ政策の実例
3-1 富山市の事例
富山市は日本におけるコンパクトシティ政策の先駆的事例として知られている。人口減少と高齢化に直面する中で、公共交通沿線への居住誘導を進め、中心市街地の再生を図っている。2006年にはLRT(次世代型路面電車)を導入し、公共交通を核とした都市構造の再編を進めた。国土交通省による評価では、富山市では公共交通利用者数が増加し、高齢者の外出機会の拡大やCO2排出量の削減などが確認されている。
3-2 青森市の事例
青森市では2016年に立地適正化計画を策定し、居住誘導区域と都市機能誘導区域を設定した。中心市街地に医療・商業・行政機能を集約し、公共交通によるアクセスを改善することで、高齢者や子育て世帯が安心して暮らせる都市づくりを進めている。
3-3 熊本地震後の益城町
2016年の熊本地震で甚大な被害を受けた益城町では、復興にあたり居住地の再編を行い、災害リスクの高い地域からの移転を促した。これにより、防災と人口減少対策を同時に考慮したコンパクトなまちづくりの方向性が示された。
4. 問題点
4-1 住民の合意形成の難しさ
都市のコンパクト化は既存の生活圏を大きく変えるため、住民の合意を得るのが難しい。郊外の住宅に長年住み続けてきた高齢者にとって、中心部への移転は心理的・経済的な負担となる。また、郊外の不動産価値が下落する可能性があり、移転補償の問題も複雑である。
4-2 地域間格差の拡大
都市機能を中心部に集約すると、周辺部や山間地域が「切り捨てられる」形となり、地域間格差が拡大する懸念がある。特に公共交通が不十分な地域では、高齢者や交通弱者が生活に困難を抱える可能性が高い。
4-3 財政的制約
人口減少に伴い税収が減少する中で、大規模な都市再編を進めるための財政負担は大きい。インフラ更新や再開発事業には巨額の資金が必要であり、地方自治体単独での実施は困難である。
4-4 災害時のリスク集中
都市機能を一か所に集約することは、防災上有利である一方で、災害時に被害が集中するリスクもある。例えば大規模地震で中心部のインフラが破壊された場合、都市全体の機能が麻痺する危険性がある。分散と集約のバランスが課題となる。
5. 今後の展望
人口減少と災害リスクという二重の制約の下、日本の都市は持続可能な形を模索する必要がある。今後の展望としては以下のような方向性が考えられる。
多核型コンパクトシティ
単一の中心部に集中させるのではなく、複数の生活拠点を形成し、それらを公共交通で結ぶ「多核型」のコンパクトシティが有効とされる。デジタル技術の活用
スマートシティやデジタル田園都市構想に見られるように、ICTやAIを活用して医療・教育・行政サービスを遠隔で提供する仕組みを導入することで、居住誘導と同時に利便性を確保する。防災と都市計画の統合
災害リスクを評価した上で、安全な土地利用を前提とする都市計画が不可欠である。ハザードマップを活用し、危険地域から安全地域への移転を促す政策が必要となる。
結論
日本の人口減少と災害リスクは、都市のあり方そのものを問い直している。広域に拡散した都市構造は、維持管理コストの増大や災害リスクの増幅を招き、持続可能性を脅かしている。都市のコンパクト化は、人口減少社会において効率的な行政サービスの提供と災害対応力の強化を両立させる有効な手段である。しかし、その実現には住民合意の形成、地域間格差への配慮、財政的基盤の確保といった困難な課題が伴う。
今後は、多核型の集約構造やデジタル技術の活用、防災と都市計画の一体化などを通じて、地域の特性に応じた柔軟な都市再編が求められる。人口減少と災害リスクの双方に対応できる都市構造を構築することこそが、次世代の日本社会における持続可能な発展の鍵となる。