コラム:2026年日本の観光業、「量から質への転換」と「地方分散」
2026年の日本の観光業は、成熟段階に入りつつある。訪日外国人の総数は前年をやや下回る予測ながら、消費額は増加し、国内旅行も物価上昇の影響下で市場規模を維持する見込みである。
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2026年の日本の観光業は、コロナ禍からの回復過程を経て成熟期へと移行しつつある。2024年には訪日外国人旅行者数が過去最多を更新し、国内外の旅行需要が急回復したことにより、観光関連消費も拡大した。しかし、単純な訪日客数の増加から質の高い観光消費への転換、地域間の需要分散、持続可能性の確保など、新たな課題と方向性が浮上している。近年の急増を受けて、政府・自治体・旅行業界はオーバーツーリズムへの対応や観光政策の再構築を進めている。これらの動向は、2026年の市場動向を理解するうえで重要な前提条件となっている。
2026年の日本の観光業(総論)
日本の観光業は、戦略的な産業として国家経済における重要性が増している。観光業は「第二の輸出産業」とも称され、訪日外国人消費の国内経済への波及効果が大きい。国際観光旅客税(いわゆる出国税)の導入や増税、地方誘客の強化、デジタル技術の活用など多角的な政策が打ち出されている。政策的には、量的成長から質的成長への転換が明確になりつつあり、訪日客数だけでなく1人当たり消費額の拡大、地域への分散、持続可能な観光の実現が重視される方向にある。
市場動向:訪日客数の微減と消費額の拡大
2026年は訪日外国人旅行者数が前年比で微減する予測が出ているものの、消費額は拡大すると予測されている。これは、従来の単純な訪日客数の増加とは異なり、旅行者の構成や消費行動の変化が背景にあると考えられている。
訪日客数の推移
2019年以前の国際観光はインバウンド・アウトバウンドともに増加基調にあり、コロナ禍で一時的な落ち込みを見せたものの、2024年には約3687万人と過去最高の水準を回復し、2019年実績を上回る成長を見せたという報告がある。これはコロナ前のピーク時(3188万人)を超えたことを示す。
2025年は大阪・関西万博や渡航制限緩和が寄与し、さらなる訪日需要の拡大が予想されたが、2026年はより成熟した段階へと移行する見通しとなっている。JTBの予測によると、2026年の訪日外国人旅行者数は約4140万人(前年比97.2%)と前年実績をやや下回る見込みである。
この微減は、地域別の訪日需要や国際情勢の変化、中国・香港など特定市場の需要減少が影響していると指摘されている。
2026年の訪日外国人旅行者数は約4140万人(前年比97.2%)と予測
JTBの調査による市場トレンド予測では、2026年(暦年ベース)の訪日外国人旅行者数が前年比97.2%の4,140万人になると報告されている。
また、総訪日消費額は約9.64兆円(前年比100.6%)と予測されている。これは、旅行者数が微減する一方で、欧米豪からの滞在期間の長い高消費層の増加や、物価高に伴う単価上昇が影響しているためと分析されている。
消費トレンド
訪日旅行市場のトレンドは、量から質への転換が進行している。具体的には、訪日客数の増加だけでなく、高付加価値なサービスの提供、経験型観光、地域経済への貢献度を高める観光コンテンツが注目されている。旅行者の嗜好が多様化し、リピーター比率の増加により地方訪問や体験価値の高い観光が消費額拡大要因の一つとして挙げられる。
観光産業の専門家は、単なる訪日客数の拡大から、市場の成熟による収益の質的向上が重要だと指摘している。これはインバウンド観光の収益性向上や地域の持続可能性に直結する視点である。
国内旅行
国内旅行市場もまた、2026年において重要な位置を占める。日本人の旅行需要は依然として堅調であるものの、物価上昇や生活コストの増加が影響し、旅行者数には伸び悩みが見られる。
国内旅行者数は約3億700万人(前年割れ)と予測
JTBの調査によると、2026年の日本人総旅行者数は約3億2250万人と推計されている。そのうち国内旅行者は約3億700万人(対前年97.8%)となると予測されている。
国内旅行の総消費額は、物価上昇・宿泊費の上昇によって単価が上昇することで、総額では微増傾向にあるとされている。
政策と予算:過去最大の観光予算
日本政府は2026年度の観光政策を積極的に展開している。観光庁予算は大幅に増額され、地方創生やオーバーツーリズム対策など多岐にわたる施策が盛り込まれた。
観光庁予算(2026年度の観光庁関係予算1383億4500万円計上)
2026年度の観光庁関係予算は、一般会計ベースで約1383億4500万円と計上された。
これは前年度比で大幅な増額となり、国際観光旅客税を財源として地方誘客やオーバーツーリズム対策などを重点的に実施することが目的とされている。
オーバーツーリズム対策
急増する観光客が地域社会や環境へ与える影響が懸念されていることから、政府はオーバーツーリズム対策を重要課題に位置づけている。各地で混雑緩和や情報発信、受入体制の見直し、地元住民との共生を図る施策を展開するほか、旅客税の一部をオーバーツーリズム対策財源として充てる方針が示されている。
地方誘客の促進
地方の観光振興と需要分散に向けた誘客策も政策の柱となっている。主要都市への訪問者集中による混雑を緩和し、地方の観光資源を生かした滞在型観光や体験型コンテンツの開発が進められている。これにより地域経済の活性化と持続可能な観光モデルの構築を目指している。
主要なトレンド
観光業において2026年以降の主要トレンドとして、以下のテーマが顕著になっている。
高付加価値旅行(ラグジュアリー観光)
インバウンド消費の質的向上に伴い、高付加価値旅行やラグジュアリー層向けのサービスが注目されている。高所得層の訪日旅行者をターゲットに、日本独自の文化体験や高級宿泊施設、特別な体験プログラム等の商品が増加している。
サステナブル・ツーリズム
持続可能性の視点から、環境保全や地域社会との共生を重視したサステナブル・ツーリズムが注目されている。自然環境への負荷低減や地域文化の保護、地域住民への利益配分を重視する観光モデルが推進されている。
テクノロジーの活用
デジタル化により、旅行者体験の最適化や効率的な運営が進展している。AIによる観光案内やマルチリンガル対応、IoTを活用したリアルタイム混雑情報の提供、VR/ARを活用した観光コンテンツなどの導入が進んでいる。
今後の展望
今後の日本の観光業は、量的な訪日客数の伸びを追求する段階から、質的な成長と持続可能性の追求へとシフトする必要がある。2030年の政府目標である訪日客数や消費額の達成には、多様化する観光需要への対応、地域主体の観光戦略の深化、デジタル技術の活用とデータドリブンなマーケティング、そして地域経済への持続的な寄与が不可欠である。
まとめ
2026年の日本の観光業は、成熟段階に入りつつある。訪日外国人の総数は前年をやや下回る予測ながら、消費額は増加し、国内旅行も物価上昇の影響下で市場規模を維持する見込みである。政府は過去最大規模の予算を投じて、観光政策の強化と多様な施策の展開を進めている。今後は高付加価値化、サステナビリティ、地域分散、テクノロジーの融合が観光市場を牽引する主要な柱となるだろう。
参考・引用リスト
・JTB「2026年(1月〜12月)の旅行動向見通し」調査(国内旅行・訪日外国人旅行者数予測)
・JTB「2026年の訪日旅行市場トレンド予測」報告(訪日外国人旅行者数・消費額)
・観光庁2026年度予算案(1383億4500万円計上)報道(TravelVoice)
・観光庁予算関連ニュースまとめ(予算規模・旅客税活用等)
・インバウンド市場動向に関する専門コラム(質的成長トレンド)
・専門家による観光政策の分析(訪日客数目標と収益性重視の提言)
追記:インバウンド観光の課題
オーバーツーリズムと地域集中
インバウンド観光が回復・拡大する中で、日本国内の主要観光地ではオーバーツーリズム(過度の観光集中)が深刻な課題となっている。オーバーツーリズムは、観光客の集中による混雑や住民生活への影響、歴史的・自然環境への負荷といった負の側面を伴う現象であり、世界的にも認識されている問題である。世界観光機関(UNWTO)の定義によると、オーバーツーリズムは「観光が住民の生活の質や訪問者体験の質を著しく損なう状態」を指す。
日本国内でも、東京・京都・大阪といった都市圏への訪問者集中が続き、慢性的な混雑が社会的問題とみなされるようになっている。交通機関への過度な負荷、観光地周辺の騒音・駐車場不足、地域住民の生活への影響といった課題が挙げられるほか、近年京都市が観光税を引き上げてオーバーツーリズム抑制を図る動きが報じられている。
また、観光客の写真撮影スポットへの集中や観光マナーの低さによって、地域住民や文化財保全の観点から問題が顕在化している事例も確認されている。
中国市場のリスク依存
訪日インバウンド市場の特定地域への依存リスクも重要な課題である。2025年には日中関係の緊張や中国政府による渡航抑制勧告が日本への旅行需要に影響したとの報道がある。中国からの旅行者は日本のインバウンド市場に占める割合が大きく、急激な市場変動が経済的ダメージにつながる可能性が指摘されている。
インフラと人的資源の制約
多くの観光産業関係者からは、訪日外国人向けの多言語対応、人手不足、受入インフラの不足といった構造的制約が指摘されている。観光業は労働集約的な側面が強く、急増する需要に対して十分なホスピタリティ供給が追いつかない事例が散見される。これらの構造的課題は、観光立国戦略を支える上で大きな制約となりうるという意見も存在する。
独自の体験価値を提供する地域と事業者の生存戦略
地域資源を活かした体験型コンテンツの創出
インバウンドの次の成長段階として重要なのは、地域固有の体験価値の創出である。これは単なる観光スポット訪問や写真撮影ではなく、文化・自然・生活体験など深い意味を持つ体験消費を提供することである。観光庁や業界団体は、文化体験・アドベンチャーツーリズム・地域ガイド付きプログラムなど、地域資源を活かした体験型コンテンツの整備を推進している。
例として、農業体験・伝統工芸体験・地元食文化探索といった地域コミュニティと密接に結びついた体験プログラムは、旅行者の満足度を高めると同時に地域経済への還元を高める役割を果たす。こうした体験は、旅行者の再訪意欲や口コミ効果の向上にも寄与する。
高付加価値層への戦略的アプローチ
高付加価値旅行は、単なる高額消費だけでなく、知的好奇心や体験価値への対価支払意欲が高い層 を対象としている。この層は旅行そのものを深い体験と捉え、地域の歴史・伝統・自然へのアクセスや専門的なガイドツアーなどのパーソナライズされたサービスを好む傾向がある。
地域や事業者は、単純なサービス提供にとどまらず、専門性の高いツアー、限定的な体験、特別感のある宿泊サービスなどを開発する必要がある。このような商品開発は、地域の観光資源を活かしつつ、収益性の向上と観光収益の地域内循環を促進する。
デジタル技術の活用と効率的運営
デジタル技術の活用は、観光事業者が競争力を高めるうえで極めて重要である。AIを活用した多言語案内、混雑予測、予約管理、マーケティング分析 などは、サービス品質の向上と運営効率改善に資する。また、AR/VRを活用した事前体験や周遊ナビゲーションも訪日客の体験価値を高めるツールとして注目されている。
世界の観光トレンド
世界的な成長と観光支出の動向
世界の観光市場は、パンデミック後に回復基調を維持しており、国際観光支出は増加傾向にある。世界旅行・観光協議会(WTTC)は、観光が世界経済に占める割合の拡大を報告し、観光支出と雇用創出がGDPに対して重要な貢献 をしている。2025年には外国人旅行者約15億人が観光に関与し、総支出は約11.7兆ドル規模に達したとの推計がある。
WTTCはまた、2026年の旅行需要は世界全体で再び成長すると予測しており、観光産業の成長率は世界経済成長を上回る傾向が続くとしている。
体験重視・持続可能性重視の観光傾向
世界的な旅行者トレンドを見ると、従来の単なる「目的地消費」から体験重視の旅へシフトしていることが確認できる。旅行者は単なる観光よりも現地コミュニティとの交流、文化・自然を活かした深い体験、地域貢献型ツーリズムを求める傾向が強まっている。これは、持続可能性を重視する世代(特に若年層)の旅行行動の変化とも一致している。
また、世界の旅行トレンドレポートでは、持続可能性を中核に据えた観光サービス、地方や未開拓地域への分散、地域社会との共生観光、再生可能な旅行モデル(regenerative tourism) といったテーマが重点的に挙げられている。
世界観光トレンドの具体例(2026予測)
国際的な観光動向としては、旅行者の「意味ある体験」を求める旅の増加や、地域固有の文化・歴史・自然との共鳴体験が挙げられている。また、アクティビティやスポーツ観戦を組み合わせるような新しい旅の形、農村・地方体験、ヘリテージを活かした宿泊(歴史的建築を活用したホテル)などが注目されている。
テクノロジーと持続可能性の融合
世界的な潮流として、観光産業はデジタル化と持続可能性の融合を進めている。先進的なレコメンデーションシステムや持続可能な選択肢を提示する技術は、旅行者の行動をより環境配慮型へ誘導する役割を果たす可能性がある。こうした技術革新は、環境負荷の低減や社会との共生を図るうえで重要な要素となる。
まとめ
日本におけるインバウンド観光は今や量的な回復・消費拡大の段階を脱し、質的な価値創造のフェーズに入っている。国内各地でオーバーツーリズムや市場依存リスク、インフラ制約といった課題が顕在化している一方で、観光地や事業者レベルでは地域資源を活かした体験提供や高付加価値サービス の開発、デジタル技術の活用が求められている。
世界の観光トレンドも、日本の政策方向と一致しており、サステナブル・ツーリズム、体験重視の旅行、地域分散、テクノロジー活用が今後の主要テーマとなる。日本は独自の文化・自然資源を活かしつつ、世界的な動向を取り入れることで、持続可能で付加価値の高い観光産業の構築を目指すことができる。
主な参考・引用リスト(追記)
UNWTO「Overtourism」概念と影響の解説(世界的定義)
京都市における観光税拡大報道(オーバーツーリズム対応)
Otaruにおける観光混雑と安全対応事例
JTB「2026年インバウンド市場トレンド」予測(体験価値・消費動向)
高付加価値旅行者の再定義と施策分析(JNTO/専門分析)
観光庁「アドベンチャーツーリズム」推進方針(体験価値の具体例)
WTTC Global Trendsと世界観光支出データ(世界観光経済への寄与)
WTTCによる2026年世界旅行需要予測(観光成長)
世界的旅行トレンド分析(体験重視、持続可能性)
旅行トレンド2026:Fan Voyage等の具体例(Expedia等)
