SHARE:

コラム:「非核三原則」見直し議論、国際的な信用低下を招く恐れも

2025年11月時点では、非核三原則の見直しに関する政界の動きは「議論開始」「検討」段階にあり、実際の政策転換が確定したわけではない。
高市総理(AP通信)
現状(2025年11月時点)

2025年11月時点で、日本の「非核三原則(持たず、作らず、持ち込ませず)」をめぐる議論が与党内で表面化し、政治・社会の主要な争点になっている。高市早苗首相は、国会で非核三原則について従来の堅持を明確に再確認する発言を避け、安保関連三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)の改定に合わせて非核三原則の扱いを検討する方向で与党内の議論を促す姿勢を見せた。これを受けて国内外のメディア、被爆地、専門家、野党、市民団体が即座に反応している。与党内では自民党と連立パートナーである日本維新の会(以下、維新)が改定や見直しに賛成・支持する立場を示しつつ、公明党や党内の慎重派、被爆者団体や反核市民らは強く反発している。

非核三原則とは

非核三原則は「核兵器を持たない(持たず)」「核兵器を作らない(作らず)」「核兵器を持ち込ませない(持ち込ませず)」の三点からなる国是的政策で、1967年に当時の佐藤栄作首相が国会で表明して以降、日本の核政策の基本線となってきた。法的拘束力はないものの、歴代政権が政策指針として遵守してきたため国内的には強い規範性を持つ。被爆国としての道義的責任、核軍縮の国際的立場、米国の核抑止(拡大抑止)への依存といった安全保障上のジレンマがこの三原則の背後にある。非核三原則は政治的合意と世論の支持を基盤にしているため、変更や再解釈は国内外に重大な影響を及ぼす。

与党内で非核三原則の見直しに関する議論を開始する方向で検討

高市首相は安保三文書改定作業に伴い、非核三原則の「持ち込ませず」部分を含めた扱いについて与党内で議論を開始する方向で検討しているとされる。首相は従来の自らの発言や著作で「持ち込ませず」が拡大抑止の実行(米核抑止の展開)と矛盾する可能性を指摘してきたことが知られており、今回の与党内議論の提起はその延長にある。政府は公式には現時点で非核三原則を政策指針として堅持するとしているが(首相自身も場面によって「堅持」と言明する場面がある一方、国会で明確な再確認を避ける発言が生じた)、与党の安全保障調査会や関係部局での議論が今後進む見込みである。

見直しの主な論点

見直し議論で想定される主要論点は以下の通りだ。

  1. 「持ち込ませず」の解釈変更

    • 「持ち込ませず」を事実上の禁止から「平時の原則」へ、あるいは例外(有事・存立危機事態など)を明確化する方向で再定義するかどうか。これによって米軍核兵器の日本への一時的持ち込みや、核搭載プラットフォーム(艦船・潜水艦)に関する扱いが変わり得る。

  2. 日米同盟と拡大抑止の整合性

    • 日米間で拡大抑止(米国による核抑止)の実効性を高めるための協力(共同運用、米核戦力の柔軟な配備等)を認めるのか、それとも現行の非核三原則を維持しつつ拡大抑止に依存する形を続けるのか。米側の実務的対応や条約・法的枠組みも影響を受ける。

  3. 法的・制度的措置の必要性

    • 憲法や関連法(自衛隊法、地位協定等)との整合性、国会承認のあり方、閣議決定だけで可能か否か。非核三原則は法令化されていないため、政府が閣議・与党協議で扱うことは技術的には可能だが、国民的合意を欠けば政治的正当性を失うリスクがある。

  4. 地域・国際的波及効果

    • 日本が「持ち込ませず」を緩和すれば東アジアにおける核の再配備・核共有的議論を刺激する可能性があり、近隣国(韓国、中国、北朝鮮)や国際社会からの反発を招く懸念がある。被爆国としての道義的立場の損失も大きい。

  5. 被爆者および被爆地に与える影響

    • 広島・長崎や被爆者団体は強い反対姿勢をとる可能性が高く、政治的・社会的コストは無視できない。専門家はこの点を強調している。

「持ち込ませず」の解釈

「持ち込ませず」は伝統的には日本の領域に核兵器が『入ること自体を許さない』という明確な禁止を意味してきた。しかし、法的な条文が存在しないため、解釈の余地があり、有事における例外の有無や、米軍艦艇・航空機の通航時の核搭載の可否など具体シナリオによって解釈が揺れる。高市政権が検討しているとされるのは、たとえば「日米の有事の共同対応において、米国の核抑止戦力の一時的利用や前方展開が必要となる場合には例外を認める」といった形の明文化や再定義であり、これが実現すれば「持ち込ませず」は事実上の緩和になる。だが、そのような再解釈は被爆国としての道義的立場と直結するため、国内外で猛烈な反発を招くリスクが高い。

安全保障環境の変化

見直し議論は世界的・地域的な安全保障環境の変化を背景にしている。ウクライナ情勢による「核のタブー」の揺らぎ、北朝鮮の核・弾道ミサイル能力の継続的強化、中国の核戦力増強、ロシアの軍事行動などが日本国内での危機感を高めている。また、米国の政治的な不確実性(トランプ政権の支持率・信頼低下)や同盟の負担分担問題も、日本の安全保障政策再検討を促す要因になっている。専門家の多くは、核抑止論と核軍縮・不拡散の両立が極めて難しい時代に入り、非核三原則の実効性と現実の軍事脅威への対応との間でトレードオフが生じていると指摘する。広島や関連研究機関がまとめた報告書でも、地域の核リスク上昇を理由に政策の再検討を要求する声と、むしろ非核原則を強化すべきだという主張が並存している。

政府・与党の動き

政府は公式見解としては現時点で非核三原則を政策指針として堅持するとしているが、与党内の安全保障調査会や関係会合での議論開始という形で“内部検討”を進めようとしている。自民党内のタカ派グループや新たに影響力を持つ議員らは「持ち込ませず」の再解釈や、米との核協力を強化する実務的措置を支持している。維新は連立パートナーとして積極的に見直しの議題化を求める姿勢を示しているのに対し、公明党や自民党内の慎重派、閣僚経験者の一部は慎重論または明確な反対を表明している。政府内の公式発表や党のプレスリリース、閣議での答弁からは、短期的に見て急激な法改正や国会決議を伴う措置に踏み切る計画は報じられていないものの、安保文書改定に合わせた言い回しの変更や文言整理、将来の事態に備えた選択肢の列挙といった段階的プロセスを想定している。

高市政権の方針

高市首相は以前から拡大抑止の実効性を重視する立場を公言しており、自らの著作でも「持ち込ませず」が有事の際に障害になり得ると述べてきたと報じられている。与党内での安保文書改定作業を通じ、より「実戦的」な抑止政策や米との協力強化を志向する方針が色濃く出ている。維新は憲法9条改正や専守防衛の見直しと並んで、非核三原則の例外化や再定義を積極的に主張しており、今回の与党内議論の推進役の一つになっている。これに対し、公明党は国民感情や国際的批判を意識して慎重姿勢を崩しておらず、与党内でも足並みは揃っていない。

党内の反応

自民党内では賛成派・慎重派・反対派が混在している。賛成派は安全保障の現実主義を強調し、核抑止の選択肢を拡大することで抑止力を高める必要を主張する。慎重派は被爆国としての国際的信頼や国内世論の反発、地域の軍拡競争を警戒する。維新は党として積極的に見直しを要求しているが、公明党は党の理念や支持基盤を考慮して反対または慎重姿勢を示す見込みだ。与党内の結論がまとまらない場合、閣議決定だけで重大な文言を変えることは政治的に難しく、国会での議論や国民的合意形成が不可欠になる。

国民・被爆地の反応

被爆地(広島・長崎)や被爆者団体は強く反対している。被爆者や被爆地の自治体首長は、日本が唯一の戦争被爆国として果たすべき道義的責任を訴え、非核三原則の堅持を求める声明を相次いで出している。市民団体や国際的な反核運動も結束して抗議を展開している。一方で世論調査では、局面や設問によって評価が分かれており、例えば「持ち込ませず」の見直しに賛成・反対が拮抗あるいは若干の賛成優位といった結果も報告されている。最新の世論調査では「持ち込ませず」の見直しに対して賛否が分かれ、支持率や賛成・反対の割合は設問の立て方次第で変動するため、国民全体の合意形成は容易ではない。

現時点では議論が開始される段階

重要なのは、2025年11月時点で政府・与党の動きは「議論開始」「検討表明」の段階に留まっている点だ。法的変更や即時の政策転換が現実化したわけではない。政府答弁書や首相・官房長官の公式発言は、非核三原則の現状維持を表明しつつも将来の選択肢を排除しないニュアンスを含んでいるにすぎない。したがって、現時点で即座に政策が変わるというよりも、安保三文書改定という枠組みで条文や言い回しの修正、将来対応の選択肢の列挙、あるいは国会や党内での議論の公的化が進むフェーズにある。だが、議論が一度進展すれば政治的ダイナミクスは急速に変わり得るため、今後の展開は注視が必要だ。

安全保障政策の大きな転換点となる可能性

非核三原則の扱いを変えることは、単なる言い回しの修正に留まらず、日本の安全保障政策、外交姿勢、国際的信頼、被爆国としての道義性、地域の軍備管理に及ぶ大きな転換点になり得る。例えば「持ち込ませず」を例外化すれば、米国の核抑止のプレゼンスを日本領域でより柔軟に運用する可能性が出てきて、同時に東アジアでの核・軍事的緊張を高める恐れがある。逆に、現行原則を堅持することは被爆国の立場と核軍縮の国際的信頼を維持する一方で、国民の安全に対する不安(抑止力の不十分さ)を残し、政治的圧力を受け続けることになる。したがって、どの方向を選ぶかは日本の安全保障の根幹を左右する決定であり、国会・国民・専門家の幅広い議論が不可欠になる。

専門家のデータ・分析を交えた考察

専門家・研究機関の報告書や分析は、複数の次元で今回の議論の複雑さを示している。広島・長崎の研究機関がまとめる年次報告(Hiroshima Report 2025)では、世界的な核リスクの上昇を指摘しつつ、被爆国としての日本がいかに核軍縮と不拡散を牽引するかが依然重要だと強調している。専門家の多くは、非核三原則の単純な撤廃ではなく、日米間でのリスク低減措置、透明性の確保、地域的信頼醸成の仕組み構築が先に来るべきだと助言している。さらに、軍事的な抑止力強化の議論は、同時に外交的な危機管理、軍備管理、核リスク低減(危険な誤算を避けるための手続き)などの補完的施策とセットで検討される必要があるという点を指摘する研究が多い。

国際的影響と近隣諸国の反応

もし日本が非核三原則を事実上緩和するなら、韓国や中国、北朝鮮など近隣諸国は敏感に反応するだろう。特に韓国では核共有や自国核保有の議論が再燃する可能性があり、地域全体が軍拡競争へと誘導される危険がある。国連や核兵器廃絶を求める国際団体、ICANのような組織も強く反発するだろう。国際的には、被爆国である日本の政策転換は核軍縮の勢いをそぐ事件として受け取られ、国際的な信用低下を招く恐れがある。

今後の展望
  1. 短期(数か月)
    与党内の議論が進み、安保三文書改定案の中で非核三原則に関する言及の表現がどう変わるかがまずの焦点になる。閣議決定や党内決議で文言変更が行われる可能性はあるが、重大な実務変更(法改正や日米協定の実質的変更)は慎重に扱われる見込みだ。

  2. 中期(1〜2年)
    国会での論戦、被爆地や市民団体の抗議、国際社会からの反応が激しくなるだろう。与党内で合意が形成されなければ、政策は停滞する。合意が形成されれば、それに伴う法令整備や日米間の実務協議が進む可能性がある。

  3. 長期(数年〜)
    日本の安全保障政策の基本線が変われば、地域の安全学的バランスや国際的な核軍縮秩序に長期的な影響を与える。逆に非核三原則を堅持する選択を続ければ、日本は核軍縮の旗手としての役割を維持するが、抑止論の観点での再検討圧力は根強く残る。

まとめ

2025年11月時点では、非核三原則の見直しに関する政界の動きは「議論開始」「検討」段階にあり、実際の政策転換が確定したわけではない。しかし、与党内での議論の公式化自体が大きな政治的意義を持ち、日本の安全保障政策と国際的立場に対する長期的な影響力を持つ可能性がある。安全保障環境の変化、米国との同盟関係のあり方、被爆国としての道義的責任、国民世論の分断といった複数の矛盾する要素をどう調整するかが、今後の焦点になる。専門家の勧告は、単純な原則撤廃ではなく、透明性、リスク低減、地域との対話を含む包括的アプローチを採ることを強調している。したがって、政治的決定は慎重かつ民主的プロセスを通じて行われる必要がある。国際社会・被爆地・国民の声を無視した一方的な変更は、国内外に重大な反発を生み、かえって日本の安全を損なう危険性を孕む。政府・与党は今後の議論の進め方にあたって、透明性を確保し、国民的な合意形成を優先すべきである。


参考主要出典

  • Reuters「Japan PM wavers on nuclear arms question in sign of possible shift」(報道、2025年11月)。

  • 毎日新聞/共同通信など国内メディアの報道(高市首相の発言・与党内議論)。

  • 広島レポート2025(Hiroshima Report 2025)— 広島県・研究機関による核政策・国際情勢の分析。

  • FNN世論調査(非核三原則の見直しに関する国内世論の分布を示す報道)。

  • アジア太平洋リーダーシップネットワーク(APLN)など専門家グループの批評・提言。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします