コラム:最低賃金1500円実現へ、メリットとデメリット
最低賃金を時給1,500円に引き上げるシナリオは、政策的な意図(低所得層の所得改善・内需拡大・格差是正)と市場の現実(地域差、産業構造、企業体力、物価動向)とのバランス問題である。
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日本の現状(2025年12月時点)
日本における地域別最低賃金の改定では、中央最低賃金審議会が示した目安に基づき全国の加重平均が約1,118円となる見込みであり、引上げ幅は過去最大級となっている。実際の各都道府県の最低賃金は地域差があるが、すでに多くの自治体で1,000円台となっている。こうした引上げは、コロナ禍以降の労働市場の回復と人手不足を背景に、実質賃金の改善や低所得層の底上げを図る政策的動きの一環である。
一方、物価(消費者物価指数)の動向は2024〜2025年にかけて上昇基調が続いており、コアCPI(生鮮食品を除く)は足元で目標の2%前後、あるいはそれを上回る伸びを示している。日本銀行は物価・景気の見通しで賃金と物価の連動を注視しており、賃上げの波及が持続的に物価に影響するかどうかを重要な判断材料としている。
政策的には、統一的な「全国時給1,500円」という数値目標は政治的議論の材料となっている。世論や一部の有識者・政党からは「2020年代のうちに全国平均を1,500円に」という目標が提示されており、実現可能性・影響分析が活発に行われている。
以上を踏まえると、2025年12月時点の日本は、最低賃金をより引き上げるための機運が高まっている段階であり、一方で物価上昇というマクロ経済の制約や企業のコスト負担をどう緩和するかが現実的な課題として残っている。
時給1,500円になったらどうなる?
以下は、時給1,500円(全国加重平均を仮定)に引き上げられた場合に想定される影響を、ポジティブ側面(メリット)とネガティブ側面(デメリット・課題)に分けて整理し、マクロ・ミクロ双方の観点から考察する。論点ごとに学術研究や公的データを参照して根拠を示す。
想定されるメリット
労働者の生活安定と所得向上
時給1,500円は現在の全国平均(約1,118円)と比べて大幅な上昇を意味し、特にパート・アルバイト・非正規労働者の賃金改善が顕著になる。単純計算で週20時間勤務の者の月収は約96,000円から約120,000円へ上昇する(税・社会保険控除前)。低所得層の可処分所得が増えることで、生活の余裕が生まれ、貧困率低下や生活保護への依存軽減に寄与する可能性が高い。
また、賃金が底上げされることで、労働者の消費余地が拡大する。特に低所得層は限界消費性向が高いため、所得増加は即座に消費に回りやすく、個人消費の下支えになる。これは内需主導の回復を目指す政策目標とも整合する。
(根拠:最低賃金引上げが低賃金層の所得を直接押し上げる点は多数の報告で確認されている。日本の直近の最低賃金水準と中央審議会の目安については厚生労働省の資料を参照。)
個人消費の活性化
低所得層の所得が上がれば日常支出(食料、日用品、外食、交通、娯楽など)に回る金額が増え、総需要にプラスの循環を生む。特に地域経済においては、最低賃金引上げの恩恵が地元消費につながることで、中小・個人商店の売上底上げが期待できる。需要の増加は企業の売上改善を通じて賃上げの持続性を高める「賃金→消費→生産」の好循環をもたらす可能性がある。
格差の縮小
最低賃金の大幅引上げは賃金分布の下端を押し上げるため、賃金格差の縮小に寄与する。特に男女格差や若年層・非正規と正規の格差の是正にプラスの効果が期待できる。長期的には貯蓄・資本形成の機会が増え、世代間格差の緩和にもつながる可能性がある。
労働参加意欲の向上
報酬が改善すれば、就業意欲や求職活動が活発化する可能性がある。特に就業と育児・介護の両立を図るパートタイム就労希望者にとって報酬の改善は参加障壁を下げる。これにより潜在労働力の掘り起こしが進み、労働供給の増加につながる場面も想定される。
生産性向上への圧力
企業は人件費上昇に対応するため、賃金上昇分を吸収・補完する手段として設備投資、業務プロセスの効率化、デジタル化、人材育成といった生産性向上策を採るインセンティブが強まる。長期的には働き方改革や人材投資が進み、1人当たり生産性の底上げに結びつく可能性がある。OECDは各国での最低賃金導入・引上げに際しては生産性向上と組み合わせる政策が重要だと指摘している。
想定されるデメリット・課題
ここでは企業側とマクロ経済の観点から主要なリスクを挙げ、どの程度の規模や形で発生し得るかを論じる。
企業の人件費負担増と経営圧迫
時給1,500円という引上げは、従業員比率が高い業種(飲食、宿泊、小売、介護、清掃、保育など)にとって直接的にコスト上昇をもたらす。特に薄利多売の中小零細企業は人件費の増加を価格転嫁しにくく、利益率が圧迫される。結果的に賃金上昇分を価格に転嫁するために商品の値上げやサービス内容の縮小を行わざるを得ない企業が現れる。
企業側が労働時間削減や人員削減でコストを調整する可能性もあるため、雇用形態や労働時間の変化が起きるリスクがある。特に人件費割合が高い業態では収益性低下が直ちに事業継続性を脅かす場合がある。
廃業・倒産の増加
最も脆弱な中小・零細企業では、利益率の縮小が致命傷となり、最悪の場合は廃業・倒産が増える可能性がある。これは特に地方の小売業、飲食業、宿泊業に顕著であり、地域経済の雇用喪失や供給能力低下を招く恐れがある。雇用が減ると所得効果が部分的に相殺されるため、政策設計においては企業支援策(補助金、税優遇、資金繰り支援)が不可欠である。
雇用機会の減少(失業率の増加)
最低賃金引上げが失業に与える影響は学術的に議論の分かれる点である。多くのメタ分析や国際研究は、最低賃金の適度な引上げでは雇用への負の影響は限定的であるとする一方、特定の条件下(高率の急激な引上げ、小規模事業者が多い地域、代替可能な労働力が存在する産業など)では就業機会が縮小するとの結果も示されている。Dubeらの研究では州境を利用した識別により、最低賃金の引上げが賃金を押し上げる一方で雇用フロー(雇用の出入り)に影響を与えるが、ストックベースの雇用水準への大きな悪影響は見られないとの分析がある。とはいえ、全国一律に大幅引上げを短期間で実施する場合は、失業率の上昇リスクを無視できない。
物価上昇(インフレ)
人件費の上昇は生産コストの増加を通じて価格へ転嫁されるため、消費者物価の上昇圧力となる。足元の日本では2024〜2025年にかけてCPIが上昇しており、さらに大幅な賃金引上げが加われば短期的にインフレ率が押し上げられる可能性がある。インフレが進むと実質賃金の目減りが生じ、最低賃金引上げの実効性が薄れるリスクがある。日本銀行は賃金と物価の連動を見る中で、賃上げの持続性と物価上昇の自己強化メカニズムに注目している。
地域間格差の拡大(勝ち組/負け組の分化)
全国一律の時給1,500円が導入されると、都市部(特に大都市圏)と地方の影響は異なる。都市部では生活費水準が高く、雇用市場が比較的流動的であるため価格転嫁や生産性改善で吸収しやすい場合があるが、地方では需要が脆弱で企業規模が小さいため負担が集中する恐れがある。結果として、地方の中小企業は相対的に不利になり、地域間での経済的二極化が進むリスクがある。
総合的な経済対策とセットで実行することが不可欠
時給1,500円という大幅な最低賃金引上げを単独で実施するのは政策的にリスクが大きい。実効性を確保しつつ副作用を最小化するためには、以下のような複合的政策パッケージが必要である。
段階的導入と地域別配慮
急激な一律引上げでは企業の調整コストが高まるため、段階的・階層的に引上げるスケジュールを定める。地域ごとの生産性や物価水準を考慮し、地方向けの猶予や補助を設定する。中小企業支援
人件費負担を緩和するための一時的な補助金、雇用調整支援、社会保険負担の軽減、雇用保険の強化、低利融資などを組み合わせて支援する。特に投資(デジタル化、設備更新、労働生産性向上)に対する税制優遇を提供することが望ましい。価格安定のための競争政策と供給強化
価格転嫁による過度なインフレを抑えるため、競争政策や輸入品の安定供給、流通の効率化を進める。また必要に応じて一時的な生活支援(エネルギー補助等)を用いてショックを緩和する。労働市場政策の強化
再就職支援や職業訓練、職業紹介の強化、若年層・女性の就業支援などを行い、賃上げが雇用喪失を招かないよう労働供給・需要のミスマッチを解消する。賃金・生産性の連動を促す企業政策
賃上げを持続可能にするため、企業の収益力向上と賃金上昇の両立を促す。具体的には、中長期の賃金改善計画と結びつけた支援(人材開発、労働生産性向上投資の補助)を行う。財政面の配慮
補助・支援財源の確保と財政の持続可能性の両立を図る。例えば一時的には財政出動で支援を行い、中長期的には税制や企業の内部留保活用を巡る政策で財源配分の公平性を図る必要がある。近年の議論では大企業の内部留保活用の促進や説明責任強化が提案されている。
政府の対応(想定される施策)
政府は最低賃金引上げを進める際に、上記のパッケージを組合せる可能性が高い。実際、中央最低賃金審議会の答申や各府省の議論は単なる「目安提示」に留まらず、中小企業対策、雇用対策、地域振興策と連動した政策提案を含んでいる。加えて、物価・金融政策との整合性を取るため、日本銀行や財務当局との協調や情報共有が不可欠である。
具体的には、(1)段階的な引上げスケジュールの提示、(2)中小企業向けの賃上げ支援補助、(3)雇用調整や再訓練支援の拡充、(4)価格安定化に向けた暫定的対策、(5)地域間格差是正のための地方交付金や補助金の増強、などが想定される。これらは1990年代以降の各国の最低賃金引上げ時の実務でも導入されてきた要素である。
今後の展望
最低賃金を時給1,500円に引き上げるシナリオは、政策的な意図(低所得層の所得改善・内需拡大・格差是正)と市場の現実(地域差、産業構造、企業体力、物価動向)とのバランス問題である。国際的な学術研究の多くは、適度で段階的な最低賃金引上げであれば雇用への悪影響は限定的である一方で、急激な高率引上げや支援策が不十分な場合は雇用調整や倒産リスクを招き得ると示している。Dubeらの研究は、最低賃金が賃金を押し上げる一方で雇用フローに影響を与えるが、ストック面での大きなネガティブ効果は見られないと指摘している。OECDもまた、最低賃金政策を進める際には生産性向上策と組み合わせる重要性を強調している。
結論として、時給1,500円という目標は「社会的に望ましい面」と「経済的コスト」を併せ持つため、段階的かつ地域・業種別配慮を組み込んだ実行計画、および中小企業・脆弱産業への十分な支援、さらに生産性向上を促す構造政策とワンパッケージで実施することが不可欠である。これにより、賃上げの恩恵を幅広く行き渡らせつつ、雇用・物価・地域経済の安定性を確保することが可能になる。政策の成否は、政府の補完施策の質と速やかな実行、そして企業側の投資と改革意欲に大きく依存する。
参考データ・主要出典(本文中で参照したもの)
厚生労働省「令和7年度 地域別最低賃金額改定の目安について」:全国加重平均1,118円等の目安を示す資料。
厚生労働省地域別最低賃金一覧(都道府県別一覧)。
OECD Employment Outlook(関連章):最低賃金と雇用・生産性に関する国際的分析と指摘。
Arindrajit Dube 等による最低賃金の国際的エビデンスレビュー(メタ分析・州境研究等):雇用影響は文脈依存であり、一般に大規模な雇用喪失は観察されにくいことを示す研究。
日本銀行「経済・物価情勢の展望(2025年10月)」および国内物価動向(報道)。賃金と物価の連動・CPI動向に関する参照。
国内報道・解説(最低賃金1,500円目標に関する議論の紹介)。
以下で「業種別・地域別の影響シミュレーション(数値モデル)」「中小企業向け具体的補助メニュー案」「労働市場流動性改善策」を順に提示する。まず「前提・データソースとモデルの枠組み」を明示し、その上で複数シナリオによる数値推計(簡易モデル)を示し、続いて政策メニュー(中小企業支援案)と労働市場施策を具体的に提示する。
1)前提・データソースとモデルの枠組み(要点)
基本人口・雇用ベース
従業者数(参考値)はおよそ5,750万〜6,780万のレンジが政府統計で示されているが、ここでは「労働力調査で多用される 従業員数 57.5 百万人(5,750万)(従業員・非役員ベース)を基本母数として採用」する。参照:労働力調査の公開表。
現行最低賃金ベースライン
2024〜2025年の全国加重平均は概ね 1,055〜1,118円前後 のレンジで議論されている(中央審議会の目安等)。ここでは「現行平均を 1,118円/h」と仮定して計算する(議論用の仮定)。※政策判断は実際の最新値に合わせる。
想定ターゲット
最低賃金を 時給1,500円 に引き上げる場合を想定する(差分 Δ = 1,500 − 1,118 = 382円/h)。
対象者(影響を受ける労働者)割合の仮定(不確実性が高いため複数シナリオ)
低影響シナリオ:25%の労働者が実質的に引上げ影響を受ける(主に低賃金層)。
中影響シナリオ:40%の労働者が影響を受ける。
高影響シナリオ:55%の労働者が影響を受ける。
これらは「最低賃金より低い賃金帯・近い賃金帯にいる労働者の割合」に依存する仮定で、実証値は調査により変わる。過去の分析では最低賃金付近にいる労働者割合の推計は国や年で大きく変動する。
労働時間の仮定(フルタイム/パートの比率)
影響を受ける労働者のうち 60%をパート・週20時間、40%をフルタイム・週40時間 と仮定する(日本の非正規割合や最低賃金影響を考慮した便宜的仮定)。非正規割合は約36.7%等の統計を参照。
計算方法(単純モデル)
インパクトの主指標は「追加の年間賃金支出(企業全体)」とする。計算式(単純化):
追加年間賃金支出 = (影響を受けるパート人数 × 週時間PT + 影響を受けるフル人数 × 週時間FT) × Δ(円/h) × 52週。これは総額インパクトの概算であり、時間あたり賃金・就業時間の分布、税・社会保険の変化、価格転嫁、雇用調整、代替技術導入などの二次効果は別途評価する必要がある。
2)簡易数値シミュレーション(全国一括、3シナリオ)
(計算に用いた仮定を再掲:従業員数 57.5M、Δ=382円/h、PT:60%(20h/w)、FT:40%(40h/w)、52週/年)
低影響シナリオ(対象25%)
影響労働者数 = 57,500,000 × 0.25 = 14,375,000人。
増加する年間人件費(全国合計) ≒ 約 7.995兆円(約7.995 × 10^12円)。(計算詳細は末尾に提示)
中影響シナリオ(対象40%)
影響労働者数 = 57,500,000 × 0.40 = 23,000,000人。
増加する年間人件費(全国合計) ≒ 約 12.792兆円。
高影響シナリオ(対象55%)
影響労働者数 = 57,500,000 × 0.55 = 31,625,000人。
増加する年間人件費(全国合計) ≒ 約 17.590兆円。
(注)上記は直接の賃金総額増加見積り。実際は時間短縮や休業発生、雇用減、価格転嫁、技術投資等の二次効果で純負担は変わる。
参考的な1人あたりの増分(月ベース)(Δ=382円/h の場合の目安)
週20時間(パート) → 月の追加負担 ≒ 約33,100円/月(算出:382 × 20 × 52 / 12 ≒ 33,106.7円)。
週40時間(フル) → 月の追加負担 ≒ 約66,200円/月(算出:382 × 40 × 52 / 12 ≒ 66,213.3円)。
このため、パート主体の業態では1人当たり月額で数万円の負担増が生じる(企業規模・採用人数により合計インパクトは変わる)。
3)業種別・地域別の「感度分析」枠組み(モデル設計と代表的感度パラメータ)
以下は実務で行うべき業種・地域別シミュレーションの設計要素と、代表的な感度(例示)。数値は代表値で計算例を示すが、詳細は都道府県・業種別の実データを用いて再計算する必要がある(e-Statの産業別就業者数・平均労働時間・賃金分布表を使う)。
A. 業種ごとの重要パラメータ(主に感度要因)
低賃金層比率(最低賃金近辺にいる労働者の割合):飲食・宿泊・小売・介護・清掃は高、製造は中、金融や情報サービスは低。
労働集約度(人件費が売上に占める比率):飲食・宿泊・介護・保育・小売が高。製造は中、ITや金融は中〜低。
価格転嫁余地(消費者が価格上昇を受け入れられる度合い):必需品・生活密着業は転嫁が難しい場合がある。
代替可能性(自動化・省力化で代替可能な業務の割合):製造は比較的代替可能、サービスの対人部分は代替困難。
企業規模分布(中小・小規模事業者の比率):小売・飲食は小規模事業者が多く、負担吸収力が低い。
B. 代表的業種別「感度バケット」(例示)
(注:数値は業種間の相対度合いを示す便宜的分類。実データにより精度を高めるべき。)
高感度群(人件費負担・雇用削減リスクが高い):飲食・宿泊、保育、介護、清掃、個人サービス、小売(特に中小)
低賃金比率:50〜75%、人件費比率:高、自動化余地:低〜中。
中感度群(調整は可能だが影響は無視できない):卸売・運輸、建設、非耐久財製造、外食チェーンの本部以外の店舗
低賃金比率:25〜50%、人件費比率:中、代替余地:中。
低感度群(影響小):情報通信、金融、専門サービス、公務(限定)
低賃金比率:5〜20%、人件費比率:相対的に低、代替余地:中〜高。
C. 業種別計算例(単純化した例:中影響シナリオ=全国で40%対象の分布を業種別に配分して計算)
(ここでは計算手順だけ示す。実数値は各業種の就業者数×低賃金比率×時間配分×Δで算出する。産業別就業者数はe-Statの「従業員数 by industry」を用いて精密計算すること)。参照:e-Stat産業別就業者データ。
4)中小企業向け:具体的補助メニュー案(モジュール化して提示)
目的は「中小・零細企業の急激な人件費上昇による倒産・雇用削減リスクを軽減し、同時に生産性投資を誘導して長期的に賃上げを可能にする」こと。以下は実務で実行可能なパッケージ案で、各項に実行規模(概算)と実施期間の目安を付して示す。
A. 直接的補助(短期・緊急対応)
暫定「賃上げ分補助(賃金差額補填)」
内容:対象企業(従業員50人以下等の小規模)に対し、最低賃金引上げによる 追加賃金のうち一定割合を国・自治体が補助。
補助率案:導入初年度 50%、2年目 30%、3年目 10%(段階的縮小)
支給上限:1人当たり上限 50,000円/月(企業規模・業種別に調整)または企業総額の上限設定。
対象条件:①従業員50人以下、②過去3年の売上減少が一定以下(悪用防止)、③生産性向上計画を提出(下記Bと連動)。
実行規模(概算):中小企業数の想定カバレッジにより変動。全国での短期財源案として 年間1〜3兆円の予算枠を想定すると、上の全国賃金増加(中シナリオで約12.8兆円)の一部を肩代わりできる(国負担比率で調整)。
根拠・例:各国の賃金補助や過去の雇用調整助成金の運用実績を参考。
雇用維持・短期融資パッケージ
内容:中小企業向けに低利・無利子融資と返済猶予を提供し、資金繰りを支援。加えて短期の雇用維持補助(失業回避のための雇用調整助成金の拡充)。
実行規模:地方銀行・信用金庫と連携し、国庫保証で数兆円規模の枠を設定。
B. 生産性投資支援(中長期、"賃上げを持続可能にする"投資誘導)
「賃上げ・生産性同時支援」補助金
内容:中小企業が設備投資(業務自動化、デジタル化、在庫・発注最適化)、対人サービスの付加価値化(研修等)を行う場合、投資額の 1/2〜2/3を補助。
条件:投資計画で3年以内に生産性や売上の改善目標を設定、報告義務。
実行規模:初年度 5,000億〜1兆円程度の投資補助枠を用意すると有効効果が見込める。
税制優遇(即時償却・税額控除)
内容:賃上げや生産性投資を行った中小企業に対する交付金+特別税額控除(投資額の一定%)を付与して民間投資を促す。
C. 労務・雇用システム支援(人的支援)
人材確保・技能訓練バウチャー
内容:中小企業が非正規→正規化や技能向上研修を行う場合に 1人当たり年間最大30〜50万円の研修バウチャーを給付。
目的:賃金を上げる一方で生産性を高め、長期的な賃金持続性を確保する。
アウトソーシング支援(労務・給与計算クラウド補助)
内容:小規模事業者の管理コスト軽減のため、労務管理ツール導入補助を実施(導入費の一部補助)。
D. 地域別・業種別の差分措置
地域猶予枠:人口減少・需要脆弱地域の事業者に対し、段階的猶予(引上げの実施時期を遅らせる)と補助金を付与。
高負担業種(例:介護・保育)の別枠支援:社会的必需性が高い業種は追加補助・特別手当を交付し、人材確保を助ける。
5)財源と運営(実務的配慮)
財源案(試案)
(A)一般会計の追加支出(短期的),(B)賃金上昇で恩恵を受ける大企業への説明責任強化と内部留保に対する政策的な課税や要請、(C)地方交付金の再配分、(D)欧州等での同種制度を参考にした国際的な資金調達の組合せを検討する。実行規模感として、全国での賃金インパクトが10兆円前後のケースでは、政府が初年度に肩代わりする分を1〜3兆円に抑え、残りは数年で企業の自助努力・価格転嫁・生産性向上で埋めるスキームが現実的。
実務オペレーション
補助金の迅速支給と不正防止を両立するため、既存の雇用調整助成金、IT導入補助金、ものづくり補助金等の仕組みをベースに一時メニューを組むと迅速化できる。信用保証・融資は日本政策金融公庫や商工中金の既存チャネルを活用する。
6)労働市場流動性改善策(具体施策と目標値)
目的は「最低賃金引上げに伴う構造調整を円滑化し、雇用喪失を最小化しつつ需要側の人手不足を埋める」こと。以下は施策群と短期〜中期のKPI案。
A. 職業訓練・再スキル化(スキルのミスマッチ解消)
全国再訓練プログラム(公共+民間連携)
内容:IT・物流・介護等の分野で短期集中型のリスキリング(3〜6か月コース)を全国で展開。受講者には訓練手当(月額10〜20万円)を支給して生活を保証。
目標値:初年度に10万人の再訓練完了を目標、3年で30〜50万人。実効化のためハローワーク・自治体・民間職業訓練校を連携。
職業紹介とマッチング強化
内容:公共職業安定所(ハローワーク)のデジタル化、求人マッチングプラットフォームのAPI連携を促進。求人情報のリアルタイム化と求人側の「賃金提示・勤務条件」明示を義務化してミスマッチを減らす。KPI:平均マッチング期間を現状より30%短縮。
B. 労働参加を高める社会インフラ
保育・介護の拡充(女性・中高年の労働参加促進)
内容:保育園・学童保育の受け皿拡充、保育士待遇改善のための補助。
目標:女性の労働参加率を数ポイント引上げ、潜在労働力を掘り起こす。
移住・通勤支援(地域間労働移動)
内容:地方での雇用を活性化するため、住宅補助・移転費補助、テレワーク支援金を供与。目標は地方求人の充足率向上。
C. 労働条件の流動化促進(雇用形態の柔軟化だが保護付き)
雇用型の流動化支援
一時的な短時間雇用からフルタイム化・正社員化へ移行するインセンティブ(企業に対する税控除・補助)を導入する。例:1年以内にパートを常用化した企業に対して、一定額の税額控除を付与。
D. 賃金と生産性のモニタリング体制
最低賃金引上げと生産性のダッシュボード
月次/四半期で賃金・雇用・倒産・物価の指標を監視し、必要に応じて補助の追加・終了・地域救済を実施する。参照にOECDの対応指針を利用。
7)実行上の優先順位とロードマップ(政策実行の手順案)
準備期(0〜6か月):影響の精密推計(e-Stat・事業規模別、業種別、都道府県別データを使ったモデル化)、補助スキーム設計、地域別猶予枠の決定。
導入第1フェーズ(6〜18か月):段階的引上げ開始(例:年次で12〜15%の引上げを数年で到達)、短期補助(賃上げ分の一部補助)を実施、同時に生産性投資補助を開始。
導入第2フェーズ(18〜60か月):補助を徐々に縮小し、企業側の自助努力(価格転嫁・生産性上昇)で吸収させる。労働市場の再訓練プログラムを本格化。
評価・調整期(随時):モニタリングに基づき、地域別・産業別で柔軟に対応。
8)まとめ(要点)
単純計算で最低賃金を時給1,500円に引き上げた場合、全国での直接的な年間賃金総額増加額はシナリオにより約8兆円〜17.6兆円のレンジとなる(仮定に依る)。この規模の人件費上昇を企業側がすべて負担すると、中小企業には深刻な資金繰り圧迫や倒産リスクが生じる可能性があるため、段階的導入と十分な補助・生産性投資支援が不可欠である。
業種別では「飲食・宿泊・小売・介護・保育」等の人件費依存度が高く、低賃金比率が高い業種が最も脆弱である。地方の小規模事業者は都市部よりも影響を受けやすいため地域差を考慮した支援が必要である。
補助パッケージは「短期の賃上げ補助(段階的に縮小)」+「中長期の生産性投資支援(設備・IT化・研修)」+「労働市場流動化(再訓練・保育等)」をワンセットで設計するのが合理的である。規模感の例として、短期補助と生産性支援を合わせて初年度に数千億〜数兆円規模の財政出動を想定することが現実的である(詳細は財政配分の優先度で調整可能)。
9)補足(モデルの限界)
本提案は「簡易計算モデル+政策パッケージ案」であり、精密な業種別・都道府県別の数値シミュレーションにはe-Statの産業別就業者数、厚労省の賃金分布、事業所統計(事業所数・規模)を用いたマイクロデータ解析が必要である。
また、時間短縮・雇用調整・物価上昇などの二次効果を取り入れるには動学的なマクロモデル(一般均衡モデルや投入産出表を用いた分析)が望ましい。OECDや学術論文が示すエビデンスを参照しつつ、各政策の費用対効果を評価することを推奨する。
付録:計算の簡易式と数値(再掲・検算用)
前提:従業員数 = 57,500,000、Δ = 382 円/h、PT比率(影響者内) = 0.6、FT比率 = 0.4、PT週時間=20h、FT週時間=40h、52週/年。
1人当たりの月別増分(換算)
PT(20h/w):382 × 20 × 52 / 12 ≒ 33,106.7円/月
FT(40h/w):382 × 40 × 52 / 12 ≒ 66,213.3円/月
年間総増分(例:中影響40%)計算(式)
年間増分 = ((57,500,000 × 0.40 × 0.6 × 20) + (57,500,000 × 0.40 × 0.4 × 40)) × 382 × 52 ≒ 12.792兆円
(上記は計算モデルの出力。詳細な都道府県・業種別集計で調整を行うことを推奨する。)
