コラム:新NISA導入から2年、課題と今後の展望
新NISA導入から2年が経過した現在、口座数・買付額・投信への資金流入といった主要指標は導入当初の目標に向けて順調に推移しており、家計の投資意欲も高まっている。
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2024年1月に始まった「新NISA」は導入から2年を経過し、家計の資産配分や個人投資行動に明確な変化をもたらしている。政府・金融庁が公表した集計によると、2025年6月末時点の新NISAを含むNISA口座数は約2,696万口座、買付額の累計は約63兆円に達しており、導入直後から短期間で大規模な資金流入が発生している。これらの数値は政府が掲げる目標との進捗を示す重要指標であり、家計の「貯蓄から投資へ」の動きが統計面でも確認される。
併せて、証券業界側の集計でもNISA口座の急増が確認されている。2025年6月末時点で全証券会社のNISA口座数は約1,920万口座となり、2023年12月(新NISA導入直前)から数百万口座の上積みがあったことが報告されている。証券会社側のデータは実際の取引インフラに近い現場感を与える一方で、銀行系・証券系・ネット系で口座開設の伸び方に差異がある点にも留意する必要がある。
同時期の家計金融資産動向をみると、国内の家計金融資産総額は増加基調にあり、現金・預金比率は依然高いものの徐々に低下している。家計全体で投資に回る余剰資金が一定程度存在している環境が、新NISAへの資金流入を支えている。
NISAとは
NISA(少額投資非課税制度)は日本で個人の中長期的な資産形成を促すために設計された税制優遇制度である。新NISAは2024年1月に恒久化・拡充され、年間の非課税投資枠の見直し(つみたて投資枠・成長投資枠の併用など)、非課税保有限度の見直し、対象商品の整理といった改定が行われた。制度の基本思想は「長期・分散・積立」を促進し、家計の運用行動を変えることにある。金融庁の解説では、歴史的経緯として2014年の一般NISA、2018年のつみたてNISA、2016年のジュニアNISAなどを経て、新NISAが導入されたと整理されている。
口座数と利用率の急増
新NISA導入後の最も顕著な現象は口座数と買付額の急増である。冒頭でも示した通り、金融庁データで2025年6月末までにNISA関連の口座数・買付額は急拡大しており、導入前後の短期的な変化は従来の制度改変を上回る規模である。証券会社側の集計でも、既存の口座保有者に加え新規の利用者が大量に流入したことが示されており、とりわけネット証券を中心に新規口座開設が活発だった。これらの統計は政策効果(税制優遇と恒久化)が個人の行動に即時的に影響を及ぼすことを示している。
家計の投資意欲向上
各種調査から、家計の投資意欲は確実に高まっていることが示される。投資信託運用会社による意識調査では、新NISAの普及が投資行動の継続性を生み、特に若年~中年層で投資への関心が高まっていると報告されている。調査回答ではつみたて投資枠や成長投資枠の利用意向が強く、低コストのインデックス型商品への関心が高いことが分かる。これらは制度設計が目指した「長期・分散・積立」への動きと整合している。
また、家計全体で現金・預金に偏る比率が徐々に低下している背景も、投資意欲の高まりを支える要因である。資金循環統計などでは現金・預金比率が歴史的に高かった日本においてわずかながら投資比率が上昇している局面が確認されている。
投資残高の増加
新NISA導入により、NISA口座に紐づく投資残高(ストック)は短期間で増加している。金融庁の統計では買付額の累計が増えることで、NISA残高も膨らんでおり、個人マネーのうち投資信託・株式へ振り向けられる割合が上昇している。投資残高の増加は市場へ安定的な長期資金を供給する可能性があり、特にインデックス投信やETFを通じた受け皿が整備されることで裾野が広がっている。
海外株への資金流入
新NISAのつみたて枠で採用される商品に全世界株式や米国株連動の低コストインデックス型が多いことから、投資信託を通じた「海外株志向」が一段と強まっている。調査・市場動向の分析では、2024〜2025年にかけて投資信託の純流入の大部分が外国株式型に集中しており、対外証券取得(家計の海外投資)の増加や、投信の外貨建比率上昇が確認されている。具体的には、対外証券投資が増加して過去最大水準に近づいたとの分析や、外国株式型投信への月次流入額が前年を上回る高水準で推移している報告がある。これらは家計マネーの海外シフトを示す重要な兆候である。
ただし、NISA口座全体の売買構成を見ると、依然として国内株式・国内投信が多くを占めているという面もある(証券業界の集計では国内株の比率が高いとの報告がある)。海外志向の高まりは顕著だが、国内資本市場における比重変化は緩やかであり、地域配分は今後の注目点となる。
課題(総論)
新NISAは導入直後の成果が目立つ一方で、制度運用上・行動経済上の課題が複数顕在化している。主な課題は以下の通りである(以降の各項で詳細化する)。
日本株に対するインセンティブ設計の是非と実効性の議論。
新規口座開設の勢いを中長期で維持できるかどうか。
投資初心者の知識不足とリスク管理の不備。
制度の複雑さ(枠の使い分け、商品適合性)。
未成年者(ジュニア)に関する取り扱い(新NISA下での口座開設不可等)。
日本株へのインセンティブの是非
政府の政策目的としては「日本株への資金還流」や「国内資本市場の活性化」も含まれているが、実際の資金フローは海外株式型投信への流入が顕著であり、日本株へ向かう直接的な資金の増加は限定的である。ここで問題となるのは、税制優遇や制度設計で日本株を優先的に誘導するべきか否かである。
賛成論は、国内企業の資金調達環境改善や株主還元の強化、経済成長の底上げにつながると主張する。一方で反対論は、個人投資家はリターンやコスト(手数料、為替リスク、分散性)を基準に投資商品を選んでおり、税制だけで効率性を損なってまで地域配分を歪めるのは好ましくないと指摘する。実務面では、投資対象のリターン期待や流動性、情報開示の充実が重要であり、税制差別化だけで望む結果が出るとは限らない。政策的には、投資教育の充実や企業側の資本効率向上、株主還元やIRの改善と組み合わせることが求められる。市場データは現状、海外志向の進展を示しているため、単独での「日本株優遇」策では目的を達成しにくい可能性が高い。
新規口座開設の勢いの持続性
導入直後の“勢い”は主に制度周知、メディア露出、金融機関の口座獲得キャンペーンに支えられていた面がある。短期的には高い伸びが期待できたが、中長期的に見れば以下の要素が継続性を左右する。
投資成果と利用者の満足度(期待リターンが満たされない場合の解約・離脱)。
手数料やサービス(ネット証券の利便性、ロボアド等)の継続的改善。
投資教育の普及と不適切な投資被害の抑制。
証券業界報告や市場調査では、初年度の口座開設ブームからやや落ち着きつつあるとの指摘もあり、制度自体の持続的魅力を保つためには商品ラインナップの充実や低廉な運用コストの維持が重要である。金融庁や証券業界は利用者の定着を重視する施策を検討する必要がある。
知識不足とリスク管理
一方で、投資初心者の知識不足は依然として深刻な課題である。調査データではNISA利用者の中にも運用目的やリスクの理解が不十分な層が一定割合存在し、短期の価格変動に対する過度の反応や、目的外の売買を繰り返すケースが確認されている。金融教育の不足は投資での失敗や期待離れにつながるため、制度導入と並行して公的・私的な投資教育プログラムの強化、顧客の投資ニーズに応じた適切な商品設計や助言の提供が必要である。ここには適合性原則・説明責任・投資助言の質の向上といった金融保護の観点も含まれる。
制度の複雑さ
新NISAは「つみたて投資枠」と「成長投資枠」の併用や、枠の再利用(簿価残高方式)など、旧制度に比べ制度設計は複雑化した側面がある。利用者にとってどの枠をどう使うべきか、商品適格性や保有期間の扱いなど理解すべき点が多く、商品の選定と枠の最適配分は一般投資家にとってハードルが高い。金融機関側も適切な情報提供ツールやシミュレーション機能を整備する必要がある。複雑さが投資参加の障壁となると、政策目的の達成が阻害されるため、制度の簡素化・可視化は喫緊の課題である。
未成年者の口座開設不可(ジュニアNISA廃止等)
新NISAの枠組みの中で、未成年者向けの制度設計は見直され、旧来のジュニアNISAとしての形態は変更・縮小された。結果として未成年者が独自に口座を持てない・開設が制限されるケースが生まれており、若年層の早期からの金融リテラシー獲得や資産形成の機会が制限される可能性がある。政策的には、家庭での教育や親名義での積立など代替手段をどう整備するかが課題となる。若年層の参加促進は長期的な家計投資文化の醸成に重要であり、制度的な救済策や教育プログラムの検討が必要である。
全体としては順調な滑り出し
統計データと業界調査を総合すると、新NISA導入から2年で「順調な滑り出し」を実現していると評価できる。口座数、買付額、投信への資金流入など主要指標は短期的に大きく拡大しており、政府目標に対する到達度も想定より早まる可能性が示唆されている。ただし「滑り出しが順調」であることと「中長期で制度が期待する効果を実現する」ことは別次元の課題である。制度の持続性、投資家保護、国内資本市場への恩恵の実現、教育の強化といった要素が並行して機能することが不可欠である。
今後の展望(政策的・市場的観点)
今後の展望は次のポイントに要約できる。
制度運用の微修正とフォロー:金融庁や政府は利用者の行動や市場への影響を注視しつつ、必要に応じて商品の適格基準の見直し、情報提供義務の強化、手数料開示の徹底などを行うだろう。証券業界と連携した利便性向上策(口座開設の簡素化、ワンストップサービス)が求められる。
投資教育と金融リテラシーの強化:投資初心者の知識不足を補うために、学校教育や地域金融センター、金融機関による体系的な教育プログラムが拡充される必要がある。公的な啓発と民間のサービスの両面で取り組みが進むだろう。
海外志向と為替・分散の議論:海外株式型投信への資金流入は継続可能性が高く、為替リスクや海外市場集中リスクをどう管理するかが課題となる。ポートフォリオ分散と長期視点のリスク管理を普及させる取り組みが重要である。
日本株の取り込み方:単に税制で日本株を強制的に優遇するのではなく、企業側の株主還元・情報開示の改善、個人投資家向けの商品(小口株、ETF、テーマ型ファンド)やIRの強化を通じて自然な資金循環を促す方策が現実的である。政策は企業ガバナンス改善と組み合わせる必要がある。
未成年層への対応:若年層からの参加機会を確保するため、保護者口座や学習プログラム、将来設計に向けた制度的支援などの検討が必要である。
具体的提言
金融庁・金融機関は利用者向けダッシュボードを強化し、枠の残高、年間利用状況、目標までの到達シミュレーションを可視化する。
証券会社は低コストの全世界インデックス系商品の提供を続けつつ、日本株への選択肢として小口分散型ETFやテーマ型ファンドを充実させる。
学校教育・自治体・金融機関による共同の金融リテラシー講座を全国展開し、若年層・女性層への啓発を重点化する。
未成年者向けの資産形成チャネル(親子で学ぶ口座や教育連携商品)の法整備やガイドラインを整備する。
市場監視・消費者保護を強化し、過度な売買や不適切勧誘を防止する仕組みを導入する。
まとめ
新NISA導入から2年が経過した現在、口座数・買付額・投信への資金流入といった主要指標は導入当初の目標に向けて順調に推移しており、家計の投資意欲も高まっている。特に低コストの海外株式型インデックス投信への需要が顕著であり、家計マネーの海外シフトが進んでいる。一方で、制度の複雑さ、投資知識不足、未成年者の取り扱いなど複数の課題が顕在化している。これらの課題に対しては制度設計の微調整、投資教育の強化、商品・サービスの改善、企業側のガバナンス改善を同時に進める必要がある。総じて新NISAは「順調な滑り出し」を見せているが、政策効果を中長期で持続させるためには、今後のフォローアップと市場・家計双方に対する総合的な支援が不可欠である。
参考主要出典(本文中で参照した資料)
金融庁「NISAの利用状況」2025年6月末時点の報告(グラフ・PDF)。
日本証券業協会(JSDA)「NISA口座の開設・利用状況(証券会社集計)」2025年6月末時点。
DIR(大手調査会社)レポート「NISAの進捗度と家計マネーの海外シフト」等、家計の対外投資動向分析。
各メディア/投信市場の集計(投信流入の動向に関する報道・分析)。
野村アセットマネジメント 等の投資信託に関する意識調査(投資行動・認識の把握)。
