コラム:冷え性、放置しないで、重要な健康課題
冷えは単なる不快感にとどまらず、血行や代謝、免疫、ホルモンバランスに影響を与え、身体的・精神的な多様な不調に結びつく重要な健康課題である。
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日本の現状(2025年11月現在)
日本では「冷え性」を訴える人が依然として多い。性別では女性に多く、自覚症状として手足の冷えを訴える者の割合は過去の国民調査でも女性が約2倍の比率を示しており、最近の民間調査でも“隠れ冷え症”や“隠れ冷え症予備軍”を含めると相当な割合に上ると報告されている。2025年のある大規模意識・実態調査では、冷えの自覚がない者を含めても「隠れ冷え症」やその予備軍が成人の数割にのぼる結果が示されており、年代別・性別を問わず注意が必要である。
高齢化社会の進行やデスクワークの増加、室内冷房の恒常化、食生活の欧米化による筋肉量の低下や栄養バランスの変化といった社会的要因が重なり、冷えに起因する訴えや関連症状が臨床・生活上問題となるケースが増えている。特に働く世代と高齢者では訴え方が異なるが、どの年代でも血行不良や代謝低下を背景に冷えが健康に影響を与える可能性がある。
冷え性とは
冷え性は医学的には単一の疾患名ではなく、「中枢体温は保たれている一方で末梢(手足など)の体温が低く、暖かい環境でも末梢体温の回復が遅い状態」という概念で定義されることが多い。自覚的な「冷たさ」「温まりにくさ」の感覚と、末梢循環の異常や自律神経の乱れが関与することが指摘されている。研究や概念分析では、文化的背景や性差も影響するとされ、日本において冷えを重要な健康問題として扱う傾向が強い。
冷えのタイプは大きく「末端冷え」「内臓冷え」「下半身冷え」などに分類され、原因も血行不良、ホルモンバランス、筋肉量の不足、慢性的なストレスや自律神経失調、栄養欠損(鉄欠乏など)など多岐にわたる。これらが単独または複合して現れるため、対策も多面的である必要がある。
冷えは万病のもと
「冷えは万病のもと」という表現は東洋医学的な言い回しとしても知られるが、現代医学・疫学研究でも冷えや末梢循環不良が様々な不調と関連することが示されている。血流が悪くなると組織に酸素や栄養が届きにくくなり、免疫応答、ホルモン分泌、代謝、組織修復に影響を与えるため、疲労感や慢性痛、消化器症状、月経関連のトラブル、さらには妊孕性にも影響を及ぼす可能性が示唆されている。複数の臨床研究やレビューで、冷え(特に女性の末端冷え)が健康上の広範な問題と結びついていることが報告されている。
主な問題点(一覧)
以下に冷えが関係する主な問題点を列挙する。
免疫力の低下
血行不良と代謝の悪化
肩こり・腰痛の増悪
むくみ(浮腫)
頭痛(緊張型頭痛など)
疲労感・倦怠感の持続
女性特有の不調(月経不順・生理痛、不妊など)
消化器系の不調(胃腸の働き低下、便秘など)
肌・美容への影響(血色不良、肌荒れ、乾燥)
精神的な不調(不眠、抑うつ・不安の増悪)
以降、主要項目を順に解説する。
免疫力の低下
末梢の血流が落ちると免疫細胞の巡回効率が低下するため、感染防御や炎症の解消が遅れる可能性がある。冷えによる末梢循環不良は局所での白血球の働きに影響を与え、慢性的な冷えを抱える者は風邪や感染症にかかりやすいとする臨床観察がある。ただし、「冷えだけで重篤な免疫不全が起きる」といった単純化は誤りであり、栄養状態や基礎疾患、生活習慣など他の要因と併せて評価する必要がある。主要な疫学的レビューは、冷えが感染リスクを直接定量化するには追加の高品質研究が必要であると結論している。
血行不良と代謝の悪化
冷えは末梢血管の収縮や血流低下を招くため、局所的な代謝低下が生じる。筋肉量が少ないと基礎代謝が低くなり熱産生量が減るため、負の循環が生まれる。運動不足や加齢に伴う筋肉量低下も冷えを助長し、代謝低下は体脂肪蓄積や糖代謝異常のリスクにもつながる。結果として疲れやすさや体重変動、血行に起因する慢性症状が増える。
肩こり・腰痛
冷えによる筋血流低下や筋緊張の亢進は、筋肉のこりや痛みを招きやすい。特にデスクワークや同一姿勢での作業が多い人は、血行不良と筋収縮が組み合わさって慢性的な肩こり・腰痛を訴えることが多い。冷え対策が疼痛管理の補助になることを示す臨床報告もある。
むくみ(浮腫)
血行不良やリンパ流の滞りは下肢を中心に浮腫を引き起こす。寒冷で血管が収縮すると静脈還流やリンパの流れが滞りやすく、長時間の立ち仕事や座位、運動不足によりむくみが顕著になる。むくみは見た目や快適さに影響するだけでなく、二次的に疼痛や関節負担を増やすことがある。
頭痛
冷えに伴う筋緊張の亢進は緊張型頭痛を悪化させる。首・肩周囲の血流低下が頭部の筋膜・筋肉に影響し、慢性化する場合がある。冷えの改善(温め・マッサージ・ストレッチなど)が頭痛管理の一助となるケースが臨床で観察されている。
疲労感・倦怠感
末梢循環不良や代謝低下はエネルギー供給効率を落とし、慢性的な疲労感や倦怠感の原因となる。睡眠の質低下や回復力の低下と相俟って、日常生活動作がしづらくなる。冷えの改善で入眠・睡眠維持が良化したという報告もある。
女性特有の不調(月経不順・生理痛・不妊)
女性に冷え症の訴えが多いのは周知の事実である。末梢血流の低下は子宮・卵巣への血流量にも影響を与え、月経痛の増強や月経不順、不妊に関与する可能性が指摘されている。日本の研究報告では、不妊を主訴とする女性に冷えの特徴が認められ、生活習慣改善プログラム(服装・睡眠・運動・食事・入浴)により末梢体温の改善や月経痛の緩和、妊娠例の報告もある。したがって、生殖医療の分野でも冷え対策は補助的に重視される。
消化器系の不調
内臓(特に胃腸)の冷えは消化酵素や蠕動運動の低下を招き、食欲不振、胃もたれ、便秘などを誘発する。冷たいものの過剰摂取や冷えた環境は胃腸の活動を鈍らせるため、慢性的な消化器症状を悪化させる。食事と体温管理は胃腸症状のセルフケアとして重要である。
肌・美容への影響
血流低下は肌のターンオーバーや栄養供給を阻害し、血色不良、乾燥、くすみ、ニキビや肌荒れの原因となる。美容目的での“温活”が普及している背景には、このような皮膚と血行の関係がある。化粧品だけでなく内側からの栄養と血行改善が美容にも重要である。
精神的な不調
慢性的な冷えは不眠や気分の落ち込み、不安感を増強させることがある。自律神経のバランスが乱れると交感神経優位になりやすく、睡眠の質低下や緊張感を招く。したがって、冷え対策は身体的症状の改善だけでなくメンタルヘルスの観点でも有益である可能性がある。
対策は?
冷え対策は「内側から温める」「外側から温める」「生活習慣を根本的に見直す」という三本柱で考えるのが有効である。以下に具体策を示す。
食生活の改善(内側から温める)
- 食事は体温や代謝に直接影響するため、体を温める食材を意識して摂ることが基礎となる。公的機関や専門家のコラムでも、食材選びや食べ方の工夫が推奨されている。
体を温める食材を積極的に摂る
根菜類:人参、蓮根、ごぼう、大根など地中で育つ根菜は冷え対策に良いとされる。エネルギー代謝を助け、体を温める作用があると考えられている。
薬味・スパイス:生姜、にんにく、唐辛子、シナモンなどは血行促進や発汗を促し、体を温める効果がある。生姜は伝統的にも末梢血流改善の指標として研究されることが多い。
発酵食品:味噌や納豆、漬物などは腸内環境を整え、代謝や免疫に好影響を与える可能性がある。腸からの体温調節も無視できない。
体を冷やす食材や食べ方を控える
生野菜や果物の過剰摂取:生の冷たいサラダや冷たい果物ばかりを常食することは体を冷やしやすい。季節や体調に応じて温かい調理法を取り入れる。
冷たい飲み物・食べ物:冷房下での冷たい飲食は末梢温度を下げるため、温かい飲み物や常温のものを選ぶ工夫が有効。
白い砂糖や過剰なカフェイン:血糖の急激な上下や利尿作用による体温調節の乱れを招くことがあるため、摂取は適量に留める。
バランスの取れた食事
- たんぱく質、良質な脂質、ビタミン・ミネラル(特に鉄、ビタミンB群)をバランス良く摂ることが熱産生と代謝の維持に重要である。特に女性は月経に伴う鉄欠乏に注意し、必要に応じて医療機関で検査を受けるべきである。
運動と入浴(血行促進)
適度な運動
- 全身の筋活動は熱産生の最大の源であるため、日常的な運動習慣が冷え改善に直結する。ウォーキング、ストレッチ、スクワットなどの軽い筋トレを継続することが薦められる。短時間でも毎日続けることが重要である。
ウォーキング・ストレッチ・スクワット
ウォーキング:全身の血行促進と下肢の静脈還流改善に有効。通勤や買い物で歩数を増やす工夫をする。
ストレッチ:筋肉の柔軟性を高め、筋血流を良好に保つ。デスクワーク合間の簡単な首・肩のストレッチが有効。
スクワット等の筋トレ:大きな筋肉(特に下半身)を鍛えることで基礎代謝を上げ、熱産生を増やす。
湯船に浸かる
- 38~40℃のぬるめのお湯に浸かる入浴は、深部体温の上昇と入浴後の血行改善に繋がり、睡眠の質向上や冷え改善に有用である。長時間の高温入浴は心臓負担や皮膚乾燥を招く可能性があるため、温度と時間を調整する。足湯も手軽に血流を改善できる方法である。専門家の指摘でも入浴習慣の改善が冷え症改善に寄与することが示されている。
衣類の工夫(外側から温める)
重ね着で温度調節:気温や活動に応じて重ね着をすることで体表面からの熱損失を抑える。
首・手首・足首を温める:これらの“首回り”は太い血管が通る部位であり温めることで全身の暖かさが得られやすい。
腹巻やカイロを活用:局所的に温めることで体感温度を上げ、筋肉の緊張をほぐしやすくする。特に下腹部や腰部の保温は女性の月経痛軽減に寄与することがある。
生活習慣の見直し(根本的な改善)
十分な睡眠
- 睡眠は体温調節やホルモンバランスの回復に不可欠である。睡眠不足や不規則な生活は自律神経の乱れや代謝低下を招き、冷えを悪化させる。睡眠環境(寝具、室温、入浴とのタイミング)を整えることで冷えの改善につながる。
ストレス解消
- 慢性的なストレスは交感神経優位を招き末梢血管収縮を引き起こす。呼吸法、マインドフルネス、適度な運動、趣味の時間を確保するなどでストレスを軽減することは冷え対策にもつながる。
禁煙
- 喫煙は末梢血管を収縮させ血行を悪化させるため、冷えの大きなリスク要因である。禁煙は冷えのみならず多くの健康リスク低下に直結する。
今後の展望
研究面では、冷えの生理学的メカニズム(末梢血流制御、自律神経、代謝、炎症反応)をさらに精緻に解明する必要がある。臨床面では、冷えを単なる“自覚症状”として放置せず、他の慢性疾患や生活習慣病と相互に関係する重要な健康指標として位置づける動きが強まることが期待される。近年の介入研究や生活改善プログラムの成果は、セルフケア教育が実際に末梢体温や月経痛などの改善に寄与することを示唆しているが、より大規模かつ長期的なRCT(ランダム化比較試験)が望まれる。
また、個人に応じた「温活」ガイドライン作成や、職場・学校での暖房環境、健康教育の整備、食と運動の地域レベルでの支援など、公衆衛生的なアプローチも重要である。高齢化や労働環境の変化を踏まえ、政策レベルで冷えに関する予防と管理を組み込む取り組みが今後必要になってくるだろう。
最後に
冷えは単なる不快感にとどまらず、血行や代謝、免疫、ホルモンバランスに影響を与え、身体的・精神的な多様な不調に結びつく重要な健康課題である。女性に多く見られるが性別・年齢を問わず注意が必要であり、食生活、運動、入浴、衣服、睡眠、ストレス管理、禁煙など多角的な生活改善が有効である。公的データや学術研究は、冷え対策の必要性を支持しており、個人レベルのセルフケアと同時に地域・職場レベルでの環境改善や教育が求められる。適切な検査と医療機関での相談も組み合わせることで、冷えに起因するさまざまな問題を軽減できるだろう。
