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コラム:アメリカ建国250年、イラクのクウェート侵攻と湾岸戦争

1990年のイラクによるクウェート侵攻から始まった湾岸戦争は、冷戦後の初の大規模国際軍事介入として、国際政治・軍事史において重要な位置を占める。
米国の歴史、湾岸戦争(Getty Images)

2026年1月時点で、湾岸戦争(1990–1991)の直接的戦闘は三十年以上前に終結しているが、その影響は中東地域の政治・軍事・国際法的秩序に長期的な影響を与えている。湾岸戦争は冷戦終結直後の大規模国際軍事介入として位置づけられ、国連安保理体制、多国籍軍の枠組み、軍事技術の革新、そして石油安全保障という重要なテーマを浮き彫りにした。また、イラクの政権変動、国連制裁、地域内対立の深刻化などの要因を通じて、その影響は2003年のイラク戦争や現在の中東全域の不安定化にも連なる複合的な議論対象となっている。


クウェート侵攻(1990年8月)

1990年8月2日、イラク共和国(当時の大統領サダム・フセイン)によって100,000人規模の軍隊が国境を越え、クウェート国家のほぼ全域が制圧された。この侵攻はわずか2日間で実質的に成功し、クウェート政府は逃亡を余儀なくされた。

侵攻後、イラクはクウェートを「イラクの19番目の州」として併合する政策を進め、8月28日には正式に国家併合を宣言した。国際社会はこれを即時かつ強く非難し、国連安全保障理事会は侵攻当日に決議660号で非難し、以後複数の決議を通じてイラクに撤兵と国際秩序の回復を要求した。


背景・原因

クウェート侵攻の原因は単一ではなく、複合的な政治・経済・歴史的要因が絡み合っていた。

イラン・イラク戦争による巨額の債務の帳消し要求

1980年代におけるイラン・イラク戦争(1980–1988)はイラクの国家財政を疲弊させ、戦争遂行のために近隣諸国から巨額の借入が行われた。特にクウェートとアラブ首長国連邦には約300億ドル規模の債務が残ったとされており、フセイン政権はこれを戦争支援の対価として免除するよう要求したがクウェート側は拒否した。

石油の過剰生産による価格下落への不満

イラクは戦後復興のため高止まりする原油価格を必要としていたが、クウェートとUAEがOPEC(石油輸出国機構)の生産割当を超えて生産を拡大し、原油価格を下落させたことに強い不満を抱いた。この価格下落はイラク経済に深刻な打撃を与えた。

ルマイラ油田に関する主張

イラクは両国が共有するルマイラ油田において、クウェートが斜め掘削を行いイラク領から石油を抽出していると主張し、「資源の盗掘」と非難した。イラクはこれにより数十億ドルの損失が生じたとして賠償を要求したが、両国間で深刻な対立となった。

併合の宣言とサダムの狙い

併合宣言には、歴史的にクウェートはイラクの一部であり、英国の植民地支配によって人工的に切り離されたとの主張も含まれていた。しかし国際法上これは認められず、侵略行為として広く非難された。


国際社会の対応と多国籍軍の結成

国連安全保障理事会は侵攻即日に決議660号で非難し、安全保障理事会決議661号により経済制裁と貿易封鎖が開始された。以後、決議678号においてイラクが1991年1月15日までに撤退しない場合、「あらゆる必要な手段」を用いる権限が加盟国に与えられた。

砂漠の盾作戦(Operation Desert Shield)

1990年8月からイラク侵攻後、アメリカ合衆国を中心として多国籍軍がサウジアラビアに展開し、地域防衛のための兵力増強を行った。これが「砂漠の盾」作戦として知られ、1991年1月まで続いた。

多国籍軍の形成

アメリカの呼びかけに応じて約30か国以上が参加し、兵力・装備を提供した。国連加盟国の集団的な軍事対応は冷戦終結後の初の大規模な多国籍軍行動となった。


湾岸戦争(1991年1月〜2月)

イラクが撤退期限(1991年1月15日)を無視

1991年1月15日までにイラクが撤退しなかったため、多国籍軍は武力行使の準備を進めた。撤退期限後もイラクはクウェート占領を継続し、国連決議への不履行を続けた。

砂漠の嵐作戦(Operation Desert Storm)

1991年1月17日、多国籍軍は「砂漠の嵐」作戦として大規模な空爆を開始し、イラク軍の指揮統制・防空・補給線などを標的に攻撃した。この空爆は数週間にわたって行われ、多数の航空機、巡航ミサイル(トマホークなど)が使用された。

地上戦

空爆後、2月24日に地上戦が開始され、約100時間(約4日間)で連合軍が戦略的勝利を収めた。イラク軍は多数の損害を被り、クウェートからの撤退を余儀なくされた。

戦争の終結(2月28日)

1991年2月28日、多国籍軍が停戦を宣言し、クウェートの独立が回復した。これにより主要な戦闘行為は終了した。


戦争の影響

湾岸戦争は多数の影響を世界に与えた。政治的には国連安保理の集団的安全保障機能が強化され、中東地域の安全保障構造が再編された。経済的には原油価格と生産調整が国際的に注目された。軍事的には、「ハイテク戦争」として知られるように、精密誘導兵器やステルス機F-117などの先端技術が戦場で活用された。


ハイテク戦争と最先端兵器

湾岸戦争はGPS誘導爆弾、精密誘導兵器、巡航ミサイル「トマホーク」などの実戦投入が顕著であった。F-117ステルス戦闘機やB-52爆撃機、その他の航空戦力が連合軍の戦闘を支え、正確な長距離攻撃が可能になった。


日本の貢献

日本は憲法(第9条)による制限から自衛隊の武力行使参加は行わなかったが、最大の財政的支援国として多国籍軍の費用負担に大規模な資金提供を行った。当初の経済制裁支持措置や輸送協力、物資・医療支援、湾岸平和基金への拠出等を通じて国際社会への支援を行った。

また、戦後の1991年4月には海上自衛隊によるペルシャ湾での機雷除去活動が実施され、国際的な海上安全保障に貢献した。


まとめ

1990年のイラクによるクウェート侵攻から始まった湾岸戦争は、冷戦後の初の大規模国際軍事介入として、国際政治・軍事史において重要な位置を占める。複数の要因が侵攻の背景にあり、国連決議に基づく多国籍軍の結成と武力行使は、その後の国際秩序に影響を与えた。ハイテク兵器の活用や国際的支援の形態は後の戦争にも影響を与えた。日本は非戦闘国として財政支援と非戦闘支援を行い、その対応は国内外で議論を呼んだ。


参考・引用リスト

  1. 1990年のイラク・クウェート侵攻および国連制裁の概要 — 中華人民共和国外交部『The Iraq Issue』。

  2. クウェート侵攻とイラクの行動 — クウェート侵攻概要サイト。

  3. 湾岸戦争と日本外交の影響 — nippon.com

  4. 湾岸戦争の詳細概説 — 情報用語事典。

  5. 湾岸戦争タイムラインと多国籍軍作戦 — HiSoUR。

  6. 国連安全保障理事会決議と戦争経過 — 外務省。

  7. 日本の支援・対応措置 — 外務省報告。

追記:湾岸戦争後の中東における米国の存在感

米軍の地域展開と戦略的位置づけ

湾岸戦争後、アメリカ合衆国は中東地域における戦略的軍事プレゼンスを大幅に拡大し続けている。アメリカ軍は湾岸戦争で得た地政学的優位性を踏まえ、湾岸諸国に多数の基地を維持し、地域の安全保障に直接関与する態勢を確立した。具体的には、バーレーンの第5艦隊司令部、カタールのアル・ウデイド空軍基地、クウェートの複数基地、UAEのアル・ダフラ基地などが重要拠点として機能している。これらの基地は、中央軍(CENTCOM)の作戦拠点として用いられ、イランに対する抑止力や湾岸の安定維持に寄与している。また、イラク国内にもアメリカ軍は展開し、治安支援や有志連合の枠組みでの活動を続けている。こうした展開は、湾岸戦争で構築されたアメリカ中心の安全保障構造が恒常的な地域プレゼンスへと変容したことを示している。

米国の政治的影響力と同盟関係

軍事プレゼンスに加えて、アメリカは外交的・経済的影響力を通じて地域諸国との同盟関係を強化している。サウジアラビアやイスラエルといった主要な同盟国との安全保障協力は、イランの地域的影響力に対抗するための核となっている。特にアメリカは湾岸協力会議(GCC)加盟国との軍事訓練、武器供給、共同演習を積極的に進めている。また、エネルギー市場での協調も不可欠な関係構築の要素であり、米国は地域の原油供給の安定化において重要な役割を果たしている。このように、湾岸戦争後の米国の存在感は単なる軍事駐留にとどまらず、多層的な政治・安全保障連携の構築にまで及んでいる。


サダム・フセインと米国の関係

湾岸戦争後の対立関係の継続

湾岸戦争後、サダム・フセイン政権とアメリカ政府の関係は対立的な構造の深化をたどった。戦後の国連制裁と監視体制のもとで、イラクは大量破壊兵器(WMD)開発疑惑をめぐる透明性要求に応じなかったとして、米国を中心とする国際社会からの圧力に直面した。これにより、両者の関係は冷戦時代の敵対関係の延長線上で継続することになった。同時に、イラク国内での経済制裁は社会的混乱と人道的危機を生み、国際的にもサダム体制への批判が強まった。これらの情勢は、後述する9.11以降の米国の安全保障政策や2003年のイラク戦争につながる重要な構図の一部となった。

米国の政策的論理とサダム像

アメリカ政府は1990年代を通じて、サダム・フセイン政権を中東の不安定化要因と位置づけ続けた。特に米政権内では、イラクが地域の安全保障バランスを崩しうる存在であるとの認識が強く、この認識は2000年代初頭の「テロとの戦争」政策へと結びついていった。その結果、サダム体制は湾岸戦争後も米国の安全保障戦略の主要な対象となり、最終的な武力介入の正当化に結びつく一因となった。


9.11テロと2003年のイラク戦争への連関──専門家の分析

9.11同時多発テロの衝撃と「対テロ戦争」の開始

2001年9月11日にアメリカで起きた一連のテロ事件(9.11)は、世界史的な出来事として米国外交・安全保障政策を根底から変えた。アルカイダによるこの攻撃は約3000人の命を奪い、アメリカ社会と政治に深刻な衝撃を与えた。これを受けてジョージ・W・ブッシュ政権は「対テロ戦争」を宣言し、アフガニスタン侵攻を皮切りにイスラム過激派に対する世界的な軍事行動を展開した。アフガニスタンではタリバン政権が崩壊し、米国は地域テロリズムへの軍事的対抗を旗印にした。

2003年イラク戦争への政策転換

9.11以降の安全保障環境は、イラクに対するアメリカの対応を大きく変容させた。ブッシュ政権はイラクが大量破壊兵器を保有し、さらにアルカイダと関係を持つ可能性を指摘して戦争準備を進めたが、実際にWMDは確認されなかった。事前の情報や判断の過程については、虚偽や過剰解釈が含まれていたという専門的批判が国際的にも強い。こうした戦争遂行の根拠に対する疑問は、戦後の米国の外交的信用低下や国内外での批判的評価につながっている。

専門家の分析では、湾岸戦争後に米国が中東に大量の軍事力を展開し、サダム政権に対する敵対的姿勢を取り続けたことが、9.11後に急進化した安全保障政策の下でイラクを軍事介入の対象へと導く素地になったとの見解もある。加えて、9.11テロの衝撃がアメリカ社会に与えた心理的・政治的影響が、「先制的防衛」「大量破壊兵器阻止」といった新たな安全保障ドクトリン形成を促したとの分析も存在する。

グローバルなテロおよび中東情勢への影響

戦後のイラクにおけるアメリカの政策は、地域内の対立構造を複雑化させたとの評価もある。米国によるイラク戦争後の占領や政治再構築は困難を極め、結果的に治安の悪化やイスラム過激派の台頭を招いたとの指摘もある。米国の軍事介入は、一部では「対テロ戦争の戦略的誤算」と見なされることがあり、その背景には1990年代からの対イラク政策が影響しているとの専門分析もある。


追記分まとめ

本追記では、湾岸戦争後の中東における米国の存在感が軍事・政治両面で強固になっていること、サダム・フセインと米国の関係が戦後も敵対的構造に留まったこと、そして9.11テロから2003年イラク戦争への政策的・認識的連関について文献・専門分析を基に整理した。特に9.11以降の米国安全保障政策は、湾岸戦争後の地域戦略的流れを受け継ぎつつ、新たな国際秩序の形成や「対テロ戦争」という枠組みを通じてイラク介入の理論的・政治的動機を生み出したと要約できる。


米国内外の世論動向

米国内の世論

湾岸戦争当時、アメリカ国内の世論は多国籍軍の武力行使に対して比較的高い支持を示した。これは、イラクの侵攻が国際法違反であるとの認識が幅広く共有されたこと、多数メディアでの報道が戦争支持を強めたことによる。米国政府は、戦争遂行を比較的短期に抑えることで国内の反戦圧力を軽減した戦略を採用したとされる。戦争は「成功した短期戦」と受け止められ、ブッシュ大統領の支持率は上昇したとの報道もある。

ただし、反戦世論や批判的意見も存在した。湾岸戦争後も米国ではベトナム戦争以来の反戦運動が続いており、特に戦後の米国介入のあり方や人的犠牲をどう考えるかについて意見は分かれていたとの分析がある。

国際世論

国際世論は概してイラクの侵攻に対する非難と即時撤退要求の支持が強かった。国連安全保障理事会(安保理)での決議が一連の行動を後押しする形になったため、欧州や多くの国々で「国際法と国家主権尊重」に重きを置く立場が強調された。

一方、戦争遂行後の非戦闘員被害や環境・インフラ破壊への懸念、人道的問題への批判が一部から出され、軍事介入の倫理性や今後の国際秩序構築への疑問が提起された。これは湾岸戦争後の軍事介入論議における重要なテーマとなった。


各国政府発表・国連決議の影響分析

国連決議の正当性付与

国連安保理は、イラクのクウェート侵攻に対して即時撤退を要求し、その後の経済制裁や武力行使容認まで一連の決議を採択した。これにより、多国籍軍の軍事行動は国際法上の正当性を有するものとして評価された。国連決議678号は、イラクが定められた期限までに撤退しない場合に武力行使を認める内容であり、これが事実上の戦争合法化根拠となった。

国連の決議は、冷戦後の国際社会における集団安全保障機能の現実的な示現として評価される一方で、湾岸戦争後の経済制裁が人道問題を引き起こしたとの批判も存在する。この制裁の影響は、イラクの民間人生活への深刻な悪影響として後年国際社会で問題視されることとなった。

各国政府の外交的対応

アメリカは国連決議に基づく多国籍軍を主導する外交戦略を展開し、国際社会の幅広い支持を得る形で軍事行動を選択した。欧州諸国も国連中心主義を支持しつつ、軍事関与の範囲や役割については差異が見られた。中東諸国は、サウジアラビア等が対イラク防衛協力を進め、米国主導の安全保障体制と一体化した。


米国の外交対応との関連付け

湾岸戦争は、米国が冷戦終結後に国際的リーダーシップを発揮する最初の大規模軍事行動だった。その後、米国は中東地域での安全保障協力や軍事プレゼンスを恒久的に拡大し、イランやその他地域の脅威に対する抑止戦略を強化する外交的基盤を形成した。これは1991年以降の地域安保構造の再編と米国中東政策の中心的役割定着を示すものと評価されている。


湾岸戦争で米軍が使用した主な兵器

湾岸戦争では米軍は多数の現代兵器を実戦投入し、多国籍軍中でも技術優位性を示した。これらの兵器は単独で用いられるだけでなく、ネットワーク化された統合戦闘システムの中で運用された。

航空機・ミサイル類
  • F-117A Nighthawk(ステルス戦闘機):レーダー探知回避能力を活かし精密攻撃に寄与。レーザー誘導爆弾や精密誘導兵器との組み合わせで指揮統制施設等への打撃に用いられた。

  • 巡航ミサイル(Tomahawk / SLAM):遠距離での高精度攻撃を可能とし、局地的・戦略的重要目標に運用された。

  • レーザー誘導爆弾(GBU-28など):堅固に防護された地下施設や司令部標的の破壊に用いられた。

  • パトリオット対空ミサイル:戦争中に弾道ミサイル迎撃に用いられ、「迎撃成功」とする報告があったがその有効性については議論が残る。

  • AIM-9 Sidewinder 空対空ミサイル:ファイター戦闘で使用され、戦闘機戦能力を発揮した。

地上兵器・装甲戦力
  • M1A1 エイブラムス戦車:複合装甲・高火力により圧倒的な地上戦闘力を発揮した。

  • M2/M3 ブラッドレー装甲戦闘車:歩兵支援や偵察用装備として戦場に投入された。

その他
  • 航空機搭載 Mark 77 燃焼爆弾など、焼夷効果を狙った兵器も使用されたが、これらは民間人被害や国際法上の論点を含む兵器として議論がある。


湾岸戦争が国際社会に与えた影響

湾岸戦争は冷戦後の国際秩序形成と軍事戦術・技術の両面で重要な転換点となった。

国際安全保障の枠組み

国連安保理決議に基づく多国籍軍の武力行使は、集団的安全保障の実践例として評価される一方で、その後の国際介入政策や国連中心主義のあり方に関する議論も引き起こした。特に湾岸戦争後の国連制裁政策は、人道問題を巡る批判と共に、経済制裁のあり方に関する国際的な議論を促進した。

軍事技術・戦術の変革

湾岸戦争で投入されたステルス技術、精密誘導兵器、GPS誘導兵器などは「ハイテク戦争」として軍事史に位置づけられ、以降の紛争における戦術・装備開発に大きく影響した。これらの技術は、戦闘効率と人的犠牲を抑える方向性を提示し、後のアメリカ軍の戦略における中心的要素となった。

地政学的影響

湾岸戦争後、米国の中東地域プレゼンスは拡大し、米国を中心とした安全保障・外交秩序が強化された。これが以後の中東政策、特にテロ対策や大量破壊兵器拡散防止策、地域同盟戦略の構築につながっていった。


国連安全保障理事会決議660号(UNSCR 660)

United Nations Security Council Resolution 660 (1990)
Adopted by the Security Council at its 2932nd meeting, on 2 August 1990:

The Security Council,

Alarmed by the invasion of Kuwait on 2 August 1990 by the military forces of Iraq,

Determining that there exists a breach of international peace and security as regards the Iraqi invasion of Kuwait,

Acting under Articles 39 and 40 of the Charter of the United Nations,

  1. Condemns the Iraqi invasion of Kuwait;

  2. Demands that Iraq withdraw immediately and unconditionally all its forces to the positions in which they were located on 1 August 1990;

  3. Calls upon Iraq and Kuwait to begin immediately intensive negotiations for the resolution of their differences, and supports all efforts in this regard, and especially those of the League of Arab States;

  4. Decides to meet again as necessary to consider further steps to ensure compliance with the present resolution.
    Adopted at the 2932nd meeting by 14 votes to none. One member (Yemen) did not participate in the vote.

和訳

国連安全保障理事会決議660号(1990年)
1990年8月2日、安全保障理事会第2932回会合にて採択:

国際連合安全保障理事会、

1990年8月2日にイラク軍がクウェートに侵攻したことに強い警戒を表明し、

イラクのクウェート侵攻が国際の平和と安全に対する重大な侵害であると認定し、

国際連合憲章第39条および第40条に基づき行動する、

  1. イラクによるクウェート侵攻を非難する。

  2. イラクに対し、1990年8月1日に所在していた地点まで全兵力を即時かつ無条件に撤退させることを要求する。

  3. イラクとクウェートに対し、両国間の対立を解決するための集中的な交渉を直ちに開始するよう求め、特にアラブ諸国連盟の努力を支持する。

  4. 本決議の履行を確保するために必要に応じて再度会合を持つことを決定する。
    本決議は第2932回会合で賛成14、反対0、棄権1(イエメンは投票に参加せず)で採択された。


国連安全保障理事会決議661号(UNSCR 661)

United Nations Security Council Resolution 661 (1990)
Adopted by the Security Council at its 2933rd meeting, on 6 August 1990:

The Security Council,

Reaffirming its resolution 660 (1990) of 2 August 1990,

Deeply concerned that that resolution has not been implemented and that the invasion by Iraq of Kuwait continues with further loss of human life and material destruction,

Determined to bring the invasion and occupation of Kuwait by Iraq to an end and to restore the sovereignty, independence and territorial integrity of Kuwait,

Noting that the legitimate Government of Kuwait has expressed its readiness to comply with resolution 660 (1990),

Mindful of its responsibilities under the Charter of the United Nations for the maintenance of international peace and security,

Affirming the inherent right of individual or collective self-defence, in response to the armed attack by Iraq against Kuwait, in accordance with Article 51 of the Charter,

Acting under Chapter VII of the Charter of the United Nations,

  1. Determines that Iraq has failed to comply with paragraph 2 of resolution 660 (1990) and has usurped the authority of the legitimate Government of Kuwait;

  2. Decides, as a consequence, to impose measures to secure Iraq’s compliance with paragraph 2 of resolution 660 (1990) and to restore the authority of the legitimate Government of Kuwait;

  3. Decides that all States shall prevent:

    (a) The import into their territories of all commodities and products originating in Iraq or Kuwait exported therefrom after the date of the present resolution;

    (b) Any activities by their nationals or within their territories that promote or are calculated to promote the export or trans-shipment of commodities or products from Iraq or Kuwait, including any dealings and transfers of funds for such purposes;

    (c) The sale or supply by their nationals or from their territories, or using their flag vessels, of any commodities or products, including weapons and military equipment, to any person or entity in Iraq or Kuwait, except for supplies strictly intended for medical purposes and, in humanitarian circumstances, foodstuffs;

  4. Decides that all States shall refrain from making available any funds or other financial or economic resources to the Government of Iraq or to any commercial, industrial or public utility undertaking in Iraq or Kuwait, except for strictly medical or humanitarian purposes and, in humanitarian circumstances, foodstuffs;

  5. Calls upon all States, including non-member States of the United Nations, to act strictly in accordance with the provisions of the present resolution, notwithstanding any prior contracts or licences;

  6. Decides to establish, in accordance with rule 28 of the Provisional Rules of Procedure, a Committee of the Security Council consisting of all its members to monitor implementation of the resolution;

  7. Calls upon all States to cooperate fully with the Committee in the fulfilment of its mandate;

  8. Requests the Secretary-General to provide all necessary assistance to the Committee;

  9. Decides that nothing in the present resolution shall prohibit assistance to the legitimate Government of Kuwait, and calls upon all States to protect its assets and not to recognize any regime established by the occupying Power;

  10. Requests the Secretary-General to report to the Council on the implementation of the present resolution, with the first report to be submitted within thirty days;

  11. Decides to remain actively seized of the matter and to continue efforts to bring an early end to the invasion of Kuwait by Iraq.

和訳(Japanese Translation)

国連安全保障理事会決議661号(1990年)
1990年8月6日、安全保障理事会第2933回会合にて採択:

国際連合安全保障理事会、

1990年8月2日の決議660号を再確認し、

その決議が履行されずイラクによるクウェート侵攻が継続し人的・物的損失が続いていることに深い懸念を表明し、

イラクによる侵攻・占領を終結させ、クウェートの主権・独立・領土一体性を回復することを決意し、

正統なクウェート政府が決議660号に従う用意があることに留意し、

国際連合憲章に基づく国際平和と安全の維持に関する責務を意識し、

同憲章第51条に基づき、イラクによるクウェートへの武力攻撃に対する個別的・集団的自衛の固有の権利を確認し、

国連憲章第VII章に基づき行動する、

  1. イラクが決議660号第2項に従わず正統なクウェート政府の権限を簒奪したことを認定する。

  2. したがって、同660号第2項の履行を確保しクウェートの正統政府の権限を回復させる措置を課すことを決定する。

  3. すべての国は以下を防止するものとする:

    (a) 本決議採択後にイラクまたはクウェートから輸出されたすべての原産商品・製品の自国領域への輸入;

    (b) 自国民または領域内における、イラクまたはクウェートからの商品の輸出や積み替えを促進・算段する活動、及びそのための資金移転等;

    (c) 自国民や自国領域、或いは自国旗船を利用して、武器及び軍需品を含む一切の商品のイラク・クウェートへの販売または供給。ただし純粋に医療目的および人道的状況での食糧は除く。

  4. すべての国は、純粋に医療または人道目的、及び人道的状況での食糧を除き、イラク政府及びイラクまたはクウェート内の一切の商業・工業・公共事業体に対して資金その他の経済・金融資源を提供しないことを決定する。

  5. すべての国(国連非加盟国を含む)に対し、本決議の規定に厳格に従うよう求める。

  6. 暫定手続規則28に従い、本理事会全会員から成る委員会を設置し、本決議の履行を監視することを決定する。

  7. すべての国がその任務の遂行において委員会と十分に協力することを呼びかける。

  8. 事務総長に対し、委員会への必要な援助を提供するよう要請する。

  9. 本決議はいかなる形においても正統なクウェート政府への支援を妨げるものではなく、各国に対してその資産を保護し、占領権力によって設立された体制を認めないよう呼びかける。

  10. 事務総長に対し、本決議の履行に関する報告を理事会に行うよう要請する。最初の報告は30日以内に提出されること。

  11. 本件に引き続き積極的に関与し、イラクによるクウェート侵攻の早期終結のため努力を継続することを決定する。

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