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コラム:イラン核問題の現状、知っておくべきこと

イランの核開発は単なる技術問題ではなく、地域的・国際的な安全保障、経済制裁、外交的信頼の複合問題である。
イランの国旗(Getty Images)

イランの核計画は、2015年の核合意(JCPOA:Joint Comprehensive Plan of Action)以降の変遷を経て、近年では国際原子力機関(IAEA)による報告が示すように濃縮ウランの量と濃縮度の双方で増大している状況にある。IAEAの2024年11月報告では、同年時点でイランの総合計の濃縮ウラン在庫は約6604.4キログラム(ウラン質量換算)であり、前期から増加していることが示されている。さらにその後の報告や分析によれば、2025年春までに総在庫は更に増加し、報告時点で約9247.6キログラムに達したと推定されている。これらは低濃縮(2~5%)から高濃縮(最大60%前後、場合によっては局所的にそれ以上の粒子が検出された事例もある)までを含む複合的な在庫である。

イランはナタンツ(Natanz)、フォルドゥ(Fordow)、イスファハン周辺の燃料加工施設(PFEP)等、複数拠点で遠心分離や濃縮活動を行っている。特にナタンツの地下拡張やフォルドゥの軍事的保護が強い施設での高度濃縮活動は国際社会の懸念を招いている。2021年以降、ナタンツなどでの高濃縮(約60%)の生産と累積が確認され、短時間での兵器級ウラン(おおむね90%以上)への「技術的」な到達可能性が高まる懸念が強まっている。

2025年には国連安全保障理事会で「スナップバック(制裁復活)」を巡る動きが活発化し、各国の外交的緊張が高まった。欧州3国(E3:英仏独)と米国はイランの透明性欠如と拡大する在庫を理由に厳しい対応を支持しており、これに対してロシア・中国は異なる立場をとっている。

歴史(概要)

イランの核開発の起点は20世紀半ばに遡るが、本格的な国際的関心を集めたのは1990年代以降、特に2000年代にIAEAがイランに対して疑義を表明した時期である。2002年にナタンツおよびフォルドゥの存在が明るみに出て以降、核開発の軍事的側面の可能性が国際社会で問題視されるようになった。これに対して2000年代から2010年代にかけて、イランとP5+1(米・英・仏・露・中+独)の間で断続的な交渉が行われた。2015年に合意されたJCPOAは、イランの濃縮レベル、遠心分離機台数、ウラン在庫の上限、監視措置を定め、国際社会は一部の核関連制裁を解除した。合意発効後しばらくはIAEAの監視下でイランの核活動は制限され、核開発は大幅に抑制されていると評価された時期が存在した。

しかし、2018年に米国が一方的にJCPOAから離脱し、トランプ政権の対イラン「最大圧力」政策が本格化した。これに伴い米国はイランに対する経済制裁を再導入し、イランの経済は大きな打撃を受けるとともに、イランは段階的にJCPOAで課された制限の順守を停止し、濃縮活動を再開・拡大していった。

経緯(詳細な流れ)

  1. 2013–2015:交渉と合意の成立
    ロウハニ政権の下でイランは交渉を進め、2015年にJCPOAが成立した。合意はイランのイランの核関連活動を約十年間にわたり制限し、IAEAの監視を強化する内容である。合意に伴い国連の一部制裁や米欧の核関連制裁が段階的に解除された。

  2. 2018:米国の離脱と制裁再導入
    トランプ政権は2018年5月にJCPOAから離脱し、対イラン制裁を再導入した。これにより、イランの主要輸出(特に石油)と外商投資が圧迫され、イラン国内の経済状況が悪化した。米国の狙いは圧力でより厳しい再交渉を迫ることだったが、欧州や中国・ロシアは残留し経済的な落差が生じた。

  3. 2019–2021:イランの段階的再拡張
    イランは米国離脱後、段階的にJCPOAでの制限から逸脱する措置を取り始めた。遠心分離機の台数増加、ウラン在庫の蓄積、濃縮度の引き上げ(20%や60%への到達)などが行われ、IAEAはこれを報告した。結果として「核合意前」の状態に近づく方向に進んだ。

  4. 2021–2025:交渉の断続と透明性の問題
    バイデン政権は当初JCPOA復帰を目指したが、交渉は難航した。米欧とイランの間で条件認識の差・信頼欠如が続き、また地域情勢や他の安全保障事件が交渉を複雑化させた。IAEAは定期報告を続け、イランの在庫と濃縮度の増大を指摘している。2025年には国連での制裁復活(スナップバック)を巡る動きが表面化し、国際的緊張が再燃した。

米国との対立

米国とイランの対立は核問題を中心に長期化している。米国はイランの核開発が核兵器保有に直結する恐れがあるとして強硬な姿勢を取ることが多く、特に2018年以降の「最大圧力」政策は米国単独の経済制裁と国際的圧力の強化を特徴とする。米国の立場では、経済的圧力を通じてイランを交渉の場に戻し、核だけでなくミサイル開発や地域での軍事的・代理人活動に関する新たな制約を求めることが主要目的である。

対してイランは、米国の一方的離脱と制裁再導入を「合意違反」かつ「外交の信頼を壊す行為」と捉え、報復的・段階的に核制限の解除を進めた。米国が制裁を通じて得る戦術的圧力は一時的な成果をあげるが、長期的にはイランの核技術のさらなる進展と国際的孤立を招くとの批判もある。両国の溝は、核政策に加え地域の軍事衝突や同盟関係(イスラエル、サウジアラビア等)によって更に拡大している。

加えて米国の対イラン政策には内政的な要素(政権ごとの政策差、議会の圧力、同盟国との連携)が強く影響しており、これが交渉の一貫性を損ない、イラン側の不信を深める要因となっている。こうした不信は監視体制や査察の実効性にも影響している。

問題点(技術的・政治的・地域的観点)

  1. 技術的問題:核物質の蓄積と濃縮度の上昇
    イランが保有する濃縮ウランの総量が増加していることは、「核兵器を短期間で製造可能にするための原料(兵器級ウラン)」への到達時間を短縮させる可能性を意味する。IAEAの定期報告や分析機関の解析は、特に60%前後までの高濃縮ウランの生産および蓄積が確認されている点を懸念している。これにより、必要となる追加濃縮(例えば60%から90%への濃縮)に要する時間が大幅に短縮される。

  2. 監視と透明性の問題
    IAEAの査察活動と現地での採取・検査が十分に行われない場合、イランの宣言と実際の活動の整合性を確認することが困難になる。報告によれば、IAEAが必要とする「場内活動」を実施できない期間が生じたことがあり、この間の活動は不透明になりやすい。透明性の低下は国際的信頼を悪化させ、誤解や軍事的衝突のリスクを高める。

  3. 地域的安全保障の問題
    イランの核能力拡大は中東地域の安全保障ダイナミクスを変化させる。サウジアラビアやトルコ、エジプトなど一部国はイランの動向に強い警戒感を示し、核の拡大が地域の軍拡や不安定化を招く懸念がある。さらに地域の代理紛争(イエメン、シリア等)と結びつくことで、核問題が地域衝突の拡大要因になり得る。

  4. 政治的課題:信頼醸成の欠如
    米国とイランの間、あるいはイランと欧州諸国の間には信頼欠如が存在する。JCPOA締結後に米国が一方的に離脱した事実は、外交合意の持続可能性に疑問を投げかけた。信頼が回復しない限り、長期的な解決策は見えにくい。

  5. 偶発的・意図的な軍事衝突のリスク
    核施設に対する攻撃やテロ、サイバー攻撃は既に過去に発生しており(ナタンツでの破壊工作やサイバー攻撃疑惑)、これらが更なるエスカレーションを招く危険性がある。また、外部からの攻撃や威嚇に対するイランの反応が地域全体に波及する可能性がある。

国連制裁と国際的対応

2015年のJCPOAに伴い、国連安全保障理事会は関連する核制裁を段階的に解除した(決議2231)。しかし米国の一方的離脱とその後の動き、イランの合意逸脱、及び国際政治の変化により、制裁の枠組みと運用は揺らいでいる。近年は「スナップバック」機構(2015年合意で残された安全保障理事会決議2231の一部を条件付きで復活させる手続き)を巡る争いが起き、2025年には再びスナップバックを巡る国連での決定的な局面が生じた。欧州の一部と米国はイランに対する圧力を高めるためにスナップバックの適用や新たな制裁の実施を支持したが、ロシア・中国はこれに反対する動きを見せ、国連決議の採択過程で国際的対立が明確になった。

米国は独自の法制度を通じた制裁(金融制裁、石油輸出制限、個人・企業への資産凍結等)を継続しており、これらはイラン経済に深刻な影響を与えている。米国の制裁は二次的制裁(第三国企業への制裁リスク含む)を通じて広範な影響を及ぼすよう設計されており、国際的な企業の対イラン投資を萎縮させる効果がある。

一方で制裁は外交的な切り札でもあり、制裁解除を交換条件にイランの核活動制限を得るという交渉手段でもある。だが、制裁が長期化するとイラン側の国内政治が強硬化する恐れがあり、これが交渉再開を困難にさせる可能性がある。国連とIAEAの監視体制をいかに機能させ、透明性を確保するかが今後の国際対応の鍵になる。

実例とデータ(具体的数値・事例)

総濃縮ウラン在庫:IAEA 2024年11月報告では6604.4キロ(U質量換算)。2025年5月時点の解析では総在庫が約9247.6キロに達したとの試算がある。これらの数値は報告時期によって変動し、IAEAの現地確認の可否が推計に影響する。
高濃縮ウラン生産:2024–2025年の期間にPFEP(燃料加工設備)等で60%前後の高濃縮ウランの生産と蓄積が確認されている。ある分析では短期間で約11.1キロ(hex質量)相当の60%近傍濃縮ウランが生産された期間があると報告されている。
JCPOA成立・米国離脱:JCPOAは2015年7月に合意され、2016年1月に発効したが、米国は2018年5月に一方的に離脱した。離脱後、米国は「最大圧力」政策を展開し、制裁を再導入した。
国連の動き:2025年9月に国連でスナップバック適用の是非を巡る動きがあり、英仏独などが制裁復活を支持、ロシア・中国が抵抗したが、最終的に理事会で制裁復活が進む局面が生じたと報じられている。これにより武器禁輸や弾道ミサイル関連制限など一部措置が復活する可能性がある。

解決に向けたポイント

  1. 透明性の回復:IAEAの査察が滞りなく行えるようにすることが最重要である。監視の復元と現地での採取・サンプル解析の再開が信頼回復の第一歩である。

  2. 可逆的な制約の設計:合意に基づく制約を再構築する際、イランが得る経済的利益と合意遵守のインセンティブを明確にし、合意の持続可能性を担保する設計が必要である。

  3. 多国間協調:単独的・一方的圧力は短期的効果を生むが長期的な解決には向かない。欧州、中国、ロシアを含む多国間の調整が重要である。

まとめ

イランの核開発は単なる技術問題ではなく、地域的・国際的な安全保障、経済制裁、外交的信頼の複合問題である。濃縮ウランの在庫と濃縮度の増加、監視の不確実性、米国とイランの相互不信が併せて存在する現状は、短期的な軍事的衝突や長期的な核拡散リスクを高めている。解決には透明性の回復、持続可能な国際合意、各国間の協調という三つの柱が必要である。国連やIAEAの役割は引き続き重要であり、最新の報告と検証結果に基づく冷静な対話と対応が求められる。

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